アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第84話 正面玄関はお断り

 丘の陰を移動する間も、石を擦り合わせる音が聞こえていた。

 

 砲台が、こちらを探している。

 

 ルクスンは腰を落としたまま、ノクティアの後を追った。乾いた土が靴の下で崩れるたびに足を止め、上から何かが動く音はしないか耳を澄ませる。

 

 先ほど砲撃された場所には、まだ薄く煙が漂っていた。

 

 命中していたら、準備した油布も書き付けも役に立たなかっただろう。

 

「主よ」

 

 鞘の中から、ベラが囁いた。

 

「何?」

 

「これから塔を造る時は、客を見分けられるようにするのじゃぞ」

 

「僕も今、それを考えてた」

 

「帰宅するたびに焼かれては、たまらぬからのう」

 

 背後でオトフリートが咳払いをした。

 

「その問題については、無事に帰ってから検討しましょう」

 

「今は他人の失敗を見て学んでるところだよ」

 

「学んだことを持ち帰れるよう、頭を下げてください」

 

 ルクスンは素直に首を引っ込めた。

 

     ◇

 

 城壁の側面には、雨水が流れて削れた浅い溝があった。

 

 丘から続く窪みとつながり、途中には崩れた石材も散らばっている。

 

 ノクティアは溝の先を見た後、振り返った。

 

「壁際まで行ける。ただ、途中で一度見える」

 

 隠れるには足りない箇所があった。

 

 距離は短い。走ればすぐに渡れる。

 

 しかし、短いから撃たれないという保証はない。

 

 ルクスンは一行を石陰に残し、ノクティアと二人で砲台を観察した。

 

 外向きに突き出た砲身が、少しずつ動いている。

 

 やがてこちら側から離れ、丘の上へ向いた。

 

「今、僕が渡る。着いたら合図する」

 

 ルクスンは荷紐を確かめた。

 

 背中から垂れた紐も、引っ掛かる毛布もない。

 

 盾を身体へ寄せ、低い姿勢で走った。

 

 数歩。

 

 乾いた土を蹴り、倒れた石柱の陰へ滑り込む。

 

 頭上で、重い音がした。

 

 振り向かなかった。

 

 さらに壁際へ進み、張り出した石積みの下へ身を押し込む。そこから見上げると、砲台の底が視界を塞いでいた。

 

 こちらへ向けようとしていた砲身が、途中で止まる。

 

 少なくとも、この砲台は自分の真下までは狙えないらしい。

 

 ルクスンは石陰から手を出し、仲間へ合図を送った。

 

 次に来たのはゼフィーリアだった。

 

 足を止めずに石柱まで走り、そこからルクスンのいる壁際へ入る。

 

 続くオトフリートが溝から出た時、上で再び石が鳴った。

 

「そのまま!」

 

 ルクスンが呼ぶ。

 

 オトフリートは杖を抱え、外套の裾を蹴り上げるようにして走った。

 

 石柱の陰へ入った直後、砲口の奥が赤く光った。

 

 ルクスンはゼフィーリアとともに、さらに壁へ身体を寄せた。

 

 轟音が響く。

 

 炎は壁際の三人を越え、オトフリートが走ってきた斜面を焼いた。

 

 熱を帯びた砂が、ぱらぱらと降りかかる。

 

 砲撃の途切れを見て、ノクティアが最後に駆け込んできた。

 

「全員」

 

 短く告げると、彼女は早くも壁沿いの先を見ていた。

 

 オトフリートは膝へ手をつき、肩で息をしている。

 

「……古代王国の軍人は、もう少し穏やかに来客へ対応できなかったのでしょうか」

 

「敵に向ける設備だからな」

 

「私たちは敵ですか」

 

「向こうの帳簿には載ってないだろうね」

 

 ベラが笑った。

 

「豆を届けに来たと言えばよかったかのう」

 

「次に言う時は、お前に任せるよ」

 

     ◇

 

 城壁は近くで見ると、さらに分厚かった。

 

 表面には風で削れた跡があるが、石と石の継ぎ目はほとんど開いていない。

 

 上へ登れば砲台に近づける。

 

 同時に、別の砲台からも見えるようになる。

 

 ルクスンは登攀を後回しにし、ノクティアと壁の下部を探った。

 

 角を一つ回ったところで、彼女が止まる。

 

 張り出した壁の陰に、小さな扉があった。

 

 正門とは比べものにならない。人が一人通れる程度の、鉄で補強された扉である。

 

 下部は砂に埋まり、蝶番には赤茶けた錆が浮いていた。

 

 ノクティアはすぐには触れなかった。

 

 敷居と扉の周囲を調べ、鍵穴の中を覗く。

 

 ルクスンも扉へ意識を向けた。壁の上には魔力がある。壁の中にも、細く続くものが感じられた。

 

 ただし、その気配だけでは扉の仕掛けまでは分からない。

 

「この上、まだ動いてる。扉のすぐ向こうには、強い魔力は感じない」

 

「分かった」

 

 ノクティアは道具を取り出した。

 

 オトフリートは扉の脇に残る文字へ目を近づけ、付着した土を布で払った。

 

「砲座……その下は読めません。砲台へ通じる出入口かもしれませんね」

 

「なら、内側から近づける」

 

「動いている設備の中へ入ることになりますが」

 

「正面で焼かれるよりは、やれることがありそうだ」

 

 鍵穴の中で、小さな音がした。

 

 ノクティアが道具を引き抜き、取っ手を押す。

 

 扉は動かなかった。

 

「鍵は開いた。下が詰まってる」

 

 全員の目が、ルクスンへ向いた。

 

「はいはい。ここは僕の仕事だな」

 

 砂を掻き出し、扉の下にできた隙間を確かめる。

 

 ノクティアが脇へ退いたところで、ルクスンは肩を当てた。

 

 押す。

 

 軋む音だけがした。

 

 もう一度、足を踏ん張って押すと、何かが砕ける感触とともに扉が内側へ動いた。

 

 甲高い音が城壁の下に響いた。

 

「静かに、は無理だったか」

 

「開いたからいい」

 

 ノクティアが先に隙間を調べた。

 

 冷たい空気を期待していたが、流れ出てきたのは乾いた熱気だった。

 

     ◇

 

 内側は、城壁の厚みを利用した狭い通路になっていた。

 

 砂の積もった床に、新しい足跡はない。

 

 壁際には錆びた金具が残り、その先から上へ続く石段が見えた。

 

 ノクティアが先行する。

 

 ルクスンは開けた扉が閉まらないよう石を噛ませ、後ろの二人を待った。

 

 荷物を下ろすのは、まだ早い。

 

 ここが安全だと分かったわけではなかった。

 

 石段へ近づくほど、熱が強くなる。

 

 火の精霊の気配も、はっきりしてきた。

 

 ルクスンは眉を寄せた。

 

 種類が分からないのではない。

 

 感じられる力のあり方が、おかしかった。

 

 燃え盛る火が、狭い場所へ押し込められ、無理に同じ方向へ吹きつけられているようだった。

 

 泉で触れた精霊の声とは違う。

 

 ここでは、呼びかける前から苛立ちが伝わってきた。

 

「火の精霊がいる。上の装置につながってるみたいだ」

 

 ルクスンが言うと、ノクティアも頷いた。

 

「落ち着いてない。近づいたら、来るかもしれない」

 

 オトフリートは壁に刻まれた溝を見つけた。

 

 石段へ沿って延び、その奥で淡い赤色を帯びている。

 

「導管でしょうか。触らないでください。どこへつながっているか、まだ読めません」

 

 彼は杖を握り直した。

 

「先に、魔法への備えをしておきましょう」

 

 通路に古代語の詠唱が響く。

 

 オトフリートがカウンター・マジックを施す間、ルクスンは階段の上を警戒した。ノクティアは前方から戻り、ゼフィーリアは来た道へ目を配っている。

 

 準備を終えると、ルクスンはベラを抜いた。

 

 銀の刀身に、階上の赤い光が映った。

 

「主よ、今度は包まぬのであろうな」

 

「今は抜く方だよ」

 

「うむ。よい心掛けじゃ」

 

 ルクスンが先頭に代わった。

 

 一段ずつ上がる。

 

 最後の曲がり角で足を止め、盾の縁から先を窺った。

 

     ◇

 

 砲台の内部は、円形の石室だった。

 

 中央に巨大な台座があり、その上の筒が外壁を貫いている。

 

 砲身の後部を囲むように、金属の輪が幾重にも組まれていた。

 

 その内側で、炎が蠢いていた。

 

 頭を上げる。

 

 尾が揺れる。

 

 燃える蜥蜴に似た輪郭が、一瞬だけはっきりした。

 

 サラマンダー。

 

 火の精霊だった。

 

 ただし、その身体は輪の中で不自然に引き延ばされていた。炎の一部が砲身の奥へ吸い込まれ、残った身体が激しく捩れる。

 

 ルクスンが一歩入ると、火の頭がこちらを向いた。

 

 口が開く。

 

 声より先に、刺すような敵意が届いた。

 

「下がって」

 

 ルクスンは盾を前へ出し、後ろへ告げた。

 

 階段口では、オトフリートが台座の文字を見ている。

 

「基部に銘があります。もう少し見えれば——」

 

「読む時間は作る。無理に入ってくるな」

 

 金属の輪が鳴った。

 

 炎の尾が輪を叩き、火花が床へ散る。

 

 サラマンダーは砲身から身体を引き剥がすように捩れ、前脚を石の台座へかけた。

 

 逃げようとしている。

 

 そう思った瞬間、その頭が再びルクスンへ向いた。

 

 逃げ道にいる者を焼いて進むつもりらしかった。

 

 ルクスンは半歩横へ動いた。

 

 仲間のいる階段口から、精霊の目を逸らす。

 

「ベラ、頼むぞ」

 

「任せよ」

 

 火の精霊が、赤い輪の中から躍り出た。

 

 ルクスンは踏み込み、ミスリル銀の刃を振り抜いた。

 

 白い刀身と炎がぶつかり、砲座いっぱいに火花が弾けた。

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