アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第6話 姿の見えない襲撃者

 ノクティアに与えられた最初の任務は、単純なものだった。

 

 標的は、ロマール郊外の墓地に現れた蛮族の少年。

 

 年齢は十代後半。

 

 革鎧を身につけ、奴隷の鉄輪をはめている。剣と背負い袋を所持しているが、仲間はいない。

 

 その少年を殺せ。

 

 命令は、それだけだった。

 

 所持品を奪えとも、死体を運べとも言われていない。

 

 仕事を持ち込んだのは、ある貴族に雇われた私設の仲介人だった。しかし、ノクティアは貴族の名前も、標的が狙われる理由も知らされていない。

 

 新人の実行役に、余計な情報は必要ない。

 

 そう説明された。

 

 ノクティアは疑わなかった。

 

 暗殺者として一人前になったことを証明する、初めての獲物。

 

 必ず仕留める。

 

 それだけを考えて、夜の墓地へ向かった。

 

     ◇

 

 月明かりが、傾いた墓石を照らしている。

 

 ノクティアは墓地の外れで足を止めた。

 

 標的を見つけた。

 

 依頼で聞かされたとおりの少年だった。

 

 革鎧。

 

 腰の剣。

 

 背負い袋。

 

 首元へ布を巻き、奴隷の鉄輪を隠している。

 

 一人で城壁へ向かって歩いていた。

 

 周囲に仲間はいない。

 

 護衛もいない。

 

 ノクティアは呼吸を整え、精霊へ働きかけた。

 

 身につけているのは、精霊魔法を妨げない革製の装備。金属製の鎧は着ていない。

 

 片手には短剣。

 

 もう一方の手は、精霊魔法を使うために空けてある。

 

 精霊がノクティアの周囲へ集まり、その姿と輪郭を夜の風景へ溶かしていく。

 

 足音が消える。

 

 気配が薄れる。

 

 月光の下から、ノクティアの姿が消失した。

 

 シーフ技能は1レベル。

 

 だが、シャーマン技能は3レベル。

 

 普通の人間が相手なら、姿を発見される可能性は低い。

 

 ノクティアは音もなく標的の背後へ近づいた。

 

     ◇

 

 ルクスンは、墓石の間を歩いていた。

 

 遠くにロマールの城壁が見える。

 

 まずは街へ入る。

 

 食事と寝床を確保する。

 

 その後、盗賊ギルドへの接触方法を探す。

 

 奴隷の鉄輪を見られれば騒ぎになるため、首元には毛布から切り取った布を巻いていた。

 

「正門から入れるかな。通行税を取られる程度なら、1000ガメルあるから何とかなるけど……」

 

 腰の《妖姫殺し》へ手を触れる。

 

『盗賊ギルドとやらへ行くのか?』

 

「ロケットを調べてもらう。泉で死んでいた人の身元が分かるかもしれない」

 

『その前に、わらわへ豪華な鞘を買うのじゃ!』

 

「今の鞘で十分だろ」

 

『高貴なミスリル銀の短剣を、拾い物の粗末な鞘へ収めるなど無礼であろう!』

 

「売れば鞘ごと必要なくなるぞ」

 

『今の鞘も、なかなか味わい深いのじゃ』

 

「変わり身が早いな」

 

 短剣から手を離す。

 

 頭の中が静かになった。

 

 その代わり、別の精霊力を感じた。

 

 風。

 

 光。

 

 夜。

 

 複数の精霊が、ルクスンの背後で不自然な働きをしている。

 

 人間一人分の輪郭を包み込み、何かを隠すように動いていた。

 

「……何だ?」

 

 振り返りそうになり、思いとどまる。

 

 気づいていないふりをして歩き続けた。

 

 《センス・オーラ》へ意識を集中する。

 

 姿そのものは見えない。

 

 しかし、精霊が作っている隠蔽の形は分かる。

 

 さらに、インフラビジョンでは、人間一人分の体温が墓石の間を移動していた。

 

 見えている。

 

 完全に。

 

「精霊を使った姿隠しか」

 

 相手は、こちらに気づかれていないと思っている。

 

 ルクスンは足を止めず、右手を腰の剣へ近づけた。

 

 しかし、抜かない。

 

 襲撃者の目的も、人数も分からない。

 

 もう少し近づける。

 

 背後の熱が距離を縮めた。

 

 三歩。

 

 二歩。

 

 一歩。

 

 精霊力が大きく動く。

 

 ルクスンは横へ身をずらした。

 

 直後、短剣の切っ先が、先ほどまで背中のあった場所を通過する。

 

「なっ――!」

 

 少女の声。

 

 姿を隠した襲撃者が、驚いて動きを止めた。

 

 ルクスンは振り返り、短剣を持つ手首をつかんだ。

 

 触れたことで精霊による隠蔽が乱れ、襲撃者の輪郭が現れる。

 

 褐色がかった肌。

 

 人間よりわずかに尖った耳。

 

 夜色の髪。

 

 年若いハーフエルフの少女だった。

 

「なぜ分かった!」

 

「姿は見えなくても、君を隠してる精霊が丸見えなんだよ!」

 

「そんなの反則だ!」

 

「暗殺者が反則って言うな!」

 

 少女――ノクティアは、つかまれた手首をひねって逃れようとする。

 

 動きは素早い。

 

 だが、シーフ技能は1レベル。

 

 正面からの戦闘では、ファイター2のルクスンが上だった。

 

 ルクスンは短剣を持つ手を外側へ向け、ノクティアの体勢を崩した。

 

 ノクティアが反対の手を動かす。

 

 精霊魔法を使うつもりだ。

 

「使わせない!」

 

 距離を詰め、身振りを妨害する。

 

 ノクティアは膝を跳ね上げたが、ルクスンは腰を引いてかわした。

 

 そのまま足を払い、地面へ転がす。

 

 短剣が手から離れた。

 

 ノクティアはすぐに起き上がろうとしたが、ルクスンが先に短剣を拾う。

 

「返せ!」

 

「暗殺しようとした相手に、武器を返せって言うな!」

 

 ノクティアは逃げようとした。

 

 再び姿を隠そうと、精霊へ働きかける。

 

 しかし、ルクスンには精霊の動きが見えている。

 

 姿が薄れても、位置は筒抜けだった。

 

「そっちだ!」

 

「どうして分かる!」

 

 墓石の陰へ回り込んだノクティアを先回りする。

 

 進路を塞ぎ、肩を押さえ、再び地面へ組み伏せた。

 

 しばらく抵抗が続いた。

 

 最後はファイター技能の差が出た。

 

     ◇

 

 ノクティアは毛布で包まれ、ロープで縛られていた。

 

 衣服の上から、両腕と両脚をまとめて拘束されている。

 

 いわゆる簀巻きである。

 

「屈辱だ……」

 

「殺されかけた僕の台詞だよ」

 

「殺せ」

 

「嫌だ」

 

「任務に失敗した暗殺者を、なぜ生かす?」

 

「聞きたいことがあるからだ。誰に頼まれた?」

 

 ノクティアは口を閉ざした。

 

 ルクスンはため息をつく。

 

「言わないなら、盗賊ギルドへ連れていく」

 

「それは困る」

 

「じゃあ話せよ」

 

「それもできない」

 

「面倒くさいな!」

 

 ルクスンはノクティアから取り上げた品を確認した。

 

 短剣。

 

 小さな道具袋。

 

 暗殺者として使う細かな道具。

 

 身元や依頼主へ直接つながるものはない。

 

 しばらくすると、ノクティアは抵抗しなくなった。

 

 ルクスンが拘束を少し緩めた瞬間、ノクティアは落ちていた武器へ手を伸ばした。

 

 狙いが自分ではないと気づき、ルクスンは慌てて手首を押さえる。

 

「何してるんだ!」

 

「離せ。任務に失敗した暗殺者は死ななければならない」

 

「僕の目の前で死なれたら寝覚めが悪い!」

 

「組織は失敗を許さない。ミッション失敗。死あるのみ」

 

「そんなブラック組織、抜けちまえ!」

 

「ぶらっく?」

 

「そこはどうでもいい。辞めればいいって言ってるんだ」

 

「そんなことをしたら、わたしは組織に殺される」

 

「どうせ死ぬつもりなら、殺されるまで逃げろよ……とにかく、自分で死ぬな。死ぬなら、せめて僕の見ていないところでやってくれ」

 

 ルクスンは危険な物をすべて回収した。

 

 それから、ノクティアの拘束を解く。

 

「行けよ」

 

「武器は?」

 

「返すわけないだろ」

 

「それでは仕事ができない」

 

「まだ暗殺者を続ける気かよ!」

 

 ルクスンはノクティアを残し、ロマールへ向かって歩き始めた。

 

 しばらくすると、後ろから足音が聞こえた。

 

 立ち止まる。

 

 足音も止まる。

 

 歩き出す。

 

 また、ついてくる。

 

 ルクスンは振り返った。

 

「なぜついてくる?」

 

「わたしに帰る場所はない」

 

「だからって、殺そうとした相手についてくるなよ」

 

 腰の《妖姫殺し》へ触れる。

 

『こりゃ、一緒に行くしかないのぉ』

 

「聞きたくないことを言うな」

 

『主は女子を放っておけぬ性分なのじゃな』

 

「そんなんじゃない。それより、こいつと一緒にいたら、僕まで組織に襲われないか?」

 

 ノクティアは少し考えてから答えた。

 

「もともと、ある貴族に雇われた仲介人から、お前を殺すよう命じられている」

 

「貴族?」

 

「名前は知らない。仲介人から伝えられたのは、墓地に現れる蛮族の少年を殺せということだけだ」

 

「殺すだけ?」

 

「そうだ」

 

「所持品の回収は?」

 

「命じられていない」

 

「死体の処理や、成功した証拠の提出は?」

 

「それもない」

 

『どうしたのじゃ、主よ?』

 

「ちょっと黙れ」

 

 ルクスンは墓地を見回した。

 

 ノクティアは、標的を殺すだけの実行役。

 

 所持品の回収も、死体の確認も必要ない。

 

 それでは依頼人が、暗殺の成功を確認できない。

 

 誰かが別にいる。

 

 ノクティアが仕事を終えるところを監視し、その後始末をする人間が。

 

「殺すだけってことは――どこかに見届け人がいるってことか!?」

 

 夜の墓地は、何事もなかったように静まり返っていた。

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