アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第91話 退役できない士官

「取り次ぎはする。ただし、面会を許可するかは司令官がお決めになる」

 

 机の向こうの霊は、そう答えた。

 

 ルクスンは頷き、背後の扉へ目を向けた。

 

「待つ場所はありますか。上の兵舎で襲われたので、できれば、あの連中が入ってこない場所がいいんですが」

 

「兵卒がこの区画へ来るには、通常、許可が要る」

 

「許可を守る相手ですか?」

 

 霊は黙った。

 

 ルクスンも黙って待った。

 

 やがて、相手が小さく首を振った。

 

「……今は、保証できん」

 

「では、見張りは立てます」

 

 気休めを言われるより、その方がよかった。

 

 ルクスンが仲間へ説明すると、ノクティアは扉の外を一度確かめた。階段から近づく気配はない。

 

 オトフリートが机へ視線を戻す。

 

「こちらの方は、当直士官のようですね。司令部への来訪者を扱う職務なら、書庫の担当者にも心当たりがあるかもしれません」

 

「それを聞きたいんだけど、先に一つ確かめたいことがある」

 

 ルクスンは霊へ向き直った。

 

「あなたは、ご自分が亡くなっていることを理解していますか?」

 

 ノクティアの目が、わずかに動いた。

 

 だが、誰も止めなかった。

 

 霊は自分の手を見た。

 

 指を机の上へ置く。

 

 透けた指先は、木の面へ沈んだ。

 

「理解している」

 

 静かな答えだった。

 

「君たちにも、そう見えるのだろう?」

 

「はい」

 

「ならば、その認識に相違はない」

 

     *

 

 通されたのは、当直室に隣接する小部屋だった。

 

 机が一つ。椅子が数脚。壁には、何かを掛けていた金具が残っている。

 

 ノクティアは勧められた椅子へ座る前に、その背を軽く押した。

 

 脚の継ぎ目から、細かな木屑が落ちる。

 

「だめ」

 

 彼女は手を離した。

 

 当直士官が椅子を見下ろす。

 

「交換を申請しているのだが」

 

「いつ頃からですか?」

 

 ルクスンが尋ねると、士官は少し考えた。

 

「……長いこと待っている」

 

「現物を見てもらった方が早そうですね」

 

「そう思って運び出そうとしたことはある」

 

 士官の手が、椅子の背をすり抜けた。

 

 ルクスンは口を閉じた。

 

 笑うには、少々厳しい事情だった。

 

 ベラが腰で囁く。

 

「主よ。壊して新調を迫る手も使えぬわけじゃな」

 

「そういう交渉は、生きてても勧めないよ」

 

 士官の視線が剣へ止まった。

 

「先ほど話していたのは、その剣か?」

 

「ベラトリクスです。仲間ですから、取り上げたり、調べるために分解したりはしないでください」

 

「主よ、紹介の段階から物騒なのじゃが!」

 

 士官は身を正し、剣へ一礼した。

 

「失礼した。帯剣したままで構わん」

 

 ベラが、ふむ、と満足そうに唸った。

 

「礼を知る者じゃな」

 

 オトフリートが小声で言った。

 

「今のところ、こちらの話を理解してくださっています。刺激しなければ会話は続けられそうです」

 

 ルクスンは頷いた。

 

 だが、礼儀正しいから危険がない、とまでは考えなかった。

 

 生きている人間でも、その二つは別なのだから。

 

     *

 

 士官は、副官室付きの当直を務めていたという。

 

 名前も名乗った。

 

 ルクスンは聞き返さず、その名を覚えるように努めた。役職だけで呼び続けるには、相手はあまりに人間らしかった。

 

 どれほど前に死んだのかと尋ねると、士官は正確にはわからないと答えた。

 

「暦を更新する者がいなくなった。その後もしばらくは数えていたが、途中から合わなくなった」

 

 窓のない部屋だった。

 

 食事も睡眠も必要としなくなった者たちは、何を区切りに一日を終えていたのだろう。

 

「交代する人は?」

 

「来ていない」

 

 ルクスンは、その返事を仲間へ伝えた。

 

 ゼフィーリアの目が細くなる。

 

「来ない交代を、待ち続けているのですか」

 

 憐れみよりも、不快感の勝る声だった。

 

 自分の意志で席を立つことさえできないのか。

 

 彼女が確かめたいのは、そこなのだろう。

 

 ルクスンは士官へ尋ねた。

 

「ここを離れようとは思わなかったんですか?」

 

「持ち場を?」

 

「要塞そのものを、です」

 

 士官はすぐには答えなかった。

 

 机も椅子もない場所へ視線を落とし、しばらく考えていた。

 

「離れて、どこへ行く?」

 

 問い返され、ルクスンは言葉に詰まった。

 

 家族の所へ、と簡単には言えない。

 

 この人が知る家も街も、もう残っていないかもしれなかった。

 

「……それは、外を確かめてからでもいいんじゃないですか」

 

「そのためには、外出の許可が要る」

 

 今度こそ、ルクスンは何も返さなかった。

 

 命令に縛られているのか。

 

 自分から役目へしがみついているのか。

 

 この短いやり取りだけでは、まだわからなかった。

 

     *

 

 上の階で見たことを話した。

 

 火の精霊が砲台へ拘束されていたこと。

 

 供給を切るまで、装置が再び動きそうになったこと。

 

 中庭のドリアードに引き留められたこと。

 

 倉庫の七体のヴァルキリーに襲われ、倒した後には武器が風化し始めたこと。

 

 士官は途中で口を挟まなかった。

 

 ドリアードの話だけは、少し詳しく聞きたがった。

 

「負傷した者を、休ませようとしたのか?」

 

「そうです。焦げた袖へ葉を被せてくれました。でも、出ていこうとしたら捕まえようとした」

 

「兵が、よくあそこで休んでいた」

 

 士官は、遠くを見るような目をした。

 

「歩ける者は庭へ出した。寝台を、重傷者に空けるためだ」

 

 ルクスンは自分の袖を見た。

 

 あの手つきには、理由があった。

 

 だからといって、木へ取り込まれてよいわけではない。

 

 事情を知ることと、近づいて安全かどうかは、やはり別だった。

 

「今は、通してくれました。けど、また戻る時に同じようにしてくれるかはわかりません」

 

「そうか」

 

 士官が目を閉じた。

 

「彼女まで、そうなったか」

 

     *

 

「兵舎では、まだ点呼を取っています」

 

 ルクスンが言うと、士官は頷いた。

 

「古参の下士官だ」

 

「何度も同じ名を呼んでいました。返事がなくても、次へ進まない」

 

「欠員が埋まらねば、交代の報告を出せんと思っている」

 

「止められないんですか?」

 

「止めたことはある」

 

 その言い方に、ルクスンは眉を寄せた。

 

 士官は続けた。

 

「だが、また始める。最近では、私の顔を見ても、誰なのかわからぬことがある」

 

 ゼフィーリアへ話を伝えると、彼女は腕を組んだ。

 

「言葉だけが残っていても、本人の意志が残っているとは限りませんね」

 

「そうだね。こっちの話を聞かずに襲ってきたし」

 

 ルクスンは士官へ視線を戻した。

 

 そこは、伏せておけなかった。

 

「僕たちは、襲ってきた兵士を倒しました。通り抜けるために」

 

 士官の目が、ルクスンへ向く。

 

 責められることも考えた。

 

 だが、返ってきたのは別の問いだった。

 

「倒れた後は?」

 

「消えました。少なくとも、その場には残りませんでした」

 

「また現れたか?」

 

「僕たちが見ている間には」

 

 士官は長く黙っていた。

 

 透けた手が、軍服の襟へ触れる。

 

 布を整える仕草をしてから、小さく頷いた。

 

「そうか」

 

 それだけだった。

 

 ルクスンにも、それ以上は言えなかった。

 

 消えたから救われたのだと、確かめてもいないことを告げるつもりはなかった。

 

     *

 

 建造書について尋ね直すと、士官は情報の出所を聞いた。

 

「古い記述で、ここにあると知りました。ただ、正確な題名も、保管場所も覚えていません」

 

「写しを持っているか?」

 

「いいえ」

 

 前世で見た記事を持ってこられたなら、苦労はなかった。

 

 全文を覚えているわけでもない。

 

 ルクスンは曖昧な記憶を膨らませず、求めているものを説明した。

 

 魔力の塔を造るための書物。

 

 建物の形だけでなく、魔力を通し、維持するための技術。

 

 オトフリートも会話へ加わった。

 

「独立した動力と、導管の配置について記された資料を探しています。防護設備や、損傷した区画の扱いも確認したいのです」

 

 士官の目が、魔術師へ移った。

 

「工兵隊の資料か?」

 

「関連するものも含まれると思います」

 

「目録なら、こちらにある」

 

 初めて、具体的な行き先が示された。

 

     *

 

 資料室は、廊下を少し進んだ所にあった。

 

 ノクティアが先に入口と床を確かめる。

 

 士官は棚の前へ立ち、下から二段目を指した。

 

「この箱だ」

 

 オトフリートが手を伸ばしかけ、ノクティアに止められた。

 

「棚ごと崩れる」

 

 箱の下を支えていた板は、中央がたわんでいた。

 

 ルクスンが横から支え、箱を持ち上げずに蓋を開く。

 

 中には、文字を刻んだ薄い板が重ねられていた。

 

 書庫の目録だった。

 

 表題はルクスンにも読める。

 

 しかし、並んでいるのは似たような技術書名ばかりだ。魔力の制御に関するものと、建造そのものに関するものを、内容の記載から分けなければならない。

 

 オトフリートが一枚ずつ確かめる。

 

「こちらは運用記録です。こちらは修繕……待ってください」

 

 手が止まった。

 

 ルクスンが隣から覗く。

 

 塔の構築に関する技術書。

 

 複数巻。

 

 術式と図面を含む。

 

「これか?」

 

「探している内容に合います。現物を確認する必要はありますが」

 

 胸の奥が、急に熱くなった。

 

 あった。

 

 少なくとも、かつてここに収められていたという記録はある。

 

 胡乱な記事の記憶を頼りに、要塞へ砲撃されに来ただけではなかった。

 

「よし、持って帰ろう」

 

「目録をですか?」

 

「本の方!」

 

 ノクティアの指が、ルクスンの袖を摘まんだ。

 

「先に、場所」

 

「わかってるって!」

 

「顔が、わかってない」

 

 ゼフィーリアが静かに笑った。

 

「さっきまでの慎重さは、どこへ置いてきたのかしら」

 

「だから、まだ走り出してないだろ!」

 

 ベラまで笑っている。

 

 ルクスンは咳払いをして、士官へ向き直った。

 

「現物は、どこにありますか?」

 

「下の司令部。機密書庫だ」

 

     *

 

 やはり、将軍の許可が要る。

 

 士官はそう告げてから、廊下の奥へ目を向けた。

 

「取り次ぎに行こう。ただ、その前に話しておくことがある」

 

 ルクスンは目録から手を離した。

 

 士官の声が変わっていた。

 

「将軍は、報告を理解されることもある。質問を返し、必要な命令を下されることもある」

 

「そうでない時も?」

 

「急に、話が通じなくなる」

 

 オトフリートが眉を寄せた。

 

「その時、訪問者はどう扱われますか?」

 

「侵入者として」

 

 資料室が静かになった。

 

 ルクスンは仲間へ内容を伝えた。

 

 ノクティアが廊下へ視線を移す。

 

 ゼフィーリアは腕を解いた。

 

 ベラも、もう笑っていなかった。

 

「あなたも一緒に来てもらえますか?」

 

 ルクスンの問いに、士官は頷いた。

 

「取り次ぎまではする。だが、将軍を止められるとは思わないでほしい」

 

「わかりました」

 

 ルクスンは目録を、元の位置へ戻した。

 

 本は近い。

 

 だからこそ、ここで浮かれて失敗するわけにはいかなかった。

 

「面会の前に、教えてください」

 

 士官へ向き直る。

 

「将軍は、生きていた頃、どんな人だったんですか。それから、今はどんな姿をしていますか」

 

 士官の手が、胸の階級章へ添えられた。

 

 ルクスンは口を挟まず、返事を待った。

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