アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第7話 フルアーマーの見届け人

 どこかに見届け人がいる。

 

 そう気づいたルクスンは、夜の墓地を改めて見回した。

 

 《センス・オーラ》には、不自然な精霊の働きは感じられない。

 

 インフラビジョンにも、近くに潜む人間の熱は見つからなかった。

 

 見届け人は、ノクティアの襲撃を間近で監視していたわけではないらしい。

 

「少し離れた場所で待ってるのか。それとも、後から確認に来るのか……」

 

「見届け役がいるとは聞かされていない」

 

「君は僕を殺すだけ。所持品の回収も、死体の処理も、成功した証拠の提出も必要ない。そんな依頼で、どうやって成功を確認するんだ?」

 

 ノクティアは黙り込んだ。

 

 暗殺者として初めて与えられた仕事だった。

 

 言われたとおりに標的を殺せば、一人前として認めてもらえる。そう信じていた。

 

 だが、失敗した場合だけでなく、成功した後にも自分が始末される可能性を考えていなかった。

 

「わたしは使い捨てだったのか?」

 

「たぶんな。事情を知らない新人へ殺しだけ任せて、後始末は別の人間にやらせる。最後に君まで消せば、依頼主へつながる者はいなくなる」

 

「……組織は、そんなことをしない」

 

「失敗したら自害しろって教える組織だろ。信用できる要素がどこにあるんだよ」

 

 ノクティアは反論できなかった。

 

 ルクスンは顎へ手を当てた。

 

「見届け人と交渉しよう」

 

「見届け人が誰かも、どこにいるかも分からない」

 

「向こうから来る。僕が生きている限り、仕事は終わらないんだから」

 

「殺されるぞ」

 

「話の分かる相手なら、欲しい物を幾ばくかの金に換えられる。交渉する気がないなら――先に倒す」

 

 正面から戦えば、見届け人の実力も人数も分からない。

 

 ルクスン一人では危険だった。

 

 だが、今はノクティアがいる。

 

 シーフ技能は1レベル。

 

 正面戦闘ではファイター2のルクスンに負けた。

 

 しかし、シャーマン技能は3レベル。姿と気配を精霊魔法で隠し、相手の背後へ回る能力を持っている。

 

「二手に分かれたふりをする。僕が一人で見届け人の前へ出て、交渉する。君は姿を隠して、相手の背後へ回れ」

 

「見つかったら?」

 

「僕が何とかして時間を稼ぐ。交渉でも、命乞いでもいい。君が背後へ着いたら挟撃する」

 

「標的が命乞いをしている間に、暗殺者が背後から襲うのか?」

 

「今回は、その標的と暗殺者が組んでるんだよ」

 

 ルクスンは腰から《妖姫殺し》を外した。

 

「これを使え」

 

「魔法の短剣?」

 

「ミスリル銀製のダガー+1だ。必要筋力1だから、君でも扱いやすい。ミスリル銀なら精霊魔法も妨げない」

 

 ノクティアが《妖姫殺し》を受け取る。

 

 その瞬間、彼女の肩がわずかに震えた。

 

『おお、新たな持ち主か! 今度は女子なのじゃ!』

 

「今、声が……」

 

「そいつは喋る。名前も技能も知識もない。ただ喋るだけの短剣だ」

 

『わらわには《妖姫殺し》という立派な銘があるのじゃ!』

 

「……うるさい」

 

「戦いが終わるまでは我慢してくれ」

 

     ◇

 

 ルクスンとノクティアは、見通しのよい墓地の道で大声を上げた。

 

「もう僕についてくるな!」

 

「分かった。勝手に死ね!」

 

 ノクティアは怒ったように背を向け、墓石の間へ消える。

 

 見届け人がどこかから観察しているなら、暗殺者と標的が決裂したように見えるはずだ。

 

 墓石の陰へ入ったノクティアは、精霊へ働きかけた。

 

 姿が夜の闇へ溶ける。

 

 ルクスンには、彼女を隠している精霊の動きが見えていた。

 

 ノクティアは大きく迂回し、墓地の反対側へ向かう。

 

「さて……来るか?」

 

 ルクスンは一人で、崩れた礼拝所の前へ移動した。

 

 ロケットは背負い袋の底に入れてある。

 

 何が狙われているのかは分からない。

 

 見届け人が姿を現すまで、こちらから差し出せるものもなかった。

 

 しばらくして、金属の擦れる音が聞こえた。

 

 がしゃり。

 

 がしゃり。

 

 墓石の向こうから、人影が現れる。

 

 分厚い外套をまとっているが、その下には金属製の鎧を着込んでいた。

 

 胸、腹、腕、脚。

 

 全身を金属板で守っている。

 

 腰には長剣。

 

 頭には、顔の一部まで覆う兜。

 

 密かな見届け役とは思えない、完全武装だった。

 

「……見届け人がフルアーマーで来るなよ。最初から殺す気満々じゃないか」

 

 男は答えない。

 

 重い足音を立て、ルクスンの前で止まった。

 

 身のこなしから、戦闘技能の高さが分かる。

 

 完全版のルールへ当てはめるなら、ファイター3程度。

 

 ファイター2のルクスンが、正面から一対一で勝てる相手ではない。

 

「暗殺者の少女はどうした?」

 

「喧嘩別れしたよ。僕を殺し損ねて逃げた」

 

「役立たずめ。後で処分させよう」

 

 ノクティアが潜んでいる方向で、精霊力がわずかに揺れた。

 

 聞こえたらしい。

 

 ルクスンは気づかないふりをした。

 

「僕を殺しに来たのか?」

 

「お前が地下から持ち出した物を渡せ」

 

「持ち出した物?」

 

「死体から拾ったロケットだ」

 

 ルクスンは目を瞬いた。

 

 ロケット。

 

 泉のそばで力尽きた逃亡奴隷が、最後まで握りしめていた品。

 

 身元につながるかもしれないと思い、盗賊ギルドへ持ち込むつもりだった。

 

 中身はまだ見ていない。

 

 それが、貴族が暗殺者まで送り込んで取り戻そうとする品だった。

 

「これが目的だったのか……」

 

「渡せ」

 

「何が入ってる?」

 

「お前が知る必要はない」

 

「僕は中を見てない。盗賊ギルドで持ち主を調べてもらうつもりだっただけだ」

 

 男の空気が変わった。

 

「盗賊ギルドには、まだ持ち込んでいないのだな?」

 

「まだだ」

 

「ならば好都合だ。渡せば、苦しまずに殺してやる」

 

「渡しても殺すのかよ!」

 

「主の命令は、ロケットの回収と関係者の抹殺だ。持ち主がどこで手に入れ、誰へ渡したのか分からぬ以上、知る可能性のある者は全員殺す」

 

 交渉の余地はない。

 

 ロケットを渡しても、ルクスンは殺される。

 

 ノクティアも殺される。

 

 ルクスンは、背負い袋へ手を伸ばすふりをした。

 

「待ってくれ。金なら払う。僕の所持金は1000ガメルある」

 

「必要ない」

 

「じゃあ、このロケットを売る。あんたがいくら持ってるか知らないけど、幾ばくかの金と交換なら――」

 

「話を聞いていなかったのか?」

 

「聞いてるよ。だから命乞いしてるんだ。僕はこの世界に来たばかりで、まだ死にたくない」

 

 ルクスンは必死な表情を作った。

 

 半分は演技だ。

 

 もう半分は本音だった。

 

 死にたくない。

 

 生き残るためなら、命乞いでも時間稼ぎでも何でもする。

 

 男はルクスンを臆病な少年だと思ったらしい。

 

 兜の奥から、侮るような声が聞こえた。

 

「安心しろ。すぐに終わる」

 

 男が剣を抜く。

 

 ノクティアは、まだ来ない。

 

 ルクスンは一歩下がった。

 

「待て! ロケットは渡す! だからせめて、どうしてこれが必要なのか教えてくれ!」

 

「知る必要はない」

 

「そう言わずにさ。僕は何も知らないんだ。中身も見てない。あんたの主人が誰かも知らない。だったら、殺す必要はないだろ?」

 

 男が剣を構えた。

 

 重い全身鎧を身につけていても、動きに隙がない。

 

 ファイター3。

 

 まともに斬り合えば負ける。

 

 ルクスンは、男の背後へ意識を向けた。

 

 精霊が動いた。

 

 人間一人分の輪郭が、音もなく近づいている。

 

 ノクティアだ。

 

「最後に一つだけ聞かせてくれ」

 

「何だ?」

 

「完全武装してるのに、背後は気にしなくていいのか?」

 

 男が振り返ろうとした。

 

 遅い。

 

 姿を隠していたノクティアが、男の背後へ現れた。

 

 《妖姫殺し》が、全身鎧の継ぎ目へ突き込まれる。

 

 刃が浅く食い込んだ。

 

 男が呻き、剣を横薙ぎに振るう。

 

 ノクティアは素早く身を引いた。

 

「貴様、裏切ったのか!」

 

「最初から、仲間として扱われていない」

 

「お前は失敗した。組織へ戻っても処分されるだけだ!」

 

「だから戻らない」

 

 男の意識がノクティアへ向いた。

 

 ルクスンは剣を抜き、正面から踏み込む。

 

 男が慌てて向き直り、長剣で受け止めた。

 

 金属音が墓地へ響く。

 

 力も技量も、男が上。

 

 ルクスンの剣が押し返される。

 

「ファイター3は伊達じゃないか……!」

 

 男が反撃する。

 

 ルクスンは後ろへ跳んだ。

 

 長剣の切っ先が革鎧をかすめる。

 

 その背後へ、再びノクティアが迫る。

 

 男は振り返り、ノクティアを追い払う。

 

 今度はルクスンが前へ出る。

 

 前。

 

 後ろ。

 

 男がどちらかへ意識を向けるたび、もう一人が死角へ入る。

 

 ファイター3の技量と全身鎧の防御力があっても、前後から攻撃され続ければ対応しきれない。

 

「正面から一対一なら、僕が負けてた」

 

「ならば、正面から戦わなければいい」

 

「ようやく意見が合ったな!」

 

 ノクティアが精霊語で短い言葉を発した。

 

 周囲の精霊が動く。

 

 男の足元で土が崩れ、重い全身鎧の姿勢がわずかに傾いた。

 

 ルクスンは、その隙を逃さない。

 

 剣で男の長剣を外側へ押しやる。

 

 背後から、ノクティアの《妖姫殺し》が再び鎧の継ぎ目へ入った。

 

 男の身体が硬直する。

 

 ルクスンは体当たりを仕掛けた。

 

 全身鎧の男が、背中から地面へ倒れる。

 

 重い音が響いた。

 

 起き上がろうとした男の手から、ノクティアが長剣を蹴り飛ばす。

 

 ルクスンは男の胸元へ剣を向けた。

 

「もう終わりだ。降参しろ」

 

「主を裏切るくらいなら、死を選ぶ」

 

「そんな奴ばっかりかよ!」

 

 男は腰へ隠していた短剣へ手を伸ばした。

 

 ルクスンの制止より早く、ノクティアが動く。

 

 《妖姫殺し》が閃いた。

 

 男の手から力が抜ける。

 

 全身鎧が石畳へ沈み、二度と動かなかった。

 

     ◇

 

 静寂が戻った。

 

 ルクスンは剣を下ろした。

 

 グールでも、レッサー・ヴァンパイアでもない。

 

 初めて、人間を相手にした戦いだった。

 

「……死んだのか?」

 

「殺さなければ、わたしたちが殺されていた」

 

「分かってる」

 

 理解はしている。

 

 それでも、簡単に割り切れるものではなかった。

 

 ルクスンは息を吐き、男の装備を調べた。

 

 全身鎧には、表立った家紋がない。

 

 しかし懐から、貴族家の侍従が持つ身分札と、私設の仲介人から渡された指示書が見つかった。

 

 ロケット回収。

 

 関係者の抹殺。

 

 依頼内容が短く記されている。

 

「これなら、盗賊ギルドへ持ち込める」

 

「盗賊ギルドへ?」

 

「ロケットも預ける。この街で貴族を相手にするなら、個人で持ってるより、盗賊ギルドの金庫に入れた方が安全だ。《ロケーション》で追われても、次に示されるのは盗賊ギルドになる」

 

「貴族が盗賊ギルドへ手を出すかもしれない」

 

「ロマールの盗賊ギルドに正面から喧嘩を売るなら、その貴族は僕たちより先に破滅するよ」

 

 ノクティアは少し考え、頷いた。

 

 そして《妖姫殺し》を、鞘ごとルクスンへ突き返した。

 

「返す」

 

「どうした? ミスリル銀製のダガー+1だぞ。シーフ技能で使うには便利だろ」

 

「うるさい」

 

『何を申すか! わらわは戦いの最中、的確な助言を――』

 

「ずっと頭の中でしゃべっていた」

 

「黙ってろって言っただろ!」

 

『孤独な潜入任務を励ましてやったのじゃ!』

 

「返す」

 

「分かった。僕が持つよ……」

 

 ルクスンは《妖姫殺し》を腰へ戻した。

 

 侍従の身分札と指示書を回収する。

 

 ロケットは渡さない。

 

 中身も、まだ見ない。

 

 すべて盗賊ギルドへ持ち込み、逃亡奴隷の身元と、ロケットを狙う貴族の正体を調べてもらう。

 

「行こう。今度こそ盗賊ギルドだ」

 

「わたしも行くのか?」

 

「君も関係者だろ。それとも、帰る場所ができたのか?」

 

「……ない」

 

「なら、ついてこい」

 

 ルクスンとノクティアは、並んでロマールの城壁へ歩き始めた。

 

 殺そうとした者と、殺されかけた者。

 

 奇妙な二人組の、最初の共闘が終わった。

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