アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
拘束されたゼクノワの前へ、祭司長が立った。
目隠しは外さない。
耳栓も片方だけ残してある。
巫女の姿を見ず、その声を聞かなければ、混沌の女神による干渉は弱まる。
ゼクノワ自身も、いまは女神の存在を敵として認識している。暗黒神の加護による強い精神抵抗も、ようやく本来の意味を取り戻していた。
「久しいな、ゼクノワ」
「祭司長には、ご迷惑をおかけしました」
「お前が自ら望んで巫女へ従ったわけではないことは理解した。それでも、お前の命令によって同族の血が流れた事実は消えない」
「承知しています。混沌の女神を排除したあと、必要な裁きを受けます」
ゼフィーリアが二人の間へ入る。
「裁きの話は、すべてが終わってからです。それより、婚姻の儀について知っていることを話してください」
ゼクノワが頷いた。
「祭祀場へ集められるのは、十二支族の代表者たちだ。俺が次代の族長として巫女を花嫁に迎え、新たな神へ服従を誓う。代表者たちもそれに続き、十二支族全体の信仰を女神へ捧げる」
「私の身体を奪う儀式は、どこで行われるのです?」
「婚姻の誓約と同時だ。巫女は祭司の血統を持たない。だから儀式の途中でお前を祭壇へ上げ、女神の魂を移す。巫女の身体は、そのための橋として使い潰される」
「身体を奪われている巫女本人は、まだ生きていますか?」
「わからない。時折、女神とは違う声で助けを求めることがある。しかし、その声も日に日に弱くなっている」
仮初めの器となった巫女にも、まだ自我が残っている可能性がある。
ならば、巫女ごと殺すという手段は選びにくい。
現在の身体を破壊すれば、混沌の女神は再び霊体となる。
その場にゼフィーリアがいれば、すぐに新たな器として狙われるだろう。
「ベラのバロウルの魔眼は使用禁止だな。巫女を斬って即死させたら、混沌の女神だけが飛び出してくる可能性がある」
「せっかくの魔眼なのに、使ってはならぬ場面ばかりではないか!」
「即死攻撃を気軽に使えると思うな!」
◇
祭司長が地図を広げた。
「ゼクノワを救出した以上、婚姻の儀は行えないのではないか?」
「女神は俺を取り戻そうとする。それが無理なら、別の者を族長代理として立てるかもしれません。儀式の正統性は落ちますが、十二支族の代表者を集めて信仰を誓わせることはできます」
「つまり、ゼクノワを攫っただけでは止まらない」
「時間は稼げます。しかし、巫女と祭壇を残すかぎり、別の形で儀式は行われます」
ルクスンは地図を見つめた。
祭祀場を武力で制圧するだけなら、旧守派を総動員すれば不可能ではないかもしれない。
だが、巫女へ従っている者たちもダークエルフ十二支族の一員である。
正面から戦えば、混沌の女神を倒す前に十二支族が潰し合う。
「公衆の面前で、儀式そのものを否定する必要がある。ゼクノワが次代の族長として婚姻を拒否し、ゼフィーリアが祭司の正統な血統として女神を認めない。十二支族の代表者が見ている前でやれば、巫女へ従っている連中にも迷いが生まれる」
「巫女の近くへ行けば、私は再び操られる可能性があります」
「だから目と耳を塞いだまま祭祀場へ入る。宣言するときだけ外す」
ゼフィーリアがゼクノワを見る。
「その瞬間に支配されたら?」
「俺が婚姻を受け入れたとしても、お前が拒絶すれば儀式は完全には成立しない」
祭司長が低い声で答える。
「ゼフィーリアは本来、お前と結ばれることで祭司と族長の血統を一つにするはずだった。巫女がゼフィーリアの身体を奪えば、同じ条件を満たせる」
「私がゼクノワの花嫁ではないことを、十二支族の前で証明すればいいのですね」
ルクスンは嫌な予感を覚えた。
ゼフィーリアが、ゆっくりとこちらを見る。
「最後の手段があります」
「まだ最後じゃない! もう少し粘ろう!」
ゼクノワが事情を理解できず、顔を上げる。
「何の話だ?」
「祭司の血統に連なる娘が、自らの自由意思で別の婿を選んだと宣言すれば、族長の血統と結ぶために決められた婚約は無効になります」
「相手は、その人間か?」
「最終的には」
「最終的にもやめろ!」
祭司長がルクスンを値踏みするように見る。
「人間を婿に迎えるなど認められん」
「父上に認めていただく必要はありません。祭司の娘が自ら選ぶ婿は、本人の自由意思によって決められます」
「ファラリスの教義が、ここで最悪の方向に強い!」
ノクティアが真顔でルクスンを見る。
「結婚するの?」
「しない! まだ作戦会議だ!」
「嫌なの?」
「そういう確認を今するな!」
ベラトリクスが鞘の中で騒ぎ始める。
「主よ、ダークエルフの婿になるなら、その前に妾を第一夫人として認めるのじゃ!」
「お前は剣だ!」
「人型になれるぞ!」
「余計に話をややこしくするな!」
オトフリートだけが冷静に地図を見ていた。
「ゼフィーリアが別の婿を選んだと宣言すれば、少なくとも婚姻の儀が掲げる正統性は崩せます。しかし、混沌の女神が力ずくで身体を奪おうとする可能性は残ります」
「そう。だから本当に最後の手段だ。婿取り宣言だけで神様が消えてくれるわけじゃない」
ルクスンは地図上の祭壇を指した。
「第一の目的は、十二支族の信仰を女神から切り離すこと。第二の目的は、巫女から混沌の女神を引き剝がすこと。第三の目的は、巫女本人を可能なら救出すること。この順番でいく」
◇
隠れ里へ、森の奥を監視していた斥候が駆け込んできた。
「祭祀場で動きがあります! 婚姻の儀が今夜へ繰り上げられました。各支族の代表者が、すでに集められ始めています!」
「ゼクノワを奪われたことで、女神も焦っている」
「日没まで、あまり時間がありません」
祭司長が旧守派の戦士たちを招集する。
正面から祭祀場へ向かう者。
退路を確保する者。
巫女派の増援を食い止める者。
それぞれの役割が決められていく。
ルクスンたちも準備を始めた。
「祭祀場へ近づく前に、オトフリートがカウンター・マジックをかける。相手は神様だ。精神抵抗を上げられるだけ上げておく」
「対象を増やして、皆さんへかけます。ただし、祭祀場へ入る前に行いましょう。いま使って、移動中に効果が切れては意味がありません」
「頼む。ノクティアとゼフィーリアは精霊力を温存。巫女の身体を傷つけずに拘束できる機会が来るまで、攻撃魔法は使わない」
「ルクスンは?」
「僕は前に立つ。混沌の女神がゼフィーリアへ移ろうとしたら、創造神の力で運命そのものへ割り込む」
どこまで通用するかはわからない。
だが、創造神がルクスンへ神聖魔法を押しつけた理由は、混沌の女神を倒すためだった。
使うべき場面は近づいている。
◇
目隠しをしたゼクノワが立ち上がった。
両手の拘束は外されたが、耳栓は残されている。
祭祀場へ着くまで、巫女の声を聞かせるわけにはいかない。
「ゼフィーリア」
「何です?」
「俺はお前との婚約を破棄する。十二支族の前でも、同じことを宣言する」
「ありがとうございます」
「代わりに、その人間を婿にするのか?」
「必要になれば」
「必要になるな!」
ルクスンの叫びが、隠れ里へ響いた。
混沌の女神を倒すための祭祀場突入。
それは同時に、ルクスンの人生を守る戦いにもなりつつあった。