アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第80話 帳簿に残った要塞

 翌日の昼過ぎ、オトフリートが宿へ戻ってきた。

 

 ルクスンは裏庭の軒下で、修理から戻った水袋の栓を確かめていた。今度は濡らして困るものを近くに置いていない。

 

「見つかりました」

 

 振り向くと、オトフリートが書き付けの束を掲げていた。

 

 早足で帰ってきたらしく、少し息が上がっている。

 

「エピタフか?」

 

「ええ。要塞の名前がありました」

 

 ルクスンは立ち上がった。

 

 膝に置いていた水袋が転がり、慌てて足で止める。その様子を見たオトフリートは何か言いかけたが、今は調査の成果を話す方が大事らしかった。

 

「軍事史の分類では見つからなかったのですが、徴発と物資輸送に関する記録に残っていました。原本ではなく、後世に一部を書き写したものですが」

 

「物資って、武器とか魔晶石とか?」

 

「それもあります。ただ、エピタフの名がはっきり読めたのは、豆の納入記録です」

 

「豆」

 

「はい」

 

 腰のベラが笑った。

 

「主よ、魔力の塔への道は豆につながっておったぞ」

 

 ルクスンは水袋を拾い上げた。

 

 思い描いていた発見とは、少々違う。

 

 しかし、豆でも何でも構わなかった。前世の曖昧な記憶に、ようやくこちらの世界の証拠がついたのだ。

 

「中で聞こう。ほかのみんなも呼んでくる」

 

     ◇

 

 宿の卓に広げられた書き付けには、古代王国語の品名と数量、それに地名が並んでいた。

 

 ルクスンはオトフリートの指す箇所を覗き込んだ。

 

 確かに、エピタフとある。

 

 その前後には乾燥豆、塩、灯油、布などの品名が続いていた。

 

「武器だけを送っていたわけではないんだな」

 

「兵士も食事をしますし、衣類も傷みますからね。要塞へ物資を運ぶには、どこを通って、どこで荷を引き継ぐのか記す必要があります。その部分が使えそうです」

 

 オトフリートは別の紙を隣へ置いた。

 

 古い地名の横に、今の呼び名らしいものが書き添えられている。判別できない箇所には空白が残されていた。

 

 ノクティアが椅子を寄せる。

 

「ここまでなら、聞いた道と合う」

 

 彼女が指したのは、現在も荷運びの者が通っている区間だった。

 

 そこから先では、道が分かれる。

 

 一方は今も人の行き来がある。もう一方は記録に残る古い道で、その先にエピタフの名が記されていた。

 

「分かれ道の先は?」

 

「そこが問題です。途中の宿駅が今もあるのか、名前を変えたのか、なくなったのか。まだ照合できていません」

 

「水場は、現地の人にも聞きたい。昔あっただけじゃ使えないから」

 

 ノクティアは古い道の脇に小さく印をつけた。

 

 ルクスンはその指先を追った。

 

 何もなかった紙の上に、少しずつ歩ける道ができていく。

 

 もちろん、紙に線を引けば川を渡れるわけではない。崩れた道が直るわけでもない。それでも、どこまで分かっていて、どこから足で確かめる必要があるのかは見えてきた。

 

「これなら、いきなり荒野へ入らずに済みそうだな」

 

「ええ。人のいる場所で最後に情報を集めてから、古い道へ入る形になるでしょう」

 

 ゼフィーリアが手元の買い物控えを寄せた。

 

「でしたら、その手前で水を補給できるか確認しましょう。街から全部を運ぶ場合とでは、用意する量が変わります」

 

「荷運びの動物も、それからか」

 

「道が分かってから選びたいですね。連れていけても、遺跡の外で誰が面倒を見るかという問題もありますから」

 

 ルクスンは頷いた。

 

 入口まで運べば、役目を終えて消える荷物持ちなどいない。餌も水もいるし、置いていくなら守る必要がある。

 

 便利そうだというだけで買うには、責任のある買い物だった。

 

 ベラが鞘の中から口を挟んだ。

 

「主が背負えば、餌を用意する相手は増えぬのう」

 

「僕の食べる量は増えるぞ」

 

「鍋まで欲しがるわけじゃ」

 

「まだその話をするのか」

 

 ノクティアは地図を見たまま、少しだけ肩を揺らした。

 

     ◇

 

「それで、建造書の記録は?」

 

 道の話が一段落したところで、ルクスンが尋ねた。

 

 オトフリートは紙を一枚抜き出した。

 

「建造書という題名は見つかっていません。ただ、施設の維持に使う技術文書を送った記録があります」

 

「塔の?」

 

「この写しだけでは、そこまでは分かりません。書物の題名ではなく、荷物としてまとめて数えられています」

 

 ルクスンは文字を目で追った。

 

 期待していた答えには、まだ届いていない。

 

 しかし、何もないわけでもなかった。

 

 兵士が暮らし、物資が運び込まれ、設備を維持するための文書も送られていた。その先に建造書が残っているという記憶は、少なくとも見当違いとは言い切れない。

 

「技術文書を使う人間がいた、ということか」

 

「そう考えられます。ただ、届いたことと、今も残っていることは別です」

 

「ああ。そこは見に行かないと分からない」

 

 オトフリートが頷いた。

 

 ルクスンは書き付けを返そうとして、その余白に細かな数字が並んでいることに気づいた。

 

「この辺は?」

 

「品目ごとの数量です」

 

「全部写したの?」

 

「前後の記述が手掛かりになることもありますから」

 

 確かにそうだろう。

 

 ルクスンはもう一枚めくった。

 

 豆。

 

 塩。

 

 布。

 

 さらに豆。

 

「……豆が多いな」

 

「兵士の食料でしょうね」

 

「建造書を探していたら、古代王国軍の献立に詳しくなったわけだ」

 

「献立までは分かりません。調理法が書かれていませんから」

 

 真面目に訂正され、ルクスンは笑いを堪えきれなかった。

 

 オトフリートは怪訝そうに顔を上げたが、ゼフィーリアまで口元を押さえているのを見ると、ようやく自分が何を返したのか気づいたらしい。

 

「……必要な部分は写しました」

 

「分かってる。助かったよ、本当に」

 

 ルクスンは笑いを収め、エピタフの名が記された紙を指で押さえた。

 

「僕だけだったら、豆の帳簿まで探せなかった」

 

 オトフリートは一度視線を落とした。

 

「名前の当てがなければ、私も拾えなかったでしょう。数ある施設の一つとして、そのまま読み流したはずです」

 

 ルクスンの記憶には、行き先の名前しかなかった。

 

 オトフリートは、その名前から道を探し出した。

 

 ノクティアが現地の話と照らし合わせ、ゼフィーリアが、そこを歩くために必要な荷物へ直していく。

 

 卓の上にあるものは、まだ数枚の紙にすぎない。

 

 だが、一人で抱えていた時より、ずっと頼りになった。

 

     ◇

 

 その夜、宿の夕食には豆の煮込みが出た。

 

 給仕が大皿を置くなり、ルクスンとノクティアが顔を見合わせた。

 

 ゼフィーリアは先に笑ってしまい、オトフリートは深く息を吐いた。

 

「何も言わなくて結構です」

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

「顔に書いてあります」

 

「古代王国の兵士も、こうして食べていたのかなと思っただけだよ」

 

 煮込みには小さく切った肉と玉葱が入り、湯気とともに香草の匂いが立ち上っていた。ルクスンは匙ですくい、口へ運んだ。

 

 よく煮えた豆が舌の上で崩れる。

 

 悪くない。

 

 毎食なら飽きるかもしれないが、一日歩いた後に温かいものが食べられるのは、それだけでありがたい。

 

「調理法は分からぬのであろう?」

 

 ベラが楽しげに言うと、オトフリートはパンを割る手を止めた。

 

「……明日は献立ではなく、道の続きを調べます」

 

「分かってるって」

 

 ルクスンは笑いながら、彼の皿へ煮込みをよそった。

 

 昼食を取っていなかったと聞いて、ゼフィーリアが追加を頼んだ分である。調査を任せきりにしておいて、自分たちだけ市場で食べ歩いているわけにもいかない。

 

 オトフリートは一瞬何かを言いかけ、それから素直に皿を受け取った。

 

 食事が進むうちに、話題は紙の上から離れた。

 

 市場で見た妙に高価な食器。

 

 修理屋の主人の器用な手つき。

 

 宿の裏庭へやってくる猫が、梟を見つけて腰を引いたこと。

 

 ノクティアがその時の猫の姿勢を片手で真似すると、ベラが笑い、オトフリートまで口元を緩めた。

 

 エピタフの文字が記された紙は、食事の前に片づけてある。

 

 明日になれば、また広げればいい。

 

 ルクスンは最後に残った煮込みをパンで拭いながら、今度の旅では、帰ってきた時の食事も楽しみにしておこうと思った。

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