「……ラトーナにばかり、負担を強いるわけにはいかないわよね」
ミーアは唇を噛み締め、決意を胸に刻んだ。かつての黄金峡の記憶を唯一共有する特別な仲間だからこそ、これ以上彼女に無理をさせるわけにはいかない。ミーアは身を引き締めた。
「今度は、私が頑張るしかないわね」
ミーアの言葉に、テューレをはじめとする仲間たちも表情を強張らせた。この先、何が待ち受けているかわからない。だが、一歩も引くわけにはいかない。ミーアは手早く、しかし的確に自分の考えを仲間に伝えた。
「……なるほど。そういう作戦ね」
テューレが力強く頷き、愛用のタワーシールドと剣を構え直す。その瞳には、さっきの弱気な表情とは違う、仲間と共に戦う決意が宿っていた。全員の意志が一つに重なり、一行は迷うことなく、妖しく脈動する赤い魔法陣へと飛び込んだ。
視界が切り替わった先は、土の部屋とは打って変わった、熱気を帯びた石畳の空間だった。床は何の変哲もないが、円を描くように配置された8つの焚き火台が不気味に燃え盛っている。そしてその中央には、トカゲの彫像が鎮座していた。
「予想通りね」
ミーアは周囲を見渡し、淀みのない明晰な口調で作戦を指示した。
「まずラトーナ、あなたにはテューレへの『エンチャントウェポン』をお願いするわ。戦士テューレにかけるだけなら、少ない精神力で済むはずよ」
「……はい! 任せて!」
ラトーナは持ち前の快活さで返すと、テューレの剣に手をかざして呪文を唱えた。
「――刃に宿れ、破砕の楔。鋼を研ぎ澄まし、敵を穿て。エンチャント・ウェポン!」
さらにラトーナは、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……テューレ様へ、この愛届け、シャイニングラブ」
その瞬間、剣が眩い魔力を放ち、白銀色に輝き出した。それを見たドルドムントが、不思議そうに首を傾げた。
「ほう、随分と神々しく輝くものですな。……ところでラトーナ殿、私は古代語には詳しくないんだが、今の『シャイニングラブ』というのはどういう意味だったんですかな?」
突如の質問に、ラトーナは心臓が跳ね上がるのを感じた。みるみるうちに顔が真っ赤に染まり、狼狽えてしどろもどろになる。
「お、教えない! それは……その、秘密の呪文なの! 聞かないでよ!」
ミーアは苦笑しつつ、視線をレオンへと移した。
「レオン、その『導きの短剣』は魔法の武器でもあるわ。サラマンダーには通常の武器は通じないから、今回はこれで戦って」
「承知した」
レオンは言葉少なに短剣を抜いた。そしてミーアは、自身の魔力を指先に集中させ、腰の水袋に向けて勢いよく手を振るった。
「――清冽なる水脈の守護者よ、万物を育む慈愛の調べを今一度我が手に! 暴走する熱を鎮め、聖なるヴェールで我らを包み込め! 慈悲深き水の膜を――『ウォータースクリーン』!」
呪文と共に、水袋から二体の精霊がするりと抜け出した。精霊たちはテューレとレオンを優しく、しかし強固に包み込む。
「作戦は単純よ。テューレとレオン、あなたたち二人だけが彫像に近づいて。水の膜が保っている間に、集中攻撃でサラマンダーを倒すの」
「つまり、魔法節約戦法というわけだな」
レオンが冷静に分析するように頷くと、ミーアは済まなそうな表情で言葉を継いだ。
「そうなの……。あなたたち戦士二人に、極力頑張ってもらわなきゃいけない戦い方なんだけど……いいかしら?」
しかし、テューレは自信に満ちた笑みを浮かべて胸を張った。
「構わないわよ! むしろ、そろそろいいところを見せないといけないと思ってたところだし!」
「元より、お前たちの盾となるのが俺たち専業戦士の仕事だ。異存はない」
レオンもまた静かに短剣を構え、力強い言葉を添える。そのプロとしての頼もしい返答に、ミーアの肩からふっと力が抜け、安堵の笑みがこぼれた。
そして、ミーアの合図と共に、激戦の幕が上がった。炎の精霊サラマンダーが周囲の炎から具現化し、猛烈な熱波と共に襲いかかる。テューレはタワーシールドを構え、水の膜を盾に果敢に突進した。
サラマンダーの放った炎の舌がテューレの目の前まで伸びる。あまりの熱量にテューレが思わず怯み、盾を高く掲げたその瞬間――。
「……あれ、思ったほど熱くないわぁ!」
テューレは目を見開いた。彼自身の身体を包む薄い水の膜が、サラマンダーの猛火を完璧に遮断していたのだ。レオンもまた、敵の炎を間一髪で回避しながら、短剣を鋭く突き出す。
「ああ、これならいけるな。ミーア、礼を言うぞ!」
ウォータースクリーンがこれほどまでの効果を発揮するとは。二人は確かな手応えを感じ、先ほどまでの緊張を吹き飛ばすような勢いで炎の精霊へと肉薄した。
しかし、戦況は決して楽観視できるものではなかった。敵は精鋭のサラマンダーが8体。2対8という圧倒的な数の不利は如何ともしがたく、絶え間なく浴びせられる炎の波状攻撃により、水の膜も限界を迎えつつある。さらにレオンは、普段使い慣れていない短剣という得物での戦いを強いられていた。二人の戦士の顔には、徐々に疲労困憊の色が濃く刻まれていく。
その凄まじい攻防の最中、それまで腕を組んで戦況を冷静に見つめていたフィランヌが、不意にミーアの傍らに歩み寄った。
「ミーア、私にもウォータースクリーンをかけて」
「……フィランヌ、何をするつもり?」
ミーアの問いに、フィランヌは答えの代わりに、腰に下げていた細身の剣をスラリと引き抜いて見せた。
「これは銀で出来た剣よ。つまり私も、サラマンダーに傷を与えられるわ」
銀の剣は魔を払う力を持ち、魔法の剣と同様に精霊へダメージを与えられる。フィランヌの瞳には、かつて戦場を駆け巡った英雄としての、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「……前線に立つのは、やはり命のやり取りを熟知した、あなたたちだけの領域なのね」
ミーアはそう自嘲気味に呟きながらも、迷いなく水の膜を彼女の全身に纏わせた。フィランヌが戦場に加わると、それまで押され気味だった戦線に風穴が開いた。フィランヌの放つ正確な銀の太刀筋がサラマンダーの核を的確に捉え、一撃ごとに炎の怪物が一体、また一体と霧散していく。前線で炎に揉まれるテューレが、信じられないものを見る目で声を上げる。
「フィ、フィランヌ!? どうしてここへ来るのよ!?」
混乱するテューレに対し、フィランヌは不敵に、美しく笑った。
「言ったでしょ? 私のそばを離れるなって」
彼女は剣を構え、テューレの肩を並べて炎の怪物と対峙する。
「私があんたを助けに来たんじゃない。あんたが私のそばを離れちゃいけないだけよ」
ぶっきらぼうにそう言い放つフィランヌの姿に、テューレは一瞬呆気にとられる。そこへサラマンダーが、新たに現れたフィランヌにターゲットを定め、一斉に火を噴く。
だが、そこにテューレが盾を引っ提げてガードに入った。フィランヌが慌ててテューレに叫ぶ。
「テューレ、あたしはまだウォータースクリーンをかけてもらったばかりなんだから、消耗しきっているあなたが無理に受け止めなくていいのよ!」
「あら、ごめんなさい」テューレは、フィランヌの方を振り返る。「フィランヌのそばを離れるな、って言いつけを守ってたら、うっかり炎に当たっちゃったわ」
それからふっと笑みをこぼし、また盾を掲げる。
「言うじゃない」フィランヌもまた、にやりと笑った。「そういうことなら……遠慮なくあてにさせてもらうわよ!」
三人の英雄が肩を並べ、サラマンダーの猛攻を切り裂いていく。激戦の末、最後の一体が炎の渦となって虚空へと溶け消えると、中央のトカゲの彫像が眩い光を放ち始めた。この光こそが、試練を終えた証であり、帰還の門を開く鍵なのだ。ミーアはその光を見つめ、確信した。今の彼女たちなら、どんな業火も乗り越えられると。
第9話をお読みいただき、ありがとうございます! 地下二階の属性試練、第二弾は「炎の精霊サラマンダー」戦でした。
第8話でフィランヌが告げた「私の隣から離れないで」という言葉。それをテューレがさっそく、炎をガードするための「言い訳」として使ってみせるシーン。フィランヌもまた、「あんたを助けに来たんじゃない」と突き放しつつ、「遠慮なくあてにさせてもらう」とも笑う。この二人の「ぶっきらぼうなようで、けれど誰よりも通じ合っている距離感」こそが本作の核心です。
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