アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
倉庫の中には、七つの光があった。
入口から差す日光ではない。
崩れた木棚の向こうで、武器が淡く輝いている。錆びた穂先や朽ちた柄が床を埋める中、その七本だけが、昨日磨かれたような姿を保っていた。
ルクスンは扉の隙間から内部を見渡した。
中央に太い石柱。
左右には武器を置くための架台が並び、その間に通路が走っている。奥にも扉があるが、そこへ行くには保管区画を横切る必要があった。
光る武器の周囲には、精霊の気配が濃くまとわりついていた。
ルクスンには覚えがある。
つい先日、その力を借りる術を覚えたばかりだった。
「ヴァルキリーだ」
ノクティアが頷いた。
「七つ、いる」
「七つ?」
オトフリートが小声で聞き返した。
「武器に付与されてる。全部、まだ残ってるみたいだ」
ルクスンは笑わなかった。
ヴァルキリー・ジャベリン。
その光槍が七本、まとめて飛んでくるところを想像すると、覚えたばかりの魔法への愛着が少し薄れた。
「話はできそうですか」
ゼフィーリアの問いに、ノクティアはしばらく黙っていた。
やがて、首を横へ振る。
「呼びかけても、返事が揃わない。同じ声が、途中で切れてる」
庭のドリアードとは違う。
怒っているから言うことを聞かない、という程度ではなさそうだった。
ルクスンは後ろへ戻り、全員へ倉庫の配置を伝えた。
「一度に全部から見える場所には出ない。石柱と仕切りを使おう。木棚は当てにしないで」
「対処は?」
「魔法か、銀や魔法の武器で一撃入れる。うまく当てれば消せる」
「当てるまでが大変そうですね」
「そこなんだよ」
ルクスンはベラを握り直した。
彼女を手放して別に戦わせるつもりはない。
ベラは、ルクスンの剣として使う。
「僕が柱まで進む。ノクティアは左。オトフリートとゼフィーリアは入口の仕切りから援護して」
オトフリートが頷いた。
砲台で施した備えが残っていることを確かめ、杖を構える。
ルクスンは盾を上げた。
そのまま、傾いた扉を押し開いた。
◇
最初の数歩は、何も起きなかった。
靴の下で、腐った木片が砕ける。
ルクスンが石柱の手前へ届いた時、七本の武器が一斉に強く輝いた。
女たちが現れた。
武装した、美しい女の姿。
しかし、その顔に浮かんでいるものは、微笑みとも怒りともつかなかった。こちらへ向いた瞳の奥で光が揺れ、口元だけが不自然に動いている。
七体が、腕を上げた。
「来る!」
ルクスンは柱の陰へ飛び込もうとした。
間に合わなかった。
光が走る。
一本が肩へ突き刺さった。
実体の槍に貫かれたわけではない。それでも、身体の内側を叩き潰すような衝撃があった。
息が止まる。
耐えろ、と歯を食いしばった直後、二本目が脇腹を打った。
足が浮いた。
石柱へ背中からぶつかり、肺に残っていた息を吐き出す。
倉庫のあちこちで、白い光が弾けた。
石の角が砕ける。
木棚が倒れ、埃が舞い上がった。
ノクティアが短く呻く声がした。入口側でも、オトフリートの息が詰まる音がする。
七本。
本当に、七本飛んできた。
「主! 立てるか!」
「……立つ!」
返事をした途端、脇腹が痛んだ。
魔力に抗って、なおこれだ。
もう一度同じものを受けるわけにはいかない。
「全員、動けるか!」
「左、いる!」
ノクティアの声。
「こちらは二人とも!」
ゼフィーリアが答えた。
よし、と言う余裕はなかった。
石柱の向こうに、次の光が生まれ始めている。
◇
ルクスンは柱に手をつき、身体を起こした。
肩は動く。
痛みはあるが、剣は握れている。
最も近いヴァルキリーが、崩れた棚の向こうに浮かんでいた。
ルクスンは低く踏み込んだ。
床の木片を蹴り散らし、ベラを横へ走らせる。
白い女の胴を、銀の刃が斬った。
それだけだった。
悲鳴も、抵抗もない。
女の姿が薄く裂け、光の粒になって消えた。
「一体!」
ルクスンは叫び、すぐに柱の裏へ戻った。
その足元で、架台に置かれた剣の光が消えた。
磨かれていたはずの刀身に、赤黒い斑点が浮く。
柄の革が裂け、粉を吹いた。
見ている時間はなかった。
左の区画で、ノクティアが槍を掴んでいた。
自分の背丈より長い、光を帯びた槍だった。
振り回す場所はない。
彼女は柄を短く持ち、棚の間から突き出した。
こちらへ腕を向けたヴァルキリーの肩へ、穂先が触れる。
女が消えた。
直後、槍の光も失われた。
ノクティアの手元で柄が軋み、穂先の下から折れた。
彼女は折れた柄を見て、すぐに投げ捨てた。
「二体。槍も駄目」
「何で!?」
「消えたら朽ちる!」
ルクスンは、先ほどの剣を見た。
なるほど。
古代の武器を保たせていた力ごと、消しているのだ。
「戦利品にならないじゃないか!」
「主よ、今は命を持ち帰れ!」
◇
入口側で、ゼフィーリアが神聖語を唱えていた。
石の仕切りから見える一体へ、声と意志を向ける。
暗黒神の奇跡が、白い女を捉えた。
ウーンズ。
傷を受けたヴァルキリーの姿が歪み、そのまま崩れた。
三体目。
ゼフィーリアは結果を見届けると、すぐに仕切りへ身を戻した。
オトフリートの詠唱が、それに続いた。
「全知全能たる万能たるマナよ——」
ルクスンは柱の端から彼を見た。
顔色が悪い。
最初の光槍を受けた腕を身体へ寄せ、それでも杖を構えている。
その視線の先に、二体のヴァルキリーが並んでいた。
ルクスンは動きを止めた。
間へ入らない。
今は、彼に任せる。
古代語の詠唱が結ばれた。
魔力の矢が二筋、倉庫を走る。
四体目と五体目が、ほとんど同時に消えた。
だが、奥に残った二体の手には、すでに光槍があった。
「隠れろ!」
ルクスンが叫ぶ。
入口の二人が仕切りへ退いた。
ノクティアも、石の架台の向こうへ身を伏せる。
光が走った。
一本が柱の縁を砕き、ルクスンの頬を石片が掠めた。もう一本は、入口側の仕切りへ叩きつけられた。
白い光が視界を埋める。
耳鳴りがした。
ルクスンは頭を振り、柱の向こうを見た。
まだ二体。
距離はある。
手元には、覚えたばかりの——。
「主よ」
ベラが呼んだ。
「考えている暇があるなら走れ」
「まだ何も言ってない!」
「分かるわ!」
ルクスンは歯を食いしばり、柱から飛び出した。
◇
奥の一体が、ルクスンへ向き直った。
新たな光が、その手元へ集まる。
間に合うか。
痛む脇腹を庇えば、足が遅れる。
ルクスンは息を吐き、床を蹴った。
もう一体が動く気配は、視界の端にあった。
両方を自分で斬るのは無理だ。
「奥、頼む!」
「詠唱しています!」
オトフリートの声が返る。
それで十分だった。
ルクスンは目の前の一体へ集中した。
光槍を持つ腕が上がる。
ベラを振り上げる。
踏み込んだ足の下で、古い木片が砕けた。
刃が女の腕から胸を斜めに横切り、光の姿が弾け飛んだ。
六体目。
振り抜いた勢いを殺し、ルクスンは石の架台へ身体を寄せる。
その頭上を、魔力の矢が走った。
最後のヴァルキリーが、光槍を構えたまま消えた。
静寂が落ちた。
細かな埃だけが、倉庫の中をゆっくり漂っていた。
◇
ルクスンは片膝をついた。
剣はまだ下ろさない。
精霊の気配を探り、武器の並んでいた場所を一つずつ見る。
新たな光は生まれていなかった。
七本とも、光を失っている。
表面から錆が広がり、木の柄には細い亀裂が走っていた。
「……七体、消えた」
声に出してから、ようやくベラの切っ先を床から離した。
ノクティアが近づいてくる。
片腕を庇っていたが、足取りは確かだった。
ゼフィーリアは先にオトフリートの様子を見てから、ルクスンの前へ膝をついた。
「どこを受けましたか」
「肩と脇腹」
「二本?」
「避け損ねた」
ゼフィーリアの表情が引き締まった。
ルクスンは盾を下ろし、診てもらうために身体の向きを変えた。痛みで息が詰まる。
笑って済ませられる衝撃ではなかった。
魔法への備えがなければ、立っていられたかも怪しい。
オトフリートは入口近くの石へ腰を下ろした。
「……一撃で消える、という説明に、少し安心してしまいました」
「僕も」
ノクティアが短く答えた。
「向こうも、一撃が痛い」
「痛いで済ませてよい威力ではありません」
オトフリートは力なく笑った。
ゼフィーリアが傷の具合を確かめ、治療のために神聖語を唱え始める。
ルクスンはその声を聞きながら、床に残った七本へ目をやった。
長い年月を越えて残っていた武器。
それが、もう持ち帰る価値もないほど傷んでいく。
戦っている間は必死だった。
今になって、少しだけ惜しくなった。
「魔法の武器が七本だと思ったのに」
「七人分の攻撃をもらえたではないか」
ベラが言った。
「お得みたいに言うな」
「妾を大事に使う理由が増えたのう」
ルクスンは彼女の刀身を見た。
傷はない。
光を失った七本とは違い、ミスリル銀の刃は変わらず手の中にあった。
「ああ。助かったよ」
ベラは一瞬黙り、それから小さく鼻を鳴らした。
ノクティアが折れた槍の柄を靴先で避け、ルクスンを見る。
「結局、使わなかったね」
「何を?」
「ヴァルキリー・ジャベリン」
ルクスンは天井を仰いだ。
使う暇がなかった。
いや、使おうと考えた。
考えたところで、手の中の剣に叱られた。
「……こんなに見られるとは思わなかった」
「見ただけではなかろう。二本も受けたではないか」
「覚えたばかりなんだけどなあ」
オトフリートが杖を傍らへ置いた。
「相手の方が、使い慣れていましたね」
「七対一で比べないでくれ!」
ノクティアが笑いかけ、腕を押さえて顔をしかめた。
つられて笑ったルクスンも、脇腹に響いて呻いた。
ゼフィーリアだけが、二人を順番に見た。
「笑うのは、治療が済んでからにしてください」
二人は素直に黙った。
床では、古い剣の柄が乾いた音を立てて崩れた。
七人の戦乙女が守っていた倉庫に、もう光る武器はなかった。