四人の不気味な訪問者の中から、人間に擬態した化け物を見つけ出さなければならない、密室SFホラーノベルゲーム。

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 太陽が狂ってから、世界は大きく変わった。

 

 恒星の異常なエネルギー放射により、地球環境は破滅の淵に立たされている。

 日中の外出は不可能であり、外に出れば灼熱の太陽によって瞬時に身体が焼き尽くされるだろう。

 空気を満たすのは、黒焦げになった死体と、強烈な臭いであり、通りには苦悶の表情を浮かべた人々の死骸が当然のように並んでいる。

 この異常気象により、人々の生活サイクルは完全に逆転している。

 昼間は家の中でじっと暑さに耐えるか眠りにつき、太陽が沈んだ夜にのみ、生存者たちは活動を開始し、安全な避難所を求めて街を徘徊するのである。

 

 ——夜。窓から外を見る。

 

 蒼白の男が——『来訪者』と呼ばれる存在が。

 物言わぬ肉塊となった、人の千切れた頭を掲げて、窓から覗くこちらの視線に不気味に笑んでいる。

 

 太陽の異常と時を同じくして出現した『彼ら』は、地下やどこからともなく現れ、人間の外見、言葉、匂いを完璧に模倣する。

 その正体が地球外生命体なのか、超常的な怪物なのか、あるいは人間の記憶や絶望が生み出した残響なのかは、定かではない。

 しかし彼らは一貫して、人間を殺し続けている。

 軍隊でさえ、彼らの手にかかれば殲滅される。

 

 ——テレビをつけよう。

 

『——緊急速報です。

 本日 午前11時45分 太陽から強力なエネルギー放射が観測されました。

 規模は科学者による予測を大きく上回りました。

 屋外の気温は危険水域に達しています。

 日中の外出を控えるようお願いします——』

 

 政府機関は事態の収拾を図るため、『FEMA(連邦緊急事態管理庁)』という組織を機能させている。

 

 ——ああ、くだらない。

 

 この世界で、この家で生き延びるためには、夜な夜な避難所を求めて玄関のドアを叩く見知らぬ他者を、招き入れなければならない。

 なぜなら、来訪者は「一人きりでいる人間」を確実に狙ってくるからだ。

 家に入れた者が、果たして本物の人間か、それとも人間に完璧に擬態した化け物か。

 

 ドン、ドン、ドン。

 

 静寂を破る鈍い音が響いた。

 玄関のドアを叩く音だ。

 太陽が沈み、活動を開始した生存者が——あるいは『来訪者』が、この家の前に立っている。

 

 

■ ■ ■

 

 

 ——のぞき穴から外を確認する。

 

 分厚く濁ったガラスレンズの向こう側、焦熱の地獄が支配する夜の暗闇の中に、一人の女が立っていた。

 

 身体のラインに張り付くような、薄い真紅のドレスを着ている。

 ドレスの裾は所々破れ、煤で汚れきっているが、その佇まいには周囲の凄惨な光景とは不釣り合いなほどの妖艶さが漂っていた。

 豊かな黒髪が肩に垂れ、時折不安そうに周囲を見回す仕草は、ひどくか弱く見える。

 彼女は、血の気の引いた細い指で、再び力なくドアを叩いていた。

 

 ——二重の錠を外し、重い鉄扉を開く。

 

 金属音が鳴るや否や、女は逃げ込むように家の中へ滑り込んできた。

 外の熱波と、焦げた肉の臭いがわずかに室内に侵入し、すぐに分厚い鉄扉で遮断される。

 

 しかし、一度入り込んだ終末の臭いは、澱んだ空気の中でいつまでも鼻腔にへばりついて離れない。

 女は玄関ホールの壁に背を預け、荒い息を吐きながら床にへたり込んだ。

 

「ありがとう……ああ、神様、助かったわ。外の道は、もはや歩くためのものではないの。彼らが……青白い顔をした『アレ』が、隣人を引き裂いているのを見たわ」

 

 甘く震える声。

 恐怖に怯える瞳が、こちらを見上げている。

 

 だが、手元のショットガンは下ろさない。

 人間を模倣する『来訪者』は、哀れみや同情といった人間の最も脆い感情を的確に突いてくる。

 この女が人間であるという保証はどこにもない。

 

 むしろ、この狂った世界においては、他者を疑うことだけが唯一の生存戦略である。

 

「お願い、私をここに置いて。ずっと、ずっと一人で逃げ続けてきたの。妹は……妹は私の目の前で、アレらに……」

 

 女は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし始めた。

 

「あの子、笑っていたのよ。私に向かって微笑みかけて……でも、あの子の顎は外れて、そこから無数の黒い手が……ごめんなさい、思い出したくもない。ただ、私は清潔よ。病気も持っていない。食事も少なくていい。だから、朝が来るまでここにいさせて」

 

 ——銃身で女の顎を跳ね上げ、視診を始める。

 

 冷たい銃口が肌に触れても、女は抵抗しなかった。

 ただ涙で濡れた瞳をこちらに向けている。

 

 頬にはべっとりと黒い泥が張り付いていた。

 だが、不自然だ……。

 泥の付き方が、まるで『ここに泥を塗れば汚く見えるだろう』と計算されたかのように、意図的で芸術的な配置に思える。

 

 ——口を無理やり開けさせる。

 

 懐中電灯の光を口腔内に当てると、そこには虫歯一つない、真っ白で整った歯並びがあった。

 この狂った世界で、これほど完璧な歯を維持できるはずがない。

 黄ばみの一つもないその白さは、彼女が人間ではないかもしれないという強烈な『徴候』だった。

 

 ——衣服の袖を捲り上げ、脇の下を確認する。

 

 女は小さく悲鳴を上げ、身をよじったが、力ずくで壁に押さえつける。

 ライトの強烈な光に晒された脇の下は——ひどく清潔だった。

 劣悪な環境下を逃げ惑ってきたというのに、カビも、発疹も、菌の繁殖も一切ない。

 絹のようになめらかで、不自然なほど美しい。

 人間であれば、数日風呂に入らないだけで悪臭と汚れにまみれるはずだ。

 

「やめて……お願いだから。私、逃げる途中でたまたま綺麗な水溜りを見つけて、身体を拭いただけなの。本当よ。私、人間なの……血も通っているわ」

 

 女は懇願する。

 その声色には、一切の淀みがない。

 

 だが、彼女の呼吸のリズムが、極度のパニック状態にある人間のそれとはわずかに異なっているように感じられた。

 泣き叫び、言葉を発しているにもかかわらず、息継ぎのタイミングが不規則に欠落している。

 まるで『呼吸をする演技』を忘れたかのように。

 

 さらに、暴れる彼女を押さえつけた手首から伝わる体温は、この異常な熱帯夜の中にあって、氷のように冷たかった。

 

 今はまだ、処遇を決定しない。

 夜は始まったばかりだ。

 部屋の隅を指し示し、そこに行くよう命じる。

 

 女は泣き崩れたまま、指示された場所へと這っていき、膝を抱えてうずくまった。

 

 

ξ

 

 

 再び、鈍い音が響く。

 ドン、ドン。

 ひどく無気力で、乱暴な叩き方だ。

 

 ——のぞき穴を確認し、ドアを開ける。

 

 立っていたのは、異常に手足の長い壮年の男。

 

 身の丈に合わないヨレヨレのスーツを着込み、顔には極度の疲労の色が深く刻まれている。

 彼は招き入れられる前に無遠慮に家の中へ入り込むと、充血した目で室内をなめ回した。

 すえた汗の臭いと、強烈な酒の臭い、そして吐瀉物の臭いが鼻をつく。

 

「ウォッカはないか。あるいはビールでもいい。シャンデリアにこの長い手が届く前に、喉を潤す必要がある。水なんてものは、まだ生きる希望がある馬鹿が飲むものだ。なあ、あんたもそう思うだろう?」

 

 意味不明な詩のような言葉を吐き捨て、男は靴も脱がずに廊下を歩き出す。

 

 ——「止まれ」という意志を込めて、背中からショットガンを突きつける。

 

 男はゆっくりと振り返り、銃口を見て嘲笑った。

 

「撃つのか? いいだろう、撃てよ。あの世に行く準備は、とうの昔にできている。太陽が世界を焼いた日、俺の妻も娘も、公園の滑り台の上で黒い炭になった。空が落ちてきて、肉を焼いて、魂だけを天に連れ去ったんだ。残されたのは、この無駄に長い手足と、乾ききった喉だけだ」

 

 ——男の身体を検査する。

 

 男の口をこじ開けると、強烈な悪臭とともに、ヤニで黄ばみ、何本か抜け落ちた無惨な歯列が現れた。

 手を取ると、爪の間には真っ黒な土が深く入り込み、皮膚は乾燥してひび割れ、そこからどす黒い血が滲んでいる。

 首筋や脇の下には、不衛生な環境特有の黒ずんだ発疹とカビがびっしりと繁殖していた。

 

 そして、その手足の長さは明らかに異常だった。

 関節の位置が、一般的な人間の骨格からわずかにズレているように見える。

 人間の外見をコピーする際、サイズ感を誤った来訪者のエラーではないのか。

 そして、彼の口から飛び出す狂気的な隠喩の数々は、人間の絶望を模倣した来訪者の成りすましのようにも聞こえる。

 

「俺の手足が気になるか? ああ、いつか首を吊るために、神様がわざわざ伸ばしてくれたんだろうよ」

 

 男は吐き捨てるように言い、女から離れた壁際にどっかと座り込んだ。

 そして、手に入らない酒瓶を煽るような手つきをして、虚空を見つめながらブツブツと呟き始めた。

 

「太陽は巨大な虫眼鏡だ……俺たちはアリさ……焼かれるのを待つだけのアリ……。なあ、そこの女。お前は綺麗なアリだな。踏み潰されたら、どんな音がするんだろうな」

 

 

ξ

 

 

 三度目の訪問者が現れる。

 コン、コン。

 という、ひどく控えめで、静かなノック。

 

 ——ドアを開ける。

 

 擦り切れたボロ布を纏った、不気味なほど穏やかな顔をした、見るからに怪しい男だった。

 頭髪は一本もなく、土気色の肌をしている。

 

 彼は家に入るなり、深く一礼をした。

 その手には泥がこびりつき、体全体から湿った土と、腐葉土のような臭い——いや、火葬される前の死臭に近い臭いが漂っている。

 

「死が我らの罪を濯がんことを。夜分に失礼いたします、迷える子羊よ」

 

 男は、鼻先にショットガンを向けられても全く動じる様子がない。

 その瞳には、生物が本能として持つはずの『恐怖』という感情が完全に欠落している。

 

「怯えることはありません。外を歩く彼ら——来訪者と呼ばれる者たちは、我々を罰する悪魔などではない。彼らは救済の使者なのです。太陽という神が遣わした、灰の天使。我々は肉の檻から解放され、大いなる光の中へと帰るのです。彼らは殺しているのではない、解放しているのだ」

 

 狂信者の目だ。

 彼は来訪者に殺されることを恐れていない。

 終末を救済と捉える『死の教団』の人間だ。

 

 ——容赦なく服を剥ぎ取り、検査を行う。

 

 彼の歯は欠け、目は極度な真っ赤に充血し、衣服の下の皮膚はひどい皮膚炎を起こして爛れている。

 

 だが、生存本能の欠如がひどく不気味だ。

 この世界で死を恐れない生き物に、果たして真の人間らしさは残っているのか。

 もし来訪者が「死を恐れない狂人」の記憶を読み取り、その狂気ごと演じているとしたら?

 狂信を装うことで、人間としての恐怖反応の欠如を隠蔽しているのではないか。

 

「撃ちたければ、撃ちなさい。私の血がこの床を清めるのなら、それもまた神の意志。私はすでに、内なる光と一体化しているのですから」

 

 宗教家は自ら銃口に額を押し当て、恍惚とした表情を浮かべた。

 引き金を引く誘惑を堪え、彼を奥へと追いやる。

 宗教家は床に膝をつき、壁に向かって目を閉じて祈りを捧げ始めた。

 

 

ξ

 

 

 最後のノック。

 トン、トン。

 ひどく軽く、背丈の低い位置から鳴った。

 風の音かとも思えるほどの、微弱な響き。

 

 ——ドアを開ける。

 

 そこにいたのは、小さな子供の女だった。

 見覚えがある。

 数日前に向かいの隣人が来訪者に惨殺されたが……その生き残りの娘だ。

 彼女は、片目の取れた薄汚れた人形を引きずりながら、ゆらゆらと揺れるように家の中に入ってきた。

 

「おじちゃん、こんばんは。お外、すっごく熱いの。お靴が溶けちゃった」

 

 子供の足元を見ると、靴底が完全に熱で融解し、素足が爛れている。

 血と肉が床にこびりつくような状態だ。

 だが、彼女は痛みを感じている素振りを見せない。

 

「パパとママはね、おでかけしてるの。黒いゴミ袋に入って、遠いところへ行ったの。黄色い服を着たお兄さんたちが、ゴミ袋をトラックに乗せてたよ。私ね、おるすばんしてるの」

 

 言葉の羅列が破綻している。

 現実の激しい否認。

 

「ねえ、お空の太陽さんは、どうしてあんなに怒っているの? 早くお外で遊びたいのに。あはは、おじちゃんの顔、お肉みたい。青白い顔のお兄ちゃんたちと、かくれんぼしたの。私、見つからなかったよ」

 

 子供の目はガラス玉のように虚ろだ。

 この地獄のような外の世界で、幼い子供が一人で朝まで生き延びられる確率など万に一つもない。

 彼女は本当に隣人の娘なのか。

 それとも、あの惨劇の中で娘もすでに殺されており、その死体を漁って記憶と外見をコピーしただけの『何か』なのか。

 

 ——顔を覗き込むが、検査はしない。

 

 子供の女は、部屋の中心でただ立ち尽くし、手元の人形の首をギリギリと捻り続けていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 四人の客と、一人の主。

 分厚いカーテンが閉ざされ、闇夜の中、家の中は完全な密室となった。

 

 壁際の女が、立ち尽くす子供を見て、ゆっくりと立ち上がった。

 

「かわいそうに……こんな小さな子が、一人で。私も一人っ子だったから、孤独には慣れているけれど、この子はあまりにも幼すぎるわ」

 

 女は子供に駆け寄り、抱きしめた。

 

 ——思考が、わずかに警鐘を鳴らす。

 

 彼女は数時間前、玄関で泣き叫びながら「妹が目の前で引き裂かれた」と言っていなかったか。

 一人っ子?

 恐怖による記憶の混濁か、それとも設定の破綻か。

 

 女は子供の背中を撫でながら、子守唄を始める。

 哀愁を帯びた、美しいメロディ。

 だが、その歌声は不自然なほど長く続いている。

 肺の中に無限の空気を蓄えているかのように、滑らかに音が紡がれ続けている。

 

 手足の長い男が、それを見て鼻で笑う。

 そして汚くも、床に唾を吐いた。

 

「傑作だな。幽霊を慰める悪魔の図だ。おい、そのガキはとうの昔に死んでるぜ。お前が抱いているのは、肉の形をした記憶の残りカスだ。それとも、お前自身がただの肉の塊か?」

「黙りなさい!」

 

 女が鋭い声で叫ぶ。

 

「この子は生きているわ。人の心がわからないの?」

「人の心? そんなものは太陽と一緒に蒸発したよ」

 

 男はニヤリと怪しく笑んだ。

 

「俺たちはみんな、自分が人間だと思い込んでいるだけの歩く死体さ。お前も俺も、そこの狂った坊主も」

 

 宗教家は、立ち上がって男の前に進み出た。

 

「争うのはおやめなさい。あなた方の魂は等しく穢れている。間もなく光が来ます。窓の向こうから、全てを焼き尽くす審判の光が。その時、誰が本物の肉を持ち、誰が偽りの肉を持っているかが明らかになるでしょう。死を受け入れなさい。抵抗は、更なる苦痛を生むだけです。『彼女』は我らを救いたもう」

 

 男が長い腕を振り上げ、宗教家に掴みかかる。

 

「狂人が。お前が一番怪しいんだよ。その腐った目玉を刳り貫いてやろうか」

「ねえ、静かにして」

 

 子供が人形の首を引きちぎりながら、それはそれは虚ろな声で言った。

 

「青いお兄ちゃんが、怒っちゃうよ。みんな、ゴミ袋になっちゃうんだから」

 

 

ξ

 

 

 夜が明ける。

 

 太陽が昇り、外の気温が瞬く間に致命的な温度へと跳ね上がっているのだ。

 

 極度の疲労と熱で、視界がぐにゃりと歪む。

 残されたぬるいエナジードリンクを胃に流し込み、無理やり意識を繋ぎ止める。

 胃液がせり上がり、頭蓋骨の内側をハンマーで叩かれているような激痛が走る。

 

 誰かが嘘をついている。

 

 矛盾した記憶を語り、息継ぎをせずに子守唄を歌い、異常なほど清潔な身体を持つ女。

 骨格が歪み、狂気的な詩を喚き散らしながら絶望に浸る手足の長い男。

 死を恐れず、人間としての生存本能が完全に欠落している宗教家。

 この世界で生き残れるはずのない、死を理解せず死の処理を語る子供の女。

 

 全員が怪しい。

 全員が、人間ではない『何か』に見える。

 

 ——保管庫から、ショットガンを取り出す。

 

 重く、冷たい鉄の感触だけが、唯一の現実だ。

 銃を取り出した瞬間、四人の視線が一斉にこちらに向けられる。

 女の怯えた目。

 男の諦観した目。

 宗教家の慈悲の目。

 子供の虚ろな目。

 

 テレビのノイズが微かに響く中、生存のための『処理』を実行しなければならない。

 

 引き金に指をかける。

 熱気が喉を焼き、頭痛が限界を超えている。

 太陽が昇り切るまで、あとわずか。

 誰の頭に、銃口を向けるべきか。

 

 

 ——はたまた、自分の頭にでも撃つか?

 

 

■ ■ ■

 

 

 室内の温度計が、ガラスを割らんばかりに赤い水銀柱を押し上げている。

 夜明けの気配が、分厚いカーテンの向こう側で這い回るように近づいていた。

 手元のショットガンの重量が、ひどく現実味を帯びて両腕の筋肉をきしませる。

 

 この密室の中に、人間を装った化け物がいる。

 

 確率は四分の一。

 あるいは四分の二。

 最悪の場合は、四人すべてが『来訪者』という可能性すらある。

 

 ——銃口をゆっくりと持ち上げ、まずは壁際で子供を抱きしめている女へと向ける。

 

 銃身が空気を裂く微かな音に反応し、女がビクッと肩を震わせた。

 彼女は子供を庇うように背中に隠し、怯えた瞳でこちらを見上げる。

 異常なまでに清潔な肌。

 泥の塗り方が計算されたような頬。

 そして、先ほどの明白な『矛盾』。

 

 ——無言のまま、銃口を女の眉間から数センチの距離まで近づける。

 

 女の喉が、引き攣ったように動いた。

 

「どうして……どうして私に銃を向けるの? 私は人間よ。お願い、信じて」

 

 ——銃身で彼女の肩を突き、問い詰める。

 

 お前は先ほど『妹が引き裂かれた』と言った。

 だがつい先ほどは『一人っ子だ』と言った。

 

 銃の切っ先で矛盾を抉り出す。

 女は一瞬、きょとんとした表情を浮かべ、やがて顔を青ざめさせた。

 

「あ……ああ、それは……違うの。違うのよ。血は、繋がっていないわ」

 

 女は早口で捲し立てる。

 パニックに陥った人間のようにも、エラーを起こした『異物』が言い訳をしているようにも見える。

 

「あの子は……同じ店で働いていた子なの。太陽が狂う前、私たちは地下の……その、男の人たちの相手をする店で一緒に働いていたの。家族なんていなかった私にとって、あの子は本当の妹みたいだった。だから……」

 

 言葉のつじつまは合う。

 だが、その『設定』はあまりにも出来すぎている。

 娼婦であれば、この異常な清潔さにも説明がつくかもしれない。

 逃げ出す直前まで、地下の安全な場所でシャワーを浴びる特権があったのだとすれば。

 

 ——さらに銃口を押し付け、先ほどの『子守唄』について追及する。

 なぜ息継ぎをしなかったのか、と。

 

「息継ぎ……?」

 

 女は混乱したように目を瞬かせた。

 その瞳孔が、恐怖で極限まで収縮している。

 

「息なんて……わからない。ただ、怖くて……呼吸をするのを忘れていたの。昔からそうなの。パニックになると、息の仕方がわからなくなる。昔、店で……首を絞められながら歌わされたことがあって……その時から、息を止めたまま声を出す癖が……」

 

 震える手で、女は自身の細い首筋を掻き毟った。

 そこには、確かに古い痣のようなものが微かに残っている。

 

 トラウマによる過呼吸と、解離症状。

 それが人間の生々しい傷跡なのか、来訪者が人間の記憶の残骸から拾い上げた『完璧な模倣』なのか。

 

 女の瞳からは大粒の涙が溢れ、それが清潔な頬を伝って落ちていく。

 

 来訪者は涙を流すのか?

 ニュースでは聞いたことない。

 だが、彼らは日々進化している。

 

 ——銃口を外し、次に手足の長い男へと向ける。

 

 男は壁に寄りかかり、虚空を見つめたまま乾いた笑い声を上げた。

 銃口が自身の心臓に向けられても、彼は逃げようともしない。

 

「俺か。いいぜ。やってくれ。どうせこの長い手足じゃ、棺桶にもまともに収まらねえからな。ゴミ袋の方が、丸めて詰め込める分、お似合いだ」

 

 ——男の異常な関節を銃床で小突く。

 

 骨格が歪んでいる。

 人間ではない証明だ。

 

 男は小突かれた腕をだらりと下げたまま、面倒くさそうに首を鳴らした。

 バキバキという、ひどく不健康な音が室内に響く。

 

「骨格? ああ、生まれつきさ。マルファンなんとかって医者は言ってたな。結合組織がどうのこうの。心臓もいつ破裂してもおかしくないってよ。ガキの頃は『クモ男』って呼ばれて石を投げられた。サーカスの見世物にはなれなかったがな」

 

 男は血の混じった唾を床に吐き捨てる。

 先天性の疾患。

 それがこの異常な手足の長さの理由だというのか。

 来訪者の模倣エラーではなく、彼が元からこの狂った世界に生まれた『奇形』であると。

 

「妻は……あんなに綺麗だった妻は、こんな化け物みたいな俺を愛してくれた。娘もだ。こんな不気味な長い手で抱きしめても、あの子は笑ってくれたんだ」

 

 男の充血した目から、濁った液体が流れ落ちる。

 涙というよりは、体液の漏出のように見えた。

 

「太陽が、全部焼いた。俺の目の前で。あの光が、二人をただの炭の塊に変えた。俺は、この長い手で二人を抱えようとした。だが、触れただけで灰になって崩れたよ。指の間から、俺の全部がこぼれ落ちた。……なあ、あんた」

 

 男はゆっくりと顔を上げ、銃口の奥にあるこちらの瞳を真っ直ぐに射抜いた。

 

「俺が化け物に見えるなら、とっとと引き金を引け。だがな、俺の中身はとうの昔に死んでる。お前が殺すのは、ただの抜け殻だ」

 

 彼の言葉には、死への恐怖がない。

 あるのは圧倒的な虚無と、世界への呪詛だけだ。

 

 それが、家族を失った人間の真実の姿なのか。

 それとも、人間の『絶望』という感情を学習した来訪者が、最も同情を引きやすいストーリーを再生しているだけなのか。

 

 ——銃を引く。

 

 男はただ、再び虚空を見つめて沈黙した。

 

 ——そのまま横に動き、宗教家に銃口を当てる。

 

 冷たい鉄の感触。

 だが、男は微動だにしない。

 ただただ、祈りの言葉を紡ぎ続けている。

 

「……大いなる光よ。我らの肉を焼き尽くし、魂を真なる空へと解き放ちたまえ。七つのサイレンは天使のラッパ。来訪者は神の御使い……」

 

 ——男の肩を蹴り飛ばして仰向けに転がす。

 

 宗教家は床に倒れ込んだが、その顔には恍惚とした笑みが浮かんでいた。

 額には銃身の形に赤く焼け焦げた痕がついている。

 

 痛覚がないのか。

 それとも、痛みを快楽に変換するほど脳が破壊されているのか。

 

「なぜ止めるのです。あなたのその手にある鉄の杖で、私に洗礼を授けてください。私は恐れません。死こそが、この腐りきった世界からの唯一の出口なのですから……」

 

 ——胸倉を掴み上げ、銃を喉元に突き立てる。

 

 無言の圧力をかけるが、その瞳はどこまでも澄み切っていた。

 狂気という名の濁りすらない、完全なる『信仰』。

 

「来訪者……。あなたは彼らを化け物と呼ぶ。人間の皮を被った悪魔だと。だが、考えてみなさい。太陽が狂う前、人間同士がどれだけ殺し合ったかを。どれだけ他者の皮を剥ぎ、嘘をつき、肉を貪ってきたかを。我々こそが化け物だったのです」

 

 宗教家の口から、カビと死臭が入り混じった息が吐き出される。

 

「来訪者は、我々の罪の鏡です。彼らが人間を完璧に模倣するのは、我々が『そういう生き物』だからに過ぎない。私は、彼らを受け入れた。神の試練として。だから、私は彼らに殺されることを望むのです。この薄汚れた人間の肉を脱ぎ捨てるために」

 

 カルトの教義。

 極限状態における精神の防衛機制。

 

 彼は狂っている。

 疑いようもなく狂っている。

 だが、その狂気は『人間ゆえの弱さ』から来ているのではないか。

 来訪者が、これほどまでに複雑で、哲学的な自己破壊の論理を構築できるはずがない。

 ……いや、本当にそうか?

 

 ——宗教家を床に放り投げる。

 

 彼は再び祈りの姿勢に戻った。

 

 ——最後に、立ち尽くす子供の女へと向き直る。

 

 子供は、首の取れた人形の胴体を、無表情のまま何度も床に打ち付けていた。

 

 ドン。ドン。ドン。

 

 そのリズムは、先ほど玄関のドアを叩いていた『何か』の音と酷似している。

 

 ——銃は下ろさず、子供の目の前にしゃがみ込む。

 

 子供は手を止め、焦点の合わないガラス玉のような瞳でこちらを見た。

 

「おじちゃん、お外、明るくなってきたね。太陽さんが、また怒る時間だ」

 

 無邪気な声。

 だが、その足元は悲惨だった。

 融解した靴のゴムと、爛れた足の裏の肉が癒着し、床に黒ずんだ血の足跡を残している。

 

 ——子供の足首を掴む。

 

 その瞬間、子供の口から「痛い!」という悲鳴が上がるのを期待した。

 痛覚があるなら、人間だろう。

 だが、子供は不思議そうに首を傾げただけだった。

 

「おじちゃんの手、冷たいね。私の足、あつあつでしょ? お外を歩いたから、お肉が焼けちゃったの」

 

 痛覚がない。

 いや、あまりの重度な火傷により、神経が完全に焼き切れてしまっているのか。

 あるいは、極度のショック状態による痛覚の遮断。

 

 ——どうやって夜を生き延びたのか。

 

 強く問いただす。

 外には来訪者が徘徊している。

 こんな小さな子供が、たった一人で見つからずにここまで辿り着けるはずがない。

 

「かくれんぼしてたの」

 

 子供は人形の綿をむしり取りながら答えた。

 

「青白い顔のお兄ちゃんたちが、いっぱいいたよ。みんな、赤いお水をいっぱい出してた。私はね、大きな鉄の箱の中に隠れてたの。とっても臭かったけど、じっとしてたの。そしたら、お兄ちゃんたち、どこかに行っちゃった」

 

 鉄の箱……ゴミ捨て場のダストボックス。

 そこに隠れて、息を殺して夜を明かした。

 来訪者は人間を探し出すが、腐敗臭のひどいゴミ箱の中であれば、匂いを誤魔化せたかもしれない。

 生存の論理としては成立する。

 

 ——だが、お前の両親はどうした。

 

「パパとママ?」

 

 子供は小首を傾げる。

 

「だから言ったでしょ。黒いゴミ袋に入って、遠いところへ行ったの。黄色い服を着たお兄さんたちが、いっぱい来たの。パパとママ、動かなくなっちゃったから、お兄さんたちが袋に入れて、トラックに乗せたの。だから私、一人でおるすばんしてたの」

 

 黄色い服を着たお兄さんたち。

 FEMAの防護服のことだろう。

 子供は、両親が殺され、袋に詰められる光景を目の前で見ていたのだ。

 

 

■ ■ ■

 

 

——【ルートA】不自然なほど清潔で、息継ぎのない子守唄を歌う女を処理する。

 

 

——【ルートB】異常な骨格を持ち、絶望の底で狂気を孕むおじさんを処理する。

 

 

——【ルートC】生存本能を喪失し、死の使者を歓迎する宗教家を処理する。

 

 

——【ルートD】現実を否認し、死者の記憶を語る子供の女を処理する。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

※ここから先は選択したルートのみお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

A

A

A

A

A

A

A

 

 

【ルートA】

 

 不自然なほど清潔で、息継ぎのない子守唄を歌う女を処理する。

 

 ——引き金を引く。

 

 轟音が密室に反響し、女の頭部が弾け飛んだ。

 

 熟れすぎた果実が破裂したかのように、壁一面にどす黒い赤がぶちまけられる。

 

 首から上を失った女の身体は、崩れ落ちるように床へと倒れ込んだ。

 

 真っ赤な血。

 温かく、鉄の匂いがする、人間の血液だ。

 

 彼女のポーチからは、血に濡れた古い写真がこぼれ落ちた。

 太陽が狂う前の青空の下で、彼女と、彼女にそっくりな小さな少女が笑い合っていた——。

 

 

(弾を込める)

 

 

A

A

A

A

A

A

A

 

 

■ ■ ■

 

 

B

B

B

B

B

B

B

 

 

【ルートB】

 

 異常な骨格を持ち、絶望の底で狂気を孕むおじさんを処理する。

 

 ——引き金を引く。

 

 鉛の弾丸が、手足の長い男の胸の中央を無慈悲にえぐり取った。

 

「がはっ……」

 

 というくぐもった音とともに、男の身体が壁に叩きつけられ、ずるずると床へ崩れ落ちる。

 

 彼はうつろな目で天井を見つめながら、その異常に長い腕を虚空へと伸ばした。

 

「……妻が、迎えに……きた……。太陽が……綺麗だ……」

 

 最期に浮かべたのは、ただ家族の幻影を見る安らかな笑顔だった——。

 

 

(弾を込める)

 

 

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■ ■ ■

 

 

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【ルートC】

 

 生存本能を喪失し、死の使者を歓迎する宗教家を処理する。

 

 ——引き金を引く。

 

 祈りを捧げていた宗教家の身体が、強烈な衝撃で大きく弾き飛ばされた。

 

 腹部を撃ち抜かれた彼は、ボロ布ごと肉をえぐられ、床に大量の血と臓物をぶちまける。

 

 光になることも天使の正体を現すこともなかった。

 ただ一人の、無力な老いた人間として、彼は自らの腸をかき集めながら激痛にのたうち回った。

 

「あ、あああ……光が……来る……神よ……どうか私をお迎えください…………」

 

 恍惚とした笑みで、その瞳から色を失った。

 『彼女』は、宗教家を間違いなく導いた——。

 

 

(弾を込める)

 

 

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■ ■ ■

 

 

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【ルートD】

 

 現実を否認し、死者の記憶を語る子供の女を処理する。

 

 ——引き金を引く。

 

 一瞬の閃光。

 

 爆音とともに、子供の小さな身体は紙切れのように宙を舞い、部屋の奥の壁へと叩きつけられた。

 

 千切れた片腕が床を転がり、大切そうに抱えていた人形の残骸が、血だまりの中にぼちゃりと落ちる。

 

 鉄のゴミ箱の中に身を潜め、悪臭にまみれながら夜の恐怖に一人で耐え抜き、やっとの思いでこの家の光を見つけた、ただの幼い少女。

 

 まるで眠るように、安らかな表情であった——。

 

 

(弾を込める)

 

 

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■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたは、人間でしたか?

 

 

 

 

【——はい】

 

 

【——いいえ】

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 そうだ。

 血の通った、脆く、愚かな人間だ。

 『彼ら』のように、無機質に命を刈り取る冷徹な化け物ではない。

 

 恐怖に震え、猜疑心に脳を焼かれ、生き残りたいという浅ましい本能のままに、無実の同胞の命を理不尽に奪い去った『人間』である。

 

 きっと彼らの目には、銃を構え、血に染まったこの姿こそが、地獄から這い出てきた恐ろしい怪物として映っていたことだろう。

 

 だが、違う。

 化け物などではない。

 

 極限状態において、己の命を守るために狂気にすがりついた、あまりにもありふれた人間の姿だ。

 

 分厚いカーテンの向こうで、無情な太陽が世界を焼き焦がし始めている。

 

 床に広がる温かい血の匂いと、肺にへばりつくような硝煙の臭い。

 焼け付くような喉の渇きと、胃袋をドロドロに溶かすような激しい罪悪感。

 震える指先から伝わるそのすべてが、完璧な擬態などではない、生身の人間であることの決定的な証明。

 

 ゆえに、あなたは来訪者ではない。

 

 

 人間という名の、最も哀れで、恐ろしい獣である。

 

—END?—




あなたは本当に人間だろうか?

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