アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ロマールの街へ入るころには、夜が明け始めていた。
城門をくぐったルクスンは、何度も背後を振り返った。
追手はいない。
だが安心できるはずもなかった。
腰には、死んだ逃亡奴隷から預かったロケット。
懐には、貴族の侍従が持っていた身分証と命令書。
隣には、暗殺に失敗して帰る場所をなくしたハーフエルフ。
そして腰の鞘からは、朝っぱらから甲高い声が響いていた。
「見事な勝利であったのう! とくに、わらわの一撃が決め手であった! これはもう《侍従殺し》と改名してもよいのではないか?」
「お前、元の名前すら覚えてないだろ」
「《妖姫殺し》は主がつけた名前じゃろ?」
「そうだったな。あと、決め手はノクティアの腕だ。お前は刺さっただけ」
「武器にそれ以上を求めるでない!」
正論なのが腹立たしい。
ノクティアが小さく呟いた。
「……うるさい」
「また言ったのじゃ!」
ルクスンは頭を抱えた。
昨夜まで殺し合っていた二人とは思えない空気だった。
もっとも、問題が解決したわけではない。
「それで、盗賊ギルドはどこだ?」
「知らないのか?」
「知ってたら聞かない」
「シーフなのに?」
「一昨日なったばかりなんだよ!」
正確には、古代遺跡の壁を延々と調べた末、必要性を痛感して取得した技能である。
盗賊としての実績など皆無。
顔役も知らなければ、縄張りも知らない。
ノクティアはしばらくルクスンを見つめたあと、路地裏へ向かって歩き出した。
「ついて来て」
「知ってるのか?」
「何度か仕事の仲介に使った」
「お前を雇った組織とは別なんだな?」
「別。わたしを雇ったのは、貴族に雇われた私設の仲介人。盗賊ギルドを通していない」
「それ、ギルド的にはどうなんだ?」
「とても、よくない」
ノクティアの口元が、ほんの少しだけ上がった。
初めて見せた笑顔が、密告を決意した暗殺者のそれだった。
◇
案内されたのは、早朝から営業している小さな酒場だった。
看板に描かれているのは、片目を閉じた黒猫。
ノクティアは店へ入るなり、カウンターに銅貨を三枚並べた。
「裏返った銀貨を拾った。持ち主を探している」
店主は銅貨を一瞥した。
「銀貨なら両替商へ持っていきな」
「表に王冠。裏に蛇」
「そいつは縁起が悪い。奥で見せてもらおうか」
ルクスンは感心した。
いかにも盗賊ギルドらしい合言葉である。
同時に、心の中で幻聴がした。
『シーフ技能を取得しているため、盗賊ギルドとの接触が可能です』
うるさい。
そんな説明を入れなくても、ノクティアについてきただけである。
二人は酒樽の並ぶ地下室へ通された。
そこで待っていたのは、白髪交じりの小柄な男だった。
男は椅子に腰掛けたまま、ルクスンの首元を見た。
布で隠しているはずの奴隷の首輪を、一目で見抜いたらしい。
「逃亡奴隷に、ハーフエルフの暗殺者。それに、やかましい魔法の短剣か。朝から面倒事ばかりだな」
「わらわはまだ何も喋っておらぬぞ!?」
「剣が喋った……」
男のこめかみが引きつった。
「先に言っておく。これ、売っても五千ガメルくらいらしいです」
「売るでない!」
「話を聞こう」
ルクスンは、逃亡奴隷の遺体を発見したところから説明した。
地下遺跡の存在や吸血鬼との戦闘については、必要な部分だけに留める。
死者が握っていたロケット。
それを持ち帰った直後に現れた暗殺者。
暗殺者を監視していた、フルアーマー姿の貴族の侍従。
最後に、奪った身分証と命令書を机へ置いた。
白髪の男の目つきが変わった。
「これは、どこで手に入れた?」
「持ち主から。返してほしいとは言われませんでした」
「死んでいるからな」
「不可抗力です」
「二人で挟み撃ちにした」
「ノクティアさん?」
「嘘はよくない」
男は命令書を開いた。
短い文面を何度も読み返し、侍従の身分証に刻まれた紋章と照合する。
「ヴァルネス家か。依頼内容は、品物の回収および関係者の抹消。ギルドへの届け出はなし。街の周辺で、ギルドに無断で暗殺者を動かしたわけだ」
「やっぱり、そちらの仕事じゃないんですね?」
「違う。むしろ喧嘩を売られたのはこちらだ」
ルクスンは腰の袋からロケットを取り出した。
「これが、その品物だと思います。僕は中を見ていません。死んだ男の身元を調べる手掛かりになると思って、ここへ持ってきました」
「渡せるか?」
「預けるだけです。誰の物かもわからないのに、売る気はありません」
「賢明だ」
「それと、魔術師がこれの位置を調べている可能性があります」
「根拠は?」
「僕たちの居場所を知る方法が、ほかに思いつかない」
男はしばらく考え、ロケットを受け取った。
「わかった。こいつはギルドで預かる。魔術師がもう一度《ロケーション》を使ったなら、次に示される場所はロマール盗賊ギルドの金庫だ」
「貴族が取り返しに来ますかね?」
「来られるものなら来てみればいい」
男は笑った。
その笑顔を見て、ルクスンは確信した。
この組織は敵に回してはいけない。
◇
ロケットの調査には三日かかった。
その間、ルクスンとノクティアはギルドの管理する隠れ家に置かれた。
軟禁というより保護だったが、自由に外出することは許されなかった。
ノクティアを雇った私設の仲介人は、盗賊ギルドからの呼び出しを受けた直後、ロマールから姿を消したという。
逃げ足だけは一流だったらしい。
三日目の夜。
二人は再び、地下室へ呼び出された。
机の上には、開かれたロケットが置かれていた。
内側には、寄り添う男女の小さな肖像。
細く束ねられた子供の髪。
そして蓋の裏側には、古びた文字が刻まれていた。
ルクスンには読めた。
『愛するアルドと、我が子カイレンへ。たとえ名を奪われようとも、あなたはヴァルネスの血を継ぐ者』
白髪の男が告げた。
「死者の名は、カイレン・ヴァルネス。ヴァルネス家の先代当主、その正統な孫だ」
ルクスンは黙って続きを待った。
「母親は先代の長女、エレシア。下級騎士のアルド・フェルンと秘密裏に結婚し、カイレンを産んだ。だが先代当主が死に、エレシアも姿を消した。家督を継いだのは弟のガルディスだ」
「今の当主?」
「ああ。記録上、カイレンは生まれてすぐ病死している。しかし実際には奴隷商へ売られた。支払いの記録も見つかった」
「実の甥を?」
「家督を確実にするためだろう。このロケットには、秘密の婚姻を証明する神殿の印も入っていた。表へ出れば、ガルディスは家督どころか首まで危うい」
「だから関係者を全員殺してでも取り返したかった」
「そういうことだ」
死体置き場から始まり、グールに追われ、古代遺跡で力尽きた男。
あと少しだった。
ロマールまでたどり着き、このロケットを盗賊ギルドへ届けられていれば、自分の名を取り戻せたかもしれない。
「カイレン……」
ルクスンはその名を口にした。
「約束は果たしたぞ。あんたの装備、勝手にもらった代金には足りないかもしれないけどな」
返事はない。
腰の短剣も、珍しく黙っていた。
白髪の男がロケットを閉じる。
「これは当面、ギルドで保管する。ガルディス・ヴァルネスとの交渉材料に使わせてもらう。異論は?」
「カイレンの名を消さないと約束してくれるなら」
「約束しよう。ヴァルネス家がどうなるにせよ、カイレンが生きていた証拠は残す」
「なら、預けます」
「こちらも対価を払う。情報と証拠の提供料として五千ガメル。それから、お前たちがロマールで活動する間の盗賊ギルド年会費は免除する」
「五千!」
ルクスンの声が裏返った。
妖姫殺しが即座に復活した。
「主よ! わらわの取り分は!?」
「お前、金を何に使うんだよ?」
「鞘を豪華にしたいのじゃ! 宝石をたくさんつけるのじゃ!」
「却下」
「横暴じゃ!」
ノクティアが報酬の袋を見つめる。
「わたしも、もらっていいのか?」
「侍従を倒したのは二人だろ」
「わらわもじゃ!」
「お前はうるさかっただけだ」
「刺さったのじゃ!」
白髪の男が咳払いをした。
「話は終わりだ。表に出ても構わん。ただし、ヴァルネス家が諦めたとは思うな。それと娘、お前を雇った仲介人については、こちらでも追う」
「わかった」
「帰る場所がないなら、しばらくこいつと組め。少なくとも、正面から騙す種類の男だ」
「それ、褒めてます?」
「盗賊にとってはな」
地上へ出ると、すでに日は高く昇っていた。
ルクスンは受け取った革袋を抱え、これからのことを考えた。
奴隷の首輪は残ったまま。
住む場所もない。
敵に回した貴族が一人。
仲間になったのかもわからない暗殺者が一人。
そして、売れば五千ガメルになる喋る短剣が一本。
「主よ、まずは朝食じゃ! わらわは食べられぬが、食卓の雰囲気を楽しみたい!」
「……売ろうかな」
「仲間を売るでない!」
ノクティアが、ルクスンの隣を歩いている。
「お前、本当についてくるの?」
「帰る場所がない」
「飯代は?」
「ない」
「宿代は?」
「ない」
「五千ガメルがもう減り始めた!」
「わらわの鞘代も忘れるでないぞ!」
「忘れる。絶対に忘れる!」
こうしてルクスンは、フォーセリアに来て初めての仲間を得た。
暗殺者のハーフエルフと、うるさい短剣。
本人が望んだ騎士や貴族への道は、今のところ欠片も見えていなかった。
第二章「初めての暗殺者」章末リザルト
経験点
キャラクター 獲得 使用 未使用
ルクスン 1,500点 0点 1,500点
ノクティア 1,500点 0点 1,500点
妖姫殺し 1,500点 0点 1,500点
※妖姫殺しには取得可能な技能がないため、経験点だけが無意味に蓄積している。
収支
項目 増減
前章からの所持金 1,000ガメル
情報・証拠提供報酬 +5,000ガメル
現在の共有資金 6,000ガメル
盗賊ギルド年会費 免除
重要品・状態
* ロケット:ロマール盗賊ギルドへ寄託
* 逃亡奴隷の身元:カイレン・ヴァルネスと判明
* ノクティア:一行へ暫定加入
* 妖姫殺し:ノクティアから「うるさい」と返却され、ルクスンが所持
* ヴァルネス家との敵対:継続中