アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第81話 剣にも言い分がある

 ベラが不機嫌だった。

 

 宿を出てから、まだ一言も喋っていない。

 

 ルクスンが挨拶しても返事をせず、腰の鞘に収まったまま黙り込んでいる。いつもなら頼まなくても口を挟んでくるので、静かだと逆に落ち着かなかった。

 

「……何か怒ってる?」

 

 ようやく尋ねると、鞘の中から低い声が返った。

 

「主は、妾を何だと思うておる」

 

「大切な仲間」

 

「では、なぜ毛布で包もうとした」

 

「あれは荷物の点検で——」

 

「妾を包み、荷袋へ入れ、最後に紐で縛ろうとしたであろう!」

 

 前を歩いていたノクティアの肩が揺れた。

 

 今朝、ルクスンは荷袋の中で傷めたくない物を布に包んでいた。その流れで、ベラも包んでみたのである。

 

 収まりがよかったので、そのまま入れようとした。

 

 本人から猛烈な抗議を受けるまでは、悪い考えではないと思っていた。

 

「予備の布を巻けるか試しただけだって」

 

「妾は予備の剣ではない!」

 

「そこは誰も言ってない」

 

 ゼフィーリアが振り向いた。

 

「抜く時に困りませんか」

 

「そうなんだよな」

 

「今、気づいたのか、主よ!」

 

 ベラの声に、道端の犬が吠えた。

 

     ◇

 

 借りた稽古場には、踏み固められた土と、使い込まれた木製の標的があった。

 

 ルクスンたちの目的は、打ち合って疲れ果てることではない。

 

 旅装を整えた状態で武器を抜き、荷物を下ろし、仲間と位置を入れ替える。普段の動作を一通り確かめるためだった。

 

 オトフリートも午前中だけ付き合うことになっている。

 

 図書館へ行く時とは違い、今日は杖と旅の荷物を持っていた。

 

「まず、通路の幅を決めよう」

 

 ルクスンが地面へ線を引く。

 

 ノクティアがその両端へ木片を置いた。

 

 人が二人、どうにかすれ違える程度の幅である。もちろん、エピタフの通路がこの広さだと知っているわけではない。狭い場所で邪魔にならないか確かめるには、ちょうどよかった。

 

「ノクティアが前を調べて、何かあったら戻る。僕が前へ出るから、その後ろで——」

 

「やってみよう」

 

 説明の途中で、ノクティアが歩き出した。

 

 数歩進んだところで足を止め、左手を上げる。

 

 ルクスンも止まった。

 

 ノクティアが戻ってくる。彼女の肩越しを見ながら盾を構え、前へ出ようとした瞬間、背後で何かが引っ掛かった。

 

「待ってください」

 

 オトフリートの声がする。

 

 振り向くと、ルクスンの荷袋に結びつけた毛布の端が、彼の杖に絡んでいた。

 

 ノクティアが横をすり抜け、二人を見る。

 

「敵、来たよ」

 

「ちょっと待って」

 

「待たない」

 

「分かってるから!」

 

 毛布を引けば杖も動く。オトフリートが杖を引けばルクスンの肩が引かれる。

 

 ゼフィーリアが二人の間へ手を差し入れ、布の輪を外した。

 

 ようやく自由になった時には、ノクティアは通路の外に座っていた。

 

「今、二人倒れた」

 

「厳しいな」

 

「敵もそうだと思う」

 

 ルクスンは荷袋を下ろした。

 

 机の上で綺麗にまとめた荷物が、身体につけても扱いやすいとは限らない。

 

 毛布を巻き直し、紐の余りを押し込む。オトフリートも杖を持つ位置を確かめ、もう一度並んだ。

 

 次は引っ掛からなかった。

 

     ◇

 

 何度か位置を入れ替えるうちに、ルクスンは自分の動きばかり気にしなくなった。

 

 ノクティアが戻る時、盾を少し引けば通りやすい。

 

 オトフリートが杖を動かす側へ、無闇に立たない。

 

 ゼフィーリアに声をかける時は、指示だけでなく、誰のことを言っているのか伝える。

 

 一緒に戦ってきた仲間でも、立つ場所が少し変わるだけで勝手が違った。

 

 休憩に入る前、ルクスンはベラを抜いた。

 

 新しい鞘から現れた刀身が、日差しを受けて淡く輝く。

 

 周囲に人がいないことを確かめ、ゆっくり振り下ろす。続けて踏み込み、刃筋を変えた。

 

「主よ」

 

「何?」

 

「なぜ途中で止める」

 

 ルクスンは剣先を下げた。

 

 自分でも、少し手加減していることには気づいていた。

 

 ベラは魔剣だ。

 

 しかも、意思を持ち、文句を言い、一緒に旅をする仲間でもある。

 

 ただの道具として振るっていた頃と、まったく同じ気持ちでは扱えなかった。

 

「無茶をさせたくないんだよ」

 

「それで斬り損ねて、主が殴られては何にもならぬ」

 

「それはそうだけど」

 

「妾を振るうことまで怖がるな。剣として使われるために、ここにおるのじゃ」

 

 ベラの声は、いつもより静かだった。

 

 ルクスンは柄を握り直した。

 

 彼女が折れれば、気絶した仲間を助け起こすようにはいかない。その事実は忘れられないし、忘れるべきでもない。

 

 だからといって、いざという時に腕が鈍れば、ベラも自分も危うくなる。

 

「分かった。ちゃんと使う。ただ、お前一人に無理をさせるようなことはしない」

 

「うむ。大切にするなら、存分に働かせた後で磨くがよい」

 

「そこは要求するんだな」

 

「当然じゃ」

 

 今度は踏み込みを止めなかった。

 

 刀身が空気を切り、狙ったところでぴたりと収まる。

 

 ベラが満足そうに鼻を鳴らした。

 

 見ていたノクティアも、小さく頷いた。

 

     ◇

 

 木陰で水を飲み、短い休憩を取った。

 

 オトフリートは片膝に書き付けを置いている。調べ物の続きを始めたのかと思ったが、書いているのは先ほどの稽古で気づいたことだった。

 

「私が詠唱を始めてから、急に目の前を横切らないでください。狙う相手も、早めに教えていただけると助かります」

 

「僕が敵にぶつかったら、後ろから適当に、じゃ駄目か」

 

「何を適当に使えと?」

 

「そこは専門家の判断で」

 

「専門家は、あなたがいつ横へ飛ぶつもりなのかまでは知りません」

 

 ルクスンは笑った。

 

 自分が知っている魔法だからといって、使う人間の都合まで分かっているわけではない。

 

 魔法の効果を知ることと、隣にいる術者に合わせて動くことは、別に覚える必要があった。

 

 ゼフィーリアが水袋の栓を締める。

 

「怪我をした時も、隠さないでくださいね。後でまとめて治せばよいと思っていらっしゃると、こちらが困ります」

 

「分かった」

 

「返事が早いですね」

 

「今回は本当に分かった」

 

「今回は、という言い方が気になります」

 

 ノクティアが水を飲みかけて止まった。

 

 ルクスンは話を変えようと、稽古場の端に立つ標的へ目を向けた。

 

「そうだ。せっかくだから、最後にヴァルキリー・ジャベリンを——」

 

「駄目」

 

 ノクティアの返答は早かった。

 

「まだ何をするか言ってない」

 

「撃つでしょう」

 

「そうだけど」

 

 オトフリートが書き付けから顔を上げた。

 

「攻撃魔法を使う許可は取っていません。それに、あの標的を壊したら弁償です」

 

 ルクスンは標的を見直した。

 

 何度も打たれ、表面が毛羽立っている。頑丈ではあるが、精霊の光槍を受け止めるための物ではなさそうだった。

 

 ベラが嬉しそうに言う。

 

「妾で素振りをしておれば、的も懐も傷まぬぞ」

 

「お前、さっきの仕返しだろ」

 

「何のことかのう」

 

 覚えた術を使いたい。

 

 その気持ちはある。

 

 だが、覚えた術を試すたびに標的を買っていたら、塔を建てる前に稽古場の持ち主と親しくなってしまう。

 

 ルクスンは諦め、立ち上がった。

 

「もう一回、通路の練習をしよう。今度は途中で後ろから来たことにして」

 

「誰が来るのですか」

 

 ゼフィーリアの問いに、ルクスンはオトフリートを見た。

 

「魔法使いを狙う敵」

 

「なぜ私を見て言うのです」

 

「一番困りそうだから」

 

「困りますとも!」

 

 今度は、オトフリートが皆を笑わせた。

 

     ◇

 

 稽古を終える頃には、荷物の結び方が朝と少し変わっていた。

 

 使う物は取り出しやすい場所へ移し、邪魔になる紐は短くまとめた。特別な武具が増えたわけでも、新しい魔法を覚えたわけでもない。

 

 それでも、最初より動きやすかった。

 

 宿へ戻る道で、ベラが声をかけてきた。

 

「主よ、約束を忘れるでないぞ」

 

「磨くんだろ。戻ったらやるよ」

 

「分かっておるならよい」

 

 ルクスンは腰の鞘へ手を添えた。

 

 朝と違って、そこから不機嫌な沈黙は返ってこなかった。

 

 隣を歩くノクティアが、その手元を見る。

 

「今日は包まない?」

 

「包まない」

 

「よかった。荷袋が空く」

 

「そこ?」

 

 ノクティアは口元を緩め、前へ向き直った。

 

 日差しはまだ高い。

 

 昼食を済ませたら、オトフリートは調査の続きへ行く。ルクスンには武具の手入れが残っている。

 

 その後なら、少し眠る時間も取れそうだった。

 

 休養の予定を自分から口にすると、ベラが驚いたような声を上げた。

 

「主も、ようやく休み方を覚えたか」

 

「お前を磨いた後でね」

 

「うむ。順番を心得ておる」

 

 ずいぶんと偉そうな剣だった。

 

 ルクスンは笑い、宿へ続く通りを仲間と歩いた。

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