アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
七日間は、思っていたより早く過ぎた。
修理に出した道具を受け取り、使い込んだ紐を交換する。買い足した品を荷物へ収め、背負ってみては入れ直す。
その合間に眠り、食べ、湯を使った。
最初のうちは、何もしていない時間があると落ち着かなかったルクスンも、数日経つと昼寝の具合が分かってきた。
腹いっぱい食べた直後に横になると、予定より長く眠ってしまう。
ベラを枕元に置くと、起きるまで文句を言われる。
窓際の椅子なら軽く目を閉じるだけで済むと思ったが、首が痛くなるのでやめた。
結局、寝る時は寝台を使うのが一番だった。
◇
出発を翌日に控えた夕方、一行は宿の部屋で最後の確認を済ませた。
卓に広げられた地図は、最初に見たものとは随分違っていた。
オトフリートが古い記録から拾った道に、ノクティアが聞き集めた現在の道が重ねられている。補給のできる場所と、目印に使えそうな地形。記録だけでしか確かめられていない区間は、線を分けてあった。
「まずは、ここまでですね」
オトフリートが指したのは、人の往来がある道の終わり近くだった。
「そこで水を補給し、古い道の様子をもう一度聞きます。その先は、記録と現地を照合しながら進むことになります」
「最後に戻れる場所は、全員で覚えておこう」
ルクスンは地名を声に出して確かめた。
ノクティアが頷く。
「道が違ったら、そのまま進まない。目印を一つずつ見る」
エピタフ内部の見取り図は、結局見つからなかった。
建造書の保管場所も、残されている警備も分からない。
それでも、行く先の名前を握り締めて荒野へ向かうだけだった頃に比べれば、ずっとましだった。
食料と水の持ち方も決まった。
人のいる場所で補給し、そこから先へ持ち込む分は、帰りに必要な量を別に数える。歩く日数が予想より延びれば、遺跡で使える日数を削る。
書物を包む布と油布は、取り出しやすい場所へ入れてある。
オトフリートの筆記具も、何度か相談した末に収まった。
「本当に、紙はこれで足りるのですかね」
「まだ増やしたいのか」
「必要な時に買えませんから」
「僕らの背中も、途中じゃ増えないんだよ」
オトフリートは荷袋を眺め、未練を振り切るように紐を締めた。
ゼフィーリアが最後の控えを畳んだ。
「これで、明日の朝に入れる物だけですね」
ルクスンは部屋を見回した。
整えられた荷物が壁際に並んでいる。
散らかっていた卓には、地図と灯りだけが残った。
「よし。飯にしよう」
その提案に、反対する者はいなかった。
◇
その夜は、いつもより少しよい料理を頼んだ。
皮を香ばしく焼いた肉に、煮た根菜。焼きたてのパンを割ると、中から白い湯気が上がった。
旅へ出れば、食べたい時に温かいものが食べられるとは限らない。
ルクスンは肉を切り分けながら、向かいのオトフリートへ尋ねた。
「建造書が手に入ったら、最初に何を調べたい?」
「動力です」
返答は早かった。
「塔の規模に対して何が必要なのか、どのくらい維持できるのか。そこが分からないと、ほかの部分を考えても——」
「部屋とかじゃなくて?」
「部屋?」
オトフリートの手が止まった。
ルクスンはパンをちぎった。
「調べ物もするだろうけど、自分で使う部屋があったら何を置きたいか、とか。まだ早いのは分かってるけどさ」
オトフリートは少し考えた。
それから、肉の皿を脇へ寄せ、卓の上に両手で長方形を作った。
「まず、これより広い机が欲しいですね」
「紙を全部並べるため?」
「ええ。写本と資料を並べたら、書く場所がなくなることがあるので。棚も机の近くへ置きたいです。湿気の少ない、落ち着いて読める部屋があれば……」
言いながら、棚を置く場所まで指で示している。
ルクスンは笑った。
「部屋の話でも、すぐ具体的になるんだな」
「あなたが聞いたのでしょう」
「うん。聞いてよかった」
ノクティアが肉を飲み込み、口を開いた。
「窓」
「ノクティアは窓が欲しいのか」
「外が見える方がいい」
「大きいのにしようか」
彼女は頷きかけ、それからルクスンを見た。
「開けても落ちないようにして」
空飛ぶ魔力の塔である。
地上の宿と同じつもりで窓辺へ腰をかけたら、取り返しのつかないことになりかねない。
「……手すりをつけよう」
「物も落とさないでくださいね。下に人がいるかもしれませんから」
ゼフィーリアに言われ、ルクスンは自分が窓から何かを放り投げる姿を想像した。
「それは気をつける」
「主は窓から身を乗り出して、妾を抜くでないぞ」
「何と戦う想定なんだよ」
「主なら、飛んでおる何かを見つけて試したくなるやもしれぬ」
ノクティアが目を伏せた。
オトフリートはパンを口へ運んだ。
誰も否定してくれなかった。
「……ゼフィーリアは?」
ルクスンは話を振り直した。
ゼフィーリアは少しだけ考え、皿の縁を指でなぞった。
「湯を使える場所があると嬉しいですね。髪を洗っても、次の方を待たせずに済むような」
「風呂か。僕も欲しい」
「洗ったものを干す場所も。空を飛ぶのなら、よく乾くでしょうか」
「風で全部飛んでいきそうだな」
ノクティアが顔を上げた。
「取りに戻れない」
「それは困りますね」
真剣な顔で答えるゼフィーリアを見て、ルクスンは笑いかけた。
だが、想像してみると笑えなかった。
空飛ぶ塔から洗濯物が一斉に飛び立つ。
自分たちは窓にしがみついて、それを見送る。
壮大な魔法建築の初仕事が、下着探しになる可能性があった。
「干す場所にも囲いを作ろう」
オトフリートが頷いた。
「風が抜けて、物は落ちない構造ですね」
話にすっかり乗っていた。
◇
「妾には、一番よい部屋を用意するがよい」
ベラが言った。
ルクスンは椅子へ立てかけた鞘を見た。
「どんな部屋?」
「日当たりがよく、眺めもよい。飾るものも、品のよいものがよいのう」
「剣掛け?」
「なぜ妾を壁へ掛ける!」
「置き場所の話かと思って」
「部屋と言うておろう!」
ゼフィーリアが口元を押さえ、ノクティアはとうとう笑い声を漏らした。
ベラには人の姿もある。
それを承知で言ったので、ルクスンも少し悪かったとは思った。
「分かった。部屋にしよう。でも一番上は揺れるかもしれないぞ」
「そこは主がどうにかするのじゃ」
「難しいところを全部こっちへ渡すなあ」
「塔を飛ばそうと言い出したのは、主であろう」
そのとおりだった。
ルクスンは降参するように両手を上げた。
すると、ノクティアが尋ねた。
「ルクスンは?」
「僕?」
「自分の部屋」
ルクスンは少し考えた。
空飛ぶ魔力の塔が欲しい。
その気持ちは、随分前からはっきりしていた。場所に縛られずに移動できる拠点。道具も書物も置いておける。冒険へ出かけるたびに、すべてを背負わずに済む。
だが、自分の部屋の中身までは、あまり考えていなかった。
「寝台があって、武具を手入れする場所があって……それくらいかな」
「椅子は?」
「折り畳まないやつ」
今度は全員が笑った。
ルクスンも笑いながら、卓の向こうへ目をやった。
オトフリートの皿は空になり、ノクティアは籠に残ったパンを二つに割っている。ゼフィーリアが杯を寄せ、飲み物を注いだ。
「あと、こういう卓が欲しいな」
「食堂ですか」
オトフリートに問われ、ルクスンは頷いた。
「地図を広げてもいいし、飯を食ってもいい。別々に動いた後、戻ってきて話せる場所があると便利だろ」
「地図の上で食べるのはやめてください」
「そこは片づけるよ」
「今日も、片づけたのは私でしたが」
ルクスンは黙って、残った肉の皿をオトフリートへ差し出した。
「食べ物で済ませようとしていませんか」
「もう一切れどうぞ」
オトフリートは呆れた顔をしたが、肉は受け取った。
◇
食事を終え、部屋へ戻る頃には、廊下の灯りが少し減らされていた。
明日は朝食を済ませたら出発する。
ルクスンは荷物の置き場所を確かめ、ベラを寝台の傍らへ立てかけた。
窓の外にはライナスの夜がある。
ここへ戻ってきた時は、すぐにでも次へ向かいたかった。
今は、この七日間があってよかったと思う。
「主よ」
寝台へ腰を下ろすと、ベラが呼びかけた。
「何?」
「あの卓には、妾の席もあるのだろうな」
ルクスンは鞘へ目を向けた。
「あるよ」
「椅子じゃぞ。剣掛けではないぞ」
「分かってるって」
ベラは満足したらしく、それきり静かになった。
ルクスンは靴を脱ぎ、寝台へ横になった。
まだ、建造書さえ手に入れていない。
明日向かう遺跡の中に何がいるのかも分からない。
それでも、いつか造る塔の中には、今夜のうちに机が置かれ、窓が開き、風呂と食卓までできていた。
その続きは、帰ってから考えよう。
灯りを消す前に、ルクスンはもう一度だけ、壁際に並ぶ荷物を見た。