アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
丘の陰を移動する間も、石を擦り合わせる音が聞こえていた。
砲台が、こちらを探している。
ルクスンは腰を落としたまま、ノクティアの後を追った。乾いた土が靴の下で崩れるたびに足を止め、上から何かが動く音はしないか耳を澄ませる。
先ほど砲撃された場所には、まだ薄く煙が漂っていた。
命中していたら、準備した油布も書き付けも役に立たなかっただろう。
「主よ」
鞘の中から、ベラが囁いた。
「何?」
「これから塔を造る時は、客を見分けられるようにするのじゃぞ」
「僕も今、それを考えてた」
「帰宅するたびに焼かれては、たまらぬからのう」
背後でオトフリートが咳払いをした。
「その問題については、無事に帰ってから検討しましょう」
「今は他人の失敗を見て学んでるところだよ」
「学んだことを持ち帰れるよう、頭を下げてください」
ルクスンは素直に首を引っ込めた。
◇
城壁の側面には、雨水が流れて削れた浅い溝があった。
丘から続く窪みとつながり、途中には崩れた石材も散らばっている。
ノクティアは溝の先を見た後、振り返った。
「壁際まで行ける。ただ、途中で一度見える」
隠れるには足りない箇所があった。
距離は短い。走ればすぐに渡れる。
しかし、短いから撃たれないという保証はない。
ルクスンは一行を石陰に残し、ノクティアと二人で砲台を観察した。
外向きに突き出た砲身が、少しずつ動いている。
やがてこちら側から離れ、丘の上へ向いた。
「今、僕が渡る。着いたら合図する」
ルクスンは荷紐を確かめた。
背中から垂れた紐も、引っ掛かる毛布もない。
盾を身体へ寄せ、低い姿勢で走った。
数歩。
乾いた土を蹴り、倒れた石柱の陰へ滑り込む。
頭上で、重い音がした。
振り向かなかった。
さらに壁際へ進み、張り出した石積みの下へ身を押し込む。そこから見上げると、砲台の底が視界を塞いでいた。
こちらへ向けようとしていた砲身が、途中で止まる。
少なくとも、この砲台は自分の真下までは狙えないらしい。
ルクスンは石陰から手を出し、仲間へ合図を送った。
次に来たのはゼフィーリアだった。
足を止めずに石柱まで走り、そこからルクスンのいる壁際へ入る。
続くオトフリートが溝から出た時、上で再び石が鳴った。
「そのまま!」
ルクスンが呼ぶ。
オトフリートは杖を抱え、外套の裾を蹴り上げるようにして走った。
石柱の陰へ入った直後、砲口の奥が赤く光った。
ルクスンはゼフィーリアとともに、さらに壁へ身体を寄せた。
轟音が響く。
炎は壁際の三人を越え、オトフリートが走ってきた斜面を焼いた。
熱を帯びた砂が、ぱらぱらと降りかかる。
砲撃の途切れを見て、ノクティアが最後に駆け込んできた。
「全員」
短く告げると、彼女は早くも壁沿いの先を見ていた。
オトフリートは膝へ手をつき、肩で息をしている。
「……古代王国の軍人は、もう少し穏やかに来客へ対応できなかったのでしょうか」
「敵に向ける設備だからな」
「私たちは敵ですか」
「向こうの帳簿には載ってないだろうね」
ベラが笑った。
「豆を届けに来たと言えばよかったかのう」
「次に言う時は、お前に任せるよ」
◇
城壁は近くで見ると、さらに分厚かった。
表面には風で削れた跡があるが、石と石の継ぎ目はほとんど開いていない。
上へ登れば砲台に近づける。
同時に、別の砲台からも見えるようになる。
ルクスンは登攀を後回しにし、ノクティアと壁の下部を探った。
角を一つ回ったところで、彼女が止まる。
張り出した壁の陰に、小さな扉があった。
正門とは比べものにならない。人が一人通れる程度の、鉄で補強された扉である。
下部は砂に埋まり、蝶番には赤茶けた錆が浮いていた。
ノクティアはすぐには触れなかった。
敷居と扉の周囲を調べ、鍵穴の中を覗く。
ルクスンも扉へ意識を向けた。壁の上には魔力がある。壁の中にも、細く続くものが感じられた。
ただし、その気配だけでは扉の仕掛けまでは分からない。
「この上、まだ動いてる。扉のすぐ向こうには、強い魔力は感じない」
「分かった」
ノクティアは道具を取り出した。
オトフリートは扉の脇に残る文字へ目を近づけ、付着した土を布で払った。
「砲座……その下は読めません。砲台へ通じる出入口かもしれませんね」
「なら、内側から近づける」
「動いている設備の中へ入ることになりますが」
「正面で焼かれるよりは、やれることがありそうだ」
鍵穴の中で、小さな音がした。
ノクティアが道具を引き抜き、取っ手を押す。
扉は動かなかった。
「鍵は開いた。下が詰まってる」
全員の目が、ルクスンへ向いた。
「はいはい。ここは僕の仕事だな」
砂を掻き出し、扉の下にできた隙間を確かめる。
ノクティアが脇へ退いたところで、ルクスンは肩を当てた。
押す。
軋む音だけがした。
もう一度、足を踏ん張って押すと、何かが砕ける感触とともに扉が内側へ動いた。
甲高い音が城壁の下に響いた。
「静かに、は無理だったか」
「開いたからいい」
ノクティアが先に隙間を調べた。
冷たい空気を期待していたが、流れ出てきたのは乾いた熱気だった。
◇
内側は、城壁の厚みを利用した狭い通路になっていた。
砂の積もった床に、新しい足跡はない。
壁際には錆びた金具が残り、その先から上へ続く石段が見えた。
ノクティアが先行する。
ルクスンは開けた扉が閉まらないよう石を噛ませ、後ろの二人を待った。
荷物を下ろすのは、まだ早い。
ここが安全だと分かったわけではなかった。
石段へ近づくほど、熱が強くなる。
火の精霊の気配も、はっきりしてきた。
ルクスンは眉を寄せた。
種類が分からないのではない。
感じられる力のあり方が、おかしかった。
燃え盛る火が、狭い場所へ押し込められ、無理に同じ方向へ吹きつけられているようだった。
泉で触れた精霊の声とは違う。
ここでは、呼びかける前から苛立ちが伝わってきた。
「火の精霊がいる。上の装置につながってるみたいだ」
ルクスンが言うと、ノクティアも頷いた。
「落ち着いてない。近づいたら、来るかもしれない」
オトフリートは壁に刻まれた溝を見つけた。
石段へ沿って延び、その奥で淡い赤色を帯びている。
「導管でしょうか。触らないでください。どこへつながっているか、まだ読めません」
彼は杖を握り直した。
「先に、魔法への備えをしておきましょう」
通路に古代語の詠唱が響く。
オトフリートがカウンター・マジックを施す間、ルクスンは階段の上を警戒した。ノクティアは前方から戻り、ゼフィーリアは来た道へ目を配っている。
準備を終えると、ルクスンはベラを抜いた。
銀の刀身に、階上の赤い光が映った。
「主よ、今度は包まぬのであろうな」
「今は抜く方だよ」
「うむ。よい心掛けじゃ」
ルクスンが先頭に代わった。
一段ずつ上がる。
最後の曲がり角で足を止め、盾の縁から先を窺った。
◇
砲台の内部は、円形の石室だった。
中央に巨大な台座があり、その上の筒が外壁を貫いている。
砲身の後部を囲むように、金属の輪が幾重にも組まれていた。
その内側で、炎が蠢いていた。
頭を上げる。
尾が揺れる。
燃える蜥蜴に似た輪郭が、一瞬だけはっきりした。
サラマンダー。
火の精霊だった。
ただし、その身体は輪の中で不自然に引き延ばされていた。炎の一部が砲身の奥へ吸い込まれ、残った身体が激しく捩れる。
ルクスンが一歩入ると、火の頭がこちらを向いた。
口が開く。
声より先に、刺すような敵意が届いた。
「下がって」
ルクスンは盾を前へ出し、後ろへ告げた。
階段口では、オトフリートが台座の文字を見ている。
「基部に銘があります。もう少し見えれば——」
「読む時間は作る。無理に入ってくるな」
金属の輪が鳴った。
炎の尾が輪を叩き、火花が床へ散る。
サラマンダーは砲身から身体を引き剥がすように捩れ、前脚を石の台座へかけた。
逃げようとしている。
そう思った瞬間、その頭が再びルクスンへ向いた。
逃げ道にいる者を焼いて進むつもりらしかった。
ルクスンは半歩横へ動いた。
仲間のいる階段口から、精霊の目を逸らす。
「ベラ、頼むぞ」
「任せよ」
火の精霊が、赤い輪の中から躍り出た。
ルクスンは踏み込み、ミスリル銀の刃を振り抜いた。
白い刀身と炎がぶつかり、砲座いっぱいに火花が弾けた。