地下二階の大広間に再び戻ってきたテューレ一行は、最後の魔法陣が白く光っていることに気づく。
「地、火、風と来て、水なら青い色になるはずなのに……どうして白く光ってるの?」
不安げに呟くテューレ。その腰はいつものように引けている。その様子を見守っていたミーアは、肩をすくめて軽く笑い飛ばした。
「でも、さっきのこともあるからね。色は気にせず飛び込むしかないわよ。もしもウンディーネなら、私には対抗策はいくらでもあるわ」
その自信たっぷりな言葉に、ラトーナも明るく頷く。
「そうだよ、テューレ様! いざとなっても、私には精霊を抑え込むサプレスエレメンタルがあるから、大丈夫!」
「……そうよね。考えても始まらないわよね。みんな、覚悟はいい?」
テューレがようやく腹を括ると、一行は白い魔法陣のテレポーターへと次々に飛び込んでいった。
その先の部屋で、彼らはとんでもないものを目にする。部屋の中央には鎧兜に身を包み、槍を携えた女性の彫像が鎮座し、その周囲には八本の槍が突き刺さっていた。そして、彫像の足元には冒険者と思われる一人の人間が倒れており、生きているのか死んでいるのか、その生死すらも判然としない。
思わず走り寄ろうとするラトーナを、珍しくテューレが制止した。
「だめよ、軽挙妄動は慎んで」
テューレの鋭い指摘に、ラトーナは足を止める。レオンはラトーナの肩を軽く叩くと、自分の考えを述べた。
「テューレの言う通りだ。一見生き倒れに見えるが、死んだふりをしているだけかもしれない。それに、軽率に触れば何かの魔法が発動する罠かもしれないからな。まずは精霊力を探ってくれ、ミーア」
「ええ、わかったわ」
ミーアは頷き、センスオーラで精霊力を探り始める。
「……前方の倒れている人物に、生命の精霊力は感じない。つまり、本当に死体だわ。そして……水の精霊力も感じない」
ミーアの言葉にフィランヌも頷く。
「ノームの部屋は土が露出していたのに、この部屋は水びたしになっていない。それがそもそも気に入らないわね」
ミーアは彫像に集中する。その眼差しは、これまでの精霊たちに対峙する時よりもずっと鋭い。
「あれはウンディーネの姿形じゃないわ。バルキリー……勇気の精神を司る精霊だと思う」
レオンが「強いのか?」と聞くと、ミーアは引きつった表情で答えた。
「回避不能、絶対に命中するという強力な
ラトーナが青ざめて問う。
「じゃあ、精霊を抑え込むサプレスエレメンタルは効かないの!?」
ミーアは無念そうに首を振った。
「残念だけど、バルキリーは四大精霊ではないの。彼女は勇気の精神を司る精霊で、地・水・火・風といった属性とは根本的に領域が異なるのよ。だからラトーナのサプレスエレメンタルでも、その存在を抑え込むことはできないわ」
ドルドムントが槍の数を見つめ、溜息をつく。
「槍の数は八本……。六人全員で一斉に突っ込んで、狙いを分散させるしかありませんな。容易ならぬ戦いになるのは間違いなさそうです」
その事実に、一行の間に緊張が走る。テューレはガクガクと音を立てそうなほどに膝を震わせ(魔法のブーツの効果により音は出なかったが)、タワーシールドを握り直す掌には脂汗が滲んでいた。呼吸は浅く、心臓が早鐘のように胸を叩く。死の予感に喉が引きつる中、彼はすがるような目で隣のミーアを見上げた。
「……ミーア、あたし、もう足がすくんで動けないわ……。お願い、いつものように号令をかけてちょうだい。このままじゃ、恐怖でどうにかなっちゃいそうよ……」
テューレの哀願に、ミーアは強い口調で言った。
「いいえ。ここはあなたが号令して。仮ではない、このパーティのリーダーとして」
ミーアの厳しい言葉に、テューレはハッと息を呑んだ。震えていた膝が不思議と止まり、テューレは男としての矜持を奮い立たせ、自分の役割を改めて認識した。だが、まだその瞳には迷いがあった。そんなテューレに、仲間たちが次々と声をかける。
ラトーナはテューレの盾をぎゅっと握りしめると、真っ直ぐに瞳を見つめて言った。
「テューレ様、貴方のシールドがあるからこそ、私たちは前へ出られるんです」
レオンは不器用に視線を逸らしながら、テューレに向かってボソリと呟いた。
「……俺は、あんたが前を向くなら、その背中を守る。それだけでいい」
ドルドムントはカチカチと顎を鳴らして笑うと、重厚な声で言った。
「さあ、テューレ殿。皆の『命』を預かって導く……まさに、リーダーの『采配』は欠かせませんな。この戦い、冷や汗を流すのは『アリ』かもしれんが、ここで引き下がるのは『ナシ』ですぞ」
フィランヌはそっとテューレの背中を押し、短くも確かな言葉を投げた。
「アンタならやれるわ。自信を持ちなさい」
仲間たちの言葉が、テューレの中で熱い塊となって溶け込んでいく。
テューレは一度だけ深呼吸した。
震えていた指先が止まる。
タワーシールドを握る腕に、自然と力が戻っていく。
「……みんな。」
その声には、もう先ほどまでの怯えはなかった。
「みんな、いくわよ……! あたしの背中に続いてちょうだい!」
テューレの号令に導かれ、一行は運命を決する突撃を敢行した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
火・土・風と攻略してきた四つの試練も、いよいよ最後の一つです。
「次は水だろう」と思っていたテューレたちを待っていたのは、予想を裏切る白い魔法陣。
そして現れたのは、水の精霊ウンディーネではなく――勇気を司る精霊・バルキリーでした。
これまでの試練は知恵や属性の相性で突破できましたが、最後に問われるのは「恐怖に立ち向かう勇気」。
仲間たちに支えられながら、テューレは初めて「借金で縛られた盾役」ではなく、一人のリーダーとして号令を下すことになります。
果たして六人は、この迷宮最大の試練を乗り越えられるのでしょうか。
第4の試練の文量がすさまじく長くなりすぎたので、今回はここでいったん筆を置かせていただきます。
では、第12話の「試練の間Ⅳ(後編)」、バルキリーとの決戦をお楽しみに!