アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第96話 帰り荷

 書庫の机には、包んだ箱がそのまま残っていた。

 

 ルクスンは、まずそれを見た。

 

 蓋が開いていない。

 

 布も解けていない。

 

 当たり前のことなのに、確かめてからようやく肩の力が抜けた。

 

「持ち出して構わん」

 

 当直士官が言った。

 

 オトフリートは箱へ手を添え、最後に中身の収まりを確かめた。

 

「こちらへ運びましょう。底をお願いします」

 

「任せて」

 

 ルクスンが下から支える。

 

 無限のバックを使えば、運ぶ負担は減らせる。しかし、中身を放り込んでよいわけではない。古い紙も、図面を留めた紐も、乱暴に扱えば傷む。

 

 口を広げ、箱の角を引っ掛けないように収める。

 

 途中でベラが声を上げた。

 

「主よ、妾の柄に当たっておる!」

 

「あ、ごめん」

 

「書物だけ丁寧に扱うでないぞ!」

 

 ルクスンは腰をずらした。

 

 ノクティアが反対側の布を押さえる。

 

「こっちへ傾けて」

 

 箱が収まった。

 

 口を閉じ、留め具を確かめる。

 

 それで、ようやく終わった。

 

 魔力の塔の建造書。

 

 今度こそ、持ち帰る荷物になった。

 

     *

 

「……よし」

 

 ルクスンは小さく言った。

 

 それ以上の言葉が、すぐには出てこなかった。

 

 歓声を上げるには、疲れすぎていた。

 

 まだ地下だ。

 

 帰り道には死霊がいる。

 

 上の砲台も、全部を止めたわけではない。

 

 ノクティアが荷物の留め具を、もう一度引いた。

 

「帰ってから喜ぶ」

 

「僕、そんなに顔に出てる?」

 

「口が開いてる」

 

 ルクスンは閉じた。

 

 オトフリートが眼鏡を直しながら、名残惜しそうに棚を見た。

 

 それに気づいて、ルクスンも棚を見た。

 

 ほかにも本がある。

 

 目録で見かけた、動力設備や防壁の記録。

 

 研究に使えるものは、きっと多い。

 

 ゼフィーリアが二人の間へ声を落とした。

 

「相談を始める前に申し上げますが、私は帰る方に賛成です」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「お二人とも、同じ棚を見ていましたから」

 

 オトフリートが咳払いした。

 

「……目録の必要な箇所は控えました。今回は、目的の資料を確実に持ち帰りましょう」

 

 最後の言葉は、自分にも言い聞かせているようだった。

 

 ルクスンは頷いた。

 

 帰るための力まで、書物に変えてはいけない。

 

     *

 

 書庫を出る前に、ルクスンは当直士官へ向き直った。

 

「帰り道について、聞きたいことがあります」

 

「兵舎か?」

 

「はい。あの広間を、また通ります。あなたの言葉を聞く兵士はいますか?」

 

 士官は考え込んだ。

 

「いるかもしれん。だが、先ほども話した通り、私を覚えていない者もいる」

 

「命令すれば全員止まる、とは考えません。ただ、通る間だけでも、こちらを向かずにいてくれれば助かります」

 

 ノクティアは黙って聞いていた。

 

 期待しすぎるな、と言いたいのだろう。

 

 ルクスンも、そのつもりだった。

 

「将軍の最後の命令を、伝える」

 

 士官が言った。

 

「聞く者には、聞かせねばならん」

 

 ルクスンは少し迷ってから尋ねた。

 

「それは、あなたがそうしたいからですか?」

 

 士官の目がこちらへ向いた。

 

「……そうだな」

 

 答えるまでに、少し時間が掛かった。

 

「今は、私が伝えたいと思っている」

 

 ルクスンは頷いた。

 

「では、広間まで一緒にお願いします」

 

     *

 

 第三層へ戻ると、廊下に霊がいた。

 

 休息中、外の暑さを尋ねてきた男だった。

 

 当直士官を見て、立ち止まる。

 

「面会は済んだのか?」

 

「済んだ」

 

「将軍は?」

 

 士官は足を止めた。

 

 ルクスンたちは、その少し後ろで待った。

 

「任を終えられた」

 

 男の霊は、すぐには反応しなかった。

 

 廊下の奥へ目を向ける。

 

 そこには、第四層へ続く階段があった。

 

「……そうか」

 

 何かを尋ねようとして、やめたようだった。

 

 当直士官は続けた。

 

「持ち場を離れよ、との命令を受けた。私は、兵舎へ伝えに行く」

 

 男は、自分の軍服を見下ろした。

 

 襟へ手を添え、外しかけるような仕草をする。

 

 しかし、透けた指はそこで止まった。

 

「私は、どうすればよい」

 

「それは、私にもわからん」

 

 士官は答えた。

 

「だが、ここに立っている必要はなくなった」

 

 ルクスンは口を挟まなかった。

 

 外へ出ればいいと、簡単には言えない。

 

 この二人には、自分の知らない時間がある。

 

 男は廊下の壁へ視線を移し、やがて頷いた。

 

 その姿は、まだ消えなかった。

 

     *

 

 第二層へ上がる前に、隊列を決め直した。

 

 士官が先に広間へ出る。

 

 ノクティアが入口から様子を確かめる。

 

 通れると判断したら、ルクスンが前へ入り、荷を持つオトフリートとゼフィーリアが続く。

 

 ノクティアは最後尾へ回り、戻る者がいないかを見る。

 

「声を聞いて止まったとしても、近づきすぎない」

 

 ルクスンが言うと、全員が頷いた。

 

「通り過ぎるまで、止まってくれるとは限りませんね」

 

 オトフリートが荷物の位置を調整する。

 

 ゼフィーリアは階段の先を見た。

 

「話が通じない者まで、無理に待つ必要はありません。襲ってくるなら、対処しましょう」

 

「うん。立ち止まって説得はしない」

 

 ルクスンは右手を空けた。

 

 ベラは鞘に収まったままだ。

 

「また拳か」

 

「必要になったら、すぐ抜くよ」

 

「必要になる前に気づくのじゃぞ」

 

「注文が難しいなあ」

 

 声を落として応じ、階段を上がった。

 

     *

 

 点呼は続いていた。

 

 同じ声だった。

 

 だが、呼んでいる名前は変わっている。

 

 そのことに、ルクスンは少しだけ驚いた。

 

 まったく同じ場所を回り続けているわけではないのかもしれない。

 

 それでも、終わらない。

 

 当直士官が広間へ出た。

 

「伝令」

 

 低い声が響く。

 

 点呼の声は止まらなかった。

 

 士官は列の脇を進み、もう一度告げた。

 

「司令官の命令を伝える」

 

 列の前の影が、顔を上げた。

 

 ルクスンは入口から見ていた。

 

 聞いた。

 

 少なくとも、今の声には反応した。

 

 士官が姿勢を正す。

 

「持ち場を離れよ」

 

 広間が静まった。

 

 ほんの短い間だった。

 

 列の中の一体が、隣を見た。

 

 別の一体は、正面を向いたまま動かない。

 

 点呼を取っていた下士官が、何かを言った。

 

「交代が、まだ……」

 

「待つ必要はない」

 

 士官が答えた。

 

「命令は、確かに受けた」

 

 ノクティアがルクスンの袖を引いた。

 

「今」

 

     *

 

 広間へ出る。

 

 来た時と同じ右端の通路を、逆に進む。

 

 ルクスンは、列へ近づきすぎないよう足を運んだ。

 

 士官と下士官の会話は、続いている。

 

 その言葉を聞きながらも、目は別の兵士を追った。

 

 顔が動く。

 

 一体が、こちらを向いた。

 

 列を外れる。

 

「一体、来る」

 

 ルクスンが告げると、オトフリートたちは足を緩めた。

 

 死霊が滑るように近づいた。

 

 士官の声を聞いている様子はない。

 

 ルクスンは身体をずらし、伸びてきた手をかわした。

 

 右拳を打ち込む。

 

 胸の輪郭が白く照らされ、崩れた。

 

 列の前で、下士官がこちらを見た。

 

 ルクスンは拳を戻した。

 

 責められるかもしれない。

 

 襲われるかもしれない。

 

 だが、下士官はしばらくこちらを見た後、当直士官へ顔を戻した。

 

「欠員が……」

 

「報告は受けた」

 

 士官は答えた。

 

 ルクスンたちは歩き続けた。

 

 全員を救えたわけではない。

 

 すべての死者が、同じ言葉を理解したわけでもなかった。

 

 それでも、列の端にいた影が一つ、腕を下ろした。

 

 別の影が、列から離れた。

 

 どこへ行くのかまでは、見届けられなかった。

 

     *

 

 広間を抜ける直前、ルクスンは振り返った。

 

 当直士官は、まだそこにいた。

 

 下士官と向き合っている。

 

 その肩越しに、一瞬だけ視線が合った。

 

 士官が頷いた。

 

 ルクスンも、頭を下げた。

 

 それで別れた。

 

 ノクティアが横へ来る。

 

「追ってこない」

 

「うん」

 

「今のうち」

 

 ルクスンは前を向いた。

 

 廊下の角。

 

 当直表。

 

 床に残した目印。

 

 一つずつ確かめながら、第一層へ続く階段へ戻る。

 

 来た時には、下りたくない階段だった。

 

 今は、上まで遠く感じた。

 

     *

 

 倉庫の裏手へ出ると、乾いた空気が頬へ触れた。

 

 七体のヴァルキリーはいない。

 

 床の武器は、さらに傷んでいた。

 

 刃の縁が崩れ、木の柄には亀裂が走っている。

 

 ルクスンは足を止めずに見た。

 

 拾って持ち帰れるものではなかった。

 

 棚の間を抜け、倉庫の入口を確かめる。

 

 外には中庭がある。

 

 その向こうに、止めた砲台と、城壁の小さな出入口。

 

 あと少し。

 

 そう思うたびに、まだ何かが残っていた。

 

 ノクティアが扉の隙間から中庭を見た。

 

「枝が動いてる」

 

 ルクスンも覗く。

 

 大きな木の下で、蔓がゆっくり這っていた。

 

 ドリアードは、まだいる。

 

 ゼフィーリアが隣へ来た。

 

「今度は、何と言って通してもらいます?」

 

 ルクスンは自分の袖を見た。

 

 焦げ跡。

 

 汚れ。

 

 血の染み。

 

 休ませたいと思わせるには、十分すぎる格好だった。

 

「元気です、って言っても信じてもらえそうにないな」

 

「妾なら信じぬ」

 

 ベラが即答した。

 

 ルクスンは一度、目を閉じた。

 

 それから開き、仲間を見る。

 

「帰るところまでが冒険、か」

 

「今さら?」

 

 ノクティアが言った。

 

 ルクスンは苦笑し、扉を少しだけ押し開いた。

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