1
「この程度の仕掛けとは、モスコスの大迷宮という割にはガッカリね」
大理石の台座の前で、ダークエルフのメルヴィーが鼻で笑った。その後ろに控える仲間たちも、退屈そうに肩をすくめる。
「焦るな、まだ地下一階で始まったばかりだぞ」
リーダー格の男がそう諌めるが、その目にも挑戦の熱気は薄い。
「で、その短剣とブーツはどうする?」
「短剣は精神を蝕むデメリットがあるし、ブーツは我ら全員が音の出ない革鎧を使っているから不要だわ。こんなもの、ここで置いていきましょう」
彼らは手に入れたアーティファクトをゴミ同然に台座へ放り出し、何の迷いもなく暗闇の先へと消えていった。
2
テューレたちは「モスコスの大迷宮」の入り口をくぐり抜けて以降、レオンの教え通りに執拗なまでにマッピングを続けていた。通路の分岐点ごとに赤顔料で矢印を刻み、床の罠を警戒し、すべての通路を歩き尽くしたはずだった。
しかし、現在一行は、まさにその「全てを塗りつぶしたはずの地図」の行き止まりで立ち尽くしていた。
「ひえぇ、もう限界よぉ!あたし、もう3回はここを通ったわ!迷宮の神様、あたしたちをからかってるの!?」
テューレが愛用のタワーシールドを床に投げ出し、ガタガタ震えながら座り込んだ。
「……みなさん、落ち込まないでください!地図を整理してみると、何か新しい発見があるはずですよ。……あ!見てください、ここです!この通路、少しだけ長さに余分がありますよね?壁の裏側に、パズルのピースみたいに『隠れ家』的な空洞が隠されている気がしませんか?」
ラトーナが地図を胸の前に掲げてみんなに見せて回りながら、瞳を輝かせて自分の推理を口にする。
「あら、本当にね」
ミーアが地図を丸めると、ニヤリと不敵に笑って壁に手を当てた。
「この壁の向こうに隠し通路があるはずよ。見つけてみせるわ」
しかし、ミーアは壁の継ぎ目や隠しスイッチを懸命に探ったものの、数分経っても何も反応はなかった。
「……あれ?おかしいわね。この壁の裏には間違いなく空間があるはずなのに……どこにも反応がないなんて」
自信満々だったミーアも、さすがに途方に暮れて首を傾げる。
「……おや、お困りですか?行き止まりに当たって『行き詰まり』とは、ふふ、ここはひとつ、スカウトの出番ですな」
沈黙を破ったのはドルドムントだった。彼はシルクハットの縁に指をかけ、気障っぽく笑う。
彼はミーアが見落としていた壁の継ぎ目のさらに数ミリ先、常人には判別できないほど微細な石の摩耗に目を留めた。
「力任せに探しては見つからぬもの。壁の声に耳を傾けるように……ここです」
ドルドムントが指先で一点を叩くと、カチリ、と硬質な音を立てて隠し扉が内側へスライドし、隠されていた小部屋が露わになる。
中に入ってみると、部屋の中央には、苔むした大理石の台座があり、その上に巨大な
「……我は扉を護るもの。知恵なき者に道は開かぬ。答えよ。
『月は満ち欠け、星は巡る。だが、歩むこともなく常にそこにあり、触れれば熱を奪い、離れれば凍てつく。太陽を愛しながら、太陽が昇れば姿を消す、わがままな隣人は誰か?』」
「ひえっ!?何その難しいお話ぃっ!太陽が昇ったら消える……ってことは、お化け?」
テューレが自信なさげに呟いた瞬間、彫像の眼窩が怪しく赤く光り、巨体が轟音を立てて動き出した。
「馬鹿なことを!この手のリドルで不正解を言えば、即座にこの彫像と死闘を演じる羽目になるんだぞ!」
レオンが抜剣し、激しい罵声を飛ばす。
彫像の巨大な腕がテューレめがけて振り下ろされようとしたその直前――フィランヌが涼やかな声で遮った。
「答えは『影』よ」
彫像はその巨大な拳を空中でぴたりと止め、ガリガリと石の擦れる音を立てて再び静止した。
「……正解だ。賢き者には門を開こう」
その言葉と共に、彫像が鎮座していた大理石の台座がゴゴゴと音を立ててスライドし、隠されていた収納部から二つの秘宝が現れた。同時に、部屋の奥まった壁面全体が重厚な音を響かせて左右へ分かれ、迷宮のさらに深い場所へと続く新たな通路が姿を現した。
「ふう、危なかったわ。本当に気をつけてよね……。あのままだったら今頃あんたは石像の拳に押し潰されて、床のシミになってたわよ」
ミーアが呆れたように肩をすくめて軽口を叩くと、テューレは顔面蒼白のままフィランヌに向き直り、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「あ、あの……フィランヌ、命拾いしたわ……!助けてくれて、本当にありがとう……っ!」
フィランヌはいつもの厳しい眼差しをふっと緩め、悪戯っぽく、しかし慈愛に満ちた笑みをテューレに向けた。
「お礼なら、その『リーダー』としての背中をもう少しだけ頼もしく見せることで返してちょうだい。次に死にそうなときは、10万ゴールドの借金を取り立てるまで逃がさないから」
フィランヌの言葉に、ラトーナは少しだけ眉をひそめた。テューレを助けてくれたことには感謝しつつも、あんな風に追い詰めるような言い方をしなくてもいいのに、という思いが胸をよぎる。ラトーナはテューレの手をそっと握り、慰めるように微笑みかけてから、台座から現れた宝物へと足早に歩み寄った。彼女は魔力を指先に込め、きらきらと淡い光を放ちながら楽しげに鑑定を始める。
「わあ、すごい!これは『夜歩きのブーツ』ですね。足音を完璧に消してくれる魔法の靴です!そしてこっちの短剣は……『導きの短剣』!壁の魔法の歪みを教えてくれる、とっても頼もしいアーティファクトですよ!」
鑑定を終えたラトーナは、短剣の輝きに見とれながらも、きりりと表情を引き締めた。
「ただ、一つだけ注意点です。この短剣は持ち主の五感を無理やり広げるので、あまり長く使っていると頭がクラクラしちゃうかもしれません。気をつけてくださいね」
その説明を聞いたレオンは、短剣に手を伸ばすと、それを鞘に収めながら静かに言った。
「……なら、魔法を使う君たちが持つべきではないな。精神力を温存しなければならないだろう。これ以上の負荷は戦力ダウンにつながる……ここは俺が預かっておこう」
(……あら?あなた、そんなに自分からリスクを引き受けようとするタイプじゃなかったはずなのに)
ミーアはその様子をじっと観察していたが、レオンが短剣を握るその所作に、無意識の強い責任感を感じ取らざるを得なかった。ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、この死線だらけの迷宮を仲間と共に駆け抜けることに、彼自身が既に代えがたい「愛着」を抱き始めているのだと、ミーアにはなんとなく分かった。
「ブーツはテューレが履きなさい」
フィランヌが即座に結論を下す。
「一人だけ金属鎧を着ていて、歩くたびにガチャガチャとうるさいのよ。ただでさえあんたの泣き言で迷宮が騒がしいのに、これ以上音を撒き散らされたら、モンスターを呼び寄せて全滅確定だからね」
フィランヌが優雅に微笑んで毒を吐くと、テューレは「ひどぉい!」と言いつつも、素直にブーツを受け取った。
「ようやく先へ進めるな。ドルドムント殿、松明の燃料は足りているか?」
レオンの問いかけに、ドルドムントはシルクハットを叩き、触角を誇らしげに震わせた。
「お任せあれ。この先の迷宮も、我らなら『アリ』がたいほどの好成績で突破できることでしょう!」
一同はドルドムントのダジャレを軽くいなしながら、新たに手に入れたマジックアイテムを装備し、奥に開いた新たな通路へと足を踏み出していった。
このパーティは誰か一人の英雄が引っ張るのではなく、それぞれ違う才能を持った6人が力を合わせて進んでいく冒険を目指しています。
今のところフィランヌが英雄として頭ひとつ抜けていて、逆にテューレが全くいいところがありませんが⋯どうなるかは、この先をお楽しみに。
次回は地下二階、彼らの生命力と精神力を極限まで引き出すことを求められる、試練の間が待っています。お楽しみに。