迷宮伝説クリスタニア   作:Wiilinton

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前回のあらすじ:10万ゴールドを焦げ付かせた哀れな債務者が、ドS神官の下僕となった。


セッション2:影ある剣士の迷宮への招待

ラトーナの胸に宿る小さな嫉妬の暗い影。それを打ち払うかのように、酒場の入り口が再び開いた。

そのドアを開けた男が足を踏み入れたとき、店内の喧騒は一瞬だけ波打った。だが、先ほどフィランヌが登場した時のような「息をのむような静寂」は訪れなかった。男は確かに端正な顔立ちをしていたが、フィランヌの神々しいまでの美貌に比べれば、冒険者たちの興味を惹きつけるには少々物足りなかったのだろう。野卑な男たちは「なんだ、ただの野郎か」と肩をすくめ、騒がしい歓談をすぐに再開させた。彼らにとって、その男は数多いる「少しばかり背筋の伸びた流れの剣士」のひとりに過ぎなかったのだ。

だが――テューレたちのテーブルは違った。 男が歩を進めるごとに、酒場の空気が微かに変質していく。ただの酔っ払いの群れとは異なる、研ぎ澄まされた刃のような殺気。無造作な足取りに隠された、獲物を狙う獣が無意識に行っているような重心バランスのとり方。周囲の冒険者たちが「ただの男」と切り捨てるその男の纏う匂いに、テューレたちだけは気づいていた。それは、死線を潜り抜けた者にしか分からない、濃厚な「手練れの匂い」だった。

テューレは無意識に盾へと手をかけ、ミーアは視線を酒のグラスから外して男を射抜いた。フィランヌの表情から柔らかな笑みが消え、その瞳が青く鋭く光る。一斉に男へと注がれた視線は、彼がただの通りすがりではないことを雄弁に語っていた。

そんな周囲の冷めた反応と、この卓の異様な緊張感との対比を意に介することもなく、男はまっすぐにテューレたちのいるテーブルへと歩み寄ってきた。 仕立ての良い、しかし旅の垢に汚れた漆黒の軽装鎧。腰には見事な業物の長剣。端正な顔立ちだが、その瞳の奥には、どことなく暗い陰がへばりついている。

「――お話を遮って失礼。だが、ラーダの聖印、そしてその美貌。失礼ながら、あなた方はあの『蟻帝伝説』の英雄フィランヌ様と、その高名な仲間たちとお見受けする」

男は優雅に一礼し、自らを「レオン」と名乗った。

「あなたたちほどの腕利きを見込んで、頼みがある。この南クリスタニアの地に、神獣の民たちの間でも謎の存在と言われている、牛の神獣モスコス――その最高位の族長が作り出したという大迷宮があるのだ。俺はその迷宮を踏破しようと考えているのだが、ご覧のとおり仲間がいない。そこで、あなたたちに一緒に『モスコスの大迷宮』に挑戦してほしいのだ。そこを踏破した者は『あらゆる望みが叶う』と言われている……もちろん、目を剥くような大金もな」

「あらゆる望み、ねぇ……」 ミーアがレオンを値踏みするように呟く。彼女の鋭い観察眼は、レオンの言葉の裏にある不穏な気配を敏感に察知していた。この男は金目当てという単純な理由で迷宮に挑もうとしているのではない、と。

しかし、その端正な横顔と、瞳の奥に宿る仄暗い影――何か深い事情を抱えて迷宮に挑もうとするその危うい佇みに、ミーアの胸はわずかに高鳴った。かつて「波乱万丈の人生」を求め、甘美な物語を夢見ていた彼女にとって、レオンという男が醸し出すダークな魅力は、決して嫌いなものではなかった。

「ふうん……。いいわ、面白そうじゃない。ねえ、みんな」 ミーアは本心を隠すように、少しそっけない笑みを浮かつつも、彼を後押しするようなトーンで頷いた。

一方で、そんな二人のやり取りとは裏腹に、「大金」という言葉に引き寄せられたテューレの瞳は、一瞬フィランヌへの畏怖を忘れ、燦燦と輝き始めた。その現金な反応をフィランヌは見逃さず、冷ややかな、それでいて逃げ場を完全に塞ぐような不敵な笑みを浮かべる。

「おもしろいじゃない。テューレ、あなたのリーダーとしての度量を試し、その消えない借金をきっちり清算するためにも……その迷宮、あたしが『直々に』同行して、とことん鍛え直してあげるわ」

「ひえぇぇっ!? 嘘でしょ!? まだこの人と一緒にいさせられるのぉ!?」 テューレは顔面蒼白になり、まるで死刑宣告を受けたかのように崩れ落ちた。

そんなテューレの極端な反応を横目に、ラトーナは小さく溜息をついた。 先ほど、フィランヌとテューレのやり取りを見て「絆が羨ましい」と切なく感じた自分の心が、今は揺れている。

(……私、さっき彼らの関係を羨ましいなんて思ったけど。テューレ様があんなに怯えて、フィランヌ様がそんな彼を容赦なく手綱で引く……。これが本当に、私が目指していた『気の置けない関係』なのかしら? ……それとも、私の勘違い?)

そんなラトーナの迷いなど露知らず、フィランヌはテューレの返答を待つことなく、レオンへと向き直った。

「話は決まりよ。この『仮の仮のリーダー』は無理やりにでも引きずり回して成長させる必要があるし、あたし自身もこの迷宮には興味があるわ。ラーダの神官として、無益な死者をこれ以上増やさないためにも、本来の目的である蟻人たちの安住の地を探す目的のためにもね」

フィランヌが独断でそう言い放つと、彼女の圧倒的な存在感に逆らえる者は誰もいなかった。

 

フィランヌの承諾を受け、レオンはどこかホッとしたように小さく息を吐き、フィランヌ、テューレ、ミーア、ラトーナ、ドルドムントをぐるっと見渡した。

「感謝する。あなた方のような伝説的な英雄が同行してくれるなら、これほど心強いことはない」

すると、それまで静かに聞いていたドルドムントが、紳士的にシルクハットに手を当てながら、レオンに向かって優雅に一礼した。

「おやおや、私のような者がお役に立てるのであれば、喜んで。レオン殿、今の貴殿の素晴らしいご提案に対し……『私が10匹』、というところですな」

「……? 10匹、とは何のことだ?」 レオンは端正な眉をひそめ、真剣に考え込んでしまった。ミュルミドンという蟻人族の歴史や、あるいは南クリスタニアの古文書に記された何らかの暗号、はたまた迷宮の罠を解除するための秘匿された合言葉か何かだろうか。腕を組み、顎に手を当てながら、まるで重大な難問に直面したかのような鋭い眼差しで必死に記憶の糸を繰っている。

その生真面目な様子に、ドルドムントは、悪戯っぽくその蟻の頭から生えている触覚を震わせた。

「お気になさらず。『ありがとう(蟻が十)』ということですよ」

一瞬の静寂の後、ラトーナが「ぷっ、あははは!」と吹き出し、ミーアやフィランヌも呆れたように笑う。テューレも笑い出し、そのオネエな笑い声が響く中、レオンはぽかんとした顔をしていたが、やがてフッと破顔した。

「……なるほど、そういうことか。いや、こちらこそ『ありがとう』だ。頼りにしてるよ、ドルドムント殿」

張り詰めていたレオンの表情が柔らかく綻んだ。しかし、彼はすぐにきりりと表情を引き締め、少し声を潜めて一同を見渡した。

「……だが、時間の猶予はあまりないんだ。実は、牛の神獣モスコスの大迷宮が発見されたという情報は、すでに俺だけの秘密ではない。数日前から南クリスタニア全土に噂が駆け巡り、一攫千金を狙うあらゆる手練れや、危険な傭兵崩れのパーティどもが、すでに迷宮に向かって動き出している。最奥の秘宝にたどり着くための過酷な競争は、もう始まっているんだ。モタモタしていれば、他の連中に先を越されてしまう」

「なるほどねぇ。抜け駆けを許すまいと、血眼になった連中がうじゃうじゃ群がってるってわけね」と、ミーアが楽しげに笑みを浮かべる。

レオンは皆を促すように、鋭い眼光を酒場のドアの方角へと向けた。

「他のパーティに先を越されるわけにはいかない。すぐに出発しよう」

こうして、影ある剣士レオンを加えた5人とミュルミドン1匹の、新たな、そして激しい競争が伴う迷宮探索……いや、『迷宮伝説』が始まった。




2話と8,000文字をかけて、ようやく冒険の旅が始まりました。これから展開される抱腹絶倒のダンジョンハックの冒険、そして「不自由な絆」が「不退の意志」に変わる瞬間まで、どうぞ見届けていただければ幸いです!
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