テューレたちが「神獣モスコスの蹄跡」にたどり着く、わずか半刻前のこと。 横方向へと深く抉られた断崖絶壁に架かる吊り橋を、五人の影が音もなく渡りきっていた。彼らはこの地に眠る「モスコスの大迷宮」の存在をいち早く察知し、最速でここまで駆け抜けてきた先行パーティの面々である。
「――戻ったぞ」
彼らが対岸で待機していると、背後の密林から、影が滑り込むように現れた。褐色肌に銀髪をなびかせたダークエルフの
「追跡者どもの様子は?」
パーティのリーダーである男が、静かな声で問いかける。その男は、クリスタニアでは極めて珍しい、室内トラップと迷宮構造に精通した「スカウトの技術を持つ」人物だった。
「後方の有象無象どもは、私の『
メルヴィーの報告を聞き、リーダーの男は不敵に口元を歪めた。
「ほう……こちらの仕掛けを看破してくるか。面白い。だが、ここから先はそう簡単には進ませないさ」
男は視線を落とし、足元の吊り橋を支える頑丈なロープへと歩み寄ると、腰の小剣を抜いた。迷いなく一太刀を浴びせると、太い紐が悲鳴を上げて弾け飛び、吊り橋は無残に谷底へと崩れ落ちていく。
「さて。橋を落としても、次に骨のある連中が考えるのは『空を飛んで渡ること』だ」
リーダーの男は、自らのパーティにいるハヤブサのビーストマスター、ファルクへと視線を向けた。
「ファルク、お前ならこの濃霧の中、こちら側の岸のどこに着地する?」
「……あの崖っぷち、茂みの手前のわずかな平地だな。あの強風と視界じゃ、俺が翼を広げて安全に足を下ろせる場所はあそこしかない」
その精悍な顔の口元を引き締め、ファルクが的確に答える。飛行できるタレントを持つ者の視点による確かな見立てだった。
リーダーの男は頷くと、背嚢から強力な対人ボウガンを取り出した。ファルクが指し示した、飛行者が必ず着地するであろうそのポイントへ、踏むとワイヤーが引かれる「踏み板」を精密に仕掛けていく。最後に上からうっすらと土をかけ、周囲の大自然の景観に完全に溶け込ませた。
「よし、これでいい。飛んで渡ってきた鳥のビーストマスターは、着地した瞬間にこの手痛い歓迎を受けることになる。メルヴィー、行くぞ」
罠を仕掛け終えた男は、だが、二、三歩進んだところでふと立ち止まり、前方の遥か彼方にある大迷宮の方角へと目を細めた。
「……モスコスが説くのは、人生とは挑戦の連続であり、迷宮とはその思想を体現するもの。だからこそ、挑戦者たちがこの密林で脱落し、迷宮の門を叩くことさえ叶わぬというのは、あの方の本意ではないだろうが、な」
◆ ◆ ◆
その場所は、陽の光が届くことのない世界の深淵にあった。
「モスコスの大迷宮」最奥部。空間そのものが歪むかのような圧迫感を放つ玉座の間。壁面には
全身を荒々しい毛皮と神聖な武具で包み込んだその姿は、神獣モスコスの化身とも言える、巨大な
男は、玉座の周囲に積み上げられた夥しい数の武具の山を、無機質な瞳で見下ろしている。迷宮に吸い込まれていった無数の冒険者たちの、最期の輝きを吸い上げるように。彼が何を思い、何を見据えているのか――その胸の内に秘められた本当の意思は、静寂の中、誰にも知られることなく閉ざされていた。
◆ ◆ ◆
迷宮の主へと思いを馳せていたリーダーの男は、ふっと我に返ったように短く息を吐いた。 そして、背後に控える精鋭たちを見回して力強く頷く。その瞳には、再び冷徹な攻略者の光が戻っていた。
「――行くぞ。迷宮の入り口まで丸一日の行程だ」
男が先陣を切ると、一行は再び過酷な密林へと足を踏み入れた。
行く手には、聖域を侵す者を容赦なく引き裂く異形の魔獣たちが徘徊している。だが、彼らはそれらワンダリングモンスターの唸り声をまるでただの風の音のように聞き流し、一切の怯懦さを見せることなく進み続けた。むしろ、迫り来る脅威さえも迷宮へ挑む前の景気づけだ、とでも言わんかのように、その足取りには迷いがない。
「さあ、門を叩く前に、牙を研ぎ澄ませておこうか」
リーダーの男が短く告げると、密林の奥から地響きのような咆哮が轟いた。それでも彼らのパーティに怯えの色は一切なく、むしろその表情には、死と隣り合わせの道のりさえも楽しむような、研ぎ澄まされた愉悦が浮かんでいた。
第四話をお読みいただきありがとうございます。 今回は視点を変え、テューレたちを阻む「先行パーティ」の動向を描きました。
彼らのリーダーが語った「人生は挑戦の連続であり、迷宮はその思想の体現である」という言葉。これは本作の核心に触れる重要なテーマにする予定です。
さて、セッション5では再びテューレたちの視点に戻ります。 謎の男、オリジナルキャラクターのレオンの内面を少し掘り下げるつもりです。ではまた。