迷宮伝説クリスタニア   作:Wiilinton

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前回のあらすじ:フィランヌ「美形キャラを出して人気を得ようなんて、うちのGMも浅はかよねえ」


セッション3:神牛の蹄跡と羽蟻の神業

酒場を発ったテューレたちは、神獣モスコスの大迷宮が隠されているという険しい密林地帯へと足を踏み入れ、先を急いでいた。

行く手を阻むように絡み合う巨大な原生林の枝葉。湿気を含んだ熱気が肌にまとわりつく中、背後からは時折、激しい怒号や草木をなぎ倒す音が響いていた。ライバルである冒険者や神獣の民の部族、傭兵崩れの集団などが、先行するテューレたちに猛烈な追撃を仕掛けてきているのは確実だったが、彼らの足並みは今、大きく乱れているようだった。テューレたちよりさらに先行している謎のパーティが仕掛けたと思われる、死角から突如として襲いかかる蔦の罠に引っかかり、後方で混乱に陥っているのだ。だが、テューレたちのパーティは、精霊の声を聴くシャーマンであるミーアがいち早くその不穏な気配を察知し、あらかじめ安全な回避ルートを選んでいたため、罠に阻まれることなく密林を突き進むことができていた。

「急ごう、この先は『神獣モスコスの蹄跡(ていせき)』と呼ばれる深い断崖だ。そこを越えれば、目指す迷宮の入り口はすぐそこなのだが……」

先頭を行くレオンが唐突に足を止め、忌々しげに舌を打った。

「チッ、やはり先行している連中が、渡った後に橋を落としたな……!」

密林が途切れたその先で、目の前に広大な谷が大きく口を開けていた。それは、巨大な牛が後ろ脚で大地を激しく蹴り上げた跡であるかのように、横方向へと深く抉り取られた独特の歪な断崖絶壁だった。谷底からは深い濃霧が立ち込めており、奈落の底を見通すことはできない。向こう岸へ渡るための唯一のルートであったはずの吊り橋は、無残にも刃物か何かで切り落とされ、こちらの絶壁の壁面へと虚しく垂れ下がっていた。

ここで立ち往生すれば、後ろから迫る有象無象の競合たちに追いつかれ、不毛な乱戦に巻き込まれるのは火を見るより明らかだった。

テューレは谷底を覗き込んでみたが、立ち込める深い霧のせいもあって底がまったく見えず、その底知れぬ深さに改めて恐怖してガタガタと全身を震わせ出した。

「ひえぇ! こんなの、あたしの恐怖の限界メーターが一気に振り切れちゃうわよぅ!」

「ロープを投げて向こう岸に引っ掛けるにしても、この距離では狙いが定まらないし、うまく絡められそうな木や岩も見当たらないわね……」

ミーアが顎に手を当てて対岸を睨むが、確実な手段が浮かばない。

「同感だわ、ミーアさん。仮に奇跡的に引っかかったとしても、強度を確かめずに自重をかけるのはあまりに軽率よ。……それにしてもテューレ、あなたさっきからガタガタと、少しは元リーダーらしく落ち着きなさいな。あなたのその立派なタワーシールドは、ただの『震えを隠すための衝立』なのかしら?」

ラーダの法衣をまとったフィランヌが、静かに谷を覗き込みつつ、冷ややかな視線をテューレへと向けた。窮地にあっても眉一つ動かさない彼女の圧倒的な場慣れ感と、底知れない度胸からくる威圧感に、テューレは「ひえっ!?」とさらに縮こまる。

「別の迂回路を探すべきだけど、この切り立った絶壁はどこまでも続いているようだし、本当に困ったわね。どうするの、我がパーティの『仮の仮のリーダー』さん?」

クスッと微笑みながら試すように問いかける彼女は、この緊迫した崖っぷちの状況を、まるで書物の頁をめくるかのように平常心で眺めている。

ラトーナも周囲に鋭い視線を走らせるが、左右どちらを見渡しても切り立った絶壁が果てしなく続くばかりだった。迂回路になりそうな場所はどこにも見当たらず、有効な魔法も思い浮かばない現状に、ラトーナは途方に暮れて小さくため息をついた。

「おやおや、皆様。そんなに眉間にシワを寄せられては、せっかくの美しいお顔が台無しですぞ?」

緊張感あふれる崖っぷちで、場違いなほど優雅で軽妙な声が響いた。ドルドムントがシルクハットの縁に細い指先をかけ、フッと不敵に笑ったのだ。彼が自慢げに小さく震わせたその四枚の蟻の羽は、この深い谷から吹き荒れる強風を物ともしていかった。

「なるほど、ドルドムントなら飛べるのね!」

ラトーナの瞳がパッと輝きを取り戻す。

「では、お先に失礼して、向こう岸の安全を確かめてまいりましょう。……おっと、ついでにロープを持って行って、皆様の『懸け橋』になりましょうぞ」

 

ドルドムントはミーアから頑丈な長いロープを受け取ると、ブゥンと力強く羽を振動させ、重力を無視して軽やかに大空へと飛び立った。深い谷から吹き上げる猛烈な突風が彼の巨体を翻弄しようとするが、ドルドムントはスカウトとしての卓越した体幹と、四枚の羽の見事なコントロールで風をいなし、優雅に空中を滑空していった。

対岸が間近に迫ったその時、ドルドムントの優れた複眼が、霧の奥にあるわずかな違和感を捉えた。土をうっすらかけて巧妙に隠されているが、そこには不自然な四角い歪みがあった。踏むと自重で沈み込み、引き金を引くワイヤーを引っ張る仕組みの「踏み板」だ。さらにそのワイヤーの先、茂みの奥には、対人ボウガンが設置されている。「追っ手の中に飛行能力者がいれば、必ずこの位置に着地する」という、敵の罠師の冷徹な予測の跡を、ドルドムントは空中に留まったまま目ざとく見抜いたのだ。

「おやおや、先行者の『置き土産』ですな。うっかり着地すれば、手痛い歓迎を受けるところでした」

ドルドムントは対岸の地面に足を下ろすことなく、大気を掴んで滞空した姿勢のまま、懐から頑丈なくさび(ウェッジ)と金属製のピンを取り出した。怪盗紳士としての優雅な手つきを崩さぬまま、踏み板と周囲の地面のわずかな隙間にくさびを鋭く打ち込み、さらにピンを噛ませてトラップの構造をがっちりと固定する。

「ふむ、これでこちらの安全性は『アリ紙付き』……おっと失礼、『折り紙付き』ですな」

ドルドムントは満足げに触角をぴょこぴょこと動かすと、ようやく安全になった対岸の地面へと静かに着地した。

「見事な腕前だ……!」

崖のこちら側で、一部始終を見ていたレオンが感嘆の声を漏らした。その異形の複眼で空中から隠された踏み板を見抜き、一度も着地することなく空中で解除してしまった卓越した技量に、プロの戦士として純粋な敬意を抱いたのだ。

「ええ、本当に素晴らしい手際だわ。あの位置への着地を狙うなんて、先行した連中の中に、よほど冷酷で、性格の歪んだ罠師がいるのでしょうね。普通に着地していれば、その瞬間の無防備な態勢を容赦なく射抜かれていたところよ」

フィランヌは上品な言葉遣いを崩さぬまま、その青い瞳で対岸の茂みを冷静に見据えた。姿の見えない敵が仕掛けた、あまりにも卑劣で意地悪いその性根に対して、彼女の胸の奥には静かな、しかし確かな怒りの炎が灯っていた。

ドルドムントは2本の別々のロープを使い、対岸とこちら側の岸にある大木にそれぞれ上下に平行となるようガッチリと結びつけた。

「さあ、テューレ殿。これで手すりと足場となる即席の綱渡り紐の完成ですな」

「頼りになるわね、ドルドムント!」

「よし、俺がまず渡って対岸を確保する。続いてミーア、ラトーナの順に渡れ! 後ろが来ている!」

レオンの鋭い合図と共に、まずは彼自身が素早くロープへと飛び移り、下のロープに足を乗せ、上のロープを手で掴みながら、軽やかかつ確実な身のこなしで一番手に谷を渡りきった。続いて身軽なミーアが二番手として滑るように横歩きで渡り、その後を追うように三番手のラトーナがロープを伝って見事に谷を渡っていった。

 

対岸へと無事にたどり着いたラトーナは、すぐさま後ろを振り返った。次に渡る番のフィランヌがロープに手をかける前、背後でガタガタと震えているテューレを引っ張ったのが見えたからだ。テューレは全身を覆う分厚い金属鎧に加え、背中には巨大なタワーシールドを背負っている。

「……はぁ。テューレ、まさかその大荷物を抱えたまま、無策で渡るつもりじゃないでしょうね? そんな無茶をしたら、あなたの重みでロープがたわんでバランスを崩すか、途中で握力が尽きて真っ逆さまだわ」

「ひえぇ! 分かってるわよぅ! でも、この盾も鎧も、あたしの命の次に大事な相棒なんだから、置いていけるわけないじゃない!」

崖の向こうで、フィランヌに容赦なく核心を突かれ、涙目で困り果てているテューレ。その姿を見たラトーナの胸の奥で、かつて酒場で覚えたあのチリチリとした焦燥感と、強い対抗心が激しく燃え上がった。

(いつもフィランヌ様はあんな言い方ばかり……! テューレ様が本当に困っている時、あんな風に正論で追い詰めることしかできないなら――私の魔術の方が、よっぽどテューレ様のお役に立てるわ!)

ラトーナの瞳がキリリと輝いた。

(今こそ、私の力で彼を救う時だわ……!)

ラトーナは強引に魔力を編み上げ、対岸から大声で叫んだ。

「テューレ様ー! その大きな盾を持ったままじゃ絶対に無理です! その盾、今だけ私のものってことにして良いですよね!?」

フィランヌの目の前で怯えていたテューレは、対岸からの救いの一言に、考えるより早く涙目で絶叫し返した。

「いいわよ! いいに決まってるじゃない! 命が助かるなら、その盾はあたしのじゃなくて、今この瞬間からラトーナちゃんのものよぉーー!」

テューレが秒で所有権を放棄した瞬間、ラトーナの放った魔術の不可視の力がカチリと噛み合った。ラトーナは胸の前で美しく腕を交差させ、恋心という名の魔力を一気に解放しながら、朗々と古代語の詠唱を紡ぐ。

「――(ことわり)の糸よ、我が声に応えよ。本来、我が愛用のもののみを手繰り寄せる不可視の御手(みて)なれど……」

ラトーナは対岸のテューレをまっすぐに見つめ、その瞳に熱い光を灯らせた。

「我が愛しき人が携えしものは、すなわち、我が愛用も同然! だから……ま、いっか! おいでなさい、テューレ様の盾! 『アポート』!!」

ガシィッ!と激しい音を立てて、テューレの背からタワーシールドが引っぺがされ、広大な谷の空間をまっすぐに飛び越えて、対岸のラトーナの手元へと吸い込まれるように引き寄せられた。ラトーナはその巨大な盾をしっかりと受け止め、嬉しそうに胸に抱きしめる。

「あら……。荒っぽいけれど、随分と情熱的で見事な機転ね」

フィランヌが感心したように、そして少しだけからかうように小さく眉を上げた。その様子に対岸のラトーナは、頬をりんごのように真っ赤に染めながらも、ちょっぴり得意げに胸を張ってみせる。

「さあテューレ、最大のデッドウェイトは消えたわよ。……ほら、私の前に立ちなさい」

フィランヌはテューレの背中を叩くと、彼を先行してロープへ乗らせた。フィランヌ自身も一切の躊躇なく、テューレのすぐ後ろでロープに乗る。

「先に行きなさい。後ろから私が体重を使って、しっかりとロープのたわみを調整してあげるから。あなたが落ちる時は私も巻き添えよ。……死にたくなければ、手と足を動かしなさい」

「フィランヌ……! 口は悪いけど、ありがとうっ!」

フィランヌの静かな覚悟と圧力に背中を押され、テューレは意を決して即席のロープ橋を伝い始めた。いつもならテューレの重量で大きく下へとたわみ、揺さぶられるはずのロープだが、後ろに位置するフィランヌが自らの身体を巧みに使い、上のロープを手繰るテューレの移動に合わせて絶妙にテンションを調整していた。

「ほら、無駄口を叩いてないで進みなさい! 体幹を意識して、真っ直ぐよ!」

谷底から吹き荒れる突風が鎧を着たその体を揺らすが、すぐ後ろから響くフィランヌの冷徹で的確な叱咤がテューレの弱気を一喝する。その確かなサポートと頼もしい気迫に導かれ、テューレは必死の形相で足場を進み、ついに向こう岸へと渡りきった。

テューレが安全に対岸の土を踏みしめたのを見届けると、フィランヌはまるでお気に入りの庭園を散策するかのような涼しい顔で、極めて安定した身のこなしで残りのロープを伝い、あっさりと谷を渡りきってしまった。

その直後、彼らがつい先ほどまでいた側の密林から、激しい足音と共にライバルであるビーストマスターたちのパーティが姿を現した。頭部を完全に獣へと変身させた彼らは、獲物を見つけ獰猛な眼差しをこちらへと向けて迫ってくる。

しかし、時すでに遅し。フィランヌがその剣で勢いよくロープを切り落としたため、ビーストマスターたちは崖の手前でぴたりと足を止め、地が響えるかと思えるほどの大きな唸り声を一斉に上げた。

「ふぅ、間一髪だったわね」

ミーアが冷や汗を拭いながら、谷の向こう岸に佇むライバルたちを見やって不敵に笑う。

「ドルドムント殿、君の羽と眼がなければ、今頃はあの連中と泥沼の戦いになっていた。感謝する」

レオンがドルドムントに歩み寄り、深く頭を下げた。

ドルドムントは羽を綺麗に整えると、シルクハットを胸に当てて優雅に一礼した。

「いやはや、レオン殿。私のような虫けらでも、皆様の足を『引っ張る』ならぬ、ロープを『引っ張る』お役に立てたのであれば、これ以上の喜びはありませんな。さあ、ライバルたちを引き離した今がチャンスです。この先の迷宮へ進みましょうぞ」

ドルドムントの軽妙なダジャレに、一同の張り詰めていた緊張が少しだけ和らいだ。彼らは一歩リードした確信を胸に、さらなる密林の奥地、神獣の迷宮へと足を進めた。




第3話をお読みいただきありがとうございます。 今回はドルドムントの独壇場でした。これぞプロのスカウトの「ウデマエ」といったところでしょうか。
また、ラトーナの放った『アポート』は、本来自分自身の持ち物にしか効かない術ですが、盾の所有権を一時的に移すという、TRPGのルール的にはアカン行為を、秒で所有権を放棄するというテューレのギャグで覆い隠してみました。
フィランヌに関しては、他の5人より英雄レベルが上って感じを表現できてれば幸いです。
今回はこの3人が活躍できたので、次回以降はミーアとレオンにスポットを当てていきたいと思います。
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