アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

78 / 106
第78話 二つの当て

 翌朝、ルクスンは食堂の卓に頬杖をつき、二つの地名を書いた紙を眺めていた。

 

 ファン近郊。

 

 エピタフ。

 

 昨日は勢いよく次の目的地を宣言したものの、一晩寝たら、もう一方の候補が頭をもたげてきた。

 

 魔力の塔建造書が欲しい。

 

 そこは変わらない。問題は、どこへ取りに行くかだった。

 

 ファン近郊のダンジョンでは、魔法戦士リウイを見かけている。

 

 あの姿を認めた時、ルクスンの頭をよぎったのは、前世に触れた物語の記憶と、いささか図々しい算段だった。

 

 リウイの抜け駆けを、さらに抜け駆けできないものか。

 

 本人が近郊の遺跡に出入りしているのなら、そちらを探る価値はある。少なくとも、物語の登場人物が遠い国のどこかにいる、という話ではなかった。

 

 実際に見たのだ。

 

 ただし、見たのはリウイである。

 

 建造書ではない。

 

 あの時の探索が建造書に関わっていたかどうかも、ルクスンには判断できなかった。

 

 ダンジョンの中身など、まるで覚えていない。どの部屋に何があり、どの通路を選べばよいのか。そもそも当てにしている遺跡が、見かけた場所そのものなのか。

 

 考えれば考えるほど、自信がなくなった。

 

 もう一方が、エピタフだった。

 

 こちらは転生前にちらりと見た記事の記憶である。魔力の塔建造書と遺跡名が結びついて、頭の隅に引っ掛かっていた。

 

 しかし、詳しく読んだわけではない。

 

 罠も、怪物も、書物の置き場所も分からない。

 

 リウイ本人を見かけた場所を探すか。

 

 胡乱な記憶に残る遺跡名を頼るか。

 

 どちらへ行っても、入ってからは自力だった。

 

「……役に立つんだか、立たないんだか」

 

「主の頭の話か」

 

 椅子へ立てかけた鞘から、ベラが口を挟んだ。

 

「記憶の話だよ」

 

「頭の中にあるのであろう。同じではないか」

 

 ルクスンが鞘へ目を落とすと、向かいの椅子が引かれた。

 

 ノクティアが朝食の皿を置き、紙を覗き込んでいる。

 

「行き先、変えるの?」

 

「まだ迷ってる。ファンの近くを探す手もあると思って」

 

「昨日はエピタフって言った」

 

「言ったけど、決める前にもう一度考えておきたい」

 

 ノクティアは頷き、焼いたパンをちぎった。昨日のように即座に反対されると思っていたので、ルクスンは少し拍子抜けした。

 

「止めないのか」

 

「今、考えてるだけでしょう」

 

「出発すると思われていたのか、昨日は」

 

 ノクティアは答えず、紙の二つの地名を交互に指した。

 

「どっちが分かる?」

 

「どっちも中は分からない」

 

「そう」

 

 その短い返答が、妙に胸へ刺さった。

 

     ◇

 

 オトフリートとゼフィーリアが席につく頃には、ルクスンの紙にパン屑が三つ乗っていた。

 

 本人の考えは、ほとんど進んでいない。

 

「ファン近郊ですか」

 

 話を聞いたオトフリートは、卓上の紙を自分の方へ寄せた。

 

「ええと……昨日のエピタフとは別に、建造書の当てがあるということですね」

 

「当てというほど確かじゃない。ただ、リウイを見かけたのが気になってる」

 

「その人物が、建造書を持っているのですか」

 

「持っているところは見てない」

 

「では、探していると聞いたのですか」

 

「それも聞いてない」

 

 オトフリートが口を閉じた。

 

 ルクスンは急いで言葉を足した。

 

「でも、あいつの動きと関係があるかもしれないんだ。先に見つけられるなら、その方が——」

 

「先に?」

 

 ゼフィーリアが杯を持ったまま首を傾げる。

 

「……手間が省けるかなと」

 

「主よ、今、何か言い換えたであろう」

 

「言い方を整えただけだよ」

 

 前世の物語と、現にここで生きている人間。その二つを結びつけた説明は、朝食の席でするには少々ややこしかった。

 

 まして、他人の抜け駆けを先回りしたい、という動機である。

 

 胸を張って言えば通る気もするが、胸を張った分だけ後から恥ずかしくなりそうだった。

 

 オトフリートは、紙の「ファン近郊」の下へ短い線を引いた。

 

「そこを探す場合、まず建造書に関係する遺跡を絞り込む必要があります。リウイという人物を見かけたことと、目的の書物がそこにあることは、分けて考えましょう」

 

「ああ」

 

「では、エピタフの方は?」

 

「そっちは建造書が残されている、という話を覚えてる。ただ、ちらっと見ただけだから、詳しいことは分からない」

 

「内部を覚えていない点は、同じなのですね」

 

「残念ながら」

 

 ノクティアが最後のパン屑を指先で拾った。

 

「じゃあ、分からない中身を比べても決まらない」

 

 ルクスンは紙から顔を上げた。

 

 そのとおりだった。

 

 ファン近郊なら容易だろうと考える材料もなければ、エピタフなら突破できると考える材料もない。

 

 記憶を探っても出てこない情報を、都合よく補って比べようとしていた。

 

 ゼフィーリアが、ルクスンの手元へパンの籠を寄せた。

 

「エピタフのお話で覚えているのは、欲しい書物と、その場所なのですね」

 

「そう」

 

「ファン近郊で確かめられたのは、そのリウイという方がいたこと。でしたら、建造書そのものへの手掛かりは、エピタフの方が直接的ではありませんか」

 

「その記憶が怪しいんだよなあ」

 

「ええ。ですから、調べるのでしょう?」

 

 穏やかに返され、ルクスンは口を閉じた。

 

 考えてみれば、調査をするための時間を昨日確保したばかりだった。

 

 今日中に遺跡を選び、明日には入口へ立たなければならないわけではない。

 

 まずエピタフの実在と所在を調べる。記憶と合うものが見つかれば、道程と補給を詰める。何も裏づけられなければ、そこでファン近郊を探す案へ戻ればいい。

 

 まだ街にいるのだ。進む方向を変えるだけで、誰かが死ぬわけではなかった。

 

「……リウイを見たから、そっちが正解に見えてたのかもしれない」

 

 ルクスンは紙の端を指で押さえた。

 

 物語で知っていた人物が、目の前にいた。

 

 それは、自分の記憶がこの世界へつながっているという、強い実感になった。

 

 だが、リウイがいたからといって、その足元へ欲しいものが全部埋まっているわけではない。

 

「その方に会いたいのですか。それとも、建造書が欲しいのですか」

 

 オトフリートに問われ、ルクスンは即答した。

 

「建造書」

 

「でしたら、まずは書物につながる方を調べましょう」

 

 ルクスンは頷いた。

 

 リウイの抜け駆けを抜け駆ける。

 

 そう考えた時には、随分うまい手を思いついた気がしたのだが、いつの間にかリウイの行き先を追うことが目的になりかけていた。

 

 欲しいのは魔力の塔を建てるための資料だ。

 

 リウイとの競争に勝ったという賞状ではない。

 

「分かった。エピタフから調べよう。昨日は行くと決めて話したけど、その前に、僕の記憶にどこまで裏が取れるか確かめたい」

 

「ようやく私の出番ですね」

 

 オトフリートが紙を折り畳み、自分の手元へ置いた。

 

「地名や古い記録は調べます。ただし、施設が昔あったという記述だけで、現在の安全まで保証できるとは考えないでください」

 

「そこまで都合よくは考えないよ。軍事要塞だって話なら、面倒なものが残っていてもおかしくない」

 

 今度の返事には、ノクティアも頷いた。

 

 彼女は空いた皿を重ねながら、ルクスンを見た。

 

「場所が決まったら、道を調べる。帰る道も」

 

「お願いします」

 

「水と食料の相談も、その後ですね。今は容器の傷みだけ見ておきます」

 

 ゼフィーリアが言い、ベラが鞘の中から大仰に溜息をついた。

 

「ふむ。これで主の抜け駆けとやらも、ようやく支度を始められるわけか」

 

「結局、聞いてたんだな」

 

「主は独り言が少々大きい」

 

 ルクスンは思わず周囲を見回した。

 

 隣の卓では旅商人らしい男が、薄く切った肉をパンに挟んでいる。こちらに関心はなさそうだったが、正面のノクティアは明らかに笑いを堪えていた。

 

「何を聞いた?」

 

「抜け駆けを抜け駆ける」

 

「そこだけ忘れてくれ」

 

「覚えやすい」

 

     ◇

 

 朝食を終えると、オトフリートは調べ物の支度をするため部屋へ戻った。

 

 ルクスンも立ち上がりかけたが、ノクティアが彼の皿を指した。

 

 考え込んでいるうちに、ほとんど食べていなかった。

 

 冷めた煮込みを口へ運ぶ。豆に染みた塩気が、ようやく腹を空かせていたことを思い出させた。

 

 窓の外では荷車が石畳を鳴らし、物売りの声が行き交っている。

 

 エピタフがどんな場所なのか、まだ何も見えていない。

 

 それでも、選ぶ理由ははっきりした。

 

 リウイがいた場所ではなく、建造書があると覚えている場所を探す。

 

 当たり前の結論にたどり着くまでに、朝食がすっかり冷めてしまった。

 

「主よ、急げ。オトフリートが戻ってくるぞ」

 

「分かってる」

 

「抜け駆けされるのう」

 

 ルクスンは返事の代わりに、残ったパンを口へ押し込んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。