アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
「取り次ぎはする。ただし、面会を許可するかは司令官がお決めになる」
机の向こうの霊は、そう答えた。
ルクスンは頷き、背後の扉へ目を向けた。
「待つ場所はありますか。上の兵舎で襲われたので、できれば、あの連中が入ってこない場所がいいんですが」
「兵卒がこの区画へ来るには、通常、許可が要る」
「許可を守る相手ですか?」
霊は黙った。
ルクスンも黙って待った。
やがて、相手が小さく首を振った。
「……今は、保証できん」
「では、見張りは立てます」
気休めを言われるより、その方がよかった。
ルクスンが仲間へ説明すると、ノクティアは扉の外を一度確かめた。階段から近づく気配はない。
オトフリートが机へ視線を戻す。
「こちらの方は、当直士官のようですね。司令部への来訪者を扱う職務なら、書庫の担当者にも心当たりがあるかもしれません」
「それを聞きたいんだけど、先に一つ確かめたいことがある」
ルクスンは霊へ向き直った。
「あなたは、ご自分が亡くなっていることを理解していますか?」
ノクティアの目が、わずかに動いた。
だが、誰も止めなかった。
霊は自分の手を見た。
指を机の上へ置く。
透けた指先は、木の面へ沈んだ。
「理解している」
静かな答えだった。
「君たちにも、そう見えるのだろう?」
「はい」
「ならば、その認識に相違はない」
*
通されたのは、当直室に隣接する小部屋だった。
机が一つ。椅子が数脚。壁には、何かを掛けていた金具が残っている。
ノクティアは勧められた椅子へ座る前に、その背を軽く押した。
脚の継ぎ目から、細かな木屑が落ちる。
「だめ」
彼女は手を離した。
当直士官が椅子を見下ろす。
「交換を申請しているのだが」
「いつ頃からですか?」
ルクスンが尋ねると、士官は少し考えた。
「……長いこと待っている」
「現物を見てもらった方が早そうですね」
「そう思って運び出そうとしたことはある」
士官の手が、椅子の背をすり抜けた。
ルクスンは口を閉じた。
笑うには、少々厳しい事情だった。
ベラが腰で囁く。
「主よ。壊して新調を迫る手も使えぬわけじゃな」
「そういう交渉は、生きてても勧めないよ」
士官の視線が剣へ止まった。
「先ほど話していたのは、その剣か?」
「ベラトリクスです。仲間ですから、取り上げたり、調べるために分解したりはしないでください」
「主よ、紹介の段階から物騒なのじゃが!」
士官は身を正し、剣へ一礼した。
「失礼した。帯剣したままで構わん」
ベラが、ふむ、と満足そうに唸った。
「礼を知る者じゃな」
オトフリートが小声で言った。
「今のところ、こちらの話を理解してくださっています。刺激しなければ会話は続けられそうです」
ルクスンは頷いた。
だが、礼儀正しいから危険がない、とまでは考えなかった。
生きている人間でも、その二つは別なのだから。
*
士官は、副官室付きの当直を務めていたという。
名前も名乗った。
ルクスンは聞き返さず、その名を覚えるように努めた。役職だけで呼び続けるには、相手はあまりに人間らしかった。
どれほど前に死んだのかと尋ねると、士官は正確にはわからないと答えた。
「暦を更新する者がいなくなった。その後もしばらくは数えていたが、途中から合わなくなった」
窓のない部屋だった。
食事も睡眠も必要としなくなった者たちは、何を区切りに一日を終えていたのだろう。
「交代する人は?」
「来ていない」
ルクスンは、その返事を仲間へ伝えた。
ゼフィーリアの目が細くなる。
「来ない交代を、待ち続けているのですか」
憐れみよりも、不快感の勝る声だった。
自分の意志で席を立つことさえできないのか。
彼女が確かめたいのは、そこなのだろう。
ルクスンは士官へ尋ねた。
「ここを離れようとは思わなかったんですか?」
「持ち場を?」
「要塞そのものを、です」
士官はすぐには答えなかった。
机も椅子もない場所へ視線を落とし、しばらく考えていた。
「離れて、どこへ行く?」
問い返され、ルクスンは言葉に詰まった。
家族の所へ、と簡単には言えない。
この人が知る家も街も、もう残っていないかもしれなかった。
「……それは、外を確かめてからでもいいんじゃないですか」
「そのためには、外出の許可が要る」
今度こそ、ルクスンは何も返さなかった。
命令に縛られているのか。
自分から役目へしがみついているのか。
この短いやり取りだけでは、まだわからなかった。
*
上の階で見たことを話した。
火の精霊が砲台へ拘束されていたこと。
供給を切るまで、装置が再び動きそうになったこと。
中庭のドリアードに引き留められたこと。
倉庫の七体のヴァルキリーに襲われ、倒した後には武器が風化し始めたこと。
士官は途中で口を挟まなかった。
ドリアードの話だけは、少し詳しく聞きたがった。
「負傷した者を、休ませようとしたのか?」
「そうです。焦げた袖へ葉を被せてくれました。でも、出ていこうとしたら捕まえようとした」
「兵が、よくあそこで休んでいた」
士官は、遠くを見るような目をした。
「歩ける者は庭へ出した。寝台を、重傷者に空けるためだ」
ルクスンは自分の袖を見た。
あの手つきには、理由があった。
だからといって、木へ取り込まれてよいわけではない。
事情を知ることと、近づいて安全かどうかは、やはり別だった。
「今は、通してくれました。けど、また戻る時に同じようにしてくれるかはわかりません」
「そうか」
士官が目を閉じた。
「彼女まで、そうなったか」
*
「兵舎では、まだ点呼を取っています」
ルクスンが言うと、士官は頷いた。
「古参の下士官だ」
「何度も同じ名を呼んでいました。返事がなくても、次へ進まない」
「欠員が埋まらねば、交代の報告を出せんと思っている」
「止められないんですか?」
「止めたことはある」
その言い方に、ルクスンは眉を寄せた。
士官は続けた。
「だが、また始める。最近では、私の顔を見ても、誰なのかわからぬことがある」
ゼフィーリアへ話を伝えると、彼女は腕を組んだ。
「言葉だけが残っていても、本人の意志が残っているとは限りませんね」
「そうだね。こっちの話を聞かずに襲ってきたし」
ルクスンは士官へ視線を戻した。
そこは、伏せておけなかった。
「僕たちは、襲ってきた兵士を倒しました。通り抜けるために」
士官の目が、ルクスンへ向く。
責められることも考えた。
だが、返ってきたのは別の問いだった。
「倒れた後は?」
「消えました。少なくとも、その場には残りませんでした」
「また現れたか?」
「僕たちが見ている間には」
士官は長く黙っていた。
透けた手が、軍服の襟へ触れる。
布を整える仕草をしてから、小さく頷いた。
「そうか」
それだけだった。
ルクスンにも、それ以上は言えなかった。
消えたから救われたのだと、確かめてもいないことを告げるつもりはなかった。
*
建造書について尋ね直すと、士官は情報の出所を聞いた。
「古い記述で、ここにあると知りました。ただ、正確な題名も、保管場所も覚えていません」
「写しを持っているか?」
「いいえ」
前世で見た記事を持ってこられたなら、苦労はなかった。
全文を覚えているわけでもない。
ルクスンは曖昧な記憶を膨らませず、求めているものを説明した。
魔力の塔を造るための書物。
建物の形だけでなく、魔力を通し、維持するための技術。
オトフリートも会話へ加わった。
「独立した動力と、導管の配置について記された資料を探しています。防護設備や、損傷した区画の扱いも確認したいのです」
士官の目が、魔術師へ移った。
「工兵隊の資料か?」
「関連するものも含まれると思います」
「目録なら、こちらにある」
初めて、具体的な行き先が示された。
*
資料室は、廊下を少し進んだ所にあった。
ノクティアが先に入口と床を確かめる。
士官は棚の前へ立ち、下から二段目を指した。
「この箱だ」
オトフリートが手を伸ばしかけ、ノクティアに止められた。
「棚ごと崩れる」
箱の下を支えていた板は、中央がたわんでいた。
ルクスンが横から支え、箱を持ち上げずに蓋を開く。
中には、文字を刻んだ薄い板が重ねられていた。
書庫の目録だった。
表題はルクスンにも読める。
しかし、並んでいるのは似たような技術書名ばかりだ。魔力の制御に関するものと、建造そのものに関するものを、内容の記載から分けなければならない。
オトフリートが一枚ずつ確かめる。
「こちらは運用記録です。こちらは修繕……待ってください」
手が止まった。
ルクスンが隣から覗く。
塔の構築に関する技術書。
複数巻。
術式と図面を含む。
「これか?」
「探している内容に合います。現物を確認する必要はありますが」
胸の奥が、急に熱くなった。
あった。
少なくとも、かつてここに収められていたという記録はある。
胡乱な記事の記憶を頼りに、要塞へ砲撃されに来ただけではなかった。
「よし、持って帰ろう」
「目録をですか?」
「本の方!」
ノクティアの指が、ルクスンの袖を摘まんだ。
「先に、場所」
「わかってるって!」
「顔が、わかってない」
ゼフィーリアが静かに笑った。
「さっきまでの慎重さは、どこへ置いてきたのかしら」
「だから、まだ走り出してないだろ!」
ベラまで笑っている。
ルクスンは咳払いをして、士官へ向き直った。
「現物は、どこにありますか?」
「下の司令部。機密書庫だ」
*
やはり、将軍の許可が要る。
士官はそう告げてから、廊下の奥へ目を向けた。
「取り次ぎに行こう。ただ、その前に話しておくことがある」
ルクスンは目録から手を離した。
士官の声が変わっていた。
「将軍は、報告を理解されることもある。質問を返し、必要な命令を下されることもある」
「そうでない時も?」
「急に、話が通じなくなる」
オトフリートが眉を寄せた。
「その時、訪問者はどう扱われますか?」
「侵入者として」
資料室が静かになった。
ルクスンは仲間へ内容を伝えた。
ノクティアが廊下へ視線を移す。
ゼフィーリアは腕を解いた。
ベラも、もう笑っていなかった。
「あなたも一緒に来てもらえますか?」
ルクスンの問いに、士官は頷いた。
「取り次ぎまではする。だが、将軍を止められるとは思わないでほしい」
「わかりました」
ルクスンは目録を、元の位置へ戻した。
本は近い。
だからこそ、ここで浮かれて失敗するわけにはいかなかった。
「面会の前に、教えてください」
士官へ向き直る。
「将軍は、生きていた頃、どんな人だったんですか。それから、今はどんな姿をしていますか」
士官の手が、胸の階級章へ添えられた。
ルクスンは口を挟まず、返事を待った。