アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
日没直前。
旧守派の一団は、ゼクノワを伴って祭祀場へ向かった。
ゼクノワの目は布で覆われ、両耳には耳栓が詰められている。祭祀場へ到着するまで、巫女の姿も声も届かせないためだった。
ルクスンたちは、その周囲を固めている。
祭祀場の手前で、オトフリートが足を止めた。
古代語魔法の発動体である杖を掲げ、必要な者が視界へ入っていることを確認する。
「全知全能たる、万象を巡るマナよ。見えざる力を退け、抗う心へ守りを与えよ——カウンター・マジック!」
対象を拡大された古代語魔法が、ルクスン、ノクティア、ゼフィーリア、オトフリート、ゼクノワへ届く。
抵抗するための魔法ではない。
味方として受け入れた全員へ確実に働き、精神を守る力を高めた。
「効果が続いている間に終わらせます。儀式を長引かせれば、もう一度かけ直す必要があります」
「了解。演説大会をするつもりはない。婚約破棄、偽神認定、巫女救出。三つまとめて片づけよう」
「一つ余計な婚約が増えそうじゃがのう」
「増やさない!」
◇
祭祀場は、巨大な古木に囲まれた円形の広場だった。
中央には黒い石で組まれた祭壇がある。
十二支族を示す旗が並び、その下へ各支族の代表者たちが集められていた。
祭壇の前に立つのは、一人のダークエルフの巫女。
褐色だったはずの肌には、白い亀裂が走っている。
亀裂の奥から漏れているのは血ではない。
赤。
黒。
紫。
互いに混ざり合いながら反発する、異質な神聖力だった。
巫女の身体は、混沌の女神を宿すことに耐えられなくなっている。
ルクスンのセンスマジックにも、巫女の輪郭から溢れ出す膨大な魔力が映っていた。
「来たか、逃げた花嫁。そして、我が花婿」
巫女の口から、幾つもの女の声が重なって響く。
ゼクノワの身体が震えた。
まだ目隠しも耳栓も外していない。それでも、祭祀場へ満ちた神聖力が、その精神へ入り込もうとしている。
ゼフィーリアがゼクノワの手を握った。
「まだ聞いてはなりません。宣言する直前まで耐えてください」
旧守派の戦士たちが道を開ける。
一行は十二支族の代表者たちが見守る中、祭壇の前へ進んだ。
巫女派の戦士たちも武器へ手をかけている。
だが、次代の族長であるゼクノワがいる以上、いきなり斬りかかることはできなかった。
祭壇まで十歩。
ゼクノワの目隠しが外される。
続いて耳栓も取り除かれた。
「さあ、我が花婿よ。十二支族を新たな神へ捧げよ。汝の隣には、祭司の血を引く正しき花嫁もいる」
巫女の声と同時に、神聖力がゼクノワへ押し寄せる。
ゼクノワの瞳が、一瞬だけ紫色へ染まった。
しかし、すぐに本来の色を取り戻す。
今度のゼクノワは、巫女の力を祝福だとは思っていない。
敵の干渉だと理解し、自らの意思で抵抗している。
暗黒神の加護。
オトフリートのカウンター・マジック。
何より、すでに自分が操られていると知った意志が、女神の声を押し返した。
「俺は、この婚姻を拒絶する。祭司長の娘ゼフィーリアとの婚約も、ここに破棄する。この巫女へ宿る者は、我ら十二支族が信仰してきた神ではない!」
十二支族の代表者たちがざわめいた。
巫女派の戦士たちにも動揺が広がる。
「花婿は迷っている。ならば、花嫁の血が正しき道を示すであろう。ゼフィーリアよ。その身体を差し出し、我となれ」
「拒絶します。私の身体も、信仰も、意思も、あなたへ差し出すつもりはありません」
「汝は族長の血統へ嫁ぎ、十二支族を一つにする者。汝一人の意思で拒めるものではない」
「いいえ。私はすでに、別の婿を選びました」
来た。
ついに来てしまった。
ゼフィーリアがルクスンの腕を取る。
「祭司の血統に連なる娘ゼフィーリアは、自由意思によって、この人間ルクスンを婿に選びます」
祭祀場から、すべての音が消えた。
祭司長が目を閉じる。
ゼクノワは目隠しをされていたとき以上に渋い顔をした。
ノクティアは無表情でルクスンを見ている。
ベラトリクスが鞘の中で暴れ始めた。
「主よ! 本当に婿になってしまうのか! 妾への相談はどうしたのじゃ!」
「最後の手段だから使わないと思ってたんだよ!」
ゼフィーリアが腕を離さない。
「ルクスンの同意がなければ、私の自由意思だけでは成立しません」
「ここで僕に振るの!?」
「同意していただけますか?」
混沌の女神。
十二支族。
祭司長。
ゼクノワ。
ノクティア。
オトフリート。
全員の視線がルクスンへ集まっている。
逃げ道はなかった。
「わかった! 君の身体と自由を守るためなら、婿でも何でも引き受ける! 僕はゼフィーリアの選択を受け入れる!」
祭司の血統に連なる娘と、彼女が自由意思によって選んだ婿。
双方の同意が成立した。
族長同士が決めた婚約は、もはやゼフィーリアを縛れない。
混沌の女神が利用しようとしていた婚姻の形が崩れる。
祭壇を満たしていた神聖力が大きく揺らいだ。
「認めぬ。我は神ぞ。人の誓いも、森の掟も、すべて我が望む形へ作り替える!」
◇
巫女の身体に走っていた亀裂が、一斉に広がった。
混沌の女神が力ずくでゼフィーリアへ移ろうとする。
赤、黒、紫の神聖力が巫女の身体から噴き出し、巨大な腕となってゼフィーリアへ伸びた。
ゼフィーリアの身体が引かれる。
鷹の羽のマントが大きく開き、踏みとどまろうとする彼女を包む。
「ルクスン!」
「勝手に僕の嫁へ乗り移るな!」
ルクスンがゼフィーリアの腰を掴み、引き寄せた。
ノクティアも反対側の腕を取る。
オトフリートのカウンター・マジックが、ゼフィーリアの精神へ侵入しようとする神聖力への抵抗を支えている。
ゼフィーリア自身も、ファラリス神官として叫んだ。
「私の身体は私のものです。神であろうと、私の自由を奪うことは許しません!」
奪う対象から拒絶される。
婚姻の誓約も成立しない。
十二支族の代表者たちから集めるはずだった信仰も、ゼクノワの宣言によって揺らいでいる。
混沌の女神は、巫女の身体へ留まることができなくなった。
赤、黒、紫の光が肉体から引き剝がされる。
巫女の身体が祭壇から倒れ、ゼフィーリアが片腕で受け止めた。
その頭上に、巨大な女の輪郭が現れる。
肉体ではない。
幾つもの暗黒神の神聖力が絡み合い、仮初めの形を取った混沌の女神の本体だった。
普通の剣では届かない。
ただの拳でも触れられない。
しかし、神であるというだけで、物理的な攻撃を絶対に受けないわけではなかった。
ルクスンは前世で読んだ伝説を思い出す。
古の巨人伝説。
神化したサイクロプスは、レイガルブレイドによって斬られている。
神体であっても、それへ届くだけの神秘を持つ武器や力なら傷つけられる。
そして、ルクスンの右手には、フォーセリアの創造神へ正拳突きを叩き込んだ際に得た神聖属性が宿っている。
「創造神! お前が僕をこの世界へ落とした責任くらい、この拳に乗せろ!」
右手が白く輝いた。
アンデッドを砕いてきた光とは違う。
世界の外側から、神という存在そのものへ触れるための力が流れ込んでくる。
混沌の女神が腕を振り下ろす。
ルクスンはラウンドシールドで受けず、右足を踏み込んだ。
「ゴッド・ブロー!」
右拳が混沌の女神の腹部へ突き刺さった。
手応えがある。
光だけで作られていたはずの神体が大きく歪む。
「馬鹿な……人の拳が、神へ届くものか!」
「前例があるんだよ! 神になったサイクロプスだって、レイガルブレイドで斬られてる! 神だから無敵なんて、完全版のどこにも書いてねえ!」
白い光が炸裂した。
混沌の女神の身体へ亀裂が走る。
赤、黒、紫の神聖力が分離しかけ、祭祀場全体が揺れた。
だが、拳の一撃だけで消滅させるには至らない。
混沌の女神は身を翻し、祭壇へ両腕を突き立てた。
黒い石が砕ける。
祭壇の下から、地下へ続く階段が現れた。
十二支族の祭祀場よりも古い。
巨木の根と石壁に覆われた、忘れられた地下祭殿だった。
「我は滅びぬ。より深き闇で力を得て、再び汝らの前へ現れよう!」
混沌の女神の神体が光の渦へ変わる。
渦は砕けた祭壇の穴へ吸い込まれ、そのまま地下へ消えていった。
ルクスンは右拳を押さえながら、地下階段を覗き込んだ。
「結局また地下かよ!」
「主よ。最初から最後まで、地下へ潜る運命なのではないか?」
「そんな運命は創造神へ返品する!」
混沌の女神は傷ついている。
完全に体勢を立て直す前に追わなければならない。
その一方で、ルクスンは十二支族の前でゼフィーリアの婿になることを宣言してしまった。
神を殴ることには成功した。
だが、自分の人生には致命的な一撃が入った気がしてならなかった。