アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第77話 まずは休もう

 ルクスンがエピタフという名を目にしたのは、この世界へ転生する前だった。

 

 無の砂漠周辺に残る古代王国遺跡を紹介した記事。その中に、軍事要塞エピタフと、そこへ残された魔力の塔建造書について、わずかな記述があった。

 

 ただし、読んだのは冒頭だけだった。

 

 記事を開き、題名と最初の数行を眺めたところで、別の記事へ移ってしまったのである。

 

 当時は自分がフォーセリアへ転生するとも、自分の魔力の塔を建てようと考えるとも思っていなかった。

 

 だから遺跡の構造も、出現する怪物も、仕掛けられた罠も知らない。

 

 覚えているのは、遺跡の名前と大まかな場所。そして、魔力の塔建造書が残されていることだけだった。

 

     ◇

 

 古都ライナスへ戻った日の夜。

 

 宿の一室に、一行全員が集まっていた。

 

 卓上には、オトフリートが図書館から借りてきた古地図と、書き写した記録が広げられている。

 

 その隅には木皿が置かれ、焼いた腸詰めと豆の煮込み、切り分けられた黒パンが並んでいた。

 

 湯浴みを済ませたノクティアは、椅子の上で膝を抱え、黙々と黒パンを食べている。

 

 ゼフィーリアは温めた果実酒を皆の杯へ注ぎ、オトフリートは梟に邪魔されながら古地図を押さえていた。

 

 ベラは新しい鞘に収まり、ルクスンの椅子へ立てかけられている。

 

 六千ガメルもした鞘である。

 

 鞘として使えるのだから無駄ではない。

 

 無駄ではないのだが、値段を思い出すたびに、ルクスンの胸には小さな痛みが走った。

 

「それで、次はエピタフの遺跡へ向かおうと思う」

 

 ルクスンの宣言に、返事はなかった。

 

 ノクティアは黒パンを食べ続け、ゼフィーリアは果実酒の瓶を卓上へ戻した。オトフリートは地図から顔も上げない。

 

 鞘の中から、ベラだけが答えた。

 

「主よ。その話は明日でもよいのではないか」

 

「まだ日が暮れたばかりだぞ」

 

「そういう話ではない。妾たちは、今日帰ってきたばかりであろう」

 

「だから、今後の予定を決めておこうと思って」

 

 ようやくオトフリートが顔を上げた。

 

「予定を決めることには賛成です。しかし、明日出発するという意味なら反対します」

 

「明日とは言ってない。明後日くらいで」

 

「反対」

 

 ノクティアが即答した。

 

「まだ何日とは」

 

「反対」

 

「最後まで聞いてくれ」

 

「聞かなくても、早い」

 

 ノクティアは黒パンの最後の一片を口へ入れた。

 

 泉までの往復に加え、封印された場所の調査と、精霊との接触まで行っている。大きな負傷者こそ出なかったが、誰もが疲労を抱えていた。

 

 ルクスン自身も例外ではない。

 

 湯浴みを済ませ、食事を腹へ入れたことで、身体が休息を求めているのを感じ始めていた。

 

 だが、魔力の塔建造書が現実に手の届く場所へあると思うと、どうしても気持ちが先へ進んでしまう。

 

 ゼフィーリアがルクスンの前へ果実酒を置いた。

 

「エピタフの遺跡へ行くこと自体には、わたくしも賛成です。ただ、その前に休養と準備が必要だと思います」

 

「食料や水なら、街で買えばすぐに揃う」

 

「食料と水だけで古代王国の軍事要塞へ入るつもりなのですか」

 

「それ以外も買うよ」

 

「何が必要か分かっているのですか」

 

 ルクスンは答えようとした。

 

 だが、出てきた言葉は途中で止まった。

 

 必要なものを考えるには、まず遺跡について知る必要がある。

 

 しかし、その遺跡について知っていることが、ほとんどなかった。

 

 オトフリートがペンを持った。

 

「確認しましょう。あなたの知識にあるエピタフとは、どのような遺跡ですか」

 

「古代王国時代の軍事要塞だ。無の砂漠に近い場所にある」

 

「規模は」

 

「分からない」

 

「地上施設ですか。それとも地下遺跡ですか」

 

「そこまでは覚えてない」

 

「建設された目的は」

 

「無の砂漠方面から来る何かを防ぐためだったと思う」

 

「何かとは」

 

「何かだ」

 

 ペン先が止まった。

 

 オトフリートは眼鏡の奥から、ルクスンを見た。

 

「では、内部に残されているものは」

 

「魔力の塔建造書」

 

「それ以外には」

 

「覚えてない」

 

「守護者や魔法装置については」

 

「知らない」

 

「その知識を、どこで得たのですか」

 

 ルクスンは腕を組んだ。

 

「以前に見た記事だ」

 

「記事には、ほかの情報も書かれていたのではありませんか」

 

「たぶん、書いてあったと思う」

 

「なぜ覚えていないのです」

 

「最初の三行くらいしか読んでないから」

 

 部屋が静まり返った。

 

 暖炉の薪が爆ぜ、その音に梟が翼を震わせた。

 

「三行」

 

 オトフリートが確認するように言った。

 

「題名を入れたら、四行かもしれない」

 

「ほとんど読んでいないではありませんか」

 

「魔力の塔建造書があることは覚えていたぞ」

 

「その四行だけを頼りに、無の砂漠付近の軍事要塞へ行こうとしているのですか」

 

「そのために調べるんだろ」

 

「そして、調査を始める前に明後日出発しようとしていたのですね」

 

 ルクスンは杯を手に取った。

 

 温められた果実酒から、甘い香りが立ち上っている。

 

 返答を考えていると、ノクティアが言った。

 

「ちら見」

 

「何が」

 

「ルクスンは、記事を読んでない。ちら見しただけ」

 

「必要なところは見た」

 

「必要なところが分かる前に、見るのをやめてる」

 

 ベラが鞘の中で笑い出した。

 

「主よ、よくぞそれだけの記憶で、皆を砂漠の果てまで連れていこうとしたものじゃ」

 

「無の砂漠の中まで行くわけじゃない」

 

「遺跡へ着けば安全だとでも思っておるのか。軍事要塞なのであろう」

 

「古代王国はもう滅びている」

 

「古代王国が滅びても、古代王国の造った危険なものは残っておる。これまで何度も見てきたではないか」

 

 まったくもって、そのとおりだった。

 

 古代王国の遺跡が、管理者の死と同時に安全になるのなら、冒険者はそれほど危険な仕事ではない。

 

 命令だけを守り続ける魔法生物。

 

 侵入者を攻撃する警備装置。

 

 封印された怪物。

 

 停止することなく魔力を消費し続け、別の何かへ変質した実験設備。

 

 何百年も放置された遺跡には、造られた当時とは違う危険が生まれている。

 

 ルクスンは果実酒を一口飲んだ。

 

「分かった。すぐには出発しない」

 

 ノクティアが小さく頷いた。

 

「何日休む」

 

「二日」

 

「短い」

 

「三日」

 

「調査が終わらない」

 

「じゃあ五日」

 

 ノクティアはオトフリートを見た。

 

「最低でも七日は必要です。エピタフそのものの記録が見つからなくても、古代王国時代の街道、無の砂漠周辺の地形、軍事要塞の一般的な構造については調べられます」

 

「遺跡は待ってくれないぞ」

 

「だからこそ、何かあった時に戻ってこられる準備をするのです。急いで入って全滅するよりは早いでしょう」

 

 オトフリートは古地図の一か所を指した。

 

 古都ライナスから南東へ、細い線が延びている。途中からかすれているものの、その線は無の砂漠方面へ向かっていた。

 

「この道が古代王国時代の軍道だった可能性があります。ただし、現在も通行できるとは限りません。水場の位置も変わっているでしょう。少なくとも、現地まで何日かかるかを調べる必要があります」

 

 ゼフィーリアも椅子へ腰を下ろした。

 

「無の砂漠へ近づけば、水の精霊や風の精霊へ頼れない可能性があります。ノクティアとわたくしの精霊魔法が、いつもどおりに使えるとは考えない方がよいでしょう」

 

 それは一行にとって大きな問題だった。

 

 ノクティアは斥候であると同時に、精霊魔法による攻撃役でもある。ゼフィーリアも使える手段の一部を失う。

 

 オトフリートの古代語魔法は精霊の有無に左右されないが、精神力には限界がある。

 

 ルクスンも、覚えたばかりのヴァルキリー・ジャベリンを使えなくなる可能性があった。

 

「せっかく覚えたのに」

 

 思わず漏らすと、ノクティアがルクスンを見た。

 

「何が」

 

「ヴァルキリー・ジャベリン。無の砂漠の近くで使えなかったら、覚え損だなと思って」

 

「使うために危険な場所へ行くわけじゃない」

 

「分かってるよ」

 

「本当に」

 

「……半分くらいは」

 

 ノクティアは小さく息を吐いた。

 

 その横で、オトフリートが新しい紙を取り出した。

 

「では、準備することを整理します。私はライナスに残る古代王国関係の記録を調べます。エピタフが見つからなければ、軍道と無の砂漠周辺の資料を優先します」

 

「私も行く。地図を見る」

 

 ノクティアが言うと、オトフリートは頷いた。

 

「現場を歩ける人の意見が必要です。街道跡を見つけても、それが現在使える道か、私だけでは判断できません」

 

「では、わたくしは食料と水、それを運ぶ方法を調べます。お金があっても、持てないほど買っては意味がありませんから」

 

 ゼフィーリアの言葉に、ルクスンは自分の荷物を思い浮かべた。

 

 鎧、盾、武器、野営道具。それだけでも相当な重さになる。

 

 水袋を大量に背負えば、戦闘どころか歩くだけで疲れ果てるだろう。

 

「荷運び用の動物を買うか」

 

「砂漠の近くまで連れていける動物でなければ、わたくしたちの水まで飲まれてしまいます。街で詳しい方を探してみます」

 

「妾は何をすればよい」

 

 ベラの問いに、全員が鞘を見た。

 

「休む」

 

 ノクティアが答えた。

 

「妾だけ役目がないではないか」

 

「泉で一番騒いでた」

 

「騒ぐのと疲れるのは別じゃ」

 

「新しい鞘に慣れておいてくれ。戦っている途中で抜けないとか、抜け落ちるとかは困る」

 

 ルクスンが宥めると、ベラは少し考えた。

 

「仕方あるまい。主がそこまで申すのなら、妾はこの鞘を馴染ませておこう」

 

「ただ寝ているだけですよね」

 

 オトフリートの指摘に、ベラは答えなかった。

 

 役割は決まった。

 

 調査、補給、装備の点検。そして休養。

 

 すべて順調に進んでも、出発は七日後になる。

 

 ルクスンは待ち遠しさを感じていたが、同時に、肩から力が抜けていくのも分かった。

 

 急ぐ必要はある。

 

 古代遺跡は、いつまでも同じ姿で待っているとは限らない。

 

 しかし、焦って準備を省く理由にもならない。

 

 目的はエピタフへ入ることではなく、魔力の塔建造書を持って帰ることなのだから。

 

 オトフリートが紙へ大きく七日間と書き、その下に必要な準備を並べていく。

 

 ノクティアは二枚目の黒パンへ手を伸ばした。

 

 ゼフィーリアが果実酒を温め直し、ベラは鞘の中で早くも寝息を立て始めている。

 

 窓の外には、古都ライナスの穏やかな夜が広がっていた。

 

 無の砂漠から吹く風も、狂った精霊の声も、死者たちの足音も、まだここまでは届かない。

 

 嵐が来るまで、あと七日。

 

 まずは、休むところから始めることになった。

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