アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
旧守派の隠れ里で八時間の睡眠を取ったことで、ルクスンたちの精神力は全快した。
オトフリートの梟も、主人とは別に持つ精神力を回復させている。
装備を整えた一行は、祭司長の小屋へ集まった。
机の上には、祭祀場と戦士の館、その周囲にある巡回路を記した地図が広げられている。
「目的はゼクノワの生け捕り。殺したら混沌の女神を止めても、十二支族の内戦が続く。可能なかぎり傷つけずに連れ帰る」
ルクスンは地図上の巡回路を指でなぞった。
「旧守派は東側で騒ぎを起こして、巡回中の戦士を引きつける。僕とノクティアとゼフィーリアは西から入る。オトフリートは少し離れて待機し、梟で上空から監視。逃走路へ敵が回り込んだ場合だけ魔法で援護してくれ」
「ゼクノワ様が激しく抵抗した場合は?」
「暗黒神の加護を持つダークエルフへ精神魔法を連打するより、物理的に拘束したほうが確実だ。目隠し、耳栓、猿轡、ロープを使う」
ノクティアが用意された拘束具を確認する。
「誘拐」
「救出だよ!」
「やることは誘拐と同じ」
「本人の同意が取れたら救出になる!」
ベラトリクスが鞘の中から口を挟む。
「花婿を攫うとは、主も大胆になったのう」
「ゼフィーリアの花婿候補を減らせば、自動的に僕へ回ってくるみたいな言い方はやめろ!」
ゼフィーリアは否定しなかった。
「本当に最後の手段です」
「それ、安心させる言葉になってないからね?」
◇
夜明け前。
ターシャスの森は、まだ深い闇に包まれていた。
今回はウィル・オー・ウィスプもライトも使わない。
明かりを出せば、こちらの位置を敵へ知らせてしまう。
ルクスン、ノクティア、ゼフィーリアは暗闇の中でも周囲を把握できる。
オトフリートは安全な場所へ身を伏せ、自分の視覚を使い魔へ預けた。
梟の暗視によって、上空から巡回路を監視する。
ただし、暗視やインフラビジョンでは、地面の細かな色の違いや細い仕掛けまでは判別しにくい。
先頭のノクティアは歩みを遅くし、足を置く場所を手と短槍の石突で確かめながら進んだ。
速度より隠密を優先する場面だった。
やがて、森の東側から鳥の鳴き声が三度響いた。
旧守派が配置についた合図である。
少し遅れて、木の枝が折れる音と金属同士のぶつかる音が聞こえた。
戦士の館を守っていた者たちが、東側へ動き始める。
上空を飛ぶ梟の視界から、オトフリートが状況を伝えた。
「巡回路から四人離れました。残っているのは一人です。長身で、腰に曲刀を帯びています」
「ゼクノワです」
ゼフィーリアが答えた。
「一人だけ? こちらの動きが読まれている可能性は?」
「あります。それでも行きます」
一行は巡回路へ近づいた。
◇
森の中に、一人のダークエルフが立っていた。
銀色の髪を後ろで束ね、黒い革鎧の上へ薄い金属板を重ねている。
腰には長い曲刀。
戦士として鍛えられた身体と、他者へ命令することに慣れた立ち姿。
ゼクノワだった。
彼は暗闇の中から現れたゼフィーリアを見ても、驚かなかった。
「戻ってきたのか」
「あなたを助けに来ました」
「必要ない。すぐに森を出ろ。お前まで巫女の前へ行けば、すべてが終わる」
「私を探し出せと命じたのは、あなたでしょう?」
「お前を連れ戻すためではない。誰かが俺の異変に気づき、あの巫女を止めるよう伝えるためだ。しかし、俺は命令を出した翌朝になると、その理由を忘れていた」
ゼクノワは曲刀の柄へ手を置いた。
だが、まだ抜こうとはしない。
「巡回の配置を変えたのも、あなたですね?」
「夜明け前だけは、巫女の声が弱くなる。俺が意識を取り戻せるのは、この短い時間だけだ。東へ戦士を向かわせた。拘束具を持っているなら、早く使え」
「本人の同意が取れた! ここからは正式に救出作戦だ!」
「ルクスン、急いで」
ノクティアがロープを取り出す。
その瞬間、ゼクノワの身体が震えた。
曲刀が鞘から抜かれる。
先ほどまで残っていた理性が、急速に消えていく。
「ゼフィーリアを祭壇へ。新たなる花嫁の身体を、女神へ捧げよ」
ゼクノワの口から出た声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
男の声へ、別の女の声が重なっている。
「もう来たのかよ! ベラ、自由行動! ゼクノワの身体は斬るな!」
「任せるのじゃ!」
ベラトリクスが鞘から抜け、自立して飛び上がった。
ゼクノワの曲刀とベラトリクスが空中でぶつかる。
ミスリル製の魔剣は、正面から曲刀を受けても揺らがない。
ベラトリクスは刃を折ろうとはせず、曲刀の軌道を横へ逸らした。
バロウルの魔眼が発動するのは、生命体を斬り、傷を与えたときである。
武器同士を打ち合わせるだけなら、ゼクノワへ死の力が及ぶことはない。
「正面は僕が抑える! ノクティアは脚を狙え!」
ルクスンはラウンドシールドを構え、ゼクノワへ踏み込んだ。
曲刀が盾の縁へ滑り込む。
ルクスンはメイスを使わず、盾そのものをゼクノワの胸へ押しつけた。
ゼクノワも強い。
体格と腕力で押し返し、曲刀を引き抜こうとする。
しかし、その足元へノクティアが滑り込んだ。
投げ縄が片足へ絡みつく。
ノクティアが立木を回り込むように走り、ロープを引いた。
ゼクノワの姿勢が崩れる。
「今です!」
ゼフィーリアが背後から飛びついた。
ルクスンが盾ごと押し倒し、ノクティアが両脚を縛る。
ベラトリクスはゼクノワの手元へ体当たりし、曲刀を弾き飛ばした。
三人がかりで地面へ押さえつける。
「目隠し!」
「ある!」
「耳栓!」
「入れる!」
「猿轡!」
「少し黙って!」
「僕に言った!?」
ゼクノワの目が布で覆われる。
耳を塞ぎ、猿轡を噛ませ、両手を背中側で縛り上げた。
拘束が終わった直後、ゼクノワの身体から力が抜けた。
女の声も聞こえなくなる。
ルクスンは周囲を警戒しながら立ち上がった。
「巫女の姿を見せず、声を聞かせなければ影響が弱まる。ゼクノワが命令に紛れ込ませた条件は正しかったんだ」
「主よ、感心しておらんで逃げるぞ。剣の気配が増えておる!」
ベラトリクスのセンス・ソードが、巡回兵の接近を捉えていた。
◇
旧守派の陽動によって敵の追跡は遅れていた。
ルクスンとノクティアが交代でゼクノワを担ぎ、来た道を引き返す。
オトフリートの梟が上空から追跡者の動きを監視した。
敵が退路へ回り込む前に、一行は旧守派の勢力圏へ戻ることができた。
ゼクノワは祭司長の小屋へ運び込まれた。
窓を閉じ、外から巫女の姿が見えないことを確認する。
耳栓は片方だけ外された。
目隠しと猿轡は残したままである。
「これから猿轡を外す。巫女の声が聞こえたら、すぐに合図してくれ」
ゼクノワが頷いた。
猿轡が外される。
しばらく激しく息をしたあと、ゼクノワは口を開いた。
「間に合ったか……」
「今のところは。混沌の女神は、何をするつもりです?」
オトフリートの問いに、ゼクノワの表情が強張る。
「明日の婚姻は、俺と巫女を結びつけるためだけの儀式ではない。いま女神が使っている巫女の身体は、強すぎる神聖力に耐えられない。すでに内側から崩れ始めている」
ゼフィーリアが息を呑む。
「新しい器を探しているのですか?」
「あの女神が欲しがっているのは、祭司の正統な血を引き、強い神聖力へ耐えられる身体だ。巫女はお前へ乗り移るための仮初めの器にすぎない」
婚姻の儀へゼフィーリアが現れなければ、混沌の女神は現在の巫女の身体で十二支族の信仰を集める。
ゼフィーリアが現れれば、儀式の中で身体を奪い、より強い器として作り替える。
どちらに転んでも、女神にとって不都合はない。
「つまり、混沌の女神が本当に選んだ花嫁は……」
ルクスンがゼフィーリアを見る。
ゼフィーリアは鷹の羽のマントを握りしめた。
「私です」
逃げ出したはずの祭司長の娘は、別の神に身体を奪われるため、故郷へ呼び戻されていた。