砂の海に、君が流れ着く   作:陽炎帽子

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カイザーの檻

 ホシノがいない場所へ、最初の砲弾が落ちた。

 

      *

 

 北門の外、三十メートル。

 地面が持ち上がり、砂とアスファルトが校舎の二階まで飛ぶ。

 食堂の窓が一斉に割れた。

「伏せて!」

 先生の声で、五人が床へ身を投げる。

 次の瞬間、校内放送が勝手に鳴った。

『アビドス高等学校へ通告する』

 カイザーPMC理事の声。

『管理主体であるアビドス生徒会は消滅した。当該学園都市は維持不能と判断され、校地区画は現地最大地権者であるカイザーグループの管理下へ移行する』

「ホシノ先輩が出ていって、何時間だと思ってるのよ!」

 セリカが立ち上がる。

『残存者は武器を捨て、直ちに退去せよ。抵抗する場合は、不法占拠者として排除する』

「契約した直後から、破る準備をしてた」とシロコ。

「破ったんじゃありません」

 アヤネが端末へ走る。

「最初から、守る条項がなかったんです!」

 先生は窓の下から外を見る。

 北に装甲車八。

 東に兵員輸送車六。

 南には重機と無人砲塔。

 西だけが開いている。

「退路に見せた包囲です」

「西へ出たら?」とノノミ。

「砂丘の裏に待機部隊がいるはずです。学校を放棄した映像が欲しい。外へ出たところを囲むつもりでしょう」

「なら、ここで止める」とシロコ。

「はい」

 先生が全員を見る。

「学校を守ります。でも、目的は全員が生き残ること。建物より命を優先します」

「カナタさんは地下指令室へ」

 アヤネが言った。

「私と通信を」

「分かった」

 反論しない。

 ホシノを迎えに行く前に死ぬつもりはない。

 

 鯨の水筒二本と個人手紙を入れた鞄を、地下へ持つ。

「シロコ、北門。セリカ、東の渡り廊下。ノノミは中央階段から両方を支援」

 先生が位置を決める。

「正面は?」

 セリカが尋ねる。

 いつもなら、答えは一人だった。

 

 ホシノ。

 盾を持ち、全員より半歩前へ出る。

 今日は、いない。

「固定しません」

 先生が地図へ線を引く。

「一か所で受ければ押し潰される。二分ごとに位置を変え、相手を校舎外周へ回します。誰もホシノの代わりを一人でやらない」

「ん」

 シロコが頷く。

「四人で穴を埋める」

「カナタさんも通信と設備で」とアヤネ。

「五人です」

 

      *

 

 午前六時十二分。

 戦闘開始。

 北門へ装甲車が突入する。

 シロコがタイヤを撃つ。

 一台目は止まる。

 二台目が押しのける。

 ノノミの重機関銃が道路を横へ薙ぎ、歩兵を物陰へ押し戻す。

 

 東側では、セリカが渡り廊下の支柱を使い、一発ずつ敵のセンサーを壊した。

「東、あと十二!」

『セリカ、三十秒後に下がって。ノノミが切り替えます』

 先生の指示が、地下の有線回線を通る。

 カイザーは最初の五分で無線を妨害した。

 アヤネは予備回線へ切り替えた。

 それも切られた。

「旧校内電話を使う」

 俺が配線盤を開く。

「銅線なら、外から信号を潰しにくい」

「でも北棟の線は、先月から断線しています」

「この前の点検で迂回させた。図面に書いた」

 アヤネが記録を検索する。

「ありました!」

 二人で端子をつなぐ。

 食堂、北門、東渡り廊下、整備庫。

 古い電話が順番に鳴る。

『聞こえる』

 シロコの声。

『こっちも!』とセリカ。

『すごいですね~。ずっと耳元で雑音がしていました』

「有線復旧。先生、使えます」

『ありがとう。北の車列を中庭へ入れないで。二分後、全員西側へ移動します』

 俺は電話を置く。

 手が震えている。

 外の砲撃が一発鳴るたび、胸の中まで揺れた。

 怖い。

 

 そのことを隠さない。

「心拍が速い。手の震えあり。意識ははっきりしてる」

 自分から報告する。

「過呼吸は?」

 アヤネが尋ねる。

「ない。作業を続けられる」

「分かりました。五分ごとに報告してください」

 ホシノとの約束が、アヤネへも引き継がれていた。

 

      *

 

 校舎の外では、四人が後退と反撃を繰り返した。

 ホシノの盾がない。

 シロコはいつもより長く遮蔽物に留まれない。

 セリカの弾倉交換中、前へ出てくれる人がいない。

 ノノミは二方向を同時に支援し、銃身が過熱した。

 アヤネは三人分の位置に加え、俺の生体報告まで管理する。

「ホシノ先輩がいたら」

 セリカが言いかける。

『いる時のやり方をしないで』

 シロコが電話越しに止める。

『今の四人で戦う』

『四人じゃありません』

 アヤネの声。

『先生とカナタさんもいます』

「じゃあ六人!」

『ホシノ先輩も数えるなら七人です~』

 ノノミが銃身を交換する。

『戻ってきた時に、学校がなくなっていたら怒られますから』

「怒るのはこっちよ!」

 セリカが新しい弾倉を入れた。

 

      *

 

 午前六時二十六分。

 カイザーの攻撃が変わった。

 正面の砲撃が減る。

 代わりに、地下指令室の配管が三度鳴った。

 金属を、一定間隔で叩く音。

 俺は配線から顔を上げる。

「アヤネ」

「何ですか」

「下にいる」

「下?」

「旧暖房管。誰かが進んでる」

 アビドスの地下には、使われなくなった設備路がある。

 俺が学校へ来てから何度も入った場所。

 銀行事件で使った図面の一部は、カイザーの旧土地資料にも含まれていた。

「敵の侵入路です!」

 アヤネが警報を切り替える。

「先生、地下設備路に侵入!」

『数は?』

「音は最低六。西から中央へ」

『全員を戻すと外周が崩れます。アヤネ、機密端末を持って第二指令所へ。カナタも一緒に退避』

「了解」

 端末を外す。

 記録媒体。

 救急箱。

 鞄。

 持てる物だけを取る。

 地下扉の向こうで、最初の爆発が鳴った。

 設備路の錆びた格子が吹き飛ぶ。

「走って!」

 アヤネが先へ行く。

 俺は扉脇の手動レバーへ手をかけた。

 防火用の鋼鉄シャッター。

 電源が落ちれば、手で下ろす必要がある。

「カナタさん!」

「先に曲がれ。閉めたら行く」

「一人で残らないで!」

「十秒!」

 レバーを引く。

 重い。

 歯車が錆びている。

 一度。

 二度。

 シャッターが肩の高さまで落ちる。

 設備路の奥から、カイザー兵が見えた。

 銃口が向く。

「伏せて!」

 アヤネが戻ってきた。

 

「戻るな!」

 爆発。

 シャッターの下端へ弾頭が当たった。

 鋼鉄板は閉じた。

 その代わり、壁の配管とコンクリートが、指令室側へ弾けた。

 俺の体が床へ投げられる。

 息が出ない。

 左脇腹が熱い。

 耳が聞こえない。

 視界の端で、アヤネが叫んでいる。

 声は遠い。

 俺は自分の体へ手を当てた。

 頭。

 首。

 胸。

 腹。

 左脇腹に血。

 指は動く。

 脚も動く。

「報告」

 声が出ない。

 もう一度息を吸う。

「左脇、破片。出血。意識あり」

 アヤネが膝をつく。

「喋らないで!」

「隠さない約束」

「分かりましたから!」

 救急箱を開く。

 制服の脇を切り、圧迫材を当てる。

 俺は自分で押さえた。

「呼吸で痛む。肋骨も」

「痺れは?」

「ない」

「吐き気?」

「少し」

「頭も打っています。歩かないでください」

 閉じたシャッターの向こうで、敵が叩いている。

 長くは持たない。

「第二指令所へ」

「でも」

「俺は引きずっていい。端末を先に」

「端末より人です!」

 先生と同じ言葉だった。

 アヤネは救難信号を鳴らした。

 

      *

 

 救難信号へ最初に応じたのは、アビドスの生徒ではなかった。

 地下廊下の反対側で爆発が鳴る。

 今度は、敵側の悲鳴。

「ふふん! 追い詰められた学校を救う、謎のアウトロー集団! この登場、完璧じゃない?」

 聞き覚えのある声。

「アルちゃん、名乗ったら謎じゃないよ」

 ムツキ。

「救護が先」

 カヨコが走ってくる。

 ハルカは後ろで、シャッターを破ろうとするカイザー兵へ銃を向けた。

「今度は、絶対に壊させません。学校も、カナタさんも……!」

「便利屋68……」

 アヤネの目から涙が落ちる。

「借りを返しに来たわ!」

 アルが胸を張る。

「賠償とは別だけどね」とカヨコ。

「今それを言う必要ある!?」

 カヨコは俺の脇腹を見た。

「破片。圧迫はできてる。意識レベルも保ってる」

「担架を」とアヤネ。

「持ってきた」

 ムツキが廊下の角から折り畳み担架を出す。

「魚君、今日は車じゃなくて、こっちだね」

「魚じゃない」

「言い返せるなら大丈夫」

「大丈夫とは限らない」とカヨコ。

 四人の声を聞きながら、俺は担架へ乗せられた。

 

      *

 

 便利屋68は、学校へ戻ってきた。

 

 新しい事務所へ移る途中、カイザーの車列を見つけたから。

 アルは、最初の依頼料がカイザーの金だったと知っていた。

 柴関ラーメンを壊した。

 アビドスを襲った。

 その借りを、賠償書類だけで終わらせるつもりはなかった。

「敵の敵だから助けるんじゃないわ」

 アルは中庭で宣言した。

「私たちが、助けると決めたから助けるのよ!」

「社長、今度はかなり格好いい」とムツキ。

「今度は、って何よ!」

 先生は便利屋68を北側へ配置した。

 カヨコが敵の指揮車を特定。

 ムツキが無人砲塔の足元を爆破。

 ハルカが東渡り廊下を守り、セリカの退路を作る。

 

 アルとシロコが、北門へ入り込んだ装甲車を左右から止めた。

 ノノミの銃身が冷える時間ができる。

 アヤネは第二指令所へ移り、有線回線をつなぎ直した。

 俺は保健室で、応急処置を受けながら電話を握った。

「寝ていてください!」

 アヤネが怒鳴る。

「回線の切替だけ伝える。赤い端子を二番へ」

「こちらでできます!」

「分かった。もう話さない」

 受話器を置く。

 本当に置いた。

 以前なら、まだ手伝おうとした。

 今は治療を受ける。

 ホシノへ怒られるために、生きる。

 

      *

 

 午前七時四分。

 カイザーPMCは撤退を始めた。

 敗北ではない。

 便利屋68という増援を予測できず、校舎を短時間で制圧する計画を失敗しただけ。

『今日のところは退く』

 理事の声が、残った無人機から流れる。

『だが、アビドスの管理権はすでに失われた。次はこの程度では済まない』

「次も追い返す」とシロコ。

『小鳥遊ホシノは、もはや君たちの生徒ではない』

「違う」

 先生が答えた。

「退学届は受理されていません。対策委員会の退会も、本人不在の一方的な通知です。ホシノは私の生徒です」

『紙の問題だと思っているのか』

「生徒が帰りたいと言える場所を守る問題です」

 投影が切れる。

 校門は壊れた。

 東廊下の屋根も落ちた。

 地下指令室は使えない。

 それでも、学校は残った。

 

      *

 

 俺の破片は、左脇腹へ二つ入っていた。

 一つは浅い。

 一つは肋骨の表面で止まっている。

 内臓損傷なし。

 左第九肋骨にひび。

 軽い脳震盪。

 出血は圧迫で止まった。

 先生立会いの下、破片を摘出し、傷を縫合する。

「痛みは?」

「六」

「吐き気?」

「三」

「痺れ?」

「ない」

「よく報告できました」

 アヤネが泣きながら言う。

「ホシノとの約束だから」

「私たちとの約束でもあります」

「分かった」

 麻酔が効き始める。

 俺は胸ポケットの手紙を確かめた。

 血はついていない。

 鯨水筒も二本、保健室の机にある。

「ホシノは」

「まだ場所が確定していません」

 先生が答える。

「でも、生きている可能性が高い。黒服は研究対象として欲しがっている。すぐに殺す目的ではない」

「安心できない」

「はい」

「迎えに行ける?」

「行きます」

「俺も」

「今の状態では戦闘区域へ入りません」

 先生の声は揺れない。

「通信か車両の安全圏。医師の許可がなければ学校待機。それでも、あなたを置き去りにはしません。役割を一緒に決めます」

「分かった」

 悔しい。

 けれど、受け入れる。

 

      *

 

 ――Hoshino side

 

 目を覚ました時、両手は金属の枠へ固定されていた。

 黒い部屋。

 白い照明。

 透明な壁。

 制服の内ポケットに、灰色の鯨は残っている。

 ショットガンと盾はない。

「学校は」

 最初に尋ねた。

 黒服が、壁の向こうに立っている。

「カイザーが管理権を確保しに向かいました」

「契約と違う」

「我々は直接危害を加えていません。カイザーへは条件を要請しました」

 予想していた答え。

 分かっていた。

 それでも、体が動いた。

 右手の固定具が軋む。

「止めて」

「残念ながら、彼らは別組織です」

「止めろ」

 語尾も、おじさんも消える。

 金属枠が曲がる。

 警報が鳴る。

 透明壁の外で、自動装置が起動した。

 青白い光がヘイローへ触れる。

 全身から力が抜ける。

 膝をついても、視線だけは黒服から外さない。

「契約を破ったら、研究には協力しない」

「あなたは、十分に協力的ですよ」

 壁へ映像が出た。

 アビドス校。

 砲撃。

 シロコちゃんたち。

 先生。

 地下指令室。

 カナタ君。

 爆発が映る。

 体が投げられる。

 左脇腹に血が広がる。

「やめて」

 声が出た。

「見るのを、ですか。それとも攻撃を?」

「両方」

「興味深い。あなたの神秘へ最も強く作用するのは、学校でも後輩でもなく、あの少年かもしれない」

「違う」

「では、なぜ固定具が先ほどより歪んでいるのでしょう」

 否定できない。

 映像のカナタ君が、私の傷へ手を当てる。

 口が動く。

 左脇、破片。出血。意識あり。

 隠さなかった。

 約束を守った。

 

 こんな時なのに、少しだけ笑ってしまう。

 涙も落ちる。

「彼は脆い」

 黒服が言う。

「一発で壊れる。あなたの恐怖を観測するには、非常に分かりやすい基準点です」

「カナタ君に触れたら」

 私は顔を上げる。

「ここを全部壊す」

「それもまた、良い観測結果になるでしょう」

 黒服は、脅しを脅しとして受け取らなかった。

 透明な檻。

 曲がった固定具。

 遠い映像。

 カナタ君は担架へ乗せられた。

 便利屋68が来た。

 生きている。

 

 生きているけれど、私は隣にいない。

 

 脈を取れない。

 

 名前を呼べない。

 私は内ポケットの灰色の鯨へ、指先を届かせた。

 固定具の隙間から、かろうじて触れる。

「待たないでって、書いたのにな」

 映像のカナタ君は、胸ポケットの手紙を確かめていた。

 待っている人の顔だった。

 

 嬉しいと思った。

 私が嫌になった。

 

      *

 

 ――Kanata side

 

 処置が終わった直後、先生の端末へ一通の通信が届いた。

 差出人は、黒服。

『小鳥遊ホシノさんについて、お話ししましょう。お一人でお越しください』

 座標は、ブラックマーケット外縁の廃ビル。

 先生は画面を閉じた。

「行ってきます」

「一人で?」とシロコ。

「話す時だけです。皆さんは、その間にホシノを迎える準備をしてください」

 先生は俺を見る。

「大人が引き受ける番です」

 俺は頷いた。

 左脇が痛む。

 呼吸するたびに、ひびの入った肋骨が存在を主張する。

 

 それでも、言葉ははっきり出た。

「ホシノを、連れて帰ってください」

「必ず」

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