マクバーンとの話を終えて。
廊下に出たリィンは、どこか普段よりも大人びて見えるライナに問いかけた。
「ライナも“混じって”いるって―――本当なのか…?」
「ええ、まあ。ただ別に毒にも薬にもならないものですけど―――私が“結社”にいる理由の一つではありますね」
「そう、なのか……いや、すまない。なんとなく仲間がいたみたいで喜んでしまったけど」
「いえ。むしろ私の方こそリィンさんと違って特段苦労もしてないのに勝手に仲間意識をもって申し訳ないくらいなんですけど」
「そうなのか?」
「そうなんです。リィンさんはもうちょっと自分が苦労人な自覚を持ってくださいね」
やれやれ、と首を振るライナはそのままびしっと貴賓区画の2Fにある貴賓室を指さして言った。
「じゃあリィンさん、私はこれで。リィンさんはあそこでお姫様と話してきてください」
「って、ライナは来てくれないのか?」
「今はまだその時ではない、のです」
………
……
…
パンタグリュエル内にある貴賓室――――そこに軟禁されていたのはアルフィン殿下で。リィンは約半月ぶりに出会ったアルフィン殿下と近況を話して。
エリゼのためにも“信念”を曲げるか悩んでいると言ったところでアルフィン殿下がリィンの背中に、どこかエリゼに似た声で叫んだ。
「――――兄様! しっかりして下さい!」
「エリゼのことはよく知っています。たぶん兄であるリィンさんが知らないようなことも――――8年前のことにしても、もう大体のことは分かります!」
「そのことが原因で、リィンさんが剣の道に進んだことも……リィンさんがそれをトラウマに思っていることも……!」
「あの子は―――エリゼはそのことを申しわけなく思いながらどこか心地よく感じていた……! 貴方の関心を、貴方の責任感を自分が独占していることに……でも、それはエゴに過ぎないってあの子自身も気づいていたんです!」
「あの子が女学院行きを決めた理由は他にもありますけど……それでも、これ以上リィンさんを無用の罪悪感で縛りたくない―――それが一番の理由だったんです!」
「それは……」
「だからリィンさん、どうかエリゼを理由にしないであげて下さい。だってあの子は、貴方が本当に望む道を見つけることを誰よりも願っているから……」
「だから、貴方が士官学院に入って共に歩む仲間と出会って――――あの子は妬いたり寂しく思いながらも心から嬉しそうだったんです…!」
「………ぁ……」
「そうか……守っていたはずなのに、守られていたんだな……エリゼやライナだけじゃない……父さんも、母さんも、ユン老師も……士官学院のみんなにも……」
(そうか、俺に足りないのはこれだったのか――――人が人に影響を与え、支え合い、お互いがお互いを生かし合う……力以前に、そんな当たり前のことすら俺には分かっていなかった……ライナには一方的に支えてもらっていたような気もするけど)
(師匠にもらった中伝……やっぱり早すぎたんだな……)
(でも、今なら……この心に宿った光があればきっと……!)
「リィン、さん……?」
「ありがとう……気づかせてくれて。殿下のおかげです」
「そろそろ俺は行きます。これ以上待たせたら仲間たちに悪いですから。――――そして、大事な妹の親友をこんなところに置いてはおけません。なんとか切り抜けますから、どうか俺について来てください」
「……はいっ」
――――――――――――――――――
というわけで始まりましたリィン君とアルフィン殿下の逃避行。
ダクトを通って貴賓区画から抜け出し、艦内通路を進むと待ち構えているのはブルブランとデュバリィ。
「フフ、素直に軍門に下るとは思わなかったが……まさか帝国の至宝と手に手を取っての逃避行とは」
「まったく……大胆なことをしてくれますわね」
「貴方たちも……まさか先回りされるとはね。“怪盗”に“神速”――――二つ名は伊達じゃないみたいだ」
「む……生意気な口を」
「フフ、この私を差し置いて“至宝”を掠めとるなど。簡単に叶うとはよもや思っていないだろうね?」
「わたくし、掠め取られたつもりは毛頭ありません。むしろわたくしの方が、リィンさんを唆したのですわ」
「おお、これは失礼――――大胆にして情熱的な姫君。我がライバルでもある兄殿下の薫陶を受けておられるようですな?」
「さすがにお兄様ほど型破りではありませんけど……『美―――それは愛』というのは大いに賛同できる信念ですわね」
まあね。
やっぱり愛じゃ、愛じゃよリィン……。
「ほほう」
「うふふ……」
「た、戯れはその程度にして下さい! ブルブラン…! 貴方も《執行者》ならばもう少し弁えるべきでしょう!」
「フフ、弁えている執行者の方がむしろ少ないと思うのだが……だがまあ、余興は十分だろう。君自身の真実は興味深いが、ここで花と散るのもまた一興」
「剣士としての格の違い、存分に思い知らせてくれますわ!」
「リィンさん……」
そう、普段はあんなだけどデュバリィは結社の戦闘集団でも最強と言われる鉄機隊筆頭―――あのレーヴェから百本に一本くらいは取れる一流の剣士。リィン君にはまだ荷が重い相手、のはずなのだが。
「大丈夫です、殿下。この程度の戦力差なら何とか切り抜けてみますから」
「ほう……?」
「ひ、彼我の実力差も弁えぬ、愚にも付かぬ大言壮語ぶり……そこに直りなさい! わたくしが成敗してくれます!」
「――――こちらの台詞だ」
瞬間、リィンの身体から噴き出す“鬼の力”―――しかしこれまではあくまで解放するだけの荒れ狂う奔流のようだった力がリィンの胸、心臓のあたりに凝縮され、体内を巡る――。
「ありがとう……殿下やエリゼのおかげです。いや、Ⅶ組のみんな世話になったすべての人の――――おおおおおおおっ……!」
「なんですの!?」
「鬼の力…!」
「………ぁ」
『八葉一刀流、中伝――――リィン・シュバルツァー、参る!』
瞬間、リィンの姿が掻き消える―――。
否。瞬間移動とも見紛う超高速移動。あのデュバリィが辛うじて盾で受けるのが精一杯という規格外の速度。
『秘技――――裏疾風! 螺旋撃!』
二撃目で完全に不意を突かれたデュバリィの剣が弾かれ、ついでに衝撃波でブルブランを怯ませると更に追撃の螺旋撃を放ってデュバリィに膝をつかせる。
「ハハハ、面白い! 鬼の力を我が物に……やはり興味深い青年だ!」
「リィンさん……」
『殿下、失礼します』
「……きゃっ」
そのままリィン君はアルフィン殿下をお姫様抱っこし、配管の上を跳んで上の階層へ。
いや意味わからんくらい強いなリィン君。
「おお……!」
「ま、待ちやがれですわ~~~!」
続く西風の旅団の二人の防衛ラインも分け身のクラフトで突破。
アルティナはクラウ・ソラスごと刀で一蹴。
結果は確かにそのくらいだった気はするのだが、まだまだ余裕がありそうである。
そんなこんなで甲板に到着したリィン君を待ち構えていたのはクロウとマクバーン。そして背後から追いかけてきた私、と。
「《鬼の力》、ようやく使いこなしやがったか。しっかし現金なヤツだぜ。まんまと可愛い子ちゃんに元気付けてもらいやがったな?」
『ハハ、まあね。それに妹と、みんなと……ある意味クロウにもかな』
「ったく……」
「ちぃと試してみたいが、さすがに手を出すのは野暮だよな」
「ああ、遠慮してくれや」
双刃剣と刀、それぞれの獲物を構えて向かい合う二人―――。
「騎神を駆るのは俺が上、生身じゃどちらが上か―――決着をつけるとすっか」
『ああ、望むところだ――――』
『おおおおおぉっ……!』
「らぁあああああ……!」
『秘技、裏疾風――――』
「その技はもう見たっての!」
瞬間移動とも見紛う動き―――それを予め予期していたかの如くクロウが動き。
『――――双影!』
「ちぃっ!?」
リィンが“増え”た。
分け身のクラフト―――。
それすらも双刃剣を活かして辛うじて凌いだクロウだが、さすがに衝撃を受けきれずに後方に大きく後ずさる。そしてこのままでは押し切られると悟ったか、大技で打って出る。
「それならこれでどうだ――――受けてみろ、終焉の十字――――デッドリー、クロスッ!」
『終ノ太刀――――暁!』
大技同士の激突―――それを押し切ったのはリィンで。
クロウの双刃剣が弾かれて転がる。
「ハッ……やるじゃねぇか。まさか、一対一で押し切られるとはな」
『……クロウこそ、正直裏疾風を見切ってくるとは思わなかったよ』
「お前そこは予想してたって方がまだ理解できるっての」
『咄嗟に身体が動いたというか……ライナにも見切られてたしな』
と、そこで続々と到着するこれまで突破してきた面々。
デュバリィ、ブルブラン、西風のゼノとレオ、そしてアルティナ。
「なんや、大人気やなぁ」
「だが、いささか無謀が過ぎたようだな」
そして、立ちはだかる執行者最強の男マクバーン。
「悪くない勝負だった――――だが、運はなかったな」
「それはどうでしょう」
それはどうかな!
というわけでリィン君の隣に華麗に着地。
「あー、やっぱそっちに付く感じか」
「ひ、姫様っ!?」
『来てくれたんだな、ライナ…!』
「ライナさん…!」
なんでデュバリィ以外驚いてないんですかね!?
まあいいや。とりあえず―――。
「マクバーンはこちらで引き受けます。リィンさんはその他大勢を」
『っ―――分かった!』
戦術リンクを繋ぎ、そして“理解”する。
あのシズナは見ただけで神気合一を真似て見せたという。私は到底その境地には至れないが――――戦術リンクを繋いだこの状態ならば。
「――――神気、合一!」
「へぇ……」
『勝負です、マクバーン。今日こそは白星を付けさせてもらいます…!』
「いいだろう、ちっとばかし熱くなってきたぜ」
『―――――聖技、グランドクロス!』
『―――――双覇、十文字斬り!』
「なにっ!?」
「くっ!?」
というわけでマクバーン『以外』に二人で総攻撃。
こういう時マクバーンは隙を突いたりするタイプじゃない、むしろテンション下がるタイプなのはよく知っている。
「おいおい、そりゃないぜ姫さん」
『マクバーンの相手をするのに他の相手なんてやってられないですから。ただでさえ、二人掛かりでも勝ち目が薄いのに』
「ハッ。まあそりゃそうか―――――で? 勝算は見出せそうかよ」
『いいえ、全く。ですがそれでも――――』
マクバーンが手を伸ばすと、現れるのは魔剣《アングバール》。
それを見て即座に距離を詰め、ランスと魔剣で打ち合う。
マクバーンの焔は確かに強力無比、最強と言われるのも頷ける。ならば母様がそれに並ぶと言われるのは何故か――――極論、『当たらなければどうということはない』からである。
マクバーンの剣技自体はそれほどでもない。
ただ付与されている焔があまりにも規格外すぎる。一撃貰えば終わり―――かつ、その凄まじいまでの“余波”を凌ぐことができる者だけが彼の前に立つことができる。
まあまだ“火焔魔人”の形態にすらなってない彼は手加減マシマシ、受けてくれてる感があるが。
『アルティウムセイバー!』
「ハッ、その技―――やっぱレーヴェの阿呆を思い出すな」
軽やかに後ろに跳んで距離を取ったマクバーンの懐に、リィンが飛び込む。
『秘技――――裏疾風!』
「へぇ。受けてみるとまた違った感じがあるな、面白れぇ」
いやつっよいなぁ!?
近接戦闘がそんなに強くない(“最上位”クラスにしては)ってだけだコレ! 剣があんまり強くない(鋼の聖女よりは)みたいな!
と、ここで時間切れ。
颯爽と空を切り裂いて登場した紅き翼―――カレイジャス。
そこから飛び降りてきた一流の使い手たち――――サラ教官、クレア大尉、トヴァルさん、シャロンさん。そして、<光の剣匠>。
あと転移で来たⅦ組の皆とオリヴァルト皇子。
膠着状態になったところで、グリアノスと共に登場したヴィータ姉さまの提案で今日の所は譲ってくれるとのこと。さす姉さま。
神気合一ができたらマクバーンとももうちょっとやり合えるかと思ったけど……“火焔魔人”にならなければ、ってくらいか。
精進あるのみ、かぁ……。