アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
どこかに見届け人がいる。
そう気づいたルクスンは、夜の墓地を改めて見回した。
《センス・オーラ》には、不自然な精霊の働きは感じられない。
インフラビジョンにも、近くに潜む人間の熱は見つからなかった。
見届け人は、ノクティアの襲撃を間近で監視していたわけではないらしい。
「少し離れた場所で待ってるのか。それとも、後から確認に来るのか……」
「見届け役がいるとは聞かされていない」
「君は僕を殺すだけ。所持品の回収も、死体の処理も、成功した証拠の提出も必要ない。そんな依頼で、どうやって成功を確認するんだ?」
ノクティアは黙り込んだ。
暗殺者として初めて与えられた仕事だった。
言われたとおりに標的を殺せば、一人前として認めてもらえる。そう信じていた。
だが、失敗した場合だけでなく、成功した後にも自分が始末される可能性を考えていなかった。
「わたしは使い捨てだったのか?」
「たぶんな。事情を知らない新人へ殺しだけ任せて、後始末は別の人間にやらせる。最後に君まで消せば、依頼主へつながる者はいなくなる」
「……組織は、そんなことをしない」
「失敗したら自害しろって教える組織だろ。信用できる要素がどこにあるんだよ」
ノクティアは反論できなかった。
ルクスンは顎へ手を当てた。
「見届け人と交渉しよう」
「見届け人が誰かも、どこにいるかも分からない」
「向こうから来る。僕が生きている限り、仕事は終わらないんだから」
「殺されるぞ」
「話の分かる相手なら、欲しい物を幾ばくかの金に換えられる。交渉する気がないなら――先に倒す」
正面から戦えば、見届け人の実力も人数も分からない。
ルクスン一人では危険だった。
だが、今はノクティアがいる。
シーフ技能は1レベル。
正面戦闘ではファイター2のルクスンに負けた。
しかし、シャーマン技能は3レベル。姿と気配を精霊魔法で隠し、相手の背後へ回る能力を持っている。
「二手に分かれたふりをする。僕が一人で見届け人の前へ出て、交渉する。君は姿を隠して、相手の背後へ回れ」
「見つかったら?」
「僕が何とかして時間を稼ぐ。交渉でも、命乞いでもいい。君が背後へ着いたら挟撃する」
「標的が命乞いをしている間に、暗殺者が背後から襲うのか?」
「今回は、その標的と暗殺者が組んでるんだよ」
ルクスンは腰から《妖姫殺し》を外した。
「これを使え」
「魔法の短剣?」
「ミスリル銀製のダガー+1だ。必要筋力1だから、君でも扱いやすい。ミスリル銀なら精霊魔法も妨げない」
ノクティアが《妖姫殺し》を受け取る。
その瞬間、彼女の肩がわずかに震えた。
『おお、新たな持ち主か! 今度は女子なのじゃ!』
「今、声が……」
「そいつは喋る。名前も技能も知識もない。ただ喋るだけの短剣だ」
『わらわには《妖姫殺し》という立派な銘があるのじゃ!』
「……うるさい」
「戦いが終わるまでは我慢してくれ」
◇
ルクスンとノクティアは、見通しのよい墓地の道で大声を上げた。
「もう僕についてくるな!」
「分かった。勝手に死ね!」
ノクティアは怒ったように背を向け、墓石の間へ消える。
見届け人がどこかから観察しているなら、暗殺者と標的が決裂したように見えるはずだ。
墓石の陰へ入ったノクティアは、精霊へ働きかけた。
姿が夜の闇へ溶ける。
ルクスンには、彼女を隠している精霊の動きが見えていた。
ノクティアは大きく迂回し、墓地の反対側へ向かう。
「さて……来るか?」
ルクスンは一人で、崩れた礼拝所の前へ移動した。
ロケットは背負い袋の底に入れてある。
何が狙われているのかは分からない。
見届け人が姿を現すまで、こちらから差し出せるものもなかった。
しばらくして、金属の擦れる音が聞こえた。
がしゃり。
がしゃり。
墓石の向こうから、人影が現れる。
分厚い外套をまとっているが、その下には金属製の鎧を着込んでいた。
胸、腹、腕、脚。
全身を金属板で守っている。
腰には長剣。
頭には、顔の一部まで覆う兜。
密かな見届け役とは思えない、完全武装だった。
「……見届け人がフルアーマーで来るなよ。最初から殺す気満々じゃないか」
男は答えない。
重い足音を立て、ルクスンの前で止まった。
身のこなしから、戦闘技能の高さが分かる。
完全版のルールへ当てはめるなら、ファイター3程度。
ファイター2のルクスンが、正面から一対一で勝てる相手ではない。
「暗殺者の少女はどうした?」
「喧嘩別れしたよ。僕を殺し損ねて逃げた」
「役立たずめ。後で処分させよう」
ノクティアが潜んでいる方向で、精霊力がわずかに揺れた。
聞こえたらしい。
ルクスンは気づかないふりをした。
「僕を殺しに来たのか?」
「お前が地下から持ち出した物を渡せ」
「持ち出した物?」
「死体から拾ったロケットだ」
ルクスンは目を瞬いた。
ロケット。
泉のそばで力尽きた逃亡奴隷が、最後まで握りしめていた品。
身元につながるかもしれないと思い、盗賊ギルドへ持ち込むつもりだった。
中身はまだ見ていない。
それが、貴族が暗殺者まで送り込んで取り戻そうとする品だった。
「これが目的だったのか……」
「渡せ」
「何が入ってる?」
「お前が知る必要はない」
「僕は中を見てない。盗賊ギルドで持ち主を調べてもらうつもりだっただけだ」
男の空気が変わった。
「盗賊ギルドには、まだ持ち込んでいないのだな?」
「まだだ」
「ならば好都合だ。渡せば、苦しまずに殺してやる」
「渡しても殺すのかよ!」
「主の命令は、ロケットの回収と関係者の抹殺だ。持ち主がどこで手に入れ、誰へ渡したのか分からぬ以上、知る可能性のある者は全員殺す」
交渉の余地はない。
ロケットを渡しても、ルクスンは殺される。
ノクティアも殺される。
ルクスンは、背負い袋へ手を伸ばすふりをした。
「待ってくれ。金なら払う。僕の所持金は1000ガメルある」
「必要ない」
「じゃあ、このロケットを売る。あんたがいくら持ってるか知らないけど、幾ばくかの金と交換なら――」
「話を聞いていなかったのか?」
「聞いてるよ。だから命乞いしてるんだ。僕はこの世界に来たばかりで、まだ死にたくない」
ルクスンは必死な表情を作った。
半分は演技だ。
もう半分は本音だった。
死にたくない。
生き残るためなら、命乞いでも時間稼ぎでも何でもする。
男はルクスンを臆病な少年だと思ったらしい。
兜の奥から、侮るような声が聞こえた。
「安心しろ。すぐに終わる」
男が剣を抜く。
ノクティアは、まだ来ない。
ルクスンは一歩下がった。
「待て! ロケットは渡す! だからせめて、どうしてこれが必要なのか教えてくれ!」
「知る必要はない」
「そう言わずにさ。僕は何も知らないんだ。中身も見てない。あんたの主人が誰かも知らない。だったら、殺す必要はないだろ?」
男が剣を構えた。
重い全身鎧を身につけていても、動きに隙がない。
ファイター3。
まともに斬り合えば負ける。
ルクスンは、男の背後へ意識を向けた。
精霊が動いた。
人間一人分の輪郭が、音もなく近づいている。
ノクティアだ。
「最後に一つだけ聞かせてくれ」
「何だ?」
「完全武装してるのに、背後は気にしなくていいのか?」
男が振り返ろうとした。
遅い。
姿を隠していたノクティアが、男の背後へ現れた。
《妖姫殺し》が、全身鎧の継ぎ目へ突き込まれる。
刃が浅く食い込んだ。
男が呻き、剣を横薙ぎに振るう。
ノクティアは素早く身を引いた。
「貴様、裏切ったのか!」
「最初から、仲間として扱われていない」
「お前は失敗した。組織へ戻っても処分されるだけだ!」
「だから戻らない」
男の意識がノクティアへ向いた。
ルクスンは剣を抜き、正面から踏み込む。
男が慌てて向き直り、長剣で受け止めた。
金属音が墓地へ響く。
力も技量も、男が上。
ルクスンの剣が押し返される。
「ファイター3は伊達じゃないか……!」
男が反撃する。
ルクスンは後ろへ跳んだ。
長剣の切っ先が革鎧をかすめる。
その背後へ、再びノクティアが迫る。
男は振り返り、ノクティアを追い払う。
今度はルクスンが前へ出る。
前。
後ろ。
男がどちらかへ意識を向けるたび、もう一人が死角へ入る。
ファイター3の技量と全身鎧の防御力があっても、前後から攻撃され続ければ対応しきれない。
「正面から一対一なら、僕が負けてた」
「ならば、正面から戦わなければいい」
「ようやく意見が合ったな!」
ノクティアが精霊語で短い言葉を発した。
周囲の精霊が動く。
男の足元で土が崩れ、重い全身鎧の姿勢がわずかに傾いた。
ルクスンは、その隙を逃さない。
剣で男の長剣を外側へ押しやる。
背後から、ノクティアの《妖姫殺し》が再び鎧の継ぎ目へ入った。
男の身体が硬直する。
ルクスンは体当たりを仕掛けた。
全身鎧の男が、背中から地面へ倒れる。
重い音が響いた。
起き上がろうとした男の手から、ノクティアが長剣を蹴り飛ばす。
ルクスンは男の胸元へ剣を向けた。
「もう終わりだ。降参しろ」
「主を裏切るくらいなら、死を選ぶ」
「そんな奴ばっかりかよ!」
男は腰へ隠していた短剣へ手を伸ばした。
ルクスンの制止より早く、ノクティアが動く。
《妖姫殺し》が閃いた。
男の手から力が抜ける。
全身鎧が石畳へ沈み、二度と動かなかった。
◇
静寂が戻った。
ルクスンは剣を下ろした。
グールでも、レッサー・ヴァンパイアでもない。
初めて、人間を相手にした戦いだった。
「……死んだのか?」
「殺さなければ、わたしたちが殺されていた」
「分かってる」
理解はしている。
それでも、簡単に割り切れるものではなかった。
ルクスンは息を吐き、男の装備を調べた。
全身鎧には、表立った家紋がない。
しかし懐から、貴族家の侍従が持つ身分札と、私設の仲介人から渡された指示書が見つかった。
ロケット回収。
関係者の抹殺。
依頼内容が短く記されている。
「これなら、盗賊ギルドへ持ち込める」
「盗賊ギルドへ?」
「ロケットも預ける。この街で貴族を相手にするなら、個人で持ってるより、盗賊ギルドの金庫に入れた方が安全だ。《ロケーション》で追われても、次に示されるのは盗賊ギルドになる」
「貴族が盗賊ギルドへ手を出すかもしれない」
「ロマールの盗賊ギルドに正面から喧嘩を売るなら、その貴族は僕たちより先に破滅するよ」
ノクティアは少し考え、頷いた。
そして《妖姫殺し》を、鞘ごとルクスンへ突き返した。
「返す」
「どうした? ミスリル銀製のダガー+1だぞ。シーフ技能で使うには便利だろ」
「うるさい」
『何を申すか! わらわは戦いの最中、的確な助言を――』
「ずっと頭の中でしゃべっていた」
「黙ってろって言っただろ!」
『孤独な潜入任務を励ましてやったのじゃ!』
「返す」
「分かった。僕が持つよ……」
ルクスンは《妖姫殺し》を腰へ戻した。
侍従の身分札と指示書を回収する。
ロケットは渡さない。
中身も、まだ見ない。
すべて盗賊ギルドへ持ち込み、逃亡奴隷の身元と、ロケットを狙う貴族の正体を調べてもらう。
「行こう。今度こそ盗賊ギルドだ」
「わたしも行くのか?」
「君も関係者だろ。それとも、帰る場所ができたのか?」
「……ない」
「なら、ついてこい」
ルクスンとノクティアは、並んでロマールの城壁へ歩き始めた。
殺そうとした者と、殺されかけた者。
奇妙な二人組の、最初の共闘が終わった。