アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

86 / 86
第85話 火口の内側

 刃が炎の胴を横切った。

 

 肉を斬る感触はない。

 

 それでも、ミスリル銀の刀身が通った跡で、サラマンダーの輪郭が大きく崩れた。飛び散った火の粉が石床を転がり、ルクスンの足元で消える。

 

 倒したか。

 

 確かめるより早く、残った炎が跳ね上がった。

 

「主、右じゃ!」

 

 ベラの声に、ルクスンは身体を捻った。

 

 火の尾が脇を掠め、背後の壁へ叩きつけられる。焼けた石の匂いが鼻を刺した。

 

 盾を向け直す。

 

 しかし、盾さえあれば火を防げるとは思っていなかった。まともに浴びれば、縁を越えて炎が回り込んでくる。

 

 サラマンダーの頭が持ち上がる。

 

 ルクスンは横へ動いた。

 

 階段口から離し、中央の台座を挟む位置へ誘う。

 

 精霊の目が、彼を追った。

 

「こっちだ。そっちには行かせない」

 

 言葉が通じることを期待したわけではない。

 

 盾を打ち鳴らし、刃を構えた人間が動けば、敵意はそちらへ向く。

 

 炎の身体が床を這い、ルクスンへ迫った。

 

 その向こうで、ノクティアが階段口を離れる。

 

 彼女は台座の反対側へ回り、炎の届かない位置で身を低くした。

 

「オトフリート、今」

 

 魔術師が続いた。

 

 ゼフィーリアは階段の手前に留まり、戦うルクスンと、通路へ続く退路を交互に見ている。

 

 全員で狭い部屋へ飛び込めば、逃げる場所を失う。

 

 ルクスンは仲間が動く気配だけを確かめ、サラマンダーへ意識を戻した。

 

 火の頭が、ぱっと膨らんだ。

 

 踏み込むつもりだった足を止め、石の台座の陰へ滑り込む。

 

 炎が噴きつけた。

 

 盾の表面を熱が舐め、頬がひりつく。吸い込もうとした息が熱く、思わず歯を食いしばった。

 

 台座の向こうで、オトフリートが何か叫んだ。

 

 炎の音に掻き消され、言葉までは聞こえない。

 

 ルクスンは返事をせず、火勢が弱まるのを待った。

 

 炎を吐き終えた頭が、こちらを探して動く。

 

 そこへ踏み込んだ。

 

 盾を引き、身体ごと刃を送り込む。

 

 ベラの切っ先が燃える喉を貫き、そのまま上へ斬り抜けた。

 

 サラマンダーが仰け反る。

 

 頭から胴へ、白い裂け目が走った。

 

 ルクスンは剣を引き戻し、もう一度構える。

 

 しかし、次の攻撃は来なかった。

 

 精霊の身体が崩れ、幾筋もの炎となって宙へ散った。

 

 火の尾が最後に大きく撥ねる。

 

 それも、床へ届く前に消えた。

 

     ◇

 

 ルクスンはすぐには剣を下ろさなかった。

 

 砲座は熱いままだったが、肌を刺していた敵意は消えている。

 

 背後へ目をやる。

 

 階段口にゼフィーリア。

 

 台座の向こうにノクティアとオトフリート。

 

 全員いる。

 

「……よし」

 

 ようやく息を吐いた。

 

「よし、ではない。主、袖を見よ」

 

 ベラに言われ、左腕を見た。

 

 袖の端が焦げていた。

 

 小さく残った火を叩き消すと、ゼフィーリアが近づいてくる。

 

「腕を見せてください」

 

「少し熱かっただけだよ」

 

「その少しを確かめます」

 

 ルクスンは盾を下ろし、腕を差し出した。

 

 革の下まで焼けてはいなかった。露出していた手首に赤みが残り、擦れると痛むが、指は動く。

 

 ゼフィーリアはその動きを確かめてから、ほっと息をついた。

 

「ひどくはありませんね。ただ、もう一度同じことをしても平気だとは思わないでください」

 

「分かってる」

 

「主は今、残りの砲台も同じように斬ればよいと思ったであろう」

 

 ベラの指摘に、ルクスンは一瞬黙った。

 

「……半分くらい」

 

「残り半分で考え直せ」

 

 その時、ノクティアが顔を上げた。

 

「待って。まだ終わってない」

 

     ◇

 

 金属の輪が、淡く光っていた。

 

 先ほどまで精霊を囲んでいた輪の内側へ、赤い筋が走っている。

 

 ルクスンの頬から笑みが消えた。

 

 壁の導管を伝って、火の気配が戻り始めている。

 

 倒したサラマンダーが、元に戻ろうとしているのか。

 

 いや、同じものとは限らない。

 

 今見えているのは、空になった場所へ、再び力が流れ込んでいるという事実だけだった。

 

「まだ来るぞ」

 

「止めます。少し待ってください」

 

 オトフリートは台座の側面に膝をついた。

 

 薄く積もった煤の下に、文字と小さな金属板が並んでいる。

 

 ノクティアが布で拭うと、その横に埋め込まれた把手が見えた。

 

「これ?」

 

「動かさないで。先に表示を読ませてください」

 

 ルクスンは再び輪へ向き直った。

 

 ベラを握る手に力が入る。

 

 まだ精霊の姿はない。

 

 だが、ここでのんびりと待っていてやる理由もなかった。

 

「どれくらい?」

 

「急いでいます」

 

「分かってる。目安が欲しい」

 

 オトフリートが文字を指で追った。

 

「射出、旋回……こちらは供給。整備の際に、個別に止められるはずです」

 

 輪の内側で、赤い光が渦を巻いた。

 

「整備って、火を入れたままやるものじゃないよな」

 

「普通は止めます!」

 

「じゃあ、その普通を頼む!」

 

 ノクティアは把手の根元へ顔を近づけた。

 

 強く引く前に、隙間を調べている。

 

「留め具がある。これを外す?」

 

 オトフリートが確かめ、頷いた。

 

「ええ。その後、把手をこの位置まで。途中で止めないでください」

 

 小さな留め具が持ち上がった。

 

 ノクティアが把手へ両手をかける。

 

 動かない。

 

 姿勢を変え、片足を台座へ当てた。

 

 金属が軋んだ。

 

 ルクスンは輪を見張ったまま、声をかけた。

 

「代わろうか」

 

「まだいい」

 

 ノクティアの肩が沈む。

 

 次の瞬間、把手が大きく倒れた。

 

 鈍い音が、台座の中から響いた。

 

 壁を走っていた光が途切れる。

 

 輪の内側に集まっていた赤い渦が揺らぎ、細い火花となって消えた。

 

 部屋が、急に暗くなった。

 

     ◇

 

 誰も、すぐには喋らなかった。

 

 ルクスンは輪の内側を見つめ、火の気配が戻らないか確かめる。

 

 オトフリートも、把手と表示をもう一度照合した。

 

「この砲座への供給は止まったようです」

 

「ようやく休んでくれたか」

 

 ルクスンはベラの切っ先を下げた。

 

 ノクティアが両手を握り、開く。

 

「固かった」

 

「五百年分かもしれないからな」

 

「もう少し手入れしておいてほしかった」

 

 オトフリートが、倒した把手を見た。

 

「手入れする人間がいなくなっても、設備だけが働き続けたのでしょうね」

 

 その言葉で、部屋の静けさが少し違って感じられた。

 

 床には誰かが落としたらしい工具が残っている。

 

 壁際の腰掛けは、板が抜け落ちていた。

 

 人の使う物は朽ち、火を吐く機械だけが生き残った。

 

 ルクスンは焦げた袖を引いた。

 

「働き者にも限度があるな」

 

「休ませるだけで、こちらが焼かれかけましたからね」

 

 ゼフィーリアが答えた。

 

 ルクスンは砲身の後部を覗き込みかけ、熱気を感じてやめた。

 

「ほかも、内側から止められるかな」

 

「同型なら操作は似ているでしょう。ただし、そこへ行く道が分かりません」

 

 オトフリートは台座から壁へ延びる溝を目で追った。

 

「それに、この供給は砲座の外から来ています。一基止めても、要塞全体が止まったわけではありません」

 

 サラマンダーを倒した後も、力は流れ込んできた。

 

 戦うだけでは、同じことを繰り返す可能性がある。

 

 ルクスンはその事実を頭に置いた。

 

 建造書を探す間、背後で砲台が蘇っては困る。

 

 少なくとも、帰り道に使う場所は確実に止めておきたかった。

 

     ◇

 

 砲座の反対側には、もう一つ出入口があった。

 

 ノクティアが調べ、錆びた閂を外す。

 

 開いた扉の向こうは、城壁の内側に沿った通路だった。外側には高い石の胸壁があり、腰を低くすれば、ほかの砲台から姿を隠せそうだった。

 

 ノクティアが先を確かめる間、一行は砲座の陰で水を少しずつ飲んだ。

 

 熱い部屋での戦いは、短くても喉を乾かせる。

 

 ルクスンは水袋を閉じ、残りを確かめてから荷物へ戻した。

 

「主よ、妾も見よ」

 

 刀身へ目を落とす。

 

 ミスリル銀の刃に、欠けはない。

 

「大丈夫。綺麗だよ」

 

「当然じゃ。主の袖とは違う」

 

「袖も頑張ったんだぞ」

 

「では、帰ったら褒めて縫ってやるがよい」

 

 ルクスンが笑ったところで、ノクティアが戻ってきた。

 

「中庭が見える」

 

「下へ降りられる?」

 

「階段はある。でも、その前に見て」

 

 彼女の声には、警戒だけでない響きがあった。

 

 ルクスンはベラを鞘へ戻さず、後に続いた。

 

 胸壁の切れ目から、要塞の内側を覗く。

 

 最初に目へ入ったのは、緑だった。

 

 大きな木が、中庭を覆っていた。

 

 枝は建物の軒を越え、根が石畳を押し上げている。絡みつく蔓の間には葉が幾重にも重なり、外の荒野からは想像できないほど濃い陰を作っていた。

 

 風が吹く。

 

 城壁の外から、乾いた砂が飛んでくる。

 

 それなのに、中庭の葉は瑞々しかった。

 

「……ここだけ森ですね」

 

 背後から覗いたゼフィーリアが呟いた。

 

 ルクスンは頷きかけ、止まった。

 

 木々の奥から、精霊の気配がする。

 

 強い。

 

 そして、こちらへ意識を向けている。

 

 枝の間で、何かが動いた。

 

 ルクスンは胸壁から身を引いた。

 

「ノクティア。あそこを通る前に、少し話を聞こう」

 

「聞いてくれるなら」

 

 中庭の大きな枝が、ゆっくりと持ち上がった。

 

 まるで、訪れた者を招き入れるように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

トローラ・ロージン転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼星団暦2988年、アドラー。▼ユーバー・バラダに雇われた傭兵騎士トローラ・ロージンは、目覚めた瞬間に自分が「もう詰んでいる」ことを悟る。▼視界いっぱいに迫る黄金の電気騎士、K.O.G.。▼本来ならここでトローラは、MHバルン…


総合評価:3018/評価:8.83/連載:63話/更新日時:2026年08月20日(木) 18:00 小説情報

皇国の守護者・守原英康(作者:オシドリ)(原作:皇国の守護者)

自己中心的な性格で、内乱を企てて射殺された、良い所無しな守原英康に憑依した。▼※ハーメルンへ投稿中の「短編置き場」にて、2017年01月21日(土)~2020年05月31日(日)までに投稿された作品を分離、再投稿したものになります。 ▼「短編置き場」でお気に入り登録、感想、評価をくださった皆様には、再投稿となりますことをお詫び申し上げます。


総合評価:4461/評価:8.96/完結:6話/更新日時:2026年07月28日(火) 21:00 小説情報

転生したら聖園ミカだったけど、どう考えてもここはキヴォトスではない。(作者:Othuyeg)(原作:強殖装甲ガイバー)

どこをどう見てもキヴォトスではない場所に聖園ミカの姿で転生した元(・)一般人の話。▼※なんかしら反応があったら続く。▼※予想外に反応が多かったので連載に切り替えました。君らガイバー二次に飢えすぎだろ。▼※pixivにもマルチ投稿を始めました。(2026/07/26)


総合評価:3185/評価:8.5/連載:13話/更新日時:2026年09月20日(日) 17:15 小説情報

崩壊世界でルートシューター(作者:穴熊拾弐)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

ルートシューターってジャンルのゲームがある。広大な廃墟に放り出されてゴミを漁って持ち帰る。それを売ったり、施設を改良したりして成長していくってゲームだ。俺はそれをやらされている。何故か人を喰う怪物が闊歩し、滅亡寸前の現実世界で。▼金が尽きれば命が尽きる。崩壊世界で生きる1人の傭兵の話。▼


総合評価:3636/評価:8.25/連載:65話/更新日時:2026年10月07日(水) 08:00 小説情報

忍殺世界にTS転生した話(作者:下駄ロボ)(原作:ニンジャスレイヤー)

TS転生した主人公がネオサイタマをなんとか生き残る話。▼第一部ネオサイタマ炎上編完結しました。▼第二部キョート・ヘル・オン・アース編始まりました。


総合評価:4118/評価:8.74/連載:49話/更新日時:2026年10月05日(月) 19:12 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>