日常は、戻ってきたのではなかった。
たまたま次の弾丸が、まだ飛んできていなかっただけだ。
*
第1章が終わった朝から三日間、アビドスは静かだった。
砂は掃いても入ってきた。借金の返済日は近づいた。セリカは柴関ラーメンへ通い、シロコは自転車で走り、アヤネは報告書を四十二ページへ増やした。ノノミは食料棚を少しだけ満たした。
ホシノは昼寝をした。
ただし、俺の肩を毎晩借りることはなかった。
一度目の翌晩、彼女は委員会室のソファで毛布にくるまり、右手だけを椅子に座った俺の袖へ伸ばした。
「今日は肩、使わないのか」
「うへ~。毎日借りたら、右腕だけ長くなっちゃうでしょ」
「ならない」
「じゃあ、おじさんが自立できなくなるから」
「もう袖をつかんでる」
「これは自立を支える補助具だよ」
「意味が逆だ」
そんなやり取りをして、三十分だけ眠った。
声をかけると、ホシノは不満そうに目を細めながらも起きた。肩を痛めたら起こすという朝の会話を、俺なりに守った結果だ。
「きっちりしてるねぇ」
「次は四十分にする」
「譲歩が十分だけ?」
「十分は長い」
「カナタ君といると、時間の価値が厳しいなぁ」
そう言った時のホシノは、確かに笑っていた。
だから俺は、その静けさが続くのだと思いかけた。
三日目の午後四時十二分。
セリカからの通信が、校内すべての端末を鳴らした。
『店が――柴関ラーメンが、なくなった』
*
多目的車の新しいベルトは、一度も滑らなかった。
先生が運転し、シロコが助手席で道を示す。後部座席にアヤネ、ノノミ、ホシノ、俺。荷台には救急箱と消火器、折り畳み担架を積んだ。
商店街へ入る前から、焦げた油の臭いがした。
柴関ラーメンがあった場所には、壁が一枚しか残っていなかった。
赤い暖簾は半分焼け、店名の最後の二文字が煤の下に見える。厨房の屋根は内側へ落ち、鍋も丼も瓦礫に埋まっていた。消火は終わっていたが、濡れた木材から細い煙が上がっている。
セリカは、路地の端で柴大将の手を握っていた。
店主の頭には包帯が巻かれ、左腕は胸の前で固定されている。毛並みは煤に汚れていた。
「大将!」
アヤネたちが駆け寄る。
俺も走りかけ、足を止めた。
倒れた看板の下から、かすかな音がしていた。
「ガスが生きてる」
鼻ではなく、瓦礫の中から続く乾いた笛のような音で分かった。
「全員、火を使うな。端末もこの近くでは触らないでくれ」
先生が即座に人を下げる。
俺は建物の外周を回った。道路側の元栓は衝撃で曲がり、手では動かない。工具巻きから短いレンチを出す。
「一人でやらない」
すぐ隣からホシノの声がした。
平らだった。
「分かってる。シロコ、配管を押さえてくれ。俺は元栓だけ回す」
「ん」
シロコが銃を背へ回し、曲がった管へ両手を添える。俺が錆びた軸へレンチを掛けた。
一度では動かない。
二度、体重をかける。
左上腕の傷が引きつる。痛みはない。
三度目で、弁が閉じた。
笛の音が止まる。
「閉鎖。残留分が抜けるまで近づかないでくれ」
ホシノは頷いた。痛みを尋ねなかった。
その代わり、俺の左腕を一度見た。
いつもなら、それだけで袖へ手が伸びる。
今日は伸びなかった。
*
爆発は、二時間前に起きた。
柴大将の話によれば、店の裏へ黒い車が入り、直後に武装した少女たちが路地へ逃げ込んだ。彼女たちを追う別の車両も来た。
最初の爆発は、追跡車両を止めるためのものだった。
次の爆発で、店の壁が崩れた。
柴大将は厨房にいたセリカを外へ突き飛ばし、梁の下敷きになった。
通行人が助け出し、病院へ運ぼうとしたが、本人が店を離れようとしなかったらしい。
「大将の馬鹿!」
セリカが泣きながら怒鳴る。
「店より体でしょ! 腕、折れてるんだから!」
「いやあ、働き者の看板娘に馬鹿と言われるとは」
「笑ってる場合じゃない!」
「そうだな。すまなかった」
柴大将は素直に頭を下げた。
その背後で、倒れたごみ箱が小さく動いた。
シロコが銃口を向ける。
「出てきて」
「ま、待ちなさい! これはその、戦略的潜伏で――」
ごみ箱の陰から、陸八魔アルが立ち上がった。
続いてムツキ、カヨコ、ハルカ。
便利屋68の四人とも、服に煤をつけていた。
「あなたたち!」
セリカが銃へ手を伸ばす。
先生が腕を前へ出した。
「まず、話を聞こう」
「でも先生!」
「聞いた後で、責任は取ってもらう」
アルの顔が引きつる。
「せ、責任? アウトローとは、責任などという俗世の鎖には――」
「アルちゃん」
ムツキが笑ったまま、横から言う。
「お店を壊したの、こっちだよ」
「ムツキ!」
「追っ手を止めるためにハルカちゃんが仕掛けた爆薬が、古い配管を伝って予定より大きく崩しちゃった。完全に事故だけど、完全に私たちのせい」
ハルカの顔から血の気が引いた。
「わ、私が……私が社長の命令を理解できないゴミだったから……。お店も、店主さんも、全部……」
「ハルカ」
カヨコが肩へ手を置く。
「自分を罰する話は後。今は事実と賠償」
「賠償って、できるの?」とセリカ。
便利屋68の四人が黙る。
アルの胸元から、一枚の督促状が風に吹かれて落ちた。
シロコが拾う。
「事務所の家賃、六か月滞納」
「声に出して読むんじゃないわよ!」
「こっちより貧乏?」
「比較するな!」とセリカ。
その騒がしさの外で、ホシノだけが笑っていなかった。
壊れた店。
店主の包帯。
セリカの濡れた目。
順に見て、最後にハルカを見る。
「事故なら、怪我はなかったことになるの?」
声は柔らかい。
語尾だけが伸びなかった。
「な、なりません」
「そっか」
ホシノは一歩進む。
「じゃあ、逃げないで」
俺は、彼女の右手が盾の持ち手へ近づくのを見た。
その時、商店街の入口から装甲車の列が入ってきた。
*
ゲヘナ学園風紀委員会。
先頭の装甲車から降りた銀髪の少女は、空気ごと命令へ変えるような声で告げた。
「便利屋68を確認。全員、武器を捨てなさい」
「風紀委員の銀鏡イオリ」
カヨコが低く言う。
「追っ手はあっちだったか」
「あなたたちの身柄を引き渡してもらうわ」
イオリの後ろに、眼鏡の少女――天雨アコと、救護鞄を持った火宮チナツが続く。さらに二十人以上の風紀委員が道を塞いだ。
チナツは柴大将の負傷に気づき、すぐ駆け寄った。
「固定が不十分です。搬送します」
「あ、いや、私は」
「折れた腕で店番はできません」
迷いなく包帯を確認する。
人を助ける手と、便利屋へ向けられた銃口が、同じ制服の中にあった。
「引き渡しはできません」
先生が答えた。
イオリの眉が動く。
「シャーレの先生が、ゲヘナの問題児を庇うの?」
「庇うのではなく、順番の話です。彼女たちはここで店を壊し、住民を負傷させた。被害確認と責任の取り方を決めるまでは、この場から連れ去らせません」
「ゲヘナの生徒を処分する権限が、アビドスにあるとでも?」
「被害を受けた人の話を聞く権利はあります」
アコが端末を開く。
「この区画は、すでにアビドス高等学校の管理区域ではないはずです」
全員の視線が集まった。
「どういう意味?」とアヤネ。
「こちらの任務とは無関係です。イオリ、確保を」
風紀委員たちが前へ出る。
ホシノが、先生より半歩前に立った。
「待って」
眠そうな顔へ、笑みだけが戻っていた。
「おじさんたちの自治区に、ずいぶん大勢で来たねぇ。道も店も壊れてるんだから、もう少し静かにしてくれない?」
「退きなさい、小鳥遊ホシノ。あなたと争う理由はない」
「こっちにもないよ。でも、怪我人の前で銃を構えられたらねぇ」
ホシノの位置が変わる。
柴大将、セリカ、俺と風紀委員の射線を、一枚の盾で遮る位置だった。
「カナタ君」
声から飾りが消える。
「大将を運んで。セリカちゃんも一緒に」
「分かった」
「アヤネちゃん、退路。シロコちゃんとノノミちゃんは左右。先生、指示を」
短い言葉が続く。
俺は反論しなかった。
担架へ柴大将を乗せ、チナツと一緒に路地の診療所へ運ぶ。セリカは離れようとしなかったが、店主に頼まれて担架の横を持った。
背後で最初の銃声が鳴った。
*
戦いは十分と続かなかった。
アビドス側の目的は撃破ではなく、怪我人と商店街から風紀委員を遠ざけること。
先生は撤退線を三つに分けた。
シロコが右の路地へ敵を誘い、ノノミが装甲車の足元を封じる。アヤネが屋上の監視カメラから人数を数え、ホシノが正面を受けた。
便利屋68は逃げる代わりに、店の前へ残った。
「私たちの問題で、また店を壊させるわけにはいかないわ!」
アルが叫び、イオリの弾道を逸らす。
「社長、今のはちょっと格好よかったよ」
「ちょっととは何よ!」
ムツキの爆薬は道路の空き地だけを狙った。カヨコが風紀委員の進路を読み、ハルカは店と診療所の間から一歩も退かなかった。
診療所の中で、俺は通信を聞いていた。
戦場の声は分かる。
ホシノの短い指示。
先生の位置指定。
アヤネの報告。
その全部が聞こえるのに、自分は包帯を押さえることしかできない。
以前なら、そこへ負い目を感じた。
今は違う。
「脈、安定しています」
チナツが柴大将の腕を固定する。
「搬送車は?」
「北側へ回しています」
「なら、入口の棚を動かす。担架が通らない」
「一人で持たないでください」
「分かってる。セリカ、右を」
「うん」
二人で棚をずらす。
ここにも、自分の役割はある。
戦闘の終わりを告げたのは、低い一発の銃声だった。
すべての銃声より重く、道路の中央へ穴を穿った。
「そこまで」
紫の髪の少女が、一人で道を歩いてくる。
風紀委員長、空崎ヒナ。
イオリもアコも、同時に武器を下げた。
*
ヒナは柴大将の証言を聞いた。
先生の説明も、アルの言い訳も、カヨコの事実確認も、最後まで遮らなかった。
「便利屋68の身柄は、いずれゲヘナが確保する」
結論は変えなかった。
「でも今日は、負傷者の搬送と賠償記録を優先する。風紀委員会は撤収。追跡も中止」
「委員長!」とイオリ。
「命令」
「……はい」
便利屋68には、柴大将への謝罪、被害品の一覧作成、賠償契約への署名が課された。
金はない。
だからアルは、事務所に残った家具と車両を売り、足りない分は仕事で返すと書いた。
ハルカは震える字で、二度署名した。一枚目は涙で滲んだからだ。
「本当に、申し訳ありませんでした。私なんかが謝っても、壁も腕も戻らないけど……」
柴大将は、固定された腕を見た。
「壁は作り直せる。腕も医者が治すと言っている」
「でも……」
「だから、逃げずに直してくれ。謝るのは、それからでも遅くない」
ハルカは何度も頷いた。
アルは最後まで尊大な姿勢を作ろうとした。
「ふ、ふふ。アウトローたるもの、借りは必ず返すわ。覚えておきなさい、アビドス!」
「借りじゃなくて賠償」とシロコ。
「細かいわね!」
ムツキが俺の鯨水筒を見つけ、口元を緩めた。
「魚君、今度会う時まで、それ壊さないでね」
「魚じゃない」
「でもおじさんの物でしょ?」
「今は俺が借りてる」
「そっかそっか。じゃあ、大事にしないとね」
ホシノの視線が、ムツキから水筒へ移る。
「もちろん、大事にしてもらうよ~」
声だけは、いつもの調子へ戻っていた。
便利屋68は、夕方までにアビドスを離れた。
また会う気がする、と俺は思った。
*
ヒナも、風紀委員会の車列へ戻る前に先生を呼び止めた。
俺は診療所から運び出した救急箱を片づけていた。聞こうとしたわけではない。ただ、ヒナの声は静かなぶん、よく通った。
「小鳥遊ホシノを、今の姿だけで判断しない方がいい」
「どういう意味ですか」
「一年生の頃、あの子は今と正反対だった。誰も近づけず、敵と見れば先に潰す。今日ここにいた人数の半分くらいなら、一人で相手にしたと思う」
俺の手が止まった。
「昔のホシノ……」
「カナタ君」
すぐ背後から呼ばれた。
振り返る。
ホシノが笑っている。
「救急箱、車へ運ぼっか」
「今の話は」
「昔話だよ。今のおじさんには関係ないかなぁ」
ヒナがホシノを見る。
「関係がないなら、そんな顔はしない」
「どんな顔?」
「鏡を見たら」
二人の間には、互いの強さを知る者だけが持つ短い沈黙があった。
ヒナは次に、俺の頭上を見る。
何もない場所。
「あなたは、撃たれたら死ぬのね」
「はい」
「なら、自分の位置を間違えないで」
「分かっています」
「その子は分かってるよ」
ホシノが間へ入る。
「だから、おじさんが見てる」
「……そう」
ヒナはそれ以上言わなかった。
先生へ小さく会釈し、車列へ戻った。
俺は救急箱を持ち上げる。
「一年生の頃、何があった」
「色々」
「ユメという人と関係がある?」
ホシノの足が止まった。
ほんの一瞬だった。
「誰から聞いたの?」
「アヤネの古い書類に名前があった。生徒会長欄」
「そっか」
ホシノは救急箱の片側へ手を添えた。
「重いでしょ。半分持つよ」
「話を逸らしてる」
「昔話は長いからねぇ。今日は疲れちゃった」
拒絶ではなかった。
けれど、今までより遠い声だった。
「分かった。今日は聞かない」
「うん。ありがと」
二人で箱を運ぶ。
触れそうな距離にいるのに、ホシノの指は俺の手を避けていた。
*
柴大将が病院へ向かう前、最後に一つだけ話した。
「店を直せたとしても、同じ場所では続けられないかもしれない」
セリカの顔が強張る。
「どうして?」
「先月、立ち退きの通知が来た。店の敷地だけじゃない。この商店街の地権者が、数年前に変わっている」
アヤネが端末を開く。
「アビドス自治区の土地は、アビドス高等学校の管理財産だったはずです」
「昔はな。だが、今は違うらしい」
「所有者の名前は?」と先生。
「通知にあったのは、カイザー都市開発」
闇銀行の記録で何度も見た企業名だった。
ホシノは、何も言わなかった。
*
その夜、六人分の夕食は冷めた。
ホシノが席に来なかった。
「屋上にもいません」とアヤネ。
「地下も見た」とシロコ。
「また一人で考えてるのよ」とセリカが言う。
怒っているようで、声の端が震えていた。
俺はホシノの席を見る。
鯨の水筒が置かれていた。
彼女は、外へ出る時にそれを忘れない。
俺へ貸した一本ではない。自分用の、同じ形の水筒。
「探してくる」
「一人では駄目です」とアヤネ。
「校内だけだ。端末はつなぐ。見つけたら連絡する」
先生も頷いた。
「十分ごとに位置を送って」
「はい」
ホシノは、旧体育館の観客席にいた。
照明はついていない。
割れた高窓から月が入り、砂の積もった床を照らしていた。
「ここも昼寝場所か」
俺が下から声をかける。
「見つかっちゃった」
「夕食が冷める」
「先に食べていいのに」
「六人で食べる場所を残すって言った」
「一人いなくても、五人で食べられるよ」
階段を上る足が止まった。
「何で、そんな言い方をする」
「事実だから」
ホシノは観客席の背へ頭を預けていた。
眠そうな姿勢なのに、目は開いている。
「店が壊れた。大将が怪我をした。土地まで取られてるかもしれない」
俺は隣の席へ座る。
「ホシノのせいじゃない」
「おじさんが委員長になってから、残ったものがどれだけあるかな」
「五人がいる。学校もある。柴大将も生きてる」
「君もいる?」
「いる」
即答した。
ホシノの右手が動く。
俺の袖へ届く直前で止まった。
「……そっか」
「つかまないのか」
「今日は、自立する日」
「三十分なら貸す」
「十分増えたんだ」
「長いと言っただろ」
ホシノは小さく笑った。
けれど、肩へは来なかった。
「カナタ君」
「何だ」
「もし、アビドスを全部守る方法が一つだけあったら」
声が細くなる。
「それで一人がいなくなれば済むなら、どうする?」
「方法を疑う」
「質問に答えてないよ」
「一人がいなくなることを条件にする方法を、守る方法とは呼ばない」
ホシノが目を伏せる。
「君らしいね」
「ホシノは?」
「おじさんは、面倒なの嫌いだからなぁ。楽な方法にしちゃうかも」
「嘘だ」
「どうして?」
「楽だから選ぶ顔じゃない」
返事はなかった。
俺は右肩を少しだけ近づけた。
「四十分」
「今日はいいよ」
ホシノは立ち上がった。
「ご飯、食べよっか。みんな待たせるとセリカちゃんが怒るし」
階段を下りる。
俺も続く。
体育館を出る直前、ホシノの端末に一通の通知が届いた。
画面はすぐ伏せられた。
差出人は見えなかった。
ただ、文の最初だけが読めた。
――先日の提案について。
「誰からだ」
「迷惑広告」
「嘘が下手だな」
「カナタ君ほどじゃないよ」
ホシノは笑った。
今度こそ、完全にいつもの笑い方だった。
それが一番、俺には不自然に見えた。
*
――Hoshino side
三日前、黒い服の大人に会った。
闇銀行の口座が凍結された日の夜だった。
カナタ君は、こちらが名乗る前から名前を知っていた。
アビドスの借金も、土地も、昔の生徒会も、ユメ先輩のことも。
そして、カナタ君のことも知っていた。
『ヘイローを持たない少年を、危険な学校へ置いておくのは心苦しくありませんか』
その時だけ、銃を抜きそうになった。
相手は笑わなかった。
『あなたが協力してくだされば、学校の債務も、土地も、彼の安全も検討できる』
何をさせるつもりかは言わない。
価値があるのは私の神秘だと、遠回しに伝えただけ。
断った。
すぐに断った。
なのに今日、店が壊れた。
大将が怪我をした。
商店街の土地まで、もうアビドスの物ではないと分かった。
カナタ君はガスを止めた。
撃たれれば死ぬ体で、また壊れた場所へ一番に近づいた。
私がいれば守れる。
私がいるから、カナタ君はここへ残る。
その二つは、同時に成り立ってしまう。
なら、私がいなくなれば。
カナタ君は帰る方法を探すだろうか。
少なくとも、私を待つために銃声のそばへ残る理由は一つ減る。
そんなことを考えた後で、肩を借りることはできなかった。
借りれば、離せなくなる。
腕を抱えたら、朝まででは足りなくなる。
毎晩がほしい。
毎朝がほしい。
六人分の食事を、明日も、その次も、ずっと食べたい。
だから、今のうちに練習する。
袖をつかまなくても歩けるように。
肩がなくても眠れるように。
五人でも、皆が食べられるように。
委員会室へ戻ると、冷めた焼き飯が六皿あった。
カナタ君の隣だけが空いている。
「おかえりなさい、ホシノ先輩」
アヤネちゃんが言った。
「ただいま~」
いつもの声を作る。
カナタ君は何も言わない。
ただ、椅子を少し引いてくれた。
その隣へ座る。
離れる練習は、一日目から失敗した。
それでも夜、眠る前には言った。
「おやすみ、カナタ君」
「おやすみ。また明日」
私は、「また明日」を返せなかった。