アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第十四章 エピタフの遺跡

前回は経験値が発生しなかったので
成長報告はありません(笑)


第83話 眠らない城壁

 道が細くなったのは、最後の補給を済ませた集落を離れてからだった。

 

 荷車の轍が途絶え、草の間に踏み跡だけが続く。その踏み跡もやがて分かれ、獣の通り道と見分けにくくなった。

 

 ノクティアが足を止める。

 

 少し先へ進んで地面を調べ、それから道の脇に積もった土を靴先で払った。

 

 黒ずんだ石の縁が現れた。

 

「こっち」

 

 ルクスンも近づき、腰を落とした。

 

 石は、自然に転がってきたものではない。露出した部分の先に、同じ幅の石が並んでいる。

 

 古い敷石だった。

 

「軍道か」

 

「続いてる。草に隠れてるだけ」

 

 オトフリートが、油布から地図を取り出した。

 

 周囲の丘と、遠くに見える岩の形を確かめる。紙の上へ目を戻すと、小さく頷いた。

 

「方角も合っています。この道を使っていたのなら、記録にある曲がり方とも一致します」

 

「豆を運んだ道だな」

 

「ほかにも運んでいます」

 

「分かってるよ」

 

 ルクスンは笑って立ち上がった。

 

 ライナスで紙を挟んでいた時には、ただの線だった。

 

 今は、その線が足の下にある。

 

 敷石の隙間から生えた草を踏み越えながら、ルクスンは肩の荷を直した。

 

     ◇

 

 その日の野営は、風を避けられる岩陰に決めた。

 

 ノクティアが周囲を調べている間に、ルクスンは地面の小石を除けた。ゼフィーリアが荷を解き、オトフリートは通ってきた道を地図へ書き込んでいる。

 

 水は、今のところ予定どおりに使えていた。

 

 しかし、ここから先で補給できる当てはない。地図に残る古い水場の印を、そのまま飲み水として数えるわけにはいかなかった。

 

「まだ見えないな」

 

 ルクスンが丘の向こうを眺めると、腰のベラが答えた。

 

「城が歩いて逃げるわけでもあるまい」

 

「僕らの塔は、飛ばす予定だけど」

 

「では、先に飛んでいったかもしれぬのう」

 

「困るな、それ」

 

「建造書ごと飛ばれては追いつけませんね」

 

 オトフリートが真面目な顔で加わった。

 

 ルクスンは彼を見た。

 

「冗談だよな?」

 

「あなたが始めた話でしょう」

 

 ゼフィーリアが笑い、乾いた食料を切り分けた。

 

 宿の食事とは違う。

 

 それでも、腰を下ろし、靴紐を緩めて食べるだけで気持ちは落ち着いた。

 

 偵察から戻ったノクティアが、ルクスンの隣へ座る。

 

「先で草が少なくなる」

 

「地面が変わるのか?」

 

「それもある。でも、精霊の感じが変」

 

 ルクスンは食べる手を止めた。

 

 ノクティアは、暗くなり始めた丘を見ていた。

 

「近づいてから確かめる。今は、まだ遠い」

 

 ルクスンも同じ方角へ意識を向けた。

 

 周囲には、岩も土も風もある。

 

 しかし、その先に感じられるものは薄く、距離のせいだけとは言い切れない頼りなさがあった。

 

 無の砂漠へ近づいている。

 

 そのためなのか、別の何かがあるのか。

 

 今の場所から答えは出なかった。

 

「明日は少し間隔を空けよう。異常があったら、その場で止まる」

 

 ノクティアが頷いた。

 

 ルクスンは残りの食料を口へ運んだ。

 

 食べられる時に食べ、眠れる間に眠る。

 

 まだ見えない城を睨んでいても、夜が短くなるだけだった。

 

     ◇

 

 翌日、古い軍道は乾いた丘陵へ入った。

 

 草が途切れ、剥き出しの土が靴底で崩れる。風に運ばれた細かな砂が、敷石の間を埋めていた。

 

 ノクティアの歩調が遅くなる。

 

 ルクスンも、同じ違和感を覚えていた。

 

 風は吹いているのに、そこにあるはずの精霊の気配が薄い。

 

 何もかも失われているわけではない。ただ、先へ進むほどに周囲が痩せていくような感じがした。

 

「これ、砂漠の影響だけかな」

 

 ルクスンが低く言うと、ノクティアは首を傾けた。

 

「分からない。でも、前の方へ引かれてる感じがする」

 

 ゼフィーリアも足を止めた。

 

「一か所へ偏っているのでしょうか。周りには乏しいのに、向こうには何かあるような……」

 

 オトフリートは三人の顔を見た。

 

「古い設備が動いている可能性はありますか」

 

「ある。何の設備かは、まだ分からないけど」

 

 ルクスンは前方の丘を指した。

 

「あそこから先を見よう。稜線には立たないで」

 

 ノクティアが先行した。

 

 ルクスンは少し間を置き、腰を低くして続く。丘の頂に近づくと、彼女が伏せたまま手を上げた。

 

 その隣へ腹ばいになり、ルクスンは顔だけを出した。

 

 城壁があった。

 

 乾いた地面を大きく囲む、灰褐色の石の壁。

 

 上部には欠けた箇所があり、壁面には砂の筋が幾重にも走っている。それでも、遠目に分かるほど大きく崩れた場所はなかった。

 

 張り出した砲台が、城壁の要所に据えられている。

 

 中央には門。

 

 そこへ続く道は、長い間、誰にも踏み固められていないように見えた。

 

「……あった」

 

 ルクスンは思わず呟いた。

 

 エピタフ。

 

 曖昧な記事の記憶と、帳簿に残った地名。

 

 その二つが、ようやく目の前の石造りの要塞へつながった。

 

 嬉しさがこみ上げる。

 

 同時に、近づき方を考えなければならなかった。

 

 城壁前の斜面には、身を隠せるものが少ない。

 

 正面の門へ向かえば、上から丸見えになる。

 

 ルクスンは指で、道の脇を走る浅い窪みを示した。

 

「あそこは?」

 

「途中まで使える。その先は、近くで見ないと分からない」

 

 ノクティアが答えた。

 

 後ろへ戻り、待っていた二人に要塞の位置と地形を伝える。

 

 オトフリートは頷いたが、すぐには地図を開かなかった。まずは身を隠したまま城壁を見たいらしい。

 

 全員で、もう一度丘の上へ進んだ。

 

「兵の姿はありませんね」

 

「いるなら、見えないところにいてほしいな」

 

「主よ、それはそれで困るであろう」

 

 ベラの声は、いつもより抑えられていた。

 

 ルクスンは砲台を見た。

 

 短く太い筒状のものが、石の台座から突き出している。形だけなら砲身に見えるが、火薬を使う大砲と同じ仕組みだとは限らない。

 

 砲台の奥に、火の精霊の気配があった。

 

 焚き火の中に感じるものとは違う。

 

 もっと強く、窮屈に押し込められたような、落ち着きのない気配だった。

 

「火がある。あの砲台の中」

 

 ノクティアも気づいていたらしく、すぐに頷いた。

 

「静かじゃない」

 

「近づく前に、射線を避けたいな」

 

 ルクスンは地面の窪みと砲台の位置を見比べた。

 

 正面は避ける。

 

 まず丘を下がり、側面へ回って、近づける場所を探す。

 

 そう告げようとした時、石が擦れる低い音がした。

 

 砲台の一つが、動いていた。

 

 ほんのわずかだった。

 

 だが、動いている。

 

 風で揺れるはずのない太い砲身が、ゆっくりとこちらへ向きを変えていた。

 

「下がれ」

 

 ルクスンは即座に言った。

 

 ノクティアが身を引き、ゼフィーリアも丘の陰へ下がる。

 

 オトフリートが最後に頭を下げた時、砲口の内側に赤い光が灯った。

 

 ルクスンはそれを見届けず、斜面を滑り下りた。

 

 直後、頭上で空気が鳴った。

 

 炎の塊が稜線を越え、背後の地面へ叩きつけられる。

 

 轟音。

 

 砕けた土と小石が降ってきた。

 

 熱い風が丘を撫で、ルクスンの外套を激しく揺らした。

 

「全員いるか!」

 

「いる」

 

「大丈夫です」

 

「こちらも!」

 

 声が揃う。

 

 ルクスンは息を吐き、城壁の見えない斜面へ背をつけた。

 

 すぐには次の炎が来なかった。

 

 代わりに、丘の向こうから、重い石が動く音がいくつも聞こえてくる。

 

 別の砲台まで動き始めたらしい。

 

「……客への挨拶にしては、熱心ですね」

 

 オトフリートが、肩に落ちた土を払った。

 

「予約してこなかったからかな」

 

「主よ、予約してあれば何が変わる」

 

「狙いをつけて待っててくれる」

 

「今より悪いではないか!」

 

 ルクスンは短く笑い、盾の持ち方を直した。

 

 姿を見せた場所へ撃ってきた。

 

 ならば、次は同じ場所から顔を出さない。

 

 古代王国の軍事要塞。

 

 門の前に立ってから、それがどういう場所なのか思い知らされるよりはよかった。

 

 ルクスンはノクティアへ視線を向けた。

 

「予定どおり、横へ回ろう。今度はあれに見られないように」

 

 彼女は頷き、丘の陰を伝って動き出した。

 

 腰の鞘へ、ルクスンの指が触れた。

 

 ベラは何も言わなかった。

 

 眠っていると思った城壁は、まだ持ち場を守っていた。

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