迷宮伝説クリスタニア   作:Wiilinton

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前回のあらすじ:どう言葉を飾ってもセコイ目的(借金返済)のために、テューレを全力で支援しなくちゃいけない、かわいそうな神様のお話。


セッション13:真実という名の毒

1. 地下二階

 

戦闘の余韻が冷めやらぬ「最後の魔法陣内の部屋」で、冒険者たちは荒い息を整えていた。フィランヌは崩れ落ちたラトーナの傍らに膝をつくと、自らの精神力を分け与えるべく、そっとその額に手を置いた。慈愛に満ちた聖女の祈りが、ラトーナの枯渇しかけた魔力を満たしていく。

やがて、ラトーナの睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれた。視界が戻り、フィランヌの心配そうな顔が映る。しかし、ラトーナの心に去来したのは感謝ではなく、先ほどの光景――テューレがフィランヌを守るために見せた、不器用なほど一途な念への強い嫉妬だった。

「……あなたのせいで、テューレ様が死にかけたんですよ。分かってます?」

ラトーナの口から漏れたのは、弱々しくも刺々しい毒だった。フィランヌは弁解の言葉を言いかけたが、それを飲み込み、ただ困ったように眉を下げ、静かに頷くことしかできなかった。

一方、その傍らで、残る四人はこの部屋に入った時に最初に見つけた不審な死体を囲んでいた。

「さて、こいつをどうするかな?」

レオンがそう呟くと、ミーアが即座に提案する。

「とりあえず起こして調べてみましょう。何か手掛かりがあるかもしれないわ」

「それはいいとして、誰がやるのよ?」

テューレが眉をひそめて問いかけると、ミーアが意地悪く微笑んで返した。

「やはり、こういう泥を被る役目はリーダーが率先して引き受けるべきよね?」

テューレはため息をつきながら、死体の襟元に手を伸ばした。

「リーダーになったからって、やらされることは結局変わらないじゃないのよ……」

テューレが死体を起こそうと手を触れたその瞬間、唐突に空間が歪んだ。迷宮の呪縛か、あるいは強制的な排除か。周囲の景色が激しく回転し、視界が白く染まる。

 

彼らが次の瞬間に見たのは、地下二階の元の広間であった。それだけではない。広間の中央には、先ほどまでは存在しなかった巨大な魔法陣が青白い光を放ち、まるでここが先へ進む扉だと言わんばかりに輝いていた。死体も、抱え上げたテューレと一緒に転送されてきている。テューレが死体を掴んでいたため、帰還に巻き込まれたようだった。

「あれが先に続く道のようだが……」

レオンが広間の中央に出現した魔法陣を見据え、次いで足元の死体に視線を落とす。彼は皆を見回すと、静かに告げた。

「まずは、この死体を調べよう」

「賛成よ。この死体が何者で、なぜこんな場所で死んでいるのか。その得体の知れない正体を知らないまま進むなんてごめんだわ」

ミーアが即座に応じ、テューレは顔をしかめながらも、死体の襟元を掴んだまま小さく溜息をついた。

「……やるしかないわね。この先に何が待ち受けているかを知るための、唯一の手掛かりなんだから」

そこで、ドルドムントが死体の傍らに跪き、慣れた手つきで衣服の端を確認し始めた。その直後、違和感の正体に気づいた彼は、低く呟いた。

「……明かりを持っていませんぞ」

「夜目の効くビーストマスターなのでは?」

レオンの問いかけに、ドルドムントは首を横に振る。

「そうだとしても、明かりを用意すれば済む話。神獣の奇跡をそんな無駄な使い方はしない」

その時、傍らで様子を見守っていたフィランヌが、死体の首元に目を留めた。彼女はそっと手を伸ばし、死体が身につけているペンダントを指先で拾い上げた。

「……これ、見たことがあるわ。蟻人たちの新たな新天地を求めて南クリスタニアを旅していたとき、海蛇の神獣の従者が身につけているのを見たことがある」

「……海蛇、なの?」

ミーアが興味深げに覗き込み、問いかける。

「ねえ、フィランヌ。そいつらは夜目が利くような連中だったのかしら?」

フィランヌはペンダントをじっと見つめながら、静かに首を振った。

「いいえ。海蛇だから水中活動には長けていたけれど、暗闇で目が見えるような特性はなかったはずよ」

フィランヌの言葉を聞き終え、ドルドムントが立ち上がる。

「ならば結論は一つですな」

レオンが鋭い声で切り出す。

「ああ。我々がドルドムント殿に頼んでいるように、明かりは連れの他のパーティメンバーに持たせていたんだ」

テューレが眉をひそめて尋ねる。

「どういうことよ? それが何に関係するの?」

レオンは死体を見下ろし、淡々と説明する。

「つまり、この死体にはまだ仲間の生き残りがいて、そいつらはあのバルキリーの猛攻を切り抜けて、先へ進んだ可能性があるということだ」

ラトーナがふと、素朴な疑問を口にした。

「なら、どうして仲間の人たちは、この人をあそこに置きっぱなしにしたのかなあ?」

その純真な問いかけに、レオンは言い知れぬ不快感を覚えた。まるで、利害のみで結びついた者たちの薄情さを指摘され、自分までもが断罪されたかのような気分だった。

「……利害だけで結びついた連中は、迷宮探索者のなかにはいくらでもいるんだよ」

自嘲気味に吐き捨てたレオンの言葉は、重く冷たくその場に沈んだ。

 

 

2. 地下三階

 

舞台はさらに深い、地下三階。薄暗い回廊を、五人の男女が静かに進んでいた。先頭をゆくリーダーの男は、周囲の気配を確かめるように一度だけ足を止め、氷のような冷ややかな声で短く呟いた。

「カスモドの失策は、計算外だったな」

その言葉には怒りというよりも、予定調和を崩されたことへの純粋な不快感が滲んでいた。傍らに控えるダークエルフの精霊使い、メルヴィーが、無機質な眼差しを前方へ向けたまま応じる。

「あれはウンディーネではないと、警告はしたはずよ」

「……ああ。警告は正しかった」

男は短い返答と共にまた足を動かし始めた。

「あいつは海蛇の神獣に仕えていたからな。例えウンディーネが口の中に飛び込んで窒息させようとしても平気だから、迂闊に近づいてしまったんだろうよ」

ハヤブサのビーストマスター、ファルクがそう推測したが、男はそれには答えず、ただ淡々と視線を迷宮の奥へ向け、歩き続けるだけだった。

サソリのビーストマスターであるクライシが、男の背中を見つめながら慎重に言葉を継ぐ。

「カスモドの犠牲は痛かったが、あの仕掛けを突破出来る他のパーティはいないだろう。ここまで来ている時点で、俺たちの勝ちは確定したのでは? 」

男は歩調を緩めることはなかったが、その瞳の奥には、彼に似つかわしくない微かな焦燥と、それ以上に深い何かが渦巻いており、背後の四人は言葉を飲み込んだ。

「……どうだかな」

男の呟きが迷宮の闇に吸い込まれ、一行を再び重苦しい静寂が包み込む。かつてない不穏な予感が、地下三階の凍てつくような空気の中に静かに漂っていた。

 

 

3. 地下二階の広間

 

舞台は再び、地下二階の広間。先ほどの魔法陣の傍らに留まっていたテューレたちは、重苦しい沈黙の中で顔を見合わせていた。

「……つまり、この死体の仲間たちは、我々よりも先にあのバルキリーを退け、先へ進んだということよね」

テューレが力なく呟く。その言葉は、その場にいる全員の背筋に冷たいものを走らせた。

「もしも、彼らがそのまま迷宮をクリアしてしまったら、どうなるのかしら」

ミーアの問いかけに、レオンは深い溜息をついてから口を開いた。

「神獣モスコスが己の従者たちに説くのは『人生とは挑戦の連続であり、それを体現するものが迷宮である』ということだそうだ」

レオンは皆を見回し、諭すように続けた。

「モスコスに仕える従者たちは自らの迷宮に挑戦者を欲し、そして挑戦者が彼らの求める答え……つまり『人生とは何なのか』という問いに対する答えを持ってくることを期待している。つまり、前のパーティが迷宮の主――DMの望みを叶えてしまえば、二番手以降は用済みとなるのだ。最悪の場合、報酬など一切得られない可能性すらあるぞ」

「そんなの、困るわよ! 大金を一気に稼げる、数少ない唯一の望みだったのにぃ!」

テューレが抗議の声を上げる。悔しげに拳を握りしめるテューレに、ドルドムントが真面目な顔で頷き、おもむろに口を開いた。

「ですが、無理に追いつこうとして我々が全滅しては、元利も利息もあったものじゃありませんぞ」

静寂が走った。ミーアが瞬きし、テューレが言葉を失う。

「……ドルドムント、それを言うなら『元も子も』じゃないの?」

ラトーナが呆れを通り越したような冷たい視線をドルドムントに突き刺した。

ドルドムントは気まずそうに咳払いをする。

「……む。とにかく、焦りは禁物ですな」

「……そうね。何とか先行者たちに追いつく、いい手段がないか考えましょうか」

六人の間に、再び緊張感のある結束が生まれた。先行者の影を追う焦燥感は消えぬものの、それすらも迷宮を攻略するための糧として利用せんとする覚悟が彼らにはあった。テューレたちは、未知の罠と脅威が潜む地下三階への深淵へと、自らの足で確かな一歩を踏み出していった。

 




第13話をお読みいただき、ありがとうございます! 地下二階の死闘を終えた一行を待ち受けていたのは、報酬の山ではなく、冷たい「死体」と「先行者の足音」でした。
そして、ラトーナの嫉妬。 フィランヌに助けられながらも、彼女に鋭い言葉を投げかけてしまうラトーナ。第12話でのテューレの覚醒が、皮肉にも彼女の中に「自分では入り込めない二人の絆」への強い嫉妬を呼び起こしてしまいました。 聖女フィランヌがその毒を黙って受け止めるシーンは、テューレを巡る複雑な関係性を象徴しています。

さて、この時点でだいたい構想の1/3まで進みました。残り2/3のストーリーで、テューレが、フィランヌが、そしてラトーナがどう歩んでいくのか。どうか最後までお付き合いいただければ、幸いです。
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