アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
翌日の昼過ぎ、オトフリートが宿へ戻ってきた。
ルクスンは裏庭の軒下で、修理から戻った水袋の栓を確かめていた。今度は濡らして困るものを近くに置いていない。
「見つかりました」
振り向くと、オトフリートが書き付けの束を掲げていた。
早足で帰ってきたらしく、少し息が上がっている。
「エピタフか?」
「ええ。要塞の名前がありました」
ルクスンは立ち上がった。
膝に置いていた水袋が転がり、慌てて足で止める。その様子を見たオトフリートは何か言いかけたが、今は調査の成果を話す方が大事らしかった。
「軍事史の分類では見つからなかったのですが、徴発と物資輸送に関する記録に残っていました。原本ではなく、後世に一部を書き写したものですが」
「物資って、武器とか魔晶石とか?」
「それもあります。ただ、エピタフの名がはっきり読めたのは、豆の納入記録です」
「豆」
「はい」
腰のベラが笑った。
「主よ、魔力の塔への道は豆につながっておったぞ」
ルクスンは水袋を拾い上げた。
思い描いていた発見とは、少々違う。
しかし、豆でも何でも構わなかった。前世の曖昧な記憶に、ようやくこちらの世界の証拠がついたのだ。
「中で聞こう。ほかのみんなも呼んでくる」
◇
宿の卓に広げられた書き付けには、古代王国語の品名と数量、それに地名が並んでいた。
ルクスンはオトフリートの指す箇所を覗き込んだ。
確かに、エピタフとある。
その前後には乾燥豆、塩、灯油、布などの品名が続いていた。
「武器だけを送っていたわけではないんだな」
「兵士も食事をしますし、衣類も傷みますからね。要塞へ物資を運ぶには、どこを通って、どこで荷を引き継ぐのか記す必要があります。その部分が使えそうです」
オトフリートは別の紙を隣へ置いた。
古い地名の横に、今の呼び名らしいものが書き添えられている。判別できない箇所には空白が残されていた。
ノクティアが椅子を寄せる。
「ここまでなら、聞いた道と合う」
彼女が指したのは、現在も荷運びの者が通っている区間だった。
そこから先では、道が分かれる。
一方は今も人の行き来がある。もう一方は記録に残る古い道で、その先にエピタフの名が記されていた。
「分かれ道の先は?」
「そこが問題です。途中の宿駅が今もあるのか、名前を変えたのか、なくなったのか。まだ照合できていません」
「水場は、現地の人にも聞きたい。昔あっただけじゃ使えないから」
ノクティアは古い道の脇に小さく印をつけた。
ルクスンはその指先を追った。
何もなかった紙の上に、少しずつ歩ける道ができていく。
もちろん、紙に線を引けば川を渡れるわけではない。崩れた道が直るわけでもない。それでも、どこまで分かっていて、どこから足で確かめる必要があるのかは見えてきた。
「これなら、いきなり荒野へ入らずに済みそうだな」
「ええ。人のいる場所で最後に情報を集めてから、古い道へ入る形になるでしょう」
ゼフィーリアが手元の買い物控えを寄せた。
「でしたら、その手前で水を補給できるか確認しましょう。街から全部を運ぶ場合とでは、用意する量が変わります」
「荷運びの動物も、それからか」
「道が分かってから選びたいですね。連れていけても、遺跡の外で誰が面倒を見るかという問題もありますから」
ルクスンは頷いた。
入口まで運べば、役目を終えて消える荷物持ちなどいない。餌も水もいるし、置いていくなら守る必要がある。
便利そうだというだけで買うには、責任のある買い物だった。
ベラが鞘の中から口を挟んだ。
「主が背負えば、餌を用意する相手は増えぬのう」
「僕の食べる量は増えるぞ」
「鍋まで欲しがるわけじゃ」
「まだその話をするのか」
ノクティアは地図を見たまま、少しだけ肩を揺らした。
◇
「それで、建造書の記録は?」
道の話が一段落したところで、ルクスンが尋ねた。
オトフリートは紙を一枚抜き出した。
「建造書という題名は見つかっていません。ただ、施設の維持に使う技術文書を送った記録があります」
「塔の?」
「この写しだけでは、そこまでは分かりません。書物の題名ではなく、荷物としてまとめて数えられています」
ルクスンは文字を目で追った。
期待していた答えには、まだ届いていない。
しかし、何もないわけでもなかった。
兵士が暮らし、物資が運び込まれ、設備を維持するための文書も送られていた。その先に建造書が残っているという記憶は、少なくとも見当違いとは言い切れない。
「技術文書を使う人間がいた、ということか」
「そう考えられます。ただ、届いたことと、今も残っていることは別です」
「ああ。そこは見に行かないと分からない」
オトフリートが頷いた。
ルクスンは書き付けを返そうとして、その余白に細かな数字が並んでいることに気づいた。
「この辺は?」
「品目ごとの数量です」
「全部写したの?」
「前後の記述が手掛かりになることもありますから」
確かにそうだろう。
ルクスンはもう一枚めくった。
豆。
塩。
布。
さらに豆。
「……豆が多いな」
「兵士の食料でしょうね」
「建造書を探していたら、古代王国軍の献立に詳しくなったわけだ」
「献立までは分かりません。調理法が書かれていませんから」
真面目に訂正され、ルクスンは笑いを堪えきれなかった。
オトフリートは怪訝そうに顔を上げたが、ゼフィーリアまで口元を押さえているのを見ると、ようやく自分が何を返したのか気づいたらしい。
「……必要な部分は写しました」
「分かってる。助かったよ、本当に」
ルクスンは笑いを収め、エピタフの名が記された紙を指で押さえた。
「僕だけだったら、豆の帳簿まで探せなかった」
オトフリートは一度視線を落とした。
「名前の当てがなければ、私も拾えなかったでしょう。数ある施設の一つとして、そのまま読み流したはずです」
ルクスンの記憶には、行き先の名前しかなかった。
オトフリートは、その名前から道を探し出した。
ノクティアが現地の話と照らし合わせ、ゼフィーリアが、そこを歩くために必要な荷物へ直していく。
卓の上にあるものは、まだ数枚の紙にすぎない。
だが、一人で抱えていた時より、ずっと頼りになった。
◇
その夜、宿の夕食には豆の煮込みが出た。
給仕が大皿を置くなり、ルクスンとノクティアが顔を見合わせた。
ゼフィーリアは先に笑ってしまい、オトフリートは深く息を吐いた。
「何も言わなくて結構です」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてあります」
「古代王国の兵士も、こうして食べていたのかなと思っただけだよ」
煮込みには小さく切った肉と玉葱が入り、湯気とともに香草の匂いが立ち上っていた。ルクスンは匙ですくい、口へ運んだ。
よく煮えた豆が舌の上で崩れる。
悪くない。
毎食なら飽きるかもしれないが、一日歩いた後に温かいものが食べられるのは、それだけでありがたい。
「調理法は分からぬのであろう?」
ベラが楽しげに言うと、オトフリートはパンを割る手を止めた。
「……明日は献立ではなく、道の続きを調べます」
「分かってるって」
ルクスンは笑いながら、彼の皿へ煮込みをよそった。
昼食を取っていなかったと聞いて、ゼフィーリアが追加を頼んだ分である。調査を任せきりにしておいて、自分たちだけ市場で食べ歩いているわけにもいかない。
オトフリートは一瞬何かを言いかけ、それから素直に皿を受け取った。
食事が進むうちに、話題は紙の上から離れた。
市場で見た妙に高価な食器。
修理屋の主人の器用な手つき。
宿の裏庭へやってくる猫が、梟を見つけて腰を引いたこと。
ノクティアがその時の猫の姿勢を片手で真似すると、ベラが笑い、オトフリートまで口元を緩めた。
エピタフの文字が記された紙は、食事の前に片づけてある。
明日になれば、また広げればいい。
ルクスンは最後に残った煮込みをパンで拭いながら、今度の旅では、帰ってきた時の食事も楽しみにしておこうと思った。