メルヴィー「ハヤブサとワシって何が違うの?」
ファルク「タレントは全然違うものを用意する予定だぞ!ま、楽しみにしておけ」
断崖を越えてから半日、テューレたちは鬱蒼とした原生林をひたすら歩き続けていた。道なき道を切り拓く強行軍に全員の疲労もピークに達し、その夜は密林地帯の奥深く、巨大な大樹の根元に隠れるようにして野営を張ることとなった。
夜のクリスタニアは、昼間以上に危険に満ちている。しかもこの密林地帯では密集した木々のせいで空も見えないほどだった。レオンは周囲を鋭く見渡し、低い声で「この付近は夜も危険だ。三交代で警戒に当たったほうがいいと思うが、どうだ?」と提案した。百戦錬磨の面々も「それもそうね」「賢明ですな」と納得して議論が始まった。
「三交代なら二人ずつ三組ね。じゃあ、まずはあたしとテューレで組みましょうか」
フィランヌが涼やかな声で提案すると、ミーアがクスクスと笑いながら横槍を入れる。
「あら、それなら丁度いいわね。久しぶりに再会したんだから、二人きりで、借金の清算方法だとかトバシた利息の計算だとか、もし払えない場合に何をカタに差し出すかについてじっくり話し合っておいたら?」
「ひえっ!? 嘘でしょ、そんな恐ろしい同窓会、絶対にお断りよぅ!」
(あ……テューレ様と組みたかったのに……)
ラトーナの心に焦燥の念がよぎったが、相手は救国の英雄であるフィランヌだし、そもそもテューレ様と一緒にいたいなどという子供っぽい理由で反対することなどためらわれ、彼女は唇を噛み締めてその言葉を呑み込んだ。
「おやおや、ラーダの法衣をまとったお方と組むことになるとは、テューレ殿はまさに我々皆に『包囲』されて逃げ場を失ったというわけですな」
ドルドムントがシルクハットを指で持ち上げ、冗談めかして触角を震わせる。ラトーナは鬱屈とした気分を抱えていたが、そのセリフの裏に隠された意図に気づくと、思わずお腹を抱えて大笑いしてしまった。
「あはははは! ちょっとドルドムント、包囲と法衣をかけてるわけね!? そんなひねったダジャレ、どこで覚えてきたのよ……!」
その様子を見ていたミーアが、悪戯っぽく瞳を輝かせて口を開く。
「ねえラトーナ、あなた、ドルドムントと組んでみたら?」
「えっ……あたしが、彼と?」
「ええ、冗談の感性が合うみたいだし、相性は悪くないんじゃないかしら?」
レオンは肩をすくめつつ、この二人を組ませる必然性について思案する。
「では、その組み合わせでいこう。五感の仕組みが異なる異種族のペアなら、片方の錯覚や死角をもう片方が補える。不意打ちを狙う側にとっては、最も裏をかきにくい最悪の組み合わせのはずだ」
「わかったわ! ドルドムント、よろしくね!」
「お安い御用ですぞ、ラトーナ殿。私がアリのままに、すべてを見通してみせましょう」
「それ、さっきからダジャレが多すぎるわよ……!」
残るはレオンとミーアだけとなった。ミーアは細い枯れ枝で焚き火をつつきながら、レオンに妖艶な視線を向ける。
「最後は私たちね。レオン、あなたのその過去ありげな横顔、一晩中じっくり観察させてもらうわよ?」
「……好きにしろ。ただし、任務中は私語厳禁だ」
こうして、ワイワイと騒がしいやり取りの末、ようやく見張りの体制が整ったのだった。
最初の夜番:テューレ & フィランヌ
「ひえぇ……静かすぎて逆に怖いわよぅ。この張り詰めた空気だけで、あたしの恐怖の貯金がまた3年分も積み上がっちゃいそうだわ……」
タワーシールドを引き寄せ、大樹の陰で身を縮めるテューレ。隣に立つのは、至高神ラーダの法衣に身を包み、いつも美しく輝く細身の剣を携えた金髪の神官、フィランヌだ。テューレは「また借金のお説教が始まるわ……」と身構えていたが、二人きりになったフィランヌの口から漏れたのは、意外なほど穏やかなトーンの声だった。
「……何をそんなに怯えているの、テューレ。あたしは今、あなたを叱りつけたいわけではないわ」
「えっ……? フィランヌ?」
炎に照らされた彼女の美しい横顔には、酒場で見せたようなトゲはなく、どこか柔らかい光が宿っていた。
「確かに、あなたの戦士としての足らないところ、頼りないところを挙げればキリがないわ。力を高める努力を怠っている部分もあるもの。でもね……あたしはこの1年、アンバースたちとも離れて南クリスタニアをずっと一人で旅してきたのよ。だから……こうしてまた、かつて苦楽を共にしたあなたと再会できて、また一緒に歩めていることが……本当は、純粋にとても嬉しいの」
「フィランヌ……」
いつもの厳しさの裏にある、旧友への温かい本音。予想外の穏やかさに、テューレはすっかり面食らい、気の弱そうな表情のまま大きな身体を丸めて照れくさそうに頭を掻くのだった。
二番手の夜番:ラトーナ & ドルドムント
夜番が交代し、静まり返るキャンプで焚き火の番をするのはラトーナとドルドムントだ。しかし、テューレとフィランヌが交代時に醸し出していた「特別な空気」が気になって仕方のないラトーナは、その瞳に隠しきれない物憂げな影をたっぷりと宿し、そわそわと火を見つめていた。
「ねえ、ドルドムント。最初の二人、交代するときなんだか凄くいい雰囲気じゃなかった……? どんなお話をされてたのかなぁ。やっぱり、私たちの知らない『昔のお付き合い』があるから、二人だけの特別な空気があるっていうか……あー、気になるなぁ……」
「おやおや、ラトーナ殿。そのお話は先ほどからかれこれ五回目ですぞ。私の複眼がどれだけ多くのものを見ようとも、他人の過去の会話まで透視するなど……アリえない話ですな」
さすがのドルドムントも、延々と続く同じ話に辟易して苦笑せざるを得なかった。しかし、彼はラトーナの焦れったそうな様子を優しく見つめると、やんわりとこう続けた。
「私のような蟻人(ミュルミドン)の感性には少々分かりかねる部分もありますが……あれは、人間が言うところの『恋』や『愛』といった類のものではないと思いますよ。どちらかと言えば、命を預け合った者同士の『信頼』の証かと」
「えっ!? ち、違うわよドルドムント。私は別に、テューレ様のことが好きとかそういうのじゃなくて……ただ、その、仲間として気になっただけで……!」
核心を突かれ、ラトーナは顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら、必死に弁解の言葉を並べ立てるのだった。
三番手の夜番:レオン & ミーア
最も夜が深まる頃、最後の夜番が回ってきた。レオンとミーアだ。
パチパチと爆ぜる焚き火の光の中、ミーアは強気な笑みを浮かべつつ腕を組み、隣に座るレオンの端正な横顔をじっと見つめていた。黄金峡のすべての記憶を持つ彼女の鋭い目は、出会った時から彼の瞳の奥にある仄暗い「陰」が気になって仕方がなかったのだ。
「ねえ、レオン。あなた、どうしてそんなに死に急ぐような目をして大迷宮を目指しているの? 単に一攫千金を狙う冒険者には見えないけれど……少し、あなた自身のことを聞かせてくれないかしら?」
少しからかうような、けれど真剣なミーアの問いに、レオンは一瞬、ためらうように視線を落とした。だが、夜の静寂がそうさせたのか、彼はぽつり、ぽつりと、断片的に自分の過去を語り始めた。
「……俺は、それなりの良い家系に生まれた。だが、父があるモスコスの迷宮に挑み、そこで『不名誉な死』を迎えてから、すべてが変わった。家は零落し、何も知らないお坊ちゃんだった俺は、こうして剣一つで生きる道を立てざるを得なくなった……」
レオンの声音には、深い悔恨と冷徹な決意が混ざり合っていた。
(ああ、この人はレスリーに似ているんだ。だから気になっていたんだわ、私。)と、ミーアはこの人物に深い関心を覚えた理由が分かった気がした。昔、黄金峡を目指し始めた駆け出しのころの冒険で、彼女たちの過失により不幸に陥れた人物。黄金峡に関わる冒険をすべて覚えているミーアは、テューレたちよりもより強くその人物のことが印象に残っていた。レオンはまさに、あの時のレスリーそのままのような男だったのだ。
「人を信じるな、己の剣だけを信じろ――それが、裏街で生き延びるために俺が学んだ全てだ。いつしか、俺は他人に心を許す方法を忘れてしまった。この陰気で生真面目な性格も、その過程で出来上がった歪みなのさ。だが、このモスコスの大迷宮を攻略した暁には、失われた父の名誉を晴らすための『真実』を得ることもできるに違いない。だから俺は、何としても最奥へ行かねばならないんだ」
「なるほどね……」
ミーアは静かに頷いた。彼の危うい佇みの理由を知り、彼女の胸の鼓動はさらに高鳴る。波乱万丈の物語を求める彼女にとって、この影ある剣士の背負う宿命は、あまりにも魅惑的だった。
――しかし、レオンがその重い告白を終えようとした、その瞬間だった。
まるで夜の密林がその命を奪い取ったかのように、唯一の明かりであった焚き火が、不自然な音を立ててシュウゥ……と消滅した。
天を覆い尽くす密林の枝葉は星の光さえも遮り、世界は漆黒の闇に塗り潰される。唯一の拠り所を奪われたことで、キャンプは完全なる盲目状態へと叩き落とされた。直後、湿った風がレオンの頬を撫でる。夜目が利く捕食者の、獲物を狙う吐息だった。
「来るぞ!」
レオンの叫びと同時、闇の奥から殺気が爆ぜた。音もなく襲いかかるのは、影に溶け込む二体の『影の混沌』。通常の人間であれば視界を奪われ、逃げ場もないこの密林の闇の中では死を覚悟する状況だが、ミーアは即座に指先で複雑な印を結んだ。
「――果てなき夜に拒絶を、閉ざされた漆黒に一条の裁きを。白き精霊よ、我が契約に従い顕現せよ。密林を切り裂け、灯火(ウィルオーウィスプ)!」
彼女の掌から放たれた光は凝縮し、膨れ上がり――やがて頭上で、直径五十センチメートルほどの光球となって力強く輝いた。本来ならば星一つ見えないはずの天蓋の下、その白い光はキャンプ一帯を強引に照らし出し、レオンの背後に迫っていた二体の異形を白日の下に晒した。
「……見えるぞ!」
視界を確保したレオンの剣が、唸りを上げて空を切った。光に曝され、不意を突かれた『影の混沌』の一体は、迷いのない一撃によって一瞬でその存在を切り裂かれた。
しかし、もう一体がその隙を突いてミーアの喉元へ鋭い爪を伸ばす。
「甘いわね」
ミーアは動じることなく、瞬時に空いた片手でもう一つの光球を召喚した。そして彼女が手首を振ると、頭上で輝いていた先の一球が弾丸のように加速し、襲いかかってきた『影の混沌』へ向かって一直線に突進する。強烈な衝撃を伴った光球の直撃を受け、異形は断末魔も上げられずに弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
戦闘の終わりを告げる静寂が、再びキャンプを支配する。一瞬の出来事だった。
「今の音は何!?」
「不意打ち……!? 誰かいるの!?」
騒ぎに気づいたテューレやフィランヌたちが、武器を手に飛び起きてくる。
しかし彼らの目に映ったのは、輝く光球に照らされる中、何事もなかったかのように剣を収めるレオンと、笑みを浮かべているミーアの姿だった。
「なあに、騒々しい、まだ朝には早いわよ?」
そう言うと彼女は手元に残ったもう一筋の光を焚き木に叩きつけた。その衝撃でわずかに残っていた火種が再点火し、再び元のように焚き火が燃え上がる。一同は呆然とするしかなかった。
今回は以前予告していたミーア&レオン回でした。 波乱万丈な物語を求めるミーアが、影ある剣士レオンの「宿命」という名の深淵に一歩踏み込む、二人にとって極めて重要なエピソードとなりました。今後の二人について、ぜひ温かく見守ってくださいね。
また、普段は「10万ゴールドの債権者」として厳しいフィランヌが、夜の静寂の中でふと見せた優しい言葉遣いは一体何を意味するのか。この辺も何とか形にしていきたいと思っております。
そして、「迷宮伝説」というタイトルなのに全然ダンジョンアタック出来てないので、次回からそろそろ本腰入れて書いて行こうと思います。では、また。