アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
崩れた祭壇の下には、深い穴蔵が続いていた。
地上ではゼクノワが十二支族を抑え、ゼフィーリアの父たちが倒れた巫女を保護している。
混沌の女神を追って地下へ降りたのは、ルクスン、ノクティア、ゼフィーリア、オトフリート、そしてベラトリクスだった。
ウィル・オー・ウィスプの淡い光を先行させ、一行は一歩ずつ石段を下りていく。
進むほどに空気は熱くなった。
地上の森を歪めていた赤、黒、紫の神聖力が、地下の奥へと続いている。
やがて、石段の先に赤い光が見えた。
外へ通じる陽光ではない。
大地の底から湧き上がる、灼熱の光だった。
石段を下りきった先には、巨大な地下空洞が広がっていた。
その大半を覆っているのは、煮えたぎる火の海——マグマの湖。
黒い岩盤が島のように突き出し、天井から剥がれ落ちた岩が沈むたびに火柱が立つ。
溶岩湖の中央に、混沌の女神は浮かんでいた。
ルクスンの右拳によって砕かれた身体は、もはや人の形を保てていない。
傷口から漏れ出した三色の神聖力が、煙のように周囲へ漂っている。
それでも女神は、狂喜に顔を歪めていた。
「あははあ! 運がいい! ここで私は死ぬ! この仮初めの器も、神殺しの拳に刻まれた傷も、すべて炎へ返す! そして新たな器を得て、神の心臓で復活するのだ!」
何を言っているのかわからなかった。
少なくとも、最初は。
女神の視線を追ったルクスンは、溶岩湖の奥にある黒い岩へ目を向けた。
「嘘だろ……」
そこには、一羽の鳳が静かに佇んでいた。
翼を閉じた状態でも、人間の背丈をはるかに超えている。
身体を覆う羽根の一枚一枚が炎でありながら、決して燃え尽きることはない。
その鳳を中心として、地下空洞を満たす炎の精霊力が脈打っている。
「フェニックス……この世界じゃ火の上級精霊じゃねえか!」
完全版のルールブックにさえ、フェニックスのモンスターデータは存在しない。
モンスターレベルも、生命点も、特殊能力も不明。
存在だけが語られ、通常の冒険者が戦うことなど想定されていない規格外の精霊だった。
そのフェニックスが、ゆっくりと首を上げた。
混沌の女神は逃げなかった。
むしろ両腕を広げ、炎の鳳へ自らを差し出す。
「焼け! この壊れた器を焼き、新たな肉体を生み出せ! 炎の道を開き、私を神の心臓へ運べ!」
フェニックスが翼を開いた。
地下空洞を埋め尽くす炎が、翼から噴き上がる。
羽ばたきによって生じた熱風に、ルクスンたちは岩陰へ身を伏せた。
紅蓮の炎が混沌の女神を巻き込む。
ルクスンに砕かれた身体が炎の中で崩れ、その内側から新しい人影が形作られていく。
転生ではない。
再生だった。
フェニックスが持つ再生の炎を利用し、混沌の女神は自らの新たな器を作っている。
赤、黒、紫の神聖力が新たな肉体へ吸い込まれた。
その直後、溶岩湖から巨大な火柱が立ち上がる。
炎の柱の中に、遥か遠くの巨大な火山が一瞬だけ見えた。
神の心臓。
人の住む大地を遠く離れ、ケイオスランドの手前にそびえる火山。
混沌の女神は新しい器とともに炎の道へ飛び込み、その姿を消した。
フェニックスが一声、高く嘶いた。
大きく羽ばたくと、鳳の姿もまた大地の炎へと沈んでいく。
最後に尾羽が炎の中で翻った。
ルクスンが手を伸ばす。
だが、届かなかった。
長く美しい尾羽は、フェニックスとともに溶岩へ消えた。
熱風が静まったあと、ルクスンたちの足元には、臙脂色の小さな羽毛が一枚だけ残されていた。
オトフリートが羊皮紙を取り出し、直接触れないよう慎重に羽毛を包む。
ノクティアが溶岩湖を見つめた。
「復讐の女神は?」
「フェニックスの炎で新しい器を作り、そのまま神の心臓へ転移した。僕が殴った傷を、あそこで完全に治すつもりだ」
「追いかけるの?」
「今すぐ神の心臓まで行くのは無理だ。行くだけで一つの冒険どころか、一大遠征になる。でも、これも因縁だな……必ず追いかけて滅ぼす。次は絶対!」
ルクスンは、オトフリートの包んだ羽毛を見る。
ラムリアースで受けた最後のミッション。
求められていたのは、フェニックスの尾羽だった。
足元に落ちていたのは、産毛に近い小さな羽毛にすぎない。
依頼された品ではない。
ミッションは失敗だった。
それでも、完全版にモンスターデータすら存在しないフェニックスと遭遇し、その羽毛を一枚でも持ち帰れるのは奇跡に近い。
「尾羽じゃありませんね」
「結果だけ見れば大失敗だよ! 目の前にあったのに! でも、あんなもんどうやって取れっていうんだ!」
◇
地上へ戻ると、混沌の女神の支配は消えていた。
器とされていた巫女は意識を失っていたが、呼吸は続いている。
ゼクノワも完全に正気を取り戻し、自らの命令で動いていた戦士たちを止め始めていた。
森の精霊力に残った歪みは、すぐには消えない。
エルフ、ゴブリン、ダークエルフによる三つ巴の争いも終わってはいない。
それでも、混沌の女神によって破滅へ導かれていた十二支族には、自分たちの意思で道を選び直す時間が与えられた。
出立の日。
ゼフィーリアは、鷹の羽を思わせるマントを父へ差し出した。
彼女が狐や黒猫をはじめ、さまざまな動物へ変身するために使ってきた一族の魔法品。
それを受け取った父は、代わりに小さな指輪を取り出した。
指輪には七色の輝きを放つ宝石が並んでいる。
「これは、自分の姿を任意の姿へ変える『変身リング』だ。身につけて念じれば、人間、ドワーフ、エルフ、ハーフエルフ、グラスランナー、マーメイド、ケンタウロスの七つの人族から、望む姿を選べる……『あれ』と旅を続けるなら、ダークエルフの姿では不自由だろう」
父の視線がルクスンへ向けられた。
「あれって僕ですか!?」
ゼフィーリアは虹色の指輪を受け取り、左手の指にはめた。
念じた瞬間、褐色の肌が淡い色へ変わる。
尖った耳が短くなり、ダークエルフの気配も人間のものへ変わった。
これなら、人間の街へ入るたびに黒猫へ変身する必要はない。
種族と容姿を使い分ければ、ラムリアースの魔術師ギルドにある禁書庫へも、身分さえ用意できればギリギリ潜り込める。
「禁書庫へ入れるな……」
「なぜ最初に思いつく用途が不法侵入なのです?」
◇
ターシャスの森を出る前に、ルクスンは仲間たちを振り返った。
「混沌の女神は生きている。今後も僕たちを狙ってくるかもしれない。神の心臓まで追うなら、これまで以上に危険な旅になる。僕の旅に自由はないけど、それでも付いてくるか?」
人間の姿となったゼフィーリアが答える。
「私は自由意志で選びましたから」
ノクティアが続く。
「帰る場所、作ってくれるんでしょ?」
オトフリートは、羊皮紙に包んだフェニックスの羽毛を荷物へ収めた。
「古代魔術の空飛ぶ塔の夢を聞いて、魔術師があなたの旅から降りることはありません」
腰に下げられたベラトリクスが、鞘の中で激しく震えた。
「ちょ、ま、妾、セリフ全部取られたんじゃガァ!?」
森の木々の間に、魔剣の叫びが響き渡った。
混沌の女神は、神の心臓で傷を癒やしている。
フェニックスの尾羽を得るミッションにも失敗した。
それでも、ルクスンは新たな仲間と、奇跡のような一枚の羽毛を持ち帰る。
八坂鷹——ルクスンの一代記は、まだ終わらない。
第十二章 章末リザルト
【ミッション結果】
* フェニックスの尾羽を入手する:失敗
* フェニックスとの遭遇:達成
* 混沌の女神の撃破:失敗
* 混沌の女神の仮初めの器を破壊:達成
* ダークエルフ十二支族の破滅を阻止:達成
【獲得経験点】
* ミッション失敗による経験点:五百点
* ルクスン、ノクティア、ゼフィーリア、オトフリート、ベラトリクスへ各五百点
【レベルキャップ】
* 技能レベル上限:五から七へ上昇
* 今回は経験点獲得のみ
* 成長処理は次章の章頭で実施
【財宝判定】
* お宝の質:七
* フェニックスの羽毛 一枚
* 評価額:五万ガメル
* 依頼品である尾羽とは別物
* 売却せず、パーティー共有財産として保管
【装備品の変更】
* ゼフィーリア:鷹の羽のマントを父へ返却
* ゼフィーリア:虹色の指輪〈変身リング〉を獲得
* 変身可能種族:人間、ドワーフ、エルフ、ハーフエルフ、グラスランナー、マーメイド、ケンタウロス
* 装着して念じることで、七種族から任意の姿へ変身可能
【現金収支】
* 収入:〇ガメル
* 支出:〇ガメル
* 現金収支:±〇ガメル
* 現物資産:フェニックスの羽毛、変身リング
【未解決事項】
* 混沌の女神はフェニックスの再生の炎で新たな器を獲得
* 神の心臓へ転移し、ルクスンから受けた傷を治療中
* フェニックスの尾羽は未入手
* ゼフィーリアが十二支族の前でルクスンを婿に選んだ事実は、そのまま残っている(笑)