アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第70話 花婿誘拐作戦

 旧守派の隠れ里で八時間の睡眠を取ったことで、ルクスンたちの精神力は全快した。

 

 オトフリートの梟も、主人とは別に持つ精神力を回復させている。

 

 装備を整えた一行は、祭司長の小屋へ集まった。

 

 机の上には、祭祀場と戦士の館、その周囲にある巡回路を記した地図が広げられている。

 

「目的はゼクノワの生け捕り。殺したら混沌の女神を止めても、十二支族の内戦が続く。可能なかぎり傷つけずに連れ帰る」

 

 ルクスンは地図上の巡回路を指でなぞった。

 

「旧守派は東側で騒ぎを起こして、巡回中の戦士を引きつける。僕とノクティアとゼフィーリアは西から入る。オトフリートは少し離れて待機し、梟で上空から監視。逃走路へ敵が回り込んだ場合だけ魔法で援護してくれ」

 

「ゼクノワ様が激しく抵抗した場合は?」

 

「暗黒神の加護を持つダークエルフへ精神魔法を連打するより、物理的に拘束したほうが確実だ。目隠し、耳栓、猿轡、ロープを使う」

 

 ノクティアが用意された拘束具を確認する。

 

「誘拐」

 

「救出だよ!」

 

「やることは誘拐と同じ」

 

「本人の同意が取れたら救出になる!」

 

 ベラトリクスが鞘の中から口を挟む。

 

「花婿を攫うとは、主も大胆になったのう」

 

「ゼフィーリアの花婿候補を減らせば、自動的に僕へ回ってくるみたいな言い方はやめろ!」

 

 ゼフィーリアは否定しなかった。

 

「本当に最後の手段です」

 

「それ、安心させる言葉になってないからね?」

 

          ◇

 

 夜明け前。

 

 ターシャスの森は、まだ深い闇に包まれていた。

 

 今回はウィル・オー・ウィスプもライトも使わない。

 

 明かりを出せば、こちらの位置を敵へ知らせてしまう。

 

 ルクスン、ノクティア、ゼフィーリアは暗闇の中でも周囲を把握できる。

 

 オトフリートは安全な場所へ身を伏せ、自分の視覚を使い魔へ預けた。

 

 梟の暗視によって、上空から巡回路を監視する。

 

 ただし、暗視やインフラビジョンでは、地面の細かな色の違いや細い仕掛けまでは判別しにくい。

 

 先頭のノクティアは歩みを遅くし、足を置く場所を手と短槍の石突で確かめながら進んだ。

 

 速度より隠密を優先する場面だった。

 

 やがて、森の東側から鳥の鳴き声が三度響いた。

 

 旧守派が配置についた合図である。

 

 少し遅れて、木の枝が折れる音と金属同士のぶつかる音が聞こえた。

 

 戦士の館を守っていた者たちが、東側へ動き始める。

 

 上空を飛ぶ梟の視界から、オトフリートが状況を伝えた。

 

「巡回路から四人離れました。残っているのは一人です。長身で、腰に曲刀を帯びています」

 

「ゼクノワです」

 

 ゼフィーリアが答えた。

 

「一人だけ? こちらの動きが読まれている可能性は?」

 

「あります。それでも行きます」

 

 一行は巡回路へ近づいた。

 

          ◇

 

 森の中に、一人のダークエルフが立っていた。

 

 銀色の髪を後ろで束ね、黒い革鎧の上へ薄い金属板を重ねている。

 

 腰には長い曲刀。

 

 戦士として鍛えられた身体と、他者へ命令することに慣れた立ち姿。

 

 ゼクノワだった。

 

 彼は暗闇の中から現れたゼフィーリアを見ても、驚かなかった。

 

「戻ってきたのか」

 

「あなたを助けに来ました」

 

「必要ない。すぐに森を出ろ。お前まで巫女の前へ行けば、すべてが終わる」

 

「私を探し出せと命じたのは、あなたでしょう?」

 

「お前を連れ戻すためではない。誰かが俺の異変に気づき、あの巫女を止めるよう伝えるためだ。しかし、俺は命令を出した翌朝になると、その理由を忘れていた」

 

 ゼクノワは曲刀の柄へ手を置いた。

 

 だが、まだ抜こうとはしない。

 

「巡回の配置を変えたのも、あなたですね?」

 

「夜明け前だけは、巫女の声が弱くなる。俺が意識を取り戻せるのは、この短い時間だけだ。東へ戦士を向かわせた。拘束具を持っているなら、早く使え」

 

「本人の同意が取れた! ここからは正式に救出作戦だ!」

 

「ルクスン、急いで」

 

 ノクティアがロープを取り出す。

 

 その瞬間、ゼクノワの身体が震えた。

 

 曲刀が鞘から抜かれる。

 

 先ほどまで残っていた理性が、急速に消えていく。

 

「ゼフィーリアを祭壇へ。新たなる花嫁の身体を、女神へ捧げよ」

 

 ゼクノワの口から出た声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 

 男の声へ、別の女の声が重なっている。

 

「もう来たのかよ! ベラ、自由行動! ゼクノワの身体は斬るな!」

 

「任せるのじゃ!」

 

 ベラトリクスが鞘から抜け、自立して飛び上がった。

 

 ゼクノワの曲刀とベラトリクスが空中でぶつかる。

 

 ミスリル製の魔剣は、正面から曲刀を受けても揺らがない。

 

 ベラトリクスは刃を折ろうとはせず、曲刀の軌道を横へ逸らした。

 

 バロウルの魔眼が発動するのは、生命体を斬り、傷を与えたときである。

 

 武器同士を打ち合わせるだけなら、ゼクノワへ死の力が及ぶことはない。

 

「正面は僕が抑える! ノクティアは脚を狙え!」

 

 ルクスンはラウンドシールドを構え、ゼクノワへ踏み込んだ。

 

 曲刀が盾の縁へ滑り込む。

 

 ルクスンはメイスを使わず、盾そのものをゼクノワの胸へ押しつけた。

 

 ゼクノワも強い。

 

 体格と腕力で押し返し、曲刀を引き抜こうとする。

 

 しかし、その足元へノクティアが滑り込んだ。

 

 投げ縄が片足へ絡みつく。

 

 ノクティアが立木を回り込むように走り、ロープを引いた。

 

 ゼクノワの姿勢が崩れる。

 

「今です!」

 

 ゼフィーリアが背後から飛びついた。

 

 ルクスンが盾ごと押し倒し、ノクティアが両脚を縛る。

 

 ベラトリクスはゼクノワの手元へ体当たりし、曲刀を弾き飛ばした。

 

 三人がかりで地面へ押さえつける。

 

「目隠し!」

 

「ある!」

 

「耳栓!」

 

「入れる!」

 

「猿轡!」

 

「少し黙って!」

 

「僕に言った!?」

 

 ゼクノワの目が布で覆われる。

 

 耳を塞ぎ、猿轡を噛ませ、両手を背中側で縛り上げた。

 

 拘束が終わった直後、ゼクノワの身体から力が抜けた。

 

 女の声も聞こえなくなる。

 

 ルクスンは周囲を警戒しながら立ち上がった。

 

「巫女の姿を見せず、声を聞かせなければ影響が弱まる。ゼクノワが命令に紛れ込ませた条件は正しかったんだ」

 

「主よ、感心しておらんで逃げるぞ。剣の気配が増えておる!」

 

 ベラトリクスのセンス・ソードが、巡回兵の接近を捉えていた。

 

          ◇

 

 旧守派の陽動によって敵の追跡は遅れていた。

 

 ルクスンとノクティアが交代でゼクノワを担ぎ、来た道を引き返す。

 

 オトフリートの梟が上空から追跡者の動きを監視した。

 

 敵が退路へ回り込む前に、一行は旧守派の勢力圏へ戻ることができた。

 

 ゼクノワは祭司長の小屋へ運び込まれた。

 

 窓を閉じ、外から巫女の姿が見えないことを確認する。

 

 耳栓は片方だけ外された。

 

 目隠しと猿轡は残したままである。

 

「これから猿轡を外す。巫女の声が聞こえたら、すぐに合図してくれ」

 

 ゼクノワが頷いた。

 

 猿轡が外される。

 

 しばらく激しく息をしたあと、ゼクノワは口を開いた。

 

「間に合ったか……」

 

「今のところは。混沌の女神は、何をするつもりです?」

 

 オトフリートの問いに、ゼクノワの表情が強張る。

 

「明日の婚姻は、俺と巫女を結びつけるためだけの儀式ではない。いま女神が使っている巫女の身体は、強すぎる神聖力に耐えられない。すでに内側から崩れ始めている」

 

 ゼフィーリアが息を呑む。

 

「新しい器を探しているのですか?」

 

「あの女神が欲しがっているのは、祭司の正統な血を引き、強い神聖力へ耐えられる身体だ。巫女はお前へ乗り移るための仮初めの器にすぎない」

 

 婚姻の儀へゼフィーリアが現れなければ、混沌の女神は現在の巫女の身体で十二支族の信仰を集める。

 

 ゼフィーリアが現れれば、儀式の中で身体を奪い、より強い器として作り替える。

 

 どちらに転んでも、女神にとって不都合はない。

 

「つまり、混沌の女神が本当に選んだ花嫁は……」

 

 ルクスンがゼフィーリアを見る。

 

 ゼフィーリアは鷹の羽のマントを握りしめた。

 

「私です」

 

 逃げ出したはずの祭司長の娘は、別の神に身体を奪われるため、故郷へ呼び戻されていた。

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