アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
前回は経験値が発生しなかったので
成長報告はありません(笑)
道が細くなったのは、最後の補給を済ませた集落を離れてからだった。
荷車の轍が途絶え、草の間に踏み跡だけが続く。その踏み跡もやがて分かれ、獣の通り道と見分けにくくなった。
ノクティアが足を止める。
少し先へ進んで地面を調べ、それから道の脇に積もった土を靴先で払った。
黒ずんだ石の縁が現れた。
「こっち」
ルクスンも近づき、腰を落とした。
石は、自然に転がってきたものではない。露出した部分の先に、同じ幅の石が並んでいる。
古い敷石だった。
「軍道か」
「続いてる。草に隠れてるだけ」
オトフリートが、油布から地図を取り出した。
周囲の丘と、遠くに見える岩の形を確かめる。紙の上へ目を戻すと、小さく頷いた。
「方角も合っています。この道を使っていたのなら、記録にある曲がり方とも一致します」
「豆を運んだ道だな」
「ほかにも運んでいます」
「分かってるよ」
ルクスンは笑って立ち上がった。
ライナスで紙を挟んでいた時には、ただの線だった。
今は、その線が足の下にある。
敷石の隙間から生えた草を踏み越えながら、ルクスンは肩の荷を直した。
◇
その日の野営は、風を避けられる岩陰に決めた。
ノクティアが周囲を調べている間に、ルクスンは地面の小石を除けた。ゼフィーリアが荷を解き、オトフリートは通ってきた道を地図へ書き込んでいる。
水は、今のところ予定どおりに使えていた。
しかし、ここから先で補給できる当てはない。地図に残る古い水場の印を、そのまま飲み水として数えるわけにはいかなかった。
「まだ見えないな」
ルクスンが丘の向こうを眺めると、腰のベラが答えた。
「城が歩いて逃げるわけでもあるまい」
「僕らの塔は、飛ばす予定だけど」
「では、先に飛んでいったかもしれぬのう」
「困るな、それ」
「建造書ごと飛ばれては追いつけませんね」
オトフリートが真面目な顔で加わった。
ルクスンは彼を見た。
「冗談だよな?」
「あなたが始めた話でしょう」
ゼフィーリアが笑い、乾いた食料を切り分けた。
宿の食事とは違う。
それでも、腰を下ろし、靴紐を緩めて食べるだけで気持ちは落ち着いた。
偵察から戻ったノクティアが、ルクスンの隣へ座る。
「先で草が少なくなる」
「地面が変わるのか?」
「それもある。でも、精霊の感じが変」
ルクスンは食べる手を止めた。
ノクティアは、暗くなり始めた丘を見ていた。
「近づいてから確かめる。今は、まだ遠い」
ルクスンも同じ方角へ意識を向けた。
周囲には、岩も土も風もある。
しかし、その先に感じられるものは薄く、距離のせいだけとは言い切れない頼りなさがあった。
無の砂漠へ近づいている。
そのためなのか、別の何かがあるのか。
今の場所から答えは出なかった。
「明日は少し間隔を空けよう。異常があったら、その場で止まる」
ノクティアが頷いた。
ルクスンは残りの食料を口へ運んだ。
食べられる時に食べ、眠れる間に眠る。
まだ見えない城を睨んでいても、夜が短くなるだけだった。
◇
翌日、古い軍道は乾いた丘陵へ入った。
草が途切れ、剥き出しの土が靴底で崩れる。風に運ばれた細かな砂が、敷石の間を埋めていた。
ノクティアの歩調が遅くなる。
ルクスンも、同じ違和感を覚えていた。
風は吹いているのに、そこにあるはずの精霊の気配が薄い。
何もかも失われているわけではない。ただ、先へ進むほどに周囲が痩せていくような感じがした。
「これ、砂漠の影響だけかな」
ルクスンが低く言うと、ノクティアは首を傾けた。
「分からない。でも、前の方へ引かれてる感じがする」
ゼフィーリアも足を止めた。
「一か所へ偏っているのでしょうか。周りには乏しいのに、向こうには何かあるような……」
オトフリートは三人の顔を見た。
「古い設備が動いている可能性はありますか」
「ある。何の設備かは、まだ分からないけど」
ルクスンは前方の丘を指した。
「あそこから先を見よう。稜線には立たないで」
ノクティアが先行した。
ルクスンは少し間を置き、腰を低くして続く。丘の頂に近づくと、彼女が伏せたまま手を上げた。
その隣へ腹ばいになり、ルクスンは顔だけを出した。
城壁があった。
乾いた地面を大きく囲む、灰褐色の石の壁。
上部には欠けた箇所があり、壁面には砂の筋が幾重にも走っている。それでも、遠目に分かるほど大きく崩れた場所はなかった。
張り出した砲台が、城壁の要所に据えられている。
中央には門。
そこへ続く道は、長い間、誰にも踏み固められていないように見えた。
「……あった」
ルクスンは思わず呟いた。
エピタフ。
曖昧な記事の記憶と、帳簿に残った地名。
その二つが、ようやく目の前の石造りの要塞へつながった。
嬉しさがこみ上げる。
同時に、近づき方を考えなければならなかった。
城壁前の斜面には、身を隠せるものが少ない。
正面の門へ向かえば、上から丸見えになる。
ルクスンは指で、道の脇を走る浅い窪みを示した。
「あそこは?」
「途中まで使える。その先は、近くで見ないと分からない」
ノクティアが答えた。
後ろへ戻り、待っていた二人に要塞の位置と地形を伝える。
オトフリートは頷いたが、すぐには地図を開かなかった。まずは身を隠したまま城壁を見たいらしい。
全員で、もう一度丘の上へ進んだ。
「兵の姿はありませんね」
「いるなら、見えないところにいてほしいな」
「主よ、それはそれで困るであろう」
ベラの声は、いつもより抑えられていた。
ルクスンは砲台を見た。
短く太い筒状のものが、石の台座から突き出している。形だけなら砲身に見えるが、火薬を使う大砲と同じ仕組みだとは限らない。
砲台の奥に、火の精霊の気配があった。
焚き火の中に感じるものとは違う。
もっと強く、窮屈に押し込められたような、落ち着きのない気配だった。
「火がある。あの砲台の中」
ノクティアも気づいていたらしく、すぐに頷いた。
「静かじゃない」
「近づく前に、射線を避けたいな」
ルクスンは地面の窪みと砲台の位置を見比べた。
正面は避ける。
まず丘を下がり、側面へ回って、近づける場所を探す。
そう告げようとした時、石が擦れる低い音がした。
砲台の一つが、動いていた。
ほんのわずかだった。
だが、動いている。
風で揺れるはずのない太い砲身が、ゆっくりとこちらへ向きを変えていた。
「下がれ」
ルクスンは即座に言った。
ノクティアが身を引き、ゼフィーリアも丘の陰へ下がる。
オトフリートが最後に頭を下げた時、砲口の内側に赤い光が灯った。
ルクスンはそれを見届けず、斜面を滑り下りた。
直後、頭上で空気が鳴った。
炎の塊が稜線を越え、背後の地面へ叩きつけられる。
轟音。
砕けた土と小石が降ってきた。
熱い風が丘を撫で、ルクスンの外套を激しく揺らした。
「全員いるか!」
「いる」
「大丈夫です」
「こちらも!」
声が揃う。
ルクスンは息を吐き、城壁の見えない斜面へ背をつけた。
すぐには次の炎が来なかった。
代わりに、丘の向こうから、重い石が動く音がいくつも聞こえてくる。
別の砲台まで動き始めたらしい。
「……客への挨拶にしては、熱心ですね」
オトフリートが、肩に落ちた土を払った。
「予約してこなかったからかな」
「主よ、予約してあれば何が変わる」
「狙いをつけて待っててくれる」
「今より悪いではないか!」
ルクスンは短く笑い、盾の持ち方を直した。
姿を見せた場所へ撃ってきた。
ならば、次は同じ場所から顔を出さない。
古代王国の軍事要塞。
門の前に立ってから、それがどういう場所なのか思い知らされるよりはよかった。
ルクスンはノクティアへ視線を向けた。
「予定どおり、横へ回ろう。今度はあれに見られないように」
彼女は頷き、丘の陰を伝って動き出した。
腰の鞘へ、ルクスンの指が触れた。
ベラは何も言わなかった。
眠っていると思った城壁は、まだ持ち場を守っていた。