強い日差しさえも届かぬ、深き夜闇が存在した。
この作品Twitter(現X)における「デンドロ版深夜の真剣創作60分一本勝負」をきっかけに作られた作品です。なお公式レギュレーションからはめちゃくちゃ逸脱しています。
陽が高く
フードを目深に被った人影が、店に群がる民衆を押し除け歩を進める。
押し合いへし合い、時に転びそうになりながらもなんとか人混みを抜け出した人影は、膝に手をつき息をついた。
天を仰ごうとして眩しい陽射しに目が眩み、大きくため息を吐く。
「……鬱陶しい日差しだなぁ」
昔から日差しは嫌いだった。
それが
ある少年が居た。
生まれながらに日光に弱い肌と瞳。
陽光を浴びれば肌が爛れ、陽光を見れば視界が歪む。
幼少期は遮光眼鏡をかけ肌を隠して学校に通っていたが、それもほどなくして辞めた。
一教科を丸ごと休み、休み時間も朝礼も、避難訓練すら避けようとする子供は、他の子供から拒絶された。
決して、拒絶する子供だけでもなかったが。
『お前も学校来いよ!遊ぼうぜ!』
『なぁ、■■。遠足に来ないか?』
その偽善を、彼はむしろ鬱陶しく感じていた。
「この俺が、日差しの下に行って喜ぶとでも思ってんのか?」
その偽善が本心からの善意であったとしても、彼にとっては"敵"だった。
学校の活動時間は基本的に日中であり、行事は主に陽光の下で行われる。
それは生徒の健康を考えればごく自然なことであり、同時に彼がその"生徒"という枠に収まらないことを意味していた。
それでも、彼は決して世界を敵とは思わなかった。
学校を避け、自室に籠って本を読み、絵を眺め、夜になれば家を出て薄暗い外を歩き回る。
彼に惜しみない愛を注ぐ親はそれを喜んで手伝った。誰だって、愛する子供が苦しむところを見たくはない。
そうして、彼の生き方は完成されていく。
夜は彼の友だった。闇は彼の保護者だった。
昼と日差しは彼の敵であり、彼の人生は夜闇の中にこそあった。
今を話題のVRMMO、<Infinite Dendrogram>を始めても、その形質は変わらなかった。
初めは彼のため、
「……これが日差し?嘘だろ。こんな世界―――
彼は初めて見たその日差しを、ごく自然に否定した。
彼にとって、日差しが苦痛になる体こそが己の肉体であり、苦痛となる日差しこそが現実の世界だったから。
そこに身体をくれた親への親愛、そして哀れんでくる周囲への逆張りがないと言えば嘘になるだろう。幼少の頃、10に満たぬ頃にこの世界を与えられてたのなら、自然と受け入れていたかもしれない。
しかし、既に彼の生き方は完成されていた。
光を敵視し、夜を望む。
陽を忌避し、闇を尊ぶ。
嫌光性の夜行性。そのように生きると、そう決めていた。
その時点で辞めようかと悩んだ彼は、しかし偽物の世界での冒険を続けることを選んだ。
「……折角買ってもらったんだし、何ヶ月かは遊んどくか」
そして彼は己の<エンブリオ>を目覚めさせ―――今に至る。
偽物と断じる日差しの下、嫌々ながらも買い出しを終えた彼は足早に
内部時間の経過速度は外部の三倍。真昼から夕暮れに至るまでの六時間を二時間で終える。
再び世界に入った時、そこには馴染んだ夜が広がる。新月の夜。街を離れるたび濃くなる闇は彼にとって恐怖ではなく、ゆりかごのように安らがせる。
暗闇の草原を歩きながら、右手に持った弓を空弾く。弾く度に彼に纏わる闇が濃くなった。
【夜行狩人】の系統は夜闇の中で力を強め、暗闇を苦にせぬスキルを持つ。
だがそんなスキルと関係なく、ごく自然に彼は闇の中を歩いていた。闇を通じて周囲を把握しているかのように。
「さて、目的の
夜の草原は決して平穏な場所ではない。闇に適応した夜行性の魔物が活発化し、ともすれば昼間以上に熾烈な生存闘争を繰り広げている。
だが誰一人、彼に襲い掛かるものはいない。まるでこの地に生命が存在していないかのように、彼が歩く以外の物音一つ聞こえない。
やがて、彼は海辺に出た。ハイビスカスに似た耐塩性の花が一面に咲いている。
美しい花々に彼は頬を緩ませ、すぐに視線鋭く睨みつけた。近づく彼に呼応して、花びら一つ一つに走る赤い脈が強く光って脈動している。
そこに宿る
「なるほど、
噂があった。
七大国家が一翼、海洋国家グランバロアが抱える先々期文明の遺産、【
かの"魔法最強"、
先日の災厄、【屍要塞】討伐の際にも使われたその兵器に似た光を、あろうことかこの海岸で見た、と。
とあるグランバロア所属の
本来、兵器としての【天神の槍】は使用に先々期文明由来のカードリッジを消費する。
仮に複数人の<マスター>を仕留められるほどのカードリッジがあるか、消費しないタイプの【天神の槍】があるとすれば、途方もない価値を手に出来る
同時に、その確保を狙い動いた<マスター>が全員死ぬほどの危険物とすれば、それほどの相手に挑むのは時間を無駄にする
だが、彼は来た。
『夜の自分に勝てる相手など存在しない』と、彼は心の底から確信している。
(【天神の槍】は炎雷風の三属性融合プラズマ砲だったか。雷で電離、風でプラズマ化した気体の操作と真空隔離、炎で生み出した熱量の制御ってところだろうが、こいつは明らかに光属性。
日中溜め込んだ光でカードリッジを代用している? わざわざ花に寄生しているなら光合成を利用してんのか。一帯を埋め尽くすほどの花を使って、地面からも養分を奪ってようやく【天神の槍】を撃てるとすれば……)
「回収してもたいした儲けにならなさそうだなこりゃ」
今にもはち切れそうな光の脈動をどうでもよさそうに、彼は大きく肩を落とした。
神話の怪物をも討滅し得る火力を前にして、まるで意に介していない。
「さて―――」
一歩、踏み出そうとした彼に光が飛んだ。
プラズマの砲撃。神話級金属の塊盾をも融かし砕く死の熱量。
眩い輝きを正面から見据えて、彼は薄く目を細めた。
「その程度の
炎が闇を貫き飛ぶ。瞬く間に敵を射抜くはずの炎光が、しかし
まるで放たれた場所から彼に届くまで、余さず分厚い金属の壁が在り続けているように。
否、在るのだ。彼の
その<エンブリオ>の名は【覆闇静弓 ヘカテー】。特性は『夜闇の支配』。
具体的には、『闇の擬似
彼が支配する空間において、闇は重みを持ち、光熱を減衰させる。
それでも本来、上級に過ぎぬ力がこれほどの規模と出力を発揮することはない。
「俺を敵に回すにゃ
彼の<エンブリオ>は彼の精神を極めて明確に反映している。
一つ、
一つ、
日中、太陽の下で彼の<エンブリオ>はまるで機能せず。
夕方、太陽が傾いた頃合いでさえ、彼の<エンブリオ>の出力は下級のそれに等しくなる。
逆に言えば。
深夜、月明かりすら存在しない世界にて、彼の力は上級のそれを
「神話級金属の塊を融解させた……だったか。それが何㎥だったか知らねぇが、この闇のサイズは全体で百㎥でも足りねえぞ」
闇そのものの耐熱性は神話級金属ほどではない。
だが規模が段違いに大きい。たったそれだけのことが、どこまでも重い。
やがて、光が消えていく。
熱は夜に溶け、光が闇に消える。
ほどなくして何もかもを消失させ、彼はその場を立ち去った。
(結局、得るものもなかったなぁ)
根こそぎ掘り起こした花の光脈は一日と持たず枯れた。
先々期文明の遺産だったのか。かの【天神】の仕込みだったのか。どこかの<マスター>の製造物だったのか。
なにもわからぬまま消える。そのような徒労を数多くこなしてきた。
(やっぱ一人じゃできることにも限りがあっか。仲間……部下……手下が欲しいな。俺の望みで動かせる、俺に恩を感じて絶対服従させられそうな奴ら)
人として大概なことを考えながら、陽の下を楽しそうにはしゃいでいる子供達の横を通り過ぎる。
何かいいものはいないだろうか。夜闇の中に、堂々と楽しく生きられる人間は。
ふと、彼の耳に声が聞こえた。
「おらたちをいつまで閉じ込める気だ?」「いい加減飽きてきただよ」
「何巫山戯たことを言っている!? 強盗、誘拐、監禁、殺人! これだけ罪状が揃っているんだ!貴様らは死刑だ、処刑の日をおとなしく待っていろ‼」
《聴力強化》のスキルで捉えた声は、どうやら監獄の中から聞こえていた。
罪状の重さに反したお気楽な声が複数と、看守らしき怒りの籠った罵声。
(……死刑囚、か)
顔を上げた彼の顔には、にんまりとした笑みが浮かんでいた。
季節は移ろう。
苛烈なる夏が終わり、実りの秋が訪れようとしていた。
テーマ"日差し"。なお"ハイビスカス""スヌスムムリク""夏の終わり"あたりも部分的に拾っています。
この企画、ワンライ・後日の執筆も歓迎ということで、俺も本来仕事中に考えて60分で書くぜ!の予定だったんですが、結局二日後にスリーライ越えてどうにか仕上げたので全然レギュレーションを守れていません。
まあいい刺激になったので、またいっちょかみしたいですね。皆も書こう!