迷宮伝説クリスタニア   作:Wiilinton

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前回のあらすじ:「無敵」のフィランヌ、ついに陥落す!


セッション32:深淵の玉座

地下八階の右手側、「野牛の扉」をくぐり抜けた四人を待ち受けていたのは、肌を刺すような凍てつく冷気と、内臓を直接震わせるような巨大な魔力の脈動であった。

通路の壁面には、神獣モスコスを象徴する双角の野牛(バイソン)のレリーフが、まるで侵入者を品定めするかのように、幾重にも、執拗に刻まれている。松明の火を吸い込むような濃密な闇の向こう側から、重苦しい「死の予感」が絶え間なく押し寄せていた。

「……父が消えた、あの場所の空気に似ている」

先頭を行くレオンが、魔法の剣の柄を握りしめ、低く呟いた。彼の眼光は鋭く、その背中には裏街で培った「這いつくばってでも生き残る」プロの執念が、氷のような覚悟となって宿っていた。

「不気味ね。精霊たちも、怯えて声を出そうとしないわ……」

ミーアが魔法のバトンを構え、周囲の精霊力(オーラ)の異常な澱みに眉をひそめる。

ドルドムントは『導きの短剣』を掲げ、壁面の魔法的歪みを感知しながら、シルクハットを深く被り直した。

「おやおや、この先に待ち受けているのは、どうやら歓迎会というよりは、本格的な『お仕置き』のようですな。……触角が、千切れそうなほど震えておりますぞ」

最後尾のメルヴィーは、かつての絶望から解き放たれた銀色の瞳に、強い理性の光を宿して頷いた。

「不条理な世界の正体……それを見極めるまで、私はもう瞳を閉じない」

その回廊の突き当たりには重厚な石造りの大扉があったが、四人の接近に呼応するように、不気味な重低音を響かせてゆっくりと左右へ開かれた。

扉の中のそこは、空間そのものが重圧に軋むかのような「玉座の間」であった。

広大な円形の広間。その中央、夥しい数の朽ち果てた武具の山――かつてこの迷宮に挑み、散っていった冒険者たちの供物――の上に、巨大な影が鎮座していた。

「……ようやく辿り着いたか。不自由な真実を求める、愚かなる挑戦者たちよ」

朗々と響き渡る声。そこに座していたのは、荒々しい毛皮と神聖な武具を身に纏い、その頭部に巨大な双角を戴く牛頭魔人(ミノタウロス)――「モスコスの大迷宮」の真なる主「DM」であった。

「貴様が……この迷宮の主か」

レオンが剣を正眼に構え、一歩前へ出る。

ミノタウロスの眼窩に宿る、無機質で冷徹な瞳がレオンを射抜いた。

「私はただの尋ぬる者。……かつてお前の父が負けた、この『無限の連鎖』の理を、今一度お前に問うためにここにいる」

DMの手の中で、二つの六面ダイスが不吉な音を立てて転がった。

「人生とは、出口が入り口に繋がる果てなき迷宮。その無意味な円環に、お前はいかなる価値を見出すか? ……答えられぬならば、その命、この玉座の(いしずえ)に加えさせてもらうぞ」

「……戯言をッ!」

レオンが地を蹴った。神速の踏み込み。黄金に輝く魔法の剣が、鋭い軌跡を描いてミノタウロスの胴体を狙う。

しかし、DMは巨体に似合わぬ俊敏さで動き、手にした巨大な戦斧でその一撃を軽々と弾き飛ばした。

「無策な暴力。……出目は『一』と『二』、失敗だな」

凄まじい衝撃波がレオンを襲う。

「ぐっ……!?」

レオンの身体が壁際まで吹き飛ばされ、激しく叩きつけられた。

「レオン! ――させないわ、地の底に眠る堅き精霊よ、その無慈悲なる腕を以て、侵入者の足を絡め取れ! 『拘束(ホールド)』!!」

ミーアが魔法のバトンを振ると、大地の精霊が足元から激しく隆起し、ミノタウロスの足首をがっちりと掴んでその動きを封じた。

「おやおや、レディを怒らせるとは不作法ですな。……喰らいなさい! 『蟻酸(アシッドスピット)』!!」

ドルドムントが側面から肉薄し、口から強力な酸を噴射した。魔獣の毛皮がジュウゥと嫌な音を立てて融解する。

「永劫の闇を司る精霊よ……その意識を、底知れぬ眠りの深淵に沈めよ! 『永劫の眠り(スリープ)』!!」

メルヴィーが、かつて自分を縛っていたあの絶望の魔導を、今度は敵を討つ力として解き放った。

しかし、DM――ミノタウロスは咆哮一閃、それら全ての攻撃を強引に跳ね除けた。

「無駄だ。この迷宮において、(ルール)は私が支配する。お前たちの意志など、確定した出目の前では無力よ!」

ミノタウロスが戦斧を高く掲げ、絶望的な破壊の一撃を振り下ろそうとした、その時だった。

「――判定の歪みを、見過ごすわけにはいかんな」

冷徹な、聞き覚えのある声が広間に響き渡った。

石柱の影から、音もなく姿を現したのは、ライバルパーティの元リーダーの男であった。彼は野戦服の内側に隠されていた「双角の野牛」の聖印を誇らしげに掲げ、DMを真っ直ぐに見据えた。

「お前はあの時のリーダー……!? なぜ、あんたがここに……!」

吹き飛ばされた壁際でよろよろと立ち上がりながら、レオンが驚愕の声を上げる。

「私は『特等席』で結末を見極める、と決めたのでな」

リーダーの男は、戸惑うレオンたちを無視し、ミノタウロスへと歩み寄った。

「DMよ。お前の主催するこのゲーム、公平性に欠けているのではないか? 観測者たる私が求めるのは、絶望による定常化ではない。……挑戦者が、その限界を超えて『回答』を示す瞬間だ」

「モスコスの同志よ……貴様、我に弓を引くというのか」

ミノタウロスが唸るように問うと、リーダーの男はニヤリと不敵に笑った。

「面白い『物語』のためならば、時にはダンジョンマスターのマスタリングを裏切るのも、プレイヤーの権利というものだ」

男は腰から小剣を抜くと、レオンの隣へと並んだ。

「……おい、そこの剣士。協力してやる。その魔法の剣、ただ振り回すだけではなく、私のタレントに合わせろ」

そう言って、レオンの返事も待たずリーダーの男は指を鳴らした。

「――タレント発動、『認識阻害(ミスディレクション)』!!」

ミノタウロスの視界の中で、レオンの存在が陽炎のように揺らぎ、焦点を結ばなくなった。

「な……、見えぬ!? どこだ、どこへ消えた!!」

「ドルドムント、左の膝裏を! メルヴィー、視界を奪え!」

レオンの鋭い号令が飛ぶ。

ドルドムントが『半蟻化(パーシャルアント)』で大顎を巨大化させ、ミノタウロスの頑強な膝を深々と貫いた。

「おやおや、自慢の脚も、足元を掬われては『ナシ』のつぶてですな!!」

「揺らめく精霊の灯火よ、我が命に応えて集え。闇を裂く導きの矢となれ! 『光球(ウィル・オー・ウィスプ)』!!」

メルヴィーが指先から解き放った眩い光球が、ミノタウロスの眼前で爆ぜた。魔獣の網膜を一時的に焼き、完全なる盲目状態へと陥れる。

「今よ、レオンッ!!」

ミーアが黄金のバトンを全力で振り抜き、戦場の真ん中で華麗な演武を披露した。バトンから溢れ出した聖なる波動が、レオンの疲弊した全身を再び熱い活力で満たし、その黄金の剣に究極の一撃を与えるための力を注ぎ込む。

「感謝する……これで、チェックメイトだッ!!」

認識を阻害され、さらに視界を奪われた闇の中から、レオンが弾丸のように飛び出した。

レオンは魔法の剣を両手で握り締め、極限まで加速した神経で、ミノタウロスの懐へと深く、深く踏み込んだ。

「――お前の説く連鎖を、この一撃で断ち切るッ!!」

仲間たちの援護を受け、まったく防御のことを考えずに全力を込めた一撃。その黄金の閃光が、終焉の間の闇を真っ二つに駆け抜ける。

レオンの魂とミーアの祈りが乗ったその一閃は、ミノタウロスの分厚い胸当てを、そしてその下にある実体を、光の速度で真横に切り裂いたのだった。

「が……はっ……あ、あああああ……ッ!!」

ミノタウロスは断末魔の叫びと共に、その巨体を激しく震わせ、玉座の前に膝を突いた。DMの手からダイスがこぼれ落ち、石の床で空しく弾けて静止した。出目は――「一」のゾロ目。完全なる敗北(ファンブル)であった。

「……終わったのか」

メルヴィーが肩の力を抜き、ほっと息をつく。

静寂が戻った広間で、その時異変が起きた。

瀕死のミノタウロスの身体から、どろりとした負の魔力が霧となって立ち上り始める。神獣の権能をその身に降ろしていた変身――『半野牛化(パーシャルバイソン)』が、生命の灯火の減衰と共に、ゆっくりと、しかし確実に解けていく。

魔獣の身体が急速に収縮し、毛皮が剥がれ落ち、そこから一人の「人間の男」が姿を現した。

ボロボロの衣服を纏い、十年の月日の重みを感じさせる白髪混じりの、しかし確かに高潔な面影を残した顔。

その顔を目にした瞬間、レオンの身体が、雷に打たれたかのように激しく硬直した。

「……あ、ああ……」

長剣を握る手が小刻みに震え、やがて魔法の剣が床に落ちて、甲高い乾いた音を立てた。

レオンはよろよろと、倒れ伏した男へと歩み寄った。その瞳からは、かつて裏街で捨て去ったはずの、幼き日の「お坊ちゃん」としての涙が溢れ出していた。

「……そん、な……。嘘だ……。なぜ、あなたが……」

レオンは男の傍らに膝を突き、その震える手で、かつての自分の「憧れ」であった男の肩を掴んだ。

それは、十年前のあの日、騎士の誇りと共に消えた、尊敬すべき父の顔そのものだった。

「父上ぇぇぇぇえええええええええッッ!!!!」

迷宮の最深部に、少年のように剥き出しのレオンの絶叫が虚しく、そして痛切に反響し続けた。

その背後で、リーダーの男は聖印を握り締め、冷酷な審判者としての瞳で、その残酷な再会の結末を、静かに特等席で見届けていた。




今回は、レオンたち「真実組」が対峙した「迷宮の主(DM)の正体」と、「ダイス(ルール)を覆した連携」について解説します。

1. レオンの父は、なぜ「DM(ダンジョンマスター)」にされていたのか?
前回のサリナの解説の通り、この迷宮を支配する「モスコス」の正体は神獣ではなく「混沌(カオス)」です。混沌は「人生は無限の苦しみの連鎖である」という絶望を人間に突きつけ、その問いに折れてしまった者の精神を核(迷宮の主=DM)として取り込みます。
10年前、誇り高き騎士であったレオンの父は、スループの郊外にあった迷宮の最深部で、混沌が提示した絶望に屈してしまいました。
その結果、肉体も精神も混沌のルールを執行する「システムの一部(DM)」へと書き換えられ、自分がかつて絶望した「無限の連鎖」を後続の挑戦者に突きつけ続ける哀しい傀儡となっていたのです。

2. 特等席の観測者・ライバルリーダーの介入
今回、突如としてレオンたちに加担したライバルパーティの元リーダー。
彼はモスコス(混沌)の聖印を持つ同志ではありますが、役割としては「迷宮を攻略する側」であり、「挑戦者が『回答』を示す瞬間が、果たしてくるのか?」ということが最大の興味でした。
そんな彼にとって「決まりきった絶望の勝利」ほど退屈なシナリオはありません。ゲームマスターのマスタリングによる横暴に対し、プレイヤーとしての権利を行使して『認識阻害(ミスディレクション)』を放った彼の介入は、この残酷なゲームにおいて「決められた結末」を覆すための、最高の隠し味となりました。

絶望の果てに父親を打ち倒し、その残酷すぎる真実を知ってしまったレオン。
一方、「至宝の扉」でサリナの言葉の毒に沈み、銀の剣を落としてしまったフィランヌ。

分かたれた二つの組が迎えた結末の先に、一体何が待ち受けているのか――。
次回「セッション33」も、ぜひ楽しみにお待ちください!
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