「……おい、全員無事か!」
闇を切り裂くように駆け寄ってきたのは、頼れるプロの剣士レオンと、シルクハットを律儀に押さえた気障な蟻のスカウト、ドルドムントであった。
「レオン、ドルドムント! よかったぁ、二人とも無事だったのねぇ!」
テューレが巨大なタワーシールドを揺らしながら涙目で声を上げる。テレポートの罠によって離れ離れになっていた一行は、地下七階の歪な回廊で奇跡的な再合流を果たしたのだった。
安堵の空気が広がる中、レオンの鋭い視線が、一行の背後に佇む見慣れぬ美女へと注がれた。鮮やかな紫がかった濃紺の長い髪に、背中が大きく開いた深い青色のロングドレス。過酷な深層にはあまりにも不釣り合いなその姿を前に、レオンは片眉を跳ね上げ、長剣に手を掛ける。
「ふぅん? ……おいテューレ、そこの麗人はどなただ? こんな危険な深層で、一人で舞踏会でもしていたわけじゃなさそうだがな」
ミーアが最初に抱いたものと同じく、容赦のない疑惑の目がサリナに向けられる。サリナは困ったように紫色の瞳を曇らせ、不安げな迷い子の表情を作ってみせた。
テューレは慌ててサリナとレオンの間に割り込む。
「この人は、仲間とはぐれて困っていたのよ。あたしたちだって今5人しかいないわけだし、協力し合うべきじゃないかしら?」
だがレオンは、そんな都合のいいことがあるかと言わんばかりに、疑いの表情を変えない。
その不穏な空気を破ったのはミーアだった。
「ちょっとレオン、そんなに睨みつけないであげてよ。そのサリナさんはね、あたしが『夢蝕の魔』に精神を喰われて死にかけたところを、命がけで救ってくれた恩人よ」
「……ミーアを救った、だと?」
レオンは驚いたようにミーアとサリナを交互に見つめ、やがてふっと息を吐いて剣の柄から手を離した。
「お前がそこまで言うなら、疑うのは野暮だな。サリナさんと言ったか、仲間が見つかるまで、俺たちの旅に同行することを歓迎しよう」
「ありがとうございます、皆様のご厚意に感謝いたしますわ」
サリナは完璧なしぐさで、深く頭を下げた。
こうして合流を果たした一行だったが、再び歩みを始めると、一行の間を沈黙が支配するようになった。先頭を行くレオンとドルドムントは、罠への警戒で手一杯で喋る暇などないといった様子だが、その後ろを歩く者たちのの空気は酷く重苦しい。
6人目として最後尾を歩くサリナだけは、その歪な空気を楽しむように密かな微笑を浮かべていたが、中衛を歩くラトーナの背中は、今にも消えてしまいそうなほど小さく震えていた。彼女はテューレに『金獅子の額冠』を渡して以来、一度も彼の目を見ようとしない。
「……はぁ。見てられないわね」
ミーアがわざとらしく大きなため息をつくと、隣を歩いていたテューレが「ひえっ!?」と肩を跳ねさせた。
「な、なによミーア。あたしの歩き方がガチャガチャうるさいって、またフィランヌみたいなお説教を始めるつもり?でもお生憎様、このブーツのおかげで音は出ないのよ」
「アンタの鎧の音なんてどうでもいいわよ。……ちょっと、こっち来なさい」
ミーアは強引にテューレの腕を掴むと、少し離れて歩くラトーナや、前衛の二人から距離を置くように彼を回廊の端へ引き寄せた。
「な、なによぅ! 藪から棒に……。あたし、何か悪いことしたかしら?」
「アンタね。ラトーナがあんなに暗い顔をしてる理由、本当に分かってないの?」
ミーアの鋭い眼光に射抜かれ、テューレは目を白黒させた。
「え……? 理由って……. ああ、さっきの夢の中の話? ……う~ん、そうねえ。あたしが昔の冒険の記憶を取り戻しちゃったから……ラトーナちゃん、自分が案内人としてあたしたちに意地悪な試練を課してたことがバレて、気まずいんじゃないかしら? ほら、女の子って意外と過去の失敗を引きずるものだし……」
「……アンタ、本当に『承認』を受けた勇者なわけ? 脳みそまで筋肉でできてんじゃないの?」
ミーアはこめかみを押さえ、天を仰いだ。彼女だけは、神獣ディレーオンから「すべての記憶を保持する」ことを許されている。だからこそ、ラトーナがどれほどの覚悟で、テューレの隣という「偽りの安息」を守り続けてきたかを知っていた。
「いい? ラトーナはね、アンタに嫌われたと思って絶望してるのよ。案内人時代のあの『冷酷で傲慢な仮面』こそが自分の本性で、今の優しい姿は全部アンタを騙すための嘘だった……そう思われて、もうアンタの隣にいる資格なんてなくなったって、勝手に自分を追い詰めてるの!」
「ええっ!? 嫌いになるなんて、そんなことあるわけないじゃないのよぅ!」
テューレが素っ頓狂な声を上げる。
「だって、確かにあの時のラトーナちゃんは怖かったわよ? 『使命を果たすことに意味はあるが、果たされた使命に意味はない』とか小難しいことばっかり言ってさ。でも、あれは『役回り』だったんでしょ? ミーアだってそう言ったじゃない」
テューレは困ったように頭を掻いた。
「あたしにとっては、案内人のラトーナも、今一緒に旅してるラトーナちゃんも、どっちもあたしを助けてくれた大切な仲間なの。それに、あの額冠だって……。あたしがフィランヌに借金を返せるようにって、彼女なりに考えて渡してくれたんでしょ? 感謝こそすれ、嫌いになる要素なんてどこにもないわよ」
「……アンタ、本気で言ってるのね」
ミーアは毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。テューレのこの、属性や過去で人を判断しない「泥臭い真っ直ぐさ」こそが、ドルドムントやレオンを救ってきたのだと改めて思い知らされた。
「なら、それを本人に言いなさいよ。ラトーナは今、自ら進んで『報われない物語』の脇役に収まろうとしてる。アンタのその愚鈍な優しさで鎖を解いてあげなきゃ、あの子、一生自分のことを許せないわよ」
「……ミーア。アンタ、意外と世話焼きなのねぇ」
「うるさいわね。あたしは波乱万丈な物語が好きだけど、身近な友達が勝手に悲劇のヒロインを演じて不幸になるのは、趣味じゃないのよ」
ミーアはテューレの背中を力一杯叩いて前へ押し出すと、自分はわざとらしく鼻歌を歌いながらサリナの隣へと移動した。
一人残されたテューレは、前方を歩くラトーナの、今にも折れそうな細い背中を見つめた。手の中にある『金獅子の額冠』の重みが、先ほどよりもずっと重く感じられた。
「……まったく、10万ゴールドを稼ぐだけでも手一杯なのに。女の子の気持ちにまで注意を払わなきゃならないなんて、あたしの人生、本当に不自由極まりないわねぇ……」
テューレはオネエ言葉で小さくぼやくと、意を決して、力なく歩く魔法使いの女性のもとへと駆け寄った。
「あのぉ、ラトーナちゃん? ちょっといいかしらぁ?」
背後から突然かけられた情けない声に、ラトーナの肩がびくりと跳ねた。彼女はおずおずと振り返ったが、その瞳は潤んでおり、今にも消え入りそうな声で呟く。
「テュ、テューレ様……。あの、私……」
「そんなお通夜みたいな顔しないでよぅ。さっきからずーっと背中が暗いから、あたし、後ろで心配になっちゃったじゃないの」
テューレは手にした『金獅子の額冠』を見つめ、それからへらっと笑った。
「これ、本当にありがとうね。あたしのためにこんな凄いものをずっと隠し持ってて、渡すタイミングを考えててくれたなんてさ。改めて、ラトーナちゃんって本当に気が利くっていうか、最高にいい仲間だわぁ!」
「え……?」
ラトーナは目を丸くした。自分の夢が破れ、「もう嘘であなたを縛ることはできない」とまで告げたのに、目の前の男のリアクションはあまりにも軽かった。
「ちょっと、テューレ様……。私はあなたを騙して、過去の記憶を消してそばにいたのですよ? かつての私は、あなたたちを冷酷に見下ろす案内人だった。そんな私のことが、怖くはないのですか……?」
「何言ってるのよぅ」
テューレは呆れたように片手を振った。
「確かにあの時の黄金峡のラトーナちゃんは、お仮面被ってて不気味だったし、問題ばっかり出してきて意地悪だったわよ? でも、あれは『神獣の案内人』っていうお仕事だったんでしょ? 今のラトーナちゃんが、あたしたちを心配してご飯作ってくれたり、魔法で助けてくれたりする優しい子なのも、全部本物じゃないの」
テューレは一歩近づき、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。
「あたしはね、昔の記憶が戻って、むしろ嬉しかったわよ。ラトーナちゃんとは、今の旅だけじゃなくて、もっと前からずーっと一緒に戦ってきた、深ーい絆で結ばれた『大親友』だったんだって分かったんだから!」
「だい……しんゆう……?」
ラトーナの口から、呆然とした声が漏れる。
「ええ、そうよ! だから、騙したとか、隣にいる資格がないなんて言ったら水臭いわよぅ。あたしはラトーナちゃんがこれからも一緒にいてくれないと困るんだから。あ、それとも何? 案内人としての正体がバレたから、これからは『大親友』として、あたしにラトーナちゃんの借金の連帯保証人にでもなってくれって迫るつもり? それだけは勘弁してよねぇ!ただでさえ10万ゴールドも焦げ付かせてるのに、もうこれ以上は無理だから!」
「ぷっ……あははは!」
あまりに身も蓋もないテューレのセリフに、ラトーナは瞳の中に溜まっていた涙をこぼし、思わずお腹を抱えて笑ってしまった。
(ああ、この人は本当に……どこまでも真っ直ぐで、そして信じられないくらい、バカで鈍感な人なのだわ)
ラトーナの胸に渦巻いていた「嫌われたらどうしよう」という絶望の暗雲は、彼の規格外の愚鈍さと優しさによって、綺麗さっぱりと吹き飛ばされていた。
確かに、彼が言った『大親友』という言葉は、自分が抱いている「あなたと結ばれて生涯を添い遂げたい」という巨大な恋愛感情とは、天と地ほどのズレがある。テューレは、ラトーナが自分との結婚を夢見ていたなどとは、これっぽっちも気づいていないのだ。
けれど、今はそれでも良かった。冷酷で傲慢な過去の自分さえも「大切な仲間」として受け入れてくれた彼の温かさが、何よりも愛おしかったからだ。
「……はい。これからも、ずっとおそばにいさせてくださいね、テューレ様」
「もちろんよぅ! さ、レオンたちにおいていかれないように急ぎましょ!」
涙を拭い、いつもの優しい笑顔を取り戻したラトーナを見て、テューレは「よしよし、機嫌が直ったわね」と能天気に満足しながら歩き出した。
テューレはそのまま、わざとらしく鼻歌を歌っていたミーアの隣に、これ以上ないほどのドヤ顔を見せつけながら並んだ。
「ねえねえ、ミーア! 見た? ほら、ラトーナちゃんバッチリ機嫌が直ったわよ。あたしが声をかければ一発なんだから! これで、ミッションコンプリート、完璧でしょ?」
テューレがふんぞり返って自慢げに胸を叩いた、その瞬間。
――グシャッ!!
「ぎえええぇぇっっ!?」
テューレの鎧で護られていない腹部に、ミーアの鋭いひじ鉄が容赦なくめり込んだ。その鎧の合間を縫った正確無比な一撃に、テューレはタワーシールドを取り落とし、その場に崩れ落ちて腹を押さえた。
「な、な、何すんのよぅミーアちゃん……っ! あたし、ちゃんとラトーナちゃんを元気にしたじゃないのぉ……っ!」
涙目で這いつくばるリーダーを、ミーアは冷え切ったジト目で見下ろしていた。
「何なのよ、あれは!? 人生を懸けて想いを断ち切ろうとした健気な女の子に対して、『大親友』って何よ『大親友』って! アンタのその底なしの愚鈍さ、本当に万死に値するわ!」
ハァ、と盛大にため息をつきつつも、ミーアは歩みを止めずに呆れたように付け足した。
「……でも、まぁ。ラトーナが笑えたんだから……50点はあげるわ」
「ご、50点っ!? 50点も貰えてるのに、何でこんな理不尽な肉体的仕打ちを食らわなきゃいけないのーっ!? 割に合わなすぎるわよぅ!!」
冷たい床の上で悶絶しながら絶叫するヘタレリーダーの姿に、ラトーナはクスクスと笑い、前衛のレオンは「また始まったか」と頭を振った。
その後方で、サリナが紫色の瞳を細めて独り言を漏らす。
「……ふふ、面白いですわ。現実の
迷宮の闇は深まるばかりだが、そこには確かに、計算高い合理性だけでは決して測ることのできない、温かな熱が灯り始めていた。
今回は、前話(第23話)で重く垂れ込めていた「ラトーナの切ない自己犠牲」の空気を、我らがヘタレリーダー・テューレがその規格外の鈍感さと優しさで一気に吹き飛ばす回となりました!
正直、表現者としては逃げかな~?とも思ったんですが、この空気感のまま物語を続けていく踏ん切りが、どうしてもつきませんでした。
なので、テューレに容赦ない肘鉄を叩き込み、「50点はあげるわ」と毒づくミーアのツッコミは、読者に対する僕の贖罪でもあります。彼女には可能な限り読者の代弁者になってもらうよう、努めたつもりです。
(そして最後尾で、そんな温かい関係性を冷たく見つめるサリナさん。……この人、何なんでしょうね?)
とにもかくにも、また生ぬるい雰囲気を取り戻し、一歩前へ進んだ一行。
果たしてフィランヌを取り戻せるのか!?今後の展開をぜひ楽しみにお待ちいただけますと幸いです。
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