テューレたちは地下二階の探索を続け、ついに広大な広間に足を踏み入れた。部屋の四隅には魔法陣が刻まれており、その中の一つが妖しく茶色に輝いている。
「また何かの罠かしら……」
テューレが警戒しながらも、ついその茶色の魔法陣へ足を踏み入れようとしたその時、レオンが鋭く彼の肩を掴んで制止した。
「待て。迂闊に近づくな」
レオンは床に転がっていた石ころを拾い上げ、無作法にその魔法陣の中へと投げ込んだ。すると、石ころは魔法陣に触れた瞬間、音もなく虚空へ消え去った。
「テレポーターだ。……だが、地下二階の他のエリアは全て探索済みだ。これ以上進むには、この先へ行く以外に選択肢はない」
レオンの言葉に一行は頷き、腹を括って全員で魔法陣へと飛び込んだ。
視界が歪み、一瞬の浮遊感の後、彼らは全く別の部屋に降り立った。そこは広々とした赤土がむき出しになった異様な空間だった。部屋の中央には、小人のような不気味な彫像が誇らしげに鎮座している。
「これは……土の精霊ノームね」
ミーアが淡々とその正体を口にした直後、テューレは「あら、なんだか愛らしい像じゃないのぉ。ちょっと触ってみようかしら」とつぶやきながら、無警戒にその彫像へと手を伸ばし、不用意に近づいていった。
「触るなテューレ!」
レオンが叫んだ瞬間、彫像を起点として周囲の土が激しく盛り上がり、八体のノームが姿を現した。彼らは殺気を放ち、一斉にテューレたちへ襲いかかる。ミーアが即座に精霊語で呼びかけるが、彼らは一切に応じない。
「だめだわ……いわゆる『狂える精霊』よ! 対話なんて無駄、戦うしかないわ!」
戦闘は熾烈を極めた。ラトーナはノームが放った『スネア』を受けて足元をすくわれるが、それはまだ軽い魔法攻撃で済んだ。しかし、不用意に近づいていたテューレには残る七体からの石礫が容赦なく降り注いだ。
「テューレ様!」
悲鳴を上げたラトーナは、意を決して禁忌に近い魔術を解放した。四大精霊の力を強制的に打ち消す魔法、『サプレスエレメンタル』。彼女は杖を高く掲げ、凛とした声で詠唱を紡ぐ。
「――久遠の地を統べる母なる理よ、万物を育む揺りかごの静寂を今一度我が手に! 暴走せし大地の怒りを沈め、荒ぶる理を無に帰せ! 聖なる鎮魂の法を以て命ず――『サプレスエレメンタル』!」
ラトーナの周囲に虹色の光が渦巻き、それが部屋全体を覆うように広がった。土の精霊たちを支配していた狂気がその光に触れた瞬間、霧のようにかき消され、ノームたちは悲鳴を上げることもなく砂となって崩れ落ちた。
と、その瞬間、部屋の中央にあった小人の彫像が眩い光を放ち、テューレたちは再び元の部屋へと強制的に転送された。
広間に戻った瞬間、ガクリと膝をついたのはテューレだった。全身を石礫で打ちのめされ、服はボロボロで傷口からは血が滲んでいる。
「……いたたた……あんな愛らしい見た目をして、なんて荒っぽい子たちなの……」
フィランヌが溜息をつきながらテューレの隣へ歩み寄り、聖なる光を纏った手をかざす。傷口がみるみる塞がっていくのを感じながら、テューレは消え入るような声で呟いた。
「……ごめんなさい。でも、今まであたしだけ何も良いところを見せられてなくて……。だから、せめてあのお像に何か元の部屋に戻る仕掛けでも見つけて、皆の役に立ちたかったのよ……」
その言葉に、いつもの厳しい説教を準備していたフィランヌの動きが止まった。テューレの真っ直ぐすぎる焦燥と健気さに不意を突かれたのか、彼女の表情から鋭さが消え、ふっと肩の力が抜ける。
「……あなたは本当に、時々わからなくなるわね」
フィランヌは治療の手を止めることなく、少しだけ声のトーンを落として続けた。
「迷宮では、無事に生き残ってここに立っていること自体が、何よりの貢献なの。焦って傷つく必要なんてないのよ。次に何かを見つけたときは、私の隣から離れないで。いいわね?」
「……ええ、約束するわ」
少しだけ赤くなった顔でテューレが頷くと、フィランヌは困ったように小さく笑った。
一息ついた一同は、今度は別の場所にある魔法陣が赤く輝き始めていることに気づいた。
「あら? 今度は赤く光ってるわね。茶色の時は土のノームだったから……」
テューレが治療されて早々に首を傾げると、ミーアが深刻な面持ちで口を開いた。
「……法則性に則っているなら、次は炎の精霊サラマンダーね。さっきのノーム以上に苛烈な力を持っているはずよ。あんな精霊と正面からぶつかることになったら、ひとたまりもないわ」
ミーアのその慎重な言葉に、フィランヌもまた表情を険しくし、深く頷いた。
「ええ……同感よ。次が炎ならば、一瞬の油断が命取りになるわね。私たちも、これまで以上の覚悟が必要よ」
ドルドムントは優雅に自身のシルクハットを整え、一行の表情を眺めながら、芝居がかった口調でラトーナに問いかけた。
「さて、ラトーナ殿。あのような素晴らしい魔術『サプレスエレメンタル』を、あと何回ほど拝見できるのかね? この怪盗、その『回答』に非常に興味があるのだよ」
ラトーナは少々顔色は悪いものの、テューレたちの不安を和らげるように、努めて明るくニッコリと微笑んで答えた。
「大丈夫だよ、ドルドムント! 精神力の消耗を考えても、あと2回はバッチリいけるから!」
その言葉に、部屋には重苦しい沈黙が流れた。魔法陣はまだ3個残っているのに、と誰もが心中で冷や汗をかく。攻略の難易度が一気に跳ね上がったことを確信しながら、一行は次の精霊が待ち受けるであろう赤き魔法陣を睨み据えた。
第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は地下二階の「属性試練」の幕開けとなるノーム戦でした。今後、テューレたちを容赦なく襲う連続戦闘、「リソースが足りなくなっていく絶望感」をどうかご期待ください。