アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第82話 まだ見ぬ塔の食卓

 七日間は、思っていたより早く過ぎた。

 

 修理に出した道具を受け取り、使い込んだ紐を交換する。買い足した品を荷物へ収め、背負ってみては入れ直す。

 

 その合間に眠り、食べ、湯を使った。

 

 最初のうちは、何もしていない時間があると落ち着かなかったルクスンも、数日経つと昼寝の具合が分かってきた。

 

 腹いっぱい食べた直後に横になると、予定より長く眠ってしまう。

 

 ベラを枕元に置くと、起きるまで文句を言われる。

 

 窓際の椅子なら軽く目を閉じるだけで済むと思ったが、首が痛くなるのでやめた。

 

 結局、寝る時は寝台を使うのが一番だった。

 

     ◇

 

 出発を翌日に控えた夕方、一行は宿の部屋で最後の確認を済ませた。

 

 卓に広げられた地図は、最初に見たものとは随分違っていた。

 

 オトフリートが古い記録から拾った道に、ノクティアが聞き集めた現在の道が重ねられている。補給のできる場所と、目印に使えそうな地形。記録だけでしか確かめられていない区間は、線を分けてあった。

 

「まずは、ここまでですね」

 

 オトフリートが指したのは、人の往来がある道の終わり近くだった。

 

「そこで水を補給し、古い道の様子をもう一度聞きます。その先は、記録と現地を照合しながら進むことになります」

 

「最後に戻れる場所は、全員で覚えておこう」

 

 ルクスンは地名を声に出して確かめた。

 

 ノクティアが頷く。

 

「道が違ったら、そのまま進まない。目印を一つずつ見る」

 

 エピタフ内部の見取り図は、結局見つからなかった。

 

 建造書の保管場所も、残されている警備も分からない。

 

 それでも、行く先の名前を握り締めて荒野へ向かうだけだった頃に比べれば、ずっとましだった。

 

 食料と水の持ち方も決まった。

 

 人のいる場所で補給し、そこから先へ持ち込む分は、帰りに必要な量を別に数える。歩く日数が予想より延びれば、遺跡で使える日数を削る。

 

 書物を包む布と油布は、取り出しやすい場所へ入れてある。

 

 オトフリートの筆記具も、何度か相談した末に収まった。

 

「本当に、紙はこれで足りるのですかね」

 

「まだ増やしたいのか」

 

「必要な時に買えませんから」

 

「僕らの背中も、途中じゃ増えないんだよ」

 

 オトフリートは荷袋を眺め、未練を振り切るように紐を締めた。

 

 ゼフィーリアが最後の控えを畳んだ。

 

「これで、明日の朝に入れる物だけですね」

 

 ルクスンは部屋を見回した。

 

 整えられた荷物が壁際に並んでいる。

 

 散らかっていた卓には、地図と灯りだけが残った。

 

「よし。飯にしよう」

 

 その提案に、反対する者はいなかった。

 

     ◇

 

 その夜は、いつもより少しよい料理を頼んだ。

 

 皮を香ばしく焼いた肉に、煮た根菜。焼きたてのパンを割ると、中から白い湯気が上がった。

 

 旅へ出れば、食べたい時に温かいものが食べられるとは限らない。

 

 ルクスンは肉を切り分けながら、向かいのオトフリートへ尋ねた。

 

「建造書が手に入ったら、最初に何を調べたい?」

 

「動力です」

 

 返答は早かった。

 

「塔の規模に対して何が必要なのか、どのくらい維持できるのか。そこが分からないと、ほかの部分を考えても——」

 

「部屋とかじゃなくて?」

 

「部屋?」

 

 オトフリートの手が止まった。

 

 ルクスンはパンをちぎった。

 

「調べ物もするだろうけど、自分で使う部屋があったら何を置きたいか、とか。まだ早いのは分かってるけどさ」

 

 オトフリートは少し考えた。

 

 それから、肉の皿を脇へ寄せ、卓の上に両手で長方形を作った。

 

「まず、これより広い机が欲しいですね」

 

「紙を全部並べるため?」

 

「ええ。写本と資料を並べたら、書く場所がなくなることがあるので。棚も机の近くへ置きたいです。湿気の少ない、落ち着いて読める部屋があれば……」

 

 言いながら、棚を置く場所まで指で示している。

 

 ルクスンは笑った。

 

「部屋の話でも、すぐ具体的になるんだな」

 

「あなたが聞いたのでしょう」

 

「うん。聞いてよかった」

 

 ノクティアが肉を飲み込み、口を開いた。

 

「窓」

 

「ノクティアは窓が欲しいのか」

 

「外が見える方がいい」

 

「大きいのにしようか」

 

 彼女は頷きかけ、それからルクスンを見た。

 

「開けても落ちないようにして」

 

 空飛ぶ魔力の塔である。

 

 地上の宿と同じつもりで窓辺へ腰をかけたら、取り返しのつかないことになりかねない。

 

「……手すりをつけよう」

 

「物も落とさないでくださいね。下に人がいるかもしれませんから」

 

 ゼフィーリアに言われ、ルクスンは自分が窓から何かを放り投げる姿を想像した。

 

「それは気をつける」

 

「主は窓から身を乗り出して、妾を抜くでないぞ」

 

「何と戦う想定なんだよ」

 

「主なら、飛んでおる何かを見つけて試したくなるやもしれぬ」

 

 ノクティアが目を伏せた。

 

 オトフリートはパンを口へ運んだ。

 

 誰も否定してくれなかった。

 

「……ゼフィーリアは?」

 

 ルクスンは話を振り直した。

 

 ゼフィーリアは少しだけ考え、皿の縁を指でなぞった。

 

「湯を使える場所があると嬉しいですね。髪を洗っても、次の方を待たせずに済むような」

 

「風呂か。僕も欲しい」

 

「洗ったものを干す場所も。空を飛ぶのなら、よく乾くでしょうか」

 

「風で全部飛んでいきそうだな」

 

 ノクティアが顔を上げた。

 

「取りに戻れない」

 

「それは困りますね」

 

 真剣な顔で答えるゼフィーリアを見て、ルクスンは笑いかけた。

 

 だが、想像してみると笑えなかった。

 

 空飛ぶ塔から洗濯物が一斉に飛び立つ。

 

 自分たちは窓にしがみついて、それを見送る。

 

 壮大な魔法建築の初仕事が、下着探しになる可能性があった。

 

「干す場所にも囲いを作ろう」

 

 オトフリートが頷いた。

 

「風が抜けて、物は落ちない構造ですね」

 

 話にすっかり乗っていた。

 

     ◇

 

「妾には、一番よい部屋を用意するがよい」

 

 ベラが言った。

 

 ルクスンは椅子へ立てかけた鞘を見た。

 

「どんな部屋?」

 

「日当たりがよく、眺めもよい。飾るものも、品のよいものがよいのう」

 

「剣掛け?」

 

「なぜ妾を壁へ掛ける!」

 

「置き場所の話かと思って」

 

「部屋と言うておろう!」

 

 ゼフィーリアが口元を押さえ、ノクティアはとうとう笑い声を漏らした。

 

 ベラには人の姿もある。

 

 それを承知で言ったので、ルクスンも少し悪かったとは思った。

 

「分かった。部屋にしよう。でも一番上は揺れるかもしれないぞ」

 

「そこは主がどうにかするのじゃ」

 

「難しいところを全部こっちへ渡すなあ」

 

「塔を飛ばそうと言い出したのは、主であろう」

 

 そのとおりだった。

 

 ルクスンは降参するように両手を上げた。

 

 すると、ノクティアが尋ねた。

 

「ルクスンは?」

 

「僕?」

 

「自分の部屋」

 

 ルクスンは少し考えた。

 

 空飛ぶ魔力の塔が欲しい。

 

 その気持ちは、随分前からはっきりしていた。場所に縛られずに移動できる拠点。道具も書物も置いておける。冒険へ出かけるたびに、すべてを背負わずに済む。

 

 だが、自分の部屋の中身までは、あまり考えていなかった。

 

「寝台があって、武具を手入れする場所があって……それくらいかな」

 

「椅子は?」

 

「折り畳まないやつ」

 

 今度は全員が笑った。

 

 ルクスンも笑いながら、卓の向こうへ目をやった。

 

 オトフリートの皿は空になり、ノクティアは籠に残ったパンを二つに割っている。ゼフィーリアが杯を寄せ、飲み物を注いだ。

 

「あと、こういう卓が欲しいな」

 

「食堂ですか」

 

 オトフリートに問われ、ルクスンは頷いた。

 

「地図を広げてもいいし、飯を食ってもいい。別々に動いた後、戻ってきて話せる場所があると便利だろ」

 

「地図の上で食べるのはやめてください」

 

「そこは片づけるよ」

 

「今日も、片づけたのは私でしたが」

 

 ルクスンは黙って、残った肉の皿をオトフリートへ差し出した。

 

「食べ物で済ませようとしていませんか」

 

「もう一切れどうぞ」

 

 オトフリートは呆れた顔をしたが、肉は受け取った。

 

     ◇

 

 食事を終え、部屋へ戻る頃には、廊下の灯りが少し減らされていた。

 

 明日は朝食を済ませたら出発する。

 

 ルクスンは荷物の置き場所を確かめ、ベラを寝台の傍らへ立てかけた。

 

 窓の外にはライナスの夜がある。

 

 ここへ戻ってきた時は、すぐにでも次へ向かいたかった。

 

 今は、この七日間があってよかったと思う。

 

「主よ」

 

 寝台へ腰を下ろすと、ベラが呼びかけた。

 

「何?」

 

「あの卓には、妾の席もあるのだろうな」

 

 ルクスンは鞘へ目を向けた。

 

「あるよ」

 

「椅子じゃぞ。剣掛けではないぞ」

 

「分かってるって」

 

 ベラは満足したらしく、それきり静かになった。

 

 ルクスンは靴を脱ぎ、寝台へ横になった。

 

 まだ、建造書さえ手に入れていない。

 

 明日向かう遺跡の中に何がいるのかも分からない。

 

 それでも、いつか造る塔の中には、今夜のうちに机が置かれ、窓が開き、風呂と食卓までできていた。

 

 その続きは、帰ってから考えよう。

 

 灯りを消す前に、ルクスンはもう一度だけ、壁際に並ぶ荷物を見た。

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