アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ルクスンとノクティアは、魔術師ギルドの紹介状を携えてライナスを発った。
同行者はベラトリクス一本。
人間の姿になれば三人だと言い張っていたが、旅費を負担するつもりはないらしく、出発時には当然のようにルクスンの腰へ収まっていた。
「妾は主の武器なのじゃ。運搬されるのは当然の権利であろう?」
「人として数えろと言った直後に、荷物へ戻るなよ」
「必要に応じて剣と人を使い分ける。それこそソーディアンの優れたところじゃ!」
「都合がいいだけだと思う」
ノクティアが先を歩きながら振り返る。
「置いていく?」
「待つのじゃ! 妾には魔法の鞘を探すという重大な目的がある!」
「本来の目的は、僕が《ヴァルキリー・ジャベリン》を学ぶことだからね?」
「二つとも済ませればよい!」
ベラトリクスが静かになることはなかった。
◇
一角獣の森へ近づくにつれ、周囲の精霊力が濃くなっていった。
土。
水。
光。
風。
木々の隙間を流れる無数の精霊力が、常時働いているルクスンのセンス・オーラへ色彩となって映る。
ノクティアにも同じものが見えている。
だが、彼女は目に見える精霊力だけでなく、森そのものの気配へ耳を澄ませていた。
「見られている」
「ドルイドに?」
「森に」
「森全体が監視装置か。下手な盗賊ギルドより厄介だな」
道の先には門も柵もない。
二本の大樹の間へ白い縄が渡され、その手前に苔むした石が置かれているだけだった。
しかし、縄の向こう側だけ、森の空気が明らかに異なる。
ノクティアは白い縄の前で足を止めた。
懐から紹介状を取り出すと、石の上へ置く。
それから精霊語で、森へ呼びかけた。
風が吹く。
紹介状の封蝋へ一枚の木の葉が落ちた。
木々の間から、一人の老女が現れる。
灰緑色の衣をまとい、節くれだった杖を手にしていた。
老女はルクスンたちへ近づき、石の上に置かれた紹介状を開いた。
「ラムリアース魔術師ギルドからの紹介ですか。古代遺跡を巡り、混沌の女神と戦った者が、高位精霊魔法の教えを求めているとあります」
「教えてほしいのは《ヴァルキリー・ジャベリン》一つです。正確には、最初から最後まで詠唱と発動を見せてほしい」
「見ただけで習得できると?」
「普通は無理です。僕は、その普通ではないらしいので」
老女の目がルクスンを観察する。
「精霊使いではありませんね。それなのに精霊語を話し、精霊力を見る目まで持っている」
「自分でも説明しにくい事情があります」
「説明しにくい者を森へ入れるために、魔術師ギルドは紹介状を書いたのでしょう。ですが、この書状はあなたを信用せよと命じるものではありません」
「わかっています。何をすれば見せてもらえますか?」
老女は森の奥へ顔を向けた。
「森の外れに、小さな泉があります。水は今も湧き続けていますが、数日前から水の精霊が呼びかけへ応じなくなりました。その理由を見つけ、泉の声を取り戻してください。それができれば、あなたの望む術を見せましょう」
ノクティアが頷いた。
「水の精霊が消えた?」
「いいえ。水は失われていません。精霊力も残っています。ただ、声だけが届かないのです」
「調べる」
「森の獣や精霊を、理由もなく傷つけてはなりません」
「わかった」
交渉は成立した。
だが、森へ入る前に、ベラトリクスが鞘の中から声を上げた。
「森の賢者よ! もう一つ尋ねたいことがあるのじゃ!」
老女がルクスンの腰を見る。
「その剣が喋っているのですか?」
「気にしないでください。黙らせようとすると余計に喋ります」
「妾はベラトリクス! 成長し、人の姿まで得た偉大なる魔剣人じゃ! 妾に相応しい魔法の鞘を知らぬか?」
「それが高位精霊魔法と、どのような関係を持つのです?」
「ありません」
「主よ、即答するでない!」
老女は呆れながらも、《鍛えの鞘》についての説明を聞いた。
ブロードソードへ《エンチャント・ウェポン》を与える魔法の鞘。
付与者は不明。
ベラトリクスは元から魔法の剣なので、本来の効果は受けられない。
しかし、彼女が人の姿へ変わると、鞘も追従してソフトレザー相当の衣服へ変わった。
「店にあった鞘は、茶色い狩人の服になったのじゃ。妾にはまったく似合わぬ!」
「旅装としては似合ってたよ」
「似合うと気に入るは別なのじゃ!」
老女はしばらく考え、静かに口を開いた。
「革は不思議なものです。初めは硬く、使い手へ逆らう。けれど手入れを重ね、長く使えば、持ち主の癖を覚えて馴染んでいきます。剣を納める鞘ならば、誰よりも長く、その剣へ触れ続けることになります」
「使っているうちに、服の形が変わるかもしれない?」
「それだけではありません。その品は《鍛えの鞘》と呼ばれているのでしょう。今の魔術師たちは、剣を一時的に鍛える鞘だと解釈している。しかし、付与者すらわからないのであれば、それが本来の意味だとは限りません」
「なら、何を鍛える鞘なんです?」
「鞘そのものかもしれません」
ルクスンは老女の言葉を頭の中で反芻した。
成長する魔剣。
その魔剣と共に、姿を変える魔法の鞘。
人の姿では衣服となり、剣の姿では刀身を包む。
もはや、単なる入れ物とは言い切れなかった。
ノクティアがベラトリクスの柄へ目を向ける。
「ベラは、宝石の力を自分の能力に変えている」
「バロウルの魔眼を晶石スロットへ入れることで、呪いの不利益を受けず、斬った相手へ死の邪眼だけを発生させられます」
老女の表情が僅かに険しくなった。
「随分と危険な物を森へ持ち込みましたね」
「抜きません。必要がなければ使いもしません」
「ならばよいでしょう。その剣が魔法の宝石を自らの力へ転換できるなら、共に成長した鞘が同じことを覚える可能性はあります。炎を宿す晶石、重さへ働きかける魔法、あるいは剣へ直接重ねることのできない付与。鞘が一度受け止め、剣に適した形へ変えて渡すことも、できるかもしれません」
「魔法の剣にも、《エンチャント・ウェポン》を重ねられるようになる?」
「私は可能性を語っているだけです。実際にそのような鞘が存在したという記録を知っているわけではありません。そもそも、成長して人へ変わる剣など、聞いたこともありませんから」
「前例がないなら、妾が最初になればよいのじゃ! 主よ、ライナスへ戻ったら、あの鞘を買うぞ!」
「何も起きなかったら、六千ガメルの茶色い革服だからね?」
「妾が使い込めば、いずれ可憐で勇壮なコンバットドレスへ育つかもしれぬ!」
「剣だけじゃなく、鞘まで経験点を食う未来が見える……」
老女は小さく笑った。
「もしライナスの鞘が誰かへ買われていたなら、オランで探してみるとよいでしょう。あの国の好事家は、用途もわからぬ古代の魔法品を、珍しいというだけで倉へ積み上げていることがあります」
「鞘探しでオランの好事家巡りまで増えるのかよ!」
ルクスンの脳裏へ、再び幻聴が響いた。
――サブクエスト『ベラトリクスの気に入る魔法の鞘を探せ』が更新されました。
――新たな目的『鍛えの鞘を育てろ』。
「探して終わりじゃなかった!」
◇
老女に案内され、ルクスンたちは森の内側へ入った。
奥深くまで踏み込むことは許されていない。
目的の泉は、森の外縁からさほど離れていなかった。
木々に囲まれた小さな窪地。
岩の隙間から澄んだ水が湧き、浅い池を作っている。
水は濁っていない。
悪臭もない。
周囲に獣や人間の死体も見当たらなかった。
それでも、泉は異様なほど静かだった。
ノクティアが水辺へ膝をつく。
片手を水へ浸し、目を閉じた。
「水の精霊はいる」
「でも、返事をしない?」
「違う。返事をしている。でも、声が外へ出てこない」
「何かに遮られているのか」
ルクスンがセンス・オーラとセンス・マジックを働かせ、目に見える範囲を調べる。
水の精霊力は確かに存在する。
だが、その流れは泉の底で不自然に歪み、何かに絡みつかれているように見えた。
ノクティアが泉の底を指差す。
「下に何かある」
「潜る?」
「浅い。でも、底の中央だけ深くなっている」
ベラトリクスが鞘の中から勇ましく宣言する。
「妾を抜け、主よ! 泉の底に潜むものを一刀両断にしてくれる!」
「森の獣や精霊を理由なく傷つけるなと言われたばかりだろ。まず調べるよ」
「では、妾は鞘について考えて待っておる!」
「本当に鞘のことしか考えてないな!」
高位精霊魔法を学ぶための、最初の試練。
声を失った泉の謎。
ルクスンとノクティアは、水底に隠されたものを確かめるため、装備を外し始めた。