アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第97話 門の外へ

 扉を開くと、葉擦れの音が聞こえた。

 

 中庭には、傾いた日が差していた。

 

 地下へ下りる前と比べて、影の向きが変わっている。どれほど長く、石の下にいたのだろう。

 

 ルクスンは眩しさに目を細め、それから木の根元を見た。

 

 ドリアードがいた。

 

 こちらを向いている。

 

「戻った」

 

 精霊語の声が届いた。

 

 ルクスンは扉を押さえたまま頷いた。

 

「うん。戻ったよ」

 

「傷は?」

 

「治した。もう歩ける」

 

 ドリアードの視線が、袖へ落ちた。

 

 焦げた布。

 

 乾いた血。

 

 泥と埃。

 

 見た目だけなら、下りる前よりひどい。

 

「休む」

 

 蔓が動いた。

 

 倉庫の入口へ、ゆっくり伸びてくる。

 

 ノクティアが半歩下がり、足元を見る。

 

 ルクスンは仲間を扉の内側へ残したまま、一人だけ敷居を越えた。

 

「ここでは休まない。外へ出たい」

 

「外は、危ない」

 

「知ってる。だから、みんなで帰る」

 

 蔓は止まらなかった。

 

     *

 

 ルクスンはベラの柄へ手を置いた。

 

 抜かなかった。

 

 相手はアンデッドではない。

 

 右拳を当てれば片がつく相手でもない。

 

 何より、一度は話を聞いてもらえた。いきなり斬りかかる理由はなかった。

 

 ドリアードが近づく。

 

 木の姿をした身体が、葉の影を揺らした。

 

「座る。休む。守る」

 

「ありがとう。でも、行きたいんだ」

 

 伸びた蔓が、ルクスンの靴へ触れた。

 

 彼は足を引いた。

 

 蔓が追う。

 

「それは、やめて」

 

 声を少し強める。

 

 ドリアードの顔が揺れた。

 

 怒ったのか、戸惑ったのか、ルクスンには読み切れなかった。

 

 背後から、ノクティアが精霊語で声を掛けた。

 

「傷は治ってる。休む場所は、自分たちで決める」

 

「ここなら、守れる」

 

 同じ答えだった。

 

 ゼフィーリアが扉の脇へ進む。

 

「守るために、逃げられなくするの?」

 

 ドリアードの動きが止まった。

 

 蔓は、ルクスンの靴のすぐ前にあった。

 

「傷つく」

 

「外へ出れば、傷つくかもしれませんね。それでも、私たちは行きます」

 

 ゼフィーリアは、蔓を踏まない位置で立ち止まった。

 

「ここへ残ることを、私たちは選んでいません」

 

 静かな声だった。

 

 ドリアードは彼女を見ていた。

 

 やがて、またルクスンの袖へ視線を戻す。

 

     *

 

 ルクスンは、傷ついた方の腕を上げた。

 

 肘を曲げ、肩を回す。

 

 痛みはない。

 

 袖の傷は、布の傷だった。

 

「見て。ちゃんと動く」

 

 ドリアードが手を伸ばした。

 

 ルクスンは逃げなかった。

 

 木の指が、焦げた袖へ触れる。

 

 身体を掴む手ではなかった。

 

 裂け目を確かめ、布の端を寄せようとしている。

 

 その仕草を見て、ルクスンはようやく思いついた。

 

 こちらは傷が治ったと言っている。

 

 だが、相手にはずっと同じ傷が見えているのかもしれない。

 

「服は破れてるけど、中は治ってる。これ以上休んでも、服は直らないんだ」

 

「直す」

 

「服は、外で直すよ。針と糸を使って」

 

 ドリアードは何も言わなかった。

 

 ルクスンの腕へ、小さな葉を一枚押しつけた。

 

 以前と同じように。

 

 ルクスンは、その葉を手で押さえた。

 

「ありがとう。これは持っていく」

 

 蔓が、少し引いた。

 

 ノクティアがルクスンを見る。

 

 今なら通れる。

 

 その目が、そう言っていた。

 

     *

 

 一人ずつ、倉庫から出た。

 

 ノクティアが先に中庭の縁を確かめる。

 

 オトフリートが荷を抱え直し、ゼフィーリアと続く。

 

 ルクスンは最後まで、ドリアードの前にいた。

 

 抜いた剣で威嚇してはいない。

 

 だからといって、手を柄から離すつもりもなかった。

 

 足を絡め取られたなら、蔓を斬ってでも抜ける。

 

 通してもらえるなら、それが一番よかった。

 

「また、戻る?」

 

 ドリアードが尋ねた。

 

 ルクスンはすぐには答えなかった。

 

 戻ると言えば、今は通してもらいやすいかもしれない。

 

 だが、その約束を守れるかはわからない。

 

 ここには、帰ってこない者を待つ死者がいた。

 

 この精霊も、同じように待たせるのか。

 

「約束はできない」

 

 ルクスンは答えた。

 

「僕たちは、ここの兵士じゃないんだ」

 

 ドリアードの顔が、少し傾いた。

 

 わかったのかどうかは、わからなかった。

 

 それでも、伸びていた蔓は動かなかった。

 

 ルクスンはゆっくり退いた。

 

 一歩。

 

 もう一歩。

 

 ノクティアのいる石段へ足を掛ける。

 

 ドリアードは追ってこなかった。

 

 手元に、葉が残った。

 

     *

 

 内壁沿いの通路へ戻ると、オトフリートが息を吐いた。

 

「通してもらえましたね」

 

「今はね。正気に戻ったかどうかまでは、わからない」

 

 ルクスンは葉を見た。

 

 指先に土がついている。

 

「何じゃ、主よ。記念品か?」

 

 ベラが尋ねる。

 

「貰ったんだよ」

 

「七本の魔法武器が、葉っぱ一枚になったのう」

 

「建造書があるだろ!」

 

 思わず声が大きくなり、ノクティアが振り返った。

 

 ルクスンは口を閉じた。

 

 中庭の木の方を見る。

 

 枝が揺れている。

 

 だが、追ってくる蔓はなかった。

 

 葉を折らないよう、手近な布へ挟む。

 

 ゼフィーリアはその様子を見ていたが、何も言わなかった。

 

     *

 

 止めた砲台へ向かう階段は、来た時より涼しかった。

 

 熱が抜けている。

 

 それでも、ルクスンは油断せずに部屋を覗いた。

 

 精霊を拘束していた環は、暗いままだった。

 

 新たな火の精霊も見えない。

 

 ノクティアが入口から装置の周囲を確かめ、オトフリートが供給を切った機構を見る。

 

「こちらは止まっています」

 

「ほかの砲台も、ここから止められない?」

 

 ルクスンの問いに、魔術師は首を振った。

 

「確認できているのは、この一基の切り離しだけです。別系統へ手を出すなら、改めて調べる必要があります」

 

 ルクスンは部屋を見回した。

 

 調べれば、何かわかるかもしれない。

 

 精霊を吸い寄せる仕組みも、どこかに残っているのだろう。

 

 将軍を倒したから、すべてが止まるわけではなかった。

 

 だが、今は本を持っている。

 

 仲間も、歩ける。

 

 ここで欲を出して、その両方を失うつもりはなかった。

 

「触らずに帰ろう。調べた所まで、ちゃんと記録して」

 

「はい。続きは、持ち帰った資料と照らし合わせられます」

 

 オトフリートも、それ以上は装置へ近づかなかった。

 

     *

 

 城壁の小さな出入口まで戻る。

 

 開けておくための楔は、残っていた。

 

 ノクティアが外を覗き、しばらく動かずに待った。

 

 ルクスンは彼女の後ろから、見える範囲の地面を確かめる。

 

 風に流された砂。

 

 古い石積み。

 

 城壁の足元には、濃い影が落ちていた。

 

「近くにはいない」

 

 ノクティアが告げた。

 

「でも、上はわからない」

 

「砲台に見える所まで出るまでは、壁沿い。その先は、入った時の窪地を使おう」

 

 ルクスンは仲間へ伝えた。

 

 オトフリートが荷紐を締め直す。

 

 ゼフィーリアが扉の外へ目を向けた。

 

「最後に走ることになりそうですね」

 

「できれば歩いて帰りたい」

 

「砲台へ頼んでみます?」

 

「さすがに話し相手がいない」

 

 ベラが小さく笑った。

 

「主よ。あそこにも受付があればよかったの」

 

「入構許可の申請前に撃たれる受付は嫌だ!」

 

 今度は、自分から声を落とした。

 

     *

 

 外へ出る。

 

 乾いた風が顔を撫でた。

 

 地下では意識しなかった空の広さが、ひどく眩しかった。

 

 ノクティアが先へ進み、曲がり角の手前で止まる。

 

 ルクスンは後続を壁際へ寄せた。

 

 ここから先で、砲台の射線に入る可能性がある。

 

 入る時には走った。

 

 帰りには、本がある。

 

 運ぶ負担を減らせても、中身を揺さぶってよい理由にはならない。

 

「足元を優先して。転んで箱を潰したら、僕が泣く」

 

「ご自身の骨折より先に、そちらですか?」

 

 オトフリートが尋ねた。

 

「骨も嫌だよ!」

 

 ノクティアが手を上げた。

 

 会話が止まる。

 

 彼女が先に出た。

 

 低い姿勢で、露出した場所を横切る。

 

 窪地へ入って振り返り、合図する。

 

 次にゼフィーリア。

 

 その後を、オトフリート。

 

 ルクスンは最後に壁を離れた。

 

 頭上で、金属の擦れる音がした。

 

 見上げたい衝動を抑える。

 

 足元。

 

 進む先。

 

 窪地の縁。

 

 そこだけを見る。

 

「来る!」

 

 ノクティアの声がした。

 

 ルクスンは最後の数歩を走り、斜面の陰へ飛び込んだ。

 

 すぐ後ろで、熱が弾けた。

 

 砂と小石が降ってくる。

 

 頭を庇い、息を止める。

 

 轟音が過ぎた後、ベラが叫んだ。

 

「見送りが派手すぎるのじゃ!」

 

「歓迎も同じだっただろ!」

 

 ルクスンは顔を上げ、仲間を数えた。

 

 一人。

 

 二人。

 

 三人。

 

 自分と、腰の剣。

 

 全員いる。

 

「怪我は?」

 

「ない」

 

 ノクティアが答えた。

 

 ゼフィーリアも首を振る。

 

 オトフリートは荷を確認していた。

 

「こちらも大丈夫です。箱も収まっています」

 

「よし。まだ止まらない。尾根の向こうまで」

 

     *

 

 最初に要塞を眺めた丘を越え、さらに距離を取った。

 

 城壁が見えなくなっても、ルクスンはすぐには座らなかった。

 

 ノクティアと周囲を確かめる。

 

 追ってくるものはいない。

 

 風の音と、自分たちの足音だけだった。

 

 ようやく荷を下ろす。

 

 ルクスンは地面へ座り込み、長く息を吐いた。

 

「……帰ってきた」

 

「まだ町ではありませんよ」

 

 ゼフィーリアが言った。

 

「わかってる。今日は、要塞の外まで帰れれば上出来」

 

 オトフリートも座り、荷物へ手を置いた。

 

 すぐに本を開こうとはしなかった。

 

 それが、彼も疲れている証拠だった。

 

 ノクティアが水袋を回す。

 

 ルクスンは少しだけ飲み、次へ渡した。

 

 喉が、ようやく自分のものに戻ったようだった。

 

     *

 

 その夜は、要塞から離れた場所で野営した。

 

 見張りを決め、食べ物を分ける。

 

 帰りの水と食料を確かめる作業も終えた。

 

 そこで初めて、建造書の箱を取り出した。

 

 オトフリートが包みを解き、角と蓋を見る。

 

 図面を収めた側も、ずれていない。

 

「問題ありません。持ち帰れます」

 

 その言葉を聞いて、ルクスンは仰向けになった。

 

 空が見えた。

 

 天井ではない。

 

 壁から何かが出てくる心配を、完全にはしなくていい場所だった。

 

「やっと、塔の話が進むなあ」

 

「はい。ただ、まずは解読と整理です。建築の専門家にも相談しなければなりません」

 

「読んだら建つ、とは言ってくれないんだ」

 

「読んで建つなら、私は今すぐ読みます」

 

 真顔の返答に、ルクスンは笑った。

 

 笑っても、脇腹は痛まなかった。

 

 それも、ありがたかった。

 

 ベラを鞘ごと傍らへ置く。

 

 彼女が言った。

 

「主よ。塔を造るなら、妾の部屋も要るぞ」

 

「剣掛けじゃ駄目?」

 

「駄目に決まっておろう!」

 

「冗談だよ。ちゃんと考える」

 

 ノクティアが火の向こうで顔を上げた。

 

「鍵」

 

「部屋の鍵?」

 

「自分で開け閉めできるやつ」

 

 ルクスンは少し黙ってから、頷いた。

 

「うん。それは要るね」

 

 ゼフィーリアも、異論を挟まなかった。

 

 箱の中には、塔を造るための知識がある。

 

 どんな場所にするかは、まだ書かれていない。

 

 それを決めるのは、自分たちだった。

 

 ルクスンは星空を見上げたまま、もう一度笑った。

 

「じゃあ、まずは町へ帰ろう。寝台で寝たい」

 

「その前に、あなたの見張りがあります」

 

 ゼフィーリアに言われ、ルクスンは起き上がった。

 

 冒険は、まだ終わっていなかった。

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