アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第87話 七本まとめてお断り

 倉庫の中には、七つの光があった。

 

 入口から差す日光ではない。

 

 崩れた木棚の向こうで、武器が淡く輝いている。錆びた穂先や朽ちた柄が床を埋める中、その七本だけが、昨日磨かれたような姿を保っていた。

 

 ルクスンは扉の隙間から内部を見渡した。

 

 中央に太い石柱。

 

 左右には武器を置くための架台が並び、その間に通路が走っている。奥にも扉があるが、そこへ行くには保管区画を横切る必要があった。

 

 光る武器の周囲には、精霊の気配が濃くまとわりついていた。

 

 ルクスンには覚えがある。

 

 つい先日、その力を借りる術を覚えたばかりだった。

 

「ヴァルキリーだ」

 

 ノクティアが頷いた。

 

「七つ、いる」

 

「七つ?」

 

 オトフリートが小声で聞き返した。

 

「武器に付与されてる。全部、まだ残ってるみたいだ」

 

 ルクスンは笑わなかった。

 

 ヴァルキリー・ジャベリン。

 

 その光槍が七本、まとめて飛んでくるところを想像すると、覚えたばかりの魔法への愛着が少し薄れた。

 

「話はできそうですか」

 

 ゼフィーリアの問いに、ノクティアはしばらく黙っていた。

 

 やがて、首を横へ振る。

 

「呼びかけても、返事が揃わない。同じ声が、途中で切れてる」

 

 庭のドリアードとは違う。

 

 怒っているから言うことを聞かない、という程度ではなさそうだった。

 

 ルクスンは後ろへ戻り、全員へ倉庫の配置を伝えた。

 

「一度に全部から見える場所には出ない。石柱と仕切りを使おう。木棚は当てにしないで」

 

「対処は?」

 

「魔法か、銀や魔法の武器で一撃入れる。うまく当てれば消せる」

 

「当てるまでが大変そうですね」

 

「そこなんだよ」

 

 ルクスンはベラを握り直した。

 

 彼女を手放して別に戦わせるつもりはない。

 

 ベラは、ルクスンの剣として使う。

 

「僕が柱まで進む。ノクティアは左。オトフリートとゼフィーリアは入口の仕切りから援護して」

 

 オトフリートが頷いた。

 

 砲台で施した備えが残っていることを確かめ、杖を構える。

 

 ルクスンは盾を上げた。

 

 そのまま、傾いた扉を押し開いた。

 

     ◇

 

 最初の数歩は、何も起きなかった。

 

 靴の下で、腐った木片が砕ける。

 

 ルクスンが石柱の手前へ届いた時、七本の武器が一斉に強く輝いた。

 

 女たちが現れた。

 

 武装した、美しい女の姿。

 

 しかし、その顔に浮かんでいるものは、微笑みとも怒りともつかなかった。こちらへ向いた瞳の奥で光が揺れ、口元だけが不自然に動いている。

 

 七体が、腕を上げた。

 

「来る!」

 

 ルクスンは柱の陰へ飛び込もうとした。

 

 間に合わなかった。

 

 光が走る。

 

 一本が肩へ突き刺さった。

 

 実体の槍に貫かれたわけではない。それでも、身体の内側を叩き潰すような衝撃があった。

 

 息が止まる。

 

 耐えろ、と歯を食いしばった直後、二本目が脇腹を打った。

 

 足が浮いた。

 

 石柱へ背中からぶつかり、肺に残っていた息を吐き出す。

 

 倉庫のあちこちで、白い光が弾けた。

 

 石の角が砕ける。

 

 木棚が倒れ、埃が舞い上がった。

 

 ノクティアが短く呻く声がした。入口側でも、オトフリートの息が詰まる音がする。

 

 七本。

 

 本当に、七本飛んできた。

 

「主! 立てるか!」

 

「……立つ!」

 

 返事をした途端、脇腹が痛んだ。

 

 魔力に抗って、なおこれだ。

 

 もう一度同じものを受けるわけにはいかない。

 

「全員、動けるか!」

 

「左、いる!」

 

 ノクティアの声。

 

「こちらは二人とも!」

 

 ゼフィーリアが答えた。

 

 よし、と言う余裕はなかった。

 

 石柱の向こうに、次の光が生まれ始めている。

 

     ◇

 

 ルクスンは柱に手をつき、身体を起こした。

 

 肩は動く。

 

 痛みはあるが、剣は握れている。

 

 最も近いヴァルキリーが、崩れた棚の向こうに浮かんでいた。

 

 ルクスンは低く踏み込んだ。

 

 床の木片を蹴り散らし、ベラを横へ走らせる。

 

 白い女の胴を、銀の刃が斬った。

 

 それだけだった。

 

 悲鳴も、抵抗もない。

 

 女の姿が薄く裂け、光の粒になって消えた。

 

「一体!」

 

 ルクスンは叫び、すぐに柱の裏へ戻った。

 

 その足元で、架台に置かれた剣の光が消えた。

 

 磨かれていたはずの刀身に、赤黒い斑点が浮く。

 

 柄の革が裂け、粉を吹いた。

 

 見ている時間はなかった。

 

 左の区画で、ノクティアが槍を掴んでいた。

 

 自分の背丈より長い、光を帯びた槍だった。

 

 振り回す場所はない。

 

 彼女は柄を短く持ち、棚の間から突き出した。

 

 こちらへ腕を向けたヴァルキリーの肩へ、穂先が触れる。

 

 女が消えた。

 

 直後、槍の光も失われた。

 

 ノクティアの手元で柄が軋み、穂先の下から折れた。

 

 彼女は折れた柄を見て、すぐに投げ捨てた。

 

「二体。槍も駄目」

 

「何で!?」

 

「消えたら朽ちる!」

 

 ルクスンは、先ほどの剣を見た。

 

 なるほど。

 

 古代の武器を保たせていた力ごと、消しているのだ。

 

「戦利品にならないじゃないか!」

 

「主よ、今は命を持ち帰れ!」

 

     ◇

 

 入口側で、ゼフィーリアが神聖語を唱えていた。

 

 石の仕切りから見える一体へ、声と意志を向ける。

 

 暗黒神の奇跡が、白い女を捉えた。

 

 ウーンズ。

 

 傷を受けたヴァルキリーの姿が歪み、そのまま崩れた。

 

 三体目。

 

 ゼフィーリアは結果を見届けると、すぐに仕切りへ身を戻した。

 

 オトフリートの詠唱が、それに続いた。

 

「全知全能たる万能たるマナよ——」

 

 ルクスンは柱の端から彼を見た。

 

 顔色が悪い。

 

 最初の光槍を受けた腕を身体へ寄せ、それでも杖を構えている。

 

 その視線の先に、二体のヴァルキリーが並んでいた。

 

 ルクスンは動きを止めた。

 

 間へ入らない。

 

 今は、彼に任せる。

 

 古代語の詠唱が結ばれた。

 

 魔力の矢が二筋、倉庫を走る。

 

 四体目と五体目が、ほとんど同時に消えた。

 

 だが、奥に残った二体の手には、すでに光槍があった。

 

「隠れろ!」

 

 ルクスンが叫ぶ。

 

 入口の二人が仕切りへ退いた。

 

 ノクティアも、石の架台の向こうへ身を伏せる。

 

 光が走った。

 

 一本が柱の縁を砕き、ルクスンの頬を石片が掠めた。もう一本は、入口側の仕切りへ叩きつけられた。

 

 白い光が視界を埋める。

 

 耳鳴りがした。

 

 ルクスンは頭を振り、柱の向こうを見た。

 

 まだ二体。

 

 距離はある。

 

 手元には、覚えたばかりの——。

 

「主よ」

 

 ベラが呼んだ。

 

「考えている暇があるなら走れ」

 

「まだ何も言ってない!」

 

「分かるわ!」

 

 ルクスンは歯を食いしばり、柱から飛び出した。

 

     ◇

 

 奥の一体が、ルクスンへ向き直った。

 

 新たな光が、その手元へ集まる。

 

 間に合うか。

 

 痛む脇腹を庇えば、足が遅れる。

 

 ルクスンは息を吐き、床を蹴った。

 

 もう一体が動く気配は、視界の端にあった。

 

 両方を自分で斬るのは無理だ。

 

「奥、頼む!」

 

「詠唱しています!」

 

 オトフリートの声が返る。

 

 それで十分だった。

 

 ルクスンは目の前の一体へ集中した。

 

 光槍を持つ腕が上がる。

 

 ベラを振り上げる。

 

 踏み込んだ足の下で、古い木片が砕けた。

 

 刃が女の腕から胸を斜めに横切り、光の姿が弾け飛んだ。

 

 六体目。

 

 振り抜いた勢いを殺し、ルクスンは石の架台へ身体を寄せる。

 

 その頭上を、魔力の矢が走った。

 

 最後のヴァルキリーが、光槍を構えたまま消えた。

 

 静寂が落ちた。

 

 細かな埃だけが、倉庫の中をゆっくり漂っていた。

 

     ◇

 

 ルクスンは片膝をついた。

 

 剣はまだ下ろさない。

 

 精霊の気配を探り、武器の並んでいた場所を一つずつ見る。

 

 新たな光は生まれていなかった。

 

 七本とも、光を失っている。

 

 表面から錆が広がり、木の柄には細い亀裂が走っていた。

 

「……七体、消えた」

 

 声に出してから、ようやくベラの切っ先を床から離した。

 

 ノクティアが近づいてくる。

 

 片腕を庇っていたが、足取りは確かだった。

 

 ゼフィーリアは先にオトフリートの様子を見てから、ルクスンの前へ膝をついた。

 

「どこを受けましたか」

 

「肩と脇腹」

 

「二本?」

 

「避け損ねた」

 

 ゼフィーリアの表情が引き締まった。

 

 ルクスンは盾を下ろし、診てもらうために身体の向きを変えた。痛みで息が詰まる。

 

 笑って済ませられる衝撃ではなかった。

 

 魔法への備えがなければ、立っていられたかも怪しい。

 

 オトフリートは入口近くの石へ腰を下ろした。

 

「……一撃で消える、という説明に、少し安心してしまいました」

 

「僕も」

 

 ノクティアが短く答えた。

 

「向こうも、一撃が痛い」

 

「痛いで済ませてよい威力ではありません」

 

 オトフリートは力なく笑った。

 

 ゼフィーリアが傷の具合を確かめ、治療のために神聖語を唱え始める。

 

 ルクスンはその声を聞きながら、床に残った七本へ目をやった。

 

 長い年月を越えて残っていた武器。

 

 それが、もう持ち帰る価値もないほど傷んでいく。

 

 戦っている間は必死だった。

 

 今になって、少しだけ惜しくなった。

 

「魔法の武器が七本だと思ったのに」

 

「七人分の攻撃をもらえたではないか」

 

 ベラが言った。

 

「お得みたいに言うな」

 

「妾を大事に使う理由が増えたのう」

 

 ルクスンは彼女の刀身を見た。

 

 傷はない。

 

 光を失った七本とは違い、ミスリル銀の刃は変わらず手の中にあった。

 

「ああ。助かったよ」

 

 ベラは一瞬黙り、それから小さく鼻を鳴らした。

 

 ノクティアが折れた槍の柄を靴先で避け、ルクスンを見る。

 

「結局、使わなかったね」

 

「何を?」

 

「ヴァルキリー・ジャベリン」

 

 ルクスンは天井を仰いだ。

 

 使う暇がなかった。

 

 いや、使おうと考えた。

 

 考えたところで、手の中の剣に叱られた。

 

「……こんなに見られるとは思わなかった」

 

「見ただけではなかろう。二本も受けたではないか」

 

「覚えたばかりなんだけどなあ」

 

 オトフリートが杖を傍らへ置いた。

 

「相手の方が、使い慣れていましたね」

 

「七対一で比べないでくれ!」

 

 ノクティアが笑いかけ、腕を押さえて顔をしかめた。

 

 つられて笑ったルクスンも、脇腹に響いて呻いた。

 

 ゼフィーリアだけが、二人を順番に見た。

 

「笑うのは、治療が済んでからにしてください」

 

 二人は素直に黙った。

 

 床では、古い剣の柄が乾いた音を立てて崩れた。

 

 七人の戦乙女が守っていた倉庫に、もう光る武器はなかった。

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