アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ノクティアに与えられた最初の任務は、単純なものだった。
標的は、ロマール郊外の墓地に現れた蛮族の少年。
年齢は十代後半。
革鎧を身につけ、奴隷の鉄輪をはめている。剣と背負い袋を所持しているが、仲間はいない。
その少年を殺せ。
命令は、それだけだった。
所持品を奪えとも、死体を運べとも言われていない。
仕事を持ち込んだのは、ある貴族に雇われた私設の仲介人だった。しかし、ノクティアは貴族の名前も、標的が狙われる理由も知らされていない。
新人の実行役に、余計な情報は必要ない。
そう説明された。
ノクティアは疑わなかった。
暗殺者として一人前になったことを証明する、初めての獲物。
必ず仕留める。
それだけを考えて、夜の墓地へ向かった。
◇
月明かりが、傾いた墓石を照らしている。
ノクティアは墓地の外れで足を止めた。
標的を見つけた。
依頼で聞かされたとおりの少年だった。
革鎧。
腰の剣。
背負い袋。
首元へ布を巻き、奴隷の鉄輪を隠している。
一人で城壁へ向かって歩いていた。
周囲に仲間はいない。
護衛もいない。
ノクティアは呼吸を整え、精霊へ働きかけた。
身につけているのは、精霊魔法を妨げない革製の装備。金属製の鎧は着ていない。
片手には短剣。
もう一方の手は、精霊魔法を使うために空けてある。
精霊がノクティアの周囲へ集まり、その姿と輪郭を夜の風景へ溶かしていく。
足音が消える。
気配が薄れる。
月光の下から、ノクティアの姿が消失した。
シーフ技能は1レベル。
だが、シャーマン技能は3レベル。
普通の人間が相手なら、姿を発見される可能性は低い。
ノクティアは音もなく標的の背後へ近づいた。
◇
ルクスンは、墓石の間を歩いていた。
遠くにロマールの城壁が見える。
まずは街へ入る。
食事と寝床を確保する。
その後、盗賊ギルドへの接触方法を探す。
奴隷の鉄輪を見られれば騒ぎになるため、首元には毛布から切り取った布を巻いていた。
「正門から入れるかな。通行税を取られる程度なら、1000ガメルあるから何とかなるけど……」
腰の《妖姫殺し》へ手を触れる。
『盗賊ギルドとやらへ行くのか?』
「ロケットを調べてもらう。泉で死んでいた人の身元が分かるかもしれない」
『その前に、わらわへ豪華な鞘を買うのじゃ!』
「今の鞘で十分だろ」
『高貴なミスリル銀の短剣を、拾い物の粗末な鞘へ収めるなど無礼であろう!』
「売れば鞘ごと必要なくなるぞ」
『今の鞘も、なかなか味わい深いのじゃ』
「変わり身が早いな」
短剣から手を離す。
頭の中が静かになった。
その代わり、別の精霊力を感じた。
風。
光。
夜。
複数の精霊が、ルクスンの背後で不自然な働きをしている。
人間一人分の輪郭を包み込み、何かを隠すように動いていた。
「……何だ?」
振り返りそうになり、思いとどまる。
気づいていないふりをして歩き続けた。
《センス・オーラ》へ意識を集中する。
姿そのものは見えない。
しかし、精霊が作っている隠蔽の形は分かる。
さらに、インフラビジョンでは、人間一人分の体温が墓石の間を移動していた。
見えている。
完全に。
「精霊を使った姿隠しか」
相手は、こちらに気づかれていないと思っている。
ルクスンは足を止めず、右手を腰の剣へ近づけた。
しかし、抜かない。
襲撃者の目的も、人数も分からない。
もう少し近づける。
背後の熱が距離を縮めた。
三歩。
二歩。
一歩。
精霊力が大きく動く。
ルクスンは横へ身をずらした。
直後、短剣の切っ先が、先ほどまで背中のあった場所を通過する。
「なっ――!」
少女の声。
姿を隠した襲撃者が、驚いて動きを止めた。
ルクスンは振り返り、短剣を持つ手首をつかんだ。
触れたことで精霊による隠蔽が乱れ、襲撃者の輪郭が現れる。
褐色がかった肌。
人間よりわずかに尖った耳。
夜色の髪。
年若いハーフエルフの少女だった。
「なぜ分かった!」
「姿は見えなくても、君を隠してる精霊が丸見えなんだよ!」
「そんなの反則だ!」
「暗殺者が反則って言うな!」
少女――ノクティアは、つかまれた手首をひねって逃れようとする。
動きは素早い。
だが、シーフ技能は1レベル。
正面からの戦闘では、ファイター2のルクスンが上だった。
ルクスンは短剣を持つ手を外側へ向け、ノクティアの体勢を崩した。
ノクティアが反対の手を動かす。
精霊魔法を使うつもりだ。
「使わせない!」
距離を詰め、身振りを妨害する。
ノクティアは膝を跳ね上げたが、ルクスンは腰を引いてかわした。
そのまま足を払い、地面へ転がす。
短剣が手から離れた。
ノクティアはすぐに起き上がろうとしたが、ルクスンが先に短剣を拾う。
「返せ!」
「暗殺しようとした相手に、武器を返せって言うな!」
ノクティアは逃げようとした。
再び姿を隠そうと、精霊へ働きかける。
しかし、ルクスンには精霊の動きが見えている。
姿が薄れても、位置は筒抜けだった。
「そっちだ!」
「どうして分かる!」
墓石の陰へ回り込んだノクティアを先回りする。
進路を塞ぎ、肩を押さえ、再び地面へ組み伏せた。
しばらく抵抗が続いた。
最後はファイター技能の差が出た。
◇
ノクティアは毛布で包まれ、ロープで縛られていた。
衣服の上から、両腕と両脚をまとめて拘束されている。
いわゆる簀巻きである。
「屈辱だ……」
「殺されかけた僕の台詞だよ」
「殺せ」
「嫌だ」
「任務に失敗した暗殺者を、なぜ生かす?」
「聞きたいことがあるからだ。誰に頼まれた?」
ノクティアは口を閉ざした。
ルクスンはため息をつく。
「言わないなら、盗賊ギルドへ連れていく」
「それは困る」
「じゃあ話せよ」
「それもできない」
「面倒くさいな!」
ルクスンはノクティアから取り上げた品を確認した。
短剣。
小さな道具袋。
暗殺者として使う細かな道具。
身元や依頼主へ直接つながるものはない。
しばらくすると、ノクティアは抵抗しなくなった。
ルクスンが拘束を少し緩めた瞬間、ノクティアは落ちていた武器へ手を伸ばした。
狙いが自分ではないと気づき、ルクスンは慌てて手首を押さえる。
「何してるんだ!」
「離せ。任務に失敗した暗殺者は死ななければならない」
「僕の目の前で死なれたら寝覚めが悪い!」
「組織は失敗を許さない。ミッション失敗。死あるのみ」
「そんなブラック組織、抜けちまえ!」
「ぶらっく?」
「そこはどうでもいい。辞めればいいって言ってるんだ」
「そんなことをしたら、わたしは組織に殺される」
「どうせ死ぬつもりなら、殺されるまで逃げろよ……とにかく、自分で死ぬな。死ぬなら、せめて僕の見ていないところでやってくれ」
ルクスンは危険な物をすべて回収した。
それから、ノクティアの拘束を解く。
「行けよ」
「武器は?」
「返すわけないだろ」
「それでは仕事ができない」
「まだ暗殺者を続ける気かよ!」
ルクスンはノクティアを残し、ロマールへ向かって歩き始めた。
しばらくすると、後ろから足音が聞こえた。
立ち止まる。
足音も止まる。
歩き出す。
また、ついてくる。
ルクスンは振り返った。
「なぜついてくる?」
「わたしに帰る場所はない」
「だからって、殺そうとした相手についてくるなよ」
腰の《妖姫殺し》へ触れる。
『こりゃ、一緒に行くしかないのぉ』
「聞きたくないことを言うな」
『主は女子を放っておけぬ性分なのじゃな』
「そんなんじゃない。それより、こいつと一緒にいたら、僕まで組織に襲われないか?」
ノクティアは少し考えてから答えた。
「もともと、ある貴族に雇われた仲介人から、お前を殺すよう命じられている」
「貴族?」
「名前は知らない。仲介人から伝えられたのは、墓地に現れる蛮族の少年を殺せということだけだ」
「殺すだけ?」
「そうだ」
「所持品の回収は?」
「命じられていない」
「死体の処理や、成功した証拠の提出は?」
「それもない」
『どうしたのじゃ、主よ?』
「ちょっと黙れ」
ルクスンは墓地を見回した。
ノクティアは、標的を殺すだけの実行役。
所持品の回収も、死体の確認も必要ない。
それでは依頼人が、暗殺の成功を確認できない。
誰かが別にいる。
ノクティアが仕事を終えるところを監視し、その後始末をする人間が。
「殺すだけってことは――どこかに見届け人がいるってことか!?」
夜の墓地は、何事もなかったように静まり返っていた。