迷宮伝説クリスタニア   作:Wiilinton

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前回のあらすじ:帰るまでが遠足だ!


セッション36:トラップ・エクスチェンジ

崩壊の速度は、勇者たちの逃走速度を確実に上回っていた。地下四階、白大理石の美術回廊にレオンが刻み続けた「床から三フィートの赤い矢印」すらも、降り注ぐ瓦礫と砂塵に埋もれようとしていた。

「……行き止まり!? クソッ、崩落で回廊が完全に塞がっている!!」

先頭を行くレオンが絶叫した。行く手を遮るのは、数トンの巨岩が積み重なった絶望の壁であった。引き返す時間はない。背後からは地鳴りと共に、迷宮そのものが自重で潰れていく「死の足音」が迫っていた。

「あたしに任せなさい! メルヴィー、手を貸して!!」

ミーアが叫んだ。かつて差別檻で孤独を深めていた精霊使いメルヴィーが、今は迷いなくミーアの隣に並び、その手を重ね合わせる。二人の精霊使いの意識が、大地の深層に眠る精霊たちへと深く潜っていく。

「――悠久の深淵にまどろみ、世界の(いしずえ)を支えし不抜の精霊よ。今ここに、異なる(ことわり)を歩みし二人の祈り、一つの共鳴(しらべ)となりて古き盟約を呼び覚ます。

行く手を阻む巨岩の沈黙よ、我らが刻む生還の足跡の前に、その堅牢なる拒絶を解け。大地の拍動を以て硬きを融かし、絶望の壁に明日への通路(みち)穿(うが)たん! ――『岩壁穿孔(トンネル)』!!」

二人の純粋な魔力の共鳴から放たれた黄金の波動が、唸りを上げて巨岩の壁へと突き刺さった。硬質な岩が泥のように融け、七人が通り抜けるための「穴」が穿たれた。

「今のうちよ! 走りなさい!!」

 

一行は地下一階、かつて冒険の起点となった大広間――『S地点』へと滑り込んだ。

その向こう、地上へと続く本当の出口には、一足先に脱出を果たしていたライバルパーティのリーダーがいた。そしてその足元の地面には、運び出されたものの、いまだ深い疲弊の中にあり、息も絶え絶えに横たわっているレオンの父の姿があった。

「……来たか。だが、ここが最後の正念場だぞ!!」

リーダーの声と同時に、迷宮全体の悲鳴が最高潮に達した。広間の天井を支えていた巨大な結晶の柱が砕け、数千トンの岩盤が、逃げ口となる唯一の地上への扉を塞ごうと降り注いできたのだ。

「フィランヌを頼むわ!!」

テューレは、それまで片時も離さず腕の中に抱いていたフィランヌを離すと、近くにいドルドムントへと力任せに預けた。

「ちょっと、テューレ!? アンタ、何するつもりよッ!!」

驚愕に目を見開くフィランヌを余所に、テューレは『金獅子の額冠』を輝かせた。

「あたしは……みんなの盾になるって決めたんだからぁ!!」

黄金の輝きを纏った巨大な盾を頭上へと掲げる。神獣ディレーオンの加護を得た不倒の行軍――『ライオンウォーク』。テューレは落下する天井の巨石を文字通りその身で支える「人間の柱」となり、仲間たちを出口へと強引に押し出した。

その様子を、出口の外で立ち尽くすリーダーの男と、その傍らで息も絶え絶えに横たわるレオンの父が、固唾を飲んで見守っていた。今にも瓦礫の山に呑み込まれようとしている若き戦士に、リーダーの男は無機質な瞳を激しく揺らす。一方、横たわるレオンの父は、薄れゆく意識の中で何かを静かに覚悟したかのように、震える手で懐のモスコスの聖印を握りしめ、深く、静かに祈りを捧げ始めた。

「早く行きなさいよぅ! フィランヌ、借金を返すまでは死なないって約束したでしょ!?」

「テューレ――ッ!!」

フィランヌの絶叫が響く中、レオン、ミーア、ラトーナ、ドルドムント、そしてメルヴィーが次々と出口を駆け抜けた。最後にテューレが飛び出そうとした瞬間、最大級の地鳴りと共に、広間の天井が完全に崩落した。

凄まじい土煙。テューレの姿は、厚い瓦礫の山の下へと消えていった。

 

「テューレ様……。テューレ様ぁぁーーーッ!!」

迷宮の外、日の光が差し込む入り口で、ラトーナが瓦礫の山に取りすがって泣き叫んだ。フィランヌもまた、その場に膝を突き、震える手で石をどけようとするが、積まれた巨岩は人間の力で動かせるものではなかった。

「嘘よ……。あたしの借金はどうなるのよ……。逃がさないって……言ったじゃない……」

皆が絶望に打ちひしがれ、沈黙が場を支配した、その時だった。

「……あら? なんだか酷いことになってるわねぇ。みんな、そんなに泣いて誰を弔っているのかしら?」

場違いな、どこか間の抜けたオネエ言葉の震え声が、一行の背後から響いた。

「「「え……?」」」

全員が弾かれたように振り返る。そこには、煤だらけにはなっているものの、どこも怪我のないテューレが、きょとんとした顔で立っていた。

その姿を認めた瞬間、ラトーナが誰よりも早く駆け寄った。彼女は震える手でテューレの右手をそっと包み込むように握りしめると、大粒の涙を瞳に溜めながら、慈しむような穏やかな声で囁いた。

「テューレ様……テューレ様……。本当によかった……っ! 無事で……無事でよかったです……」

安堵にむせぶラトーナ。だが、その直後だった。

「この、ドバカテューレぇぇぇえええッッ!!!」

落雷のような怒声と共に、フィランヌがラトーナを追い越す凄まじい勢いで突っ込んできた。彼女は減速することなくテューレの胸元に体当たりすると、その勢いのまま彼を地面に押し倒した。

「何してんのよ! 何勝手に死んだふりしてんのよッ! アンタを生き返らせるのにあたしがどれだけ苦労したと思ってんの! 10万ゴールド踏み倒して逃げようなんて、一万年早いわよぉ!!」

フィランヌは馬乗りになった姿勢で、テューレの胸のプレートを両拳でバンバンと何度も力任せに叩きつけた。だが、その激しい動作とは裏腹に、彼女の青い瞳には安堵の色が濃く浮かんでいた。

「フィ、フィランヌ、痛いわよぅ……! 分かったから、もう怒らないでちょうだい……っ!」

ドルドムントとメルヴィーもまた、その「あまりにも騒がしく、不器用で、美しい再会」に加わろうと、微笑みを浮かべあい、テューレのもとへ駆け寄っていった。

 

そんな喧騒から背を向けるようにして、一人だけある「異変」に気づいたレオンは、静かに一行から離れて、父が横たわっていた場所へ歩み寄った。

テューレの代わりに、そこに横たわっていたはずの父の姿が、忽然と消えていたのである。

レオンの顔が青ざめた。

「……そういうことか。レオン、お前の父は最後に、自らの答えを見出したのだな」

隣に立っていたリーダーの男が、神妙な顔でバイソンの聖印を握りしめた。少し離れた場所では、仲間たちがテューレを囲んで泣き笑いしており、こちらで交わされる静かな対話を邪魔する者はいなかった。

「父上が……? 一体どういうことだ」

問いかけるレオンの声は、震えていた。リーダーの男は、積まれた巨岩を見つめながら、目の前で起きた凄絶な真実を、静かに語り始めた。

「お前の父は、モスコスの族長として覚醒した際、神から一つの禁忌のタレントを授かっていた。……『迷宮の置換(トラップ・エクスチェンジ)』。本来は、対象と自分の座標を一瞬で入れ替えるための、極めて残忍な戦術タレントだ」

リーダーの男は、自らの聖印を強く握りしめた。

「その術の真の用途は、自分が致命的なトラップに掛かった瞬間、無防備な敵と場所を入れ替えることで、相手を身代わりにして自分だけが生き延びるという不浄なものだ。……だが、彼は瓦礫に埋もれるテューレを見た瞬間、その『身勝手な生存のための秘術』を、正反対の意味で使ったのだ。自らを死地へと置き、若き戦士を安全な外へと送り出すために。他者のために自らの命を捧げるという意志によってな」

レオンは瓦礫の山を見つめた。十年前、不名誉な盗賊の疑いをかけられ、騎士としての誇りをすべて失った父。

しかし、最期の瞬間に、父は卑劣な迷宮の理さえも自己犠牲の輝きへと変えてみせたのだ。

「……そうか。父上は、十年前になくした騎士としての名誉は取り戻せなかったかもしれない……」

レオンは、こみ上げてくる熱いものを必死に飲み込み、真っ直ぐに前を見据えた。その瞳に涙はなかった。父が命を懸けて繋いだ「明日」を、涙で曇らせるわけにはいかなかったからだ。

「けれど、あの人は最後に、一人の人間としての、最高の『名誉』を取り戻したんだな」

その独白を、真横で受け止めている者がいた。ミーアだった。彼女は賑やかな仲間たちの輪には加わらず、レオンの人生最大の宿命がいかにして決着したのか、そのすべてを一番近くで記憶に刻みつけるためにそこにいた。

「……ええ。とても立派だったわ、レオンのお父様」

ミーアはそっと、レオンの震える肩に、自分の肩を寄せた。

「あたし、言ったでしょ。あなたの戦う姿を、特等席で応援してあげるって」

ミーアはレオンの横顔を見つめた。彼女がこの「影ある剣士」に惹かれたのは、単なる好奇心だけではない。かつて自分たちの過失によって不幸に陥れたレスリーの面影を彼に重ね、今度こそ、その宿命の結末に寄り添いたいという、狂おしいほどの情愛があったからだ。

その言葉を受け、レオンは静かにミーアの方へと向き直った。彼は長い間、誰の手も借りず、ただ己の剣だけを信じて裏街を生き抜いてきた男だった。けれど、今この瞬間に自分を支えてくれている彼女の体温は、あまりにも確かで、温かかった。

レオンは力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細な手つきで、ミーアの指先をそっと握りしめた。

「……感謝する、ミーア。君が俺の隣にいてくれて……本当によかった」

遠くで響く仲間たちの歓声。崩落した迷宮の入り口。朝日が、明日へと歩み出す二人の影を、優しく照らし出していた。




絶望的な崩壊の渦中、仲間を守る「壁」となって消えたテューレ。しかし、奇跡的な無事の生還を果たした彼を待っていたのは、涙ながらの安堵と、フィランヌのあまりにも彼女らしい馬乗りパンチでした(笑)。

そして明かされる、レオンの父の最期の真実。
「他者を身代わりにする」という不浄な禁忌のタレント『トラップ・エクスチェンジ』。しかし彼は最期の瞬間、その凶悪な罠を「若者を救い、自らを身代わりにする」という正反対の自己犠牲へと取り換え(エクスチェンジ)ました。十年前になくした騎士の名誉ではなく、一人の人間としての誇りを取り戻した父の最期。それを看取ったレオンとミーアがそっと手を重ね合うシーンは、二人の絆が確かに深まった最高の瞬間となりました。

『モスコスの大迷宮』攻略――これにて堂々の完全決着です!

……でも、何か忘れていませんか?そう、この冒険の目的、10万ゴールドの借金を返すというミッションです!しかし、何も宝物を持ち出せていないようですが、どうなることやら……次回もお楽しみに!
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