迷宮伝説クリスタニア   作:Wiilinton

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前回のあらすじ:フィランヌは、レジェンドの魔法をかけてテューレの下を去るのだった。


セッション19:偽りの深淵、そして影の告白

地下五階の最奥部、不気味な静寂を切り裂いて、玉座に座る小男が甲高い声で笑い声を上げた。

「ヒヒッ...... おめでとう諸君!見事、この『モスコスの大迷宮』を制覇したな!」

自らを迷宮の主 ――DM(ダンジョン・マスター)と名乗るその男は、一段高い壇上からスカウトの男が率いる面々を見下ろし、尊大に両腕を広げた。その背後には、重厚な石造りの扉が鎮座している。

「さあ、勇者たちよ。最後の試練に向かう扉はコチラだ。この先には、君たちが夢にまで見た『栄光の道』が待っているぞ!」

小男が芝居がかった手付きで後ろの扉を引いて開くと、中からは神々しいまでの光が漏れ出してきた。テューレー行が呆然とその光景を見つめる中、ライバルパーティのリーダーである男は、感情の読めない無機質な瞳で小男を見据えた。

「栄光の道、か」

リーダーの男は、一歩、また一歩と壇上へ歩み寄る。そのすぐ後ろには、先ほど移籍を受け入れたばかりのフィランヌが、怜悧な表情で控えていた。

「そんなに素晴らしい場所なら、まずは案内役であるお前が最初に入ってみせろ」

「え......? いや、私はあくまで主であって、入るのは君たち――」

小男の言葉が終わるより早く、リーダーの男が猛然と踏み込んだ。一切の躊躇(ちゅうちょ)なく放たれたタックルが小男の胴体を捉え、その矮小な身体を大きく通路の中へと吹き飛ばした。

「ぎゃっ!?」

小男がよろめきながら光の向こう側へと転がり込んだ刹那―――バタンッ!と、重厚な扉が生き物のように動いて自動的に閉ざされた。

直後、密閉された空間から、この世のものとは思えないほど凄惨な断末魔の悲鳴が響き渡った。

「ぎ...... ぎゃあああああっ! 熱い、熱いいいいっ!!」

扉の隙間から立ち込める煙と、肉の焼ける異臭。やがて悲鳴は震えを伴う呻き声へと変わり、それも数秒で絶えた。そして、カチリ、と何かの機構が戻る音が響くと、扉が再びゆっくりと開かれていく。その間から黒く焼け焦げた塊が、支えを失ったようにドサリとこちら側へ転がり落ちてきた。

「ひ、ひえぇっ!? 嘘でしょ、DMが自分の迷宮の罠で死んじゃったの!?」

テューレがガタガタと震えながら叫ぶと、敵陣営の中に立つフィランヌが、心底呆れたように冷ややかな視線を投げた。

「アンタねぇ…… つまり、こいつはDMのふりをした『偽物』だったってことよ」

「に、偽物お......!?」

フィランヌの言葉に、リーダーの男がニヤリと口角を上げた。

「やはり君は気づいていたか、フィランヌ。この欺瞞を即座に見抜くとは、流石はラーダの神官だ。......そこの愚鈍な男の下にいるより、我々のパーティに属することになって正解というものだ」

「ま、愚鈍なのは認めるけどね――」

フィランヌの無慈悲な同意に、テューレはいつものように「ちょっ、認めないでよぅ!」と言い返そうとした……が、その声は喉の奥で力なく萎んでいった。

今の自分に、もはや別のパーティの人間となった彼女に対して、何か文句言える権利などあるだろうか。自らを「人質」として敵に差し出し、自分たちの命を救った彼女との間には、今や物理的な距離以上の、絶望的な隔たりが横たわっていた。

リーダーの男は炭化した死体を無視し、小男が座っていた玉座の裏側を入念に調べ始めた。彼がある装飾を強く押し込むと、ゴゴゴ......という重低音と共に巨大な玉座がスライドし、その下から地下六階へと続く「真の深淵への階段」が姿を現した。

「......行くぞ」

リーダーの男の合図で、神獣の従者たちが次々と暗闇の先へと消えていく。

その途上、ダークエルフの精霊使いメルヴィーが後ろを振り返り、ドルドムントに対して真っ直ぐに一瞥をくれた。共に「差別檻」に落され、対話の果てに異なる道を選んだ二人の視線が交錯する。そこには言葉にならない奇妙な連帯感と、そして、それぞれが決して相容れぬ道を進んだことへの悔恨が入り混じっていたが、メルヴィーはすぐに視線を逸らし、闇の中へと消えていった。

メルヴィーの後に、フィランヌが階段へと足をかけた。彼女はそのままテューレたちの方を振り返ることはなく、金髪の美しい背中が、奈落の闇へと吸い込まれるように消えていった。

最後に残ったリーダーの男が、階段に足をかける直前に足を止め、取り残された5人を振り返った。

「この後すぐに追ってこられても面倒だ。......半日ばかり、ここで頭を冷やしてもらうぞ。タレント発動、『 認識阻害(ミスディレクション)』」

男が指を鳴らした瞬間、テューレたち周囲の空間が微かに歪んだ。

「なっ......!?」

レオンが長剣を抜き、男を追走しようと駆け出した。しかし、男が王座の下へと消えた直後、信じられないことが起きた。

「そんなバカな......! 俺はさっき、あの玉座の下に奴らが消えたのを見たばかりだぞ!?」

レオンが玉座へ近付こうとするたび、その巨大な物体は視界の端へと滑り込み、手を伸ばそうとすれば、まるで蜃気楼のようにそこから「消えて」しまうのだ。この部屋に入ってきた後ろのドアも同様だった。出口を「認識」することができないため、物理的に辿り着くことが叶わない。

「どうやら、あいつが言った通り半日はここで迷子にさせられるようだな」

レオンが忌々しげに呟くと、ミーアが不安そうに周囲を見回した。

「しかしこんなタレント能力って聞いたことある?」

その問いに全員が顔を見合わせ、思考を巡らせたが、神獣の民であるドルドムントやラトーナも含めて、誰もが皆目見当もつかないようだった。

「クソッ、ここで半日も足止めを食らわざるを得ないのか......!」

レオンが壁に拳を叩きつけ、激しい焦燥を露わにする。迷宮の先へ進もうとすることの、その異常なまでの執着心に、それまで黙って様子を見ていたミーアが、静かに彼に歩み寄った。

「ねえ、レオン。...... どうしてそんなにカリカリするの? 普段の冷静なあなたらしくないわね。そろそろ、私たちみんなに理由を教えてくれてもいいんじゃない? あなたがなぜ、これほどまでにこの迷宮の最深部に執着しているのかを」

ミーアの問いに、レオンは荒い呼吸を整え、重く閉ざしていた唇をゆっくりと開いた。

「......そうだな。頃合いだな。君たちには話しておくべきだろう。俺がなぜ、これほどまでにこの迷宮の深淵を目指すのかを」

松明の火を囲み、レオンは静かに、しかし澱みなく自らの血塗られた過去を語り始めた。

「俺の父は、スループ王国の誇り高き騎士だった。代々王家に仕える、それなりに名のある家系だ。十年前の俺は、世間知らずのただの『お坊ちゃん』だったよ。剣を振るうのも、将来騎士となって名誉の世界で生きるため、あるいは騎士見習いでも参加できる華やかな御前試合のため。本当の死線の味など、何一つ知らなかった」

レオンの瞳の中に、遠い日の黄金色の記憶が揺れる。

「だが、すべては十年前、父がスループの郊外に作られた迷宮の調査隊に加わった時に変わった。......父は迷宮の深淵から戻らなかった。それだけなら、冒険者の不運な死で済んだことだろう。だが、その後第二陣として迷宮に赴いた騎士たちは、その最奥部で父以外の騎士たちの死体と、老人の死体と、そして父の血だらけになった鎧を発見した。老人についてはおそらくモスコスのビーストマスターで、その迷宮のDMだと考えられた。しかしDMを倒したのだとすると、父はどこに行ったのか?単純に怪物に食われたとも考えられる状況だったが、DMが蓄えていたと思われる財宝がないことが、ある疑惑を生んだ。つまり俺の父はDMを倒したあと、仲間の騎士が皆死んでしまったことを良いことに、財宝を盗んで持ち逃げした、とな」

「そんな......!」

ラトーナが声を漏らす。

「家は一瞬にして零落した。不名誉な死、そして汚名。残された俺と母は、かつての仲間からも石を投げられ、騎士階級を剥奪された。誇りも、家名も、帰る場所も、すべてを奪われたのだ」

レオンは自らの手をじっと見つめた。

「そこから先は、地獄だったよ。お坊ちゃんだった俺が生き延びるために辿り著いたのは、光の届かない裏街だ。そこで俺は、生きるために文字通り『泥水の味』を覚えた。他人の親切は裏切りの前触れであり、笑顔は財布を盗むための罠だ。人を信じるな、己の剣だけを信じろ――それが、俺が裏街で学んだ唯一にして絶対の教訓だ」

ふっと自嘲気味に息を漏らし、言葉を続ける。

「俺のこの陰気で生真面目な性格も、その過程で、一瞬の油断も許されない環境に適応しようとした結果、出来上がった歪みなのさ。他人に心を許す方法を忘れたしまったんだ」

レオンはいったん言葉を切って、ぐるりと皆の顔を見回した。しかし、一同はレオンが語り始めた衝撃的な過去に言葉が出ないようだった。そこでレオンは続きを語ることにした。

「しかし俺は、あの誇り高かった父が、俺や母を見捨て、そのような盗賊の真似事をしたとはどうしても信じられなかった。だから、俺は裏街での用心棒の仕事の傍ら、迷宮について学ぶことを始めた」

「......だから、あんなに迷宮探索の知識に詳しかったのね」

ミーアの言葉に、レオンは短く頷いた。

「ああ。なぜなら俺は一つの仮説を立てていたからだ。父が消えたあの場で何が起こったか、他ならぬモスコスだけは全てを知っているはずだとな。しかし、牛の神獣モスコスは謎の存在だ。モスコスのいる場所はおろか、モスコスに従う部族の村があるのか、あるのならどこにあるのかすら、何も知られていないのが現状だ。我々とモスコスを繋ぐ線は一つだけ、つまり、モスコスの従者が迷宮を作って、冒険者に挑戦してくるという点にある。俺はモスコスの従者が作った迷宮を片っ端から攻略していけば、いつか神獣モスコスに行き当たるのではないかと考えたのだ」

熱っぽく語る男の横顔を、ミーアはじっと見つめていた。

「そして父の『不名誉な死』から十年が過ぎたある日、俺が寝ていた時に頭の中に何者かの声が響いた。『我はモスコスに侍る族長なり。我が作りし大迷宮に挑む者を求める。我と思わんものは南クリスタニア、モスコスの蹄跡の先にある山に来たれ。この迷宮を制覇した者は、あらゆる望みが叶うであろう』とな」

ラトーナが首を傾げた。

「夢の導き……モスコスのビーストマスターには、そういうタレントがあるのかしら?」

「ああ。俺が読んだ迷宮に関する伝承にも、同じようなことが書いてあった。迷宮の主・ミノタウロスは、挑戦者となりうる複数の者に直接夢で語りかけることがある、と。そこで俺は、南クリスタニアに向かうことを決めた」

「そして、あの酒場であたしたちを見つけた――?」

ミーアの問いに、レオンは頷く。

「その通り。そこから先は、君たちも知ってる通りだ。この迷宮を制覇すれば『あらゆる望みが叶う』とのことだが、俺の望みは大金ではない。失われた父の名誉を晴らすための『証拠』だ」

レオンの声に、静かな決意と執念が宿る。

「だから俺は、何としても最奥へ行かねばならない。たとえ敵が神獣の従者であろうと、迷宮の主そのものであろうと、父の汚名を晴らすまでは、俺は退くわけにはいかないのだ」

レオンは一度言葉を切り、テューレたち一人ひとりの顔を見た。

「...... 正直に言おう。最初、君たちと組んだ時は、伝説の英雄の力を利用するつもりだった。しかし、あの安息所でテューレ、君と話した時に伝えたことは本心だ。本当に高潔な英雄ばかりのパーティなら、俺のような、憎しみと汚名に塗れた薄汚れた男にこれほど信頼を預けてはくれなかっただろう。君たちの、時に抜けていて、けれど温かい態度は......俺にとって、唯一の救いだった」

レオンの不器用な感謝の言葉に、ラトーナは静かに俯き、ドルドムントは誇らしげに胸を張った。ミーアは、彼の瞳の中に、かつて自分たちの過失によって不幸に陥れた「レスリー」の面影を改めて強く重ねていた。

「さあ......話は終わりだ。これから半日、ミスディレクションが解けるまで、俺たちはここで待つしかない。だが、これはただの足止めではない。地下六階...... 真の深淵へ向かうための、最後の休息だ。全員、しっかり休んでおこう」

その言葉にそれぞれのやり方で頷き、あるいは手を挙げて同調する一同。

しかし、ただ一人、ポツリと陰気な声で呟く者がいた。

「そう……でも、あたしは行かないわよ。レオン、残念だけどこれでお別れね」

レオンはその言葉を発した者の顔を見、そして愕然とした。なぜならそれは、彼が救いをもらったと話したテューレその人であったからだ。




今回は、剣士レオンの過去と、彼がこの「モスコスの大迷宮」を目指した本当の理由が明かされる回となりました。
父に着せられた汚名、裏街で味わった泥水の味、そして夢で聴いた神獣モスコスの導き――。
これまで一見生真面目で頑固に見えた彼の行動の裏には、10年間たった一人で抱え続けてきた壮絶な執念がありました。彼がテューレたちの「抜けつつも温かい空気」に救われていたと告白するシーンは、彼らにとっても、そしてレオン自身にとっても大きな救いとなったはずです。

……しかし! 最後にテューレから飛び出したまさかの言葉。
「あたしは行かないわよ。レオン、残念だけどこれでお別れね」

パーティの命運と、それぞれの絆が試される次回、第20話も、ぜひ楽しみにお待ちいただけますと幸いです!
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