爆発音から七分後。
アビドスの二台の車は、旧砂漠横断線へ向けて校門を出た。
先生と対策委員会の五人が先行車。
後方車には俺、救護用品、工具、仮設通信器。
俺は前線要員ではない。
それでも、止まった鉄道を追うには設備の目が必要だった。
「現地到着後、カナタは十四号分岐の保線小屋まで」
アヤネが車内通信で配置を確認する。
「そこから先は銃撃想定区域です。遮蔽板の内側で、私と信号設備を確認してください」
「分かった」
「敵対を確認した場合、後方車ごと一・二キロ下がります」
「うん」
前の車から、ホシノの声が入った。
「カナタ君」
「聞こえてる」
「今の返事、軽くない?」
「指示を復唱する。十四号分岐まで。銃撃を確認したら一・二キロ後退。遮蔽の外へ出ない」
「よろしい」
「通信は?」
「切らないよ。切れたらアヤネちゃんの予備回線。両方駄目なら、先生の判断で作戦終了」
「ホシノたちが残ってても?」
短い沈黙。
「……そこは作戦終了じゃなく、後方車だけ退避です」とアヤネが訂正した。
「うへ。細かいねぇ」
「大事なところです!」
「でも、カナタ君は下がって」
ホシノの声から笑いが少し消える。
「迎えに来ないで。私たちが戻る」
「了解。戻るまで回線を守る」
「ん。それでいいよ」
通信の向こうで、ホシノが息を吐いた。
*
前方車の車載映像が、後方の画面へ流れていた。
旧線路は、途中から新しくなっていた。
砂へ沈んだ赤錆の軌条を撤去し、黒い枕木と重いレールへ置き換えている。
大型の道床整備車。
溶接車。
資材を積んだ平貨車。
十数人の生徒が作業服姿で動いていた。
その中央で、二人だけが明らかに作業をしていない。
同じ形のヘイロー。
よく似た顔。
長い緑髪の少女は、運転席の窓から身を乗り出して、保線機械の動きを眺めている。
髪を左右でまとめた少女は、砂の上に置いた箱へ座り、作業員を急かしていた。
「あと二本! そこまでつないだら予定通りだから!」
「ノゾミ幹部、本当に許可は下りているんですか?」
「権利あるんでしょ? だったら線路を敷く。分かりやすいじゃん」
「アビドス側への通知が確認できません!」
「通知は遅れることもあるよ。列車も遅れるし」
「列車は遅らせないでください!」
作業員の悲鳴に近い声へ、長い髪の少女がゆっくり振り返った。
「ノゾミ。来た」
「何が?」
「アビドス」
二台の車が、工事区域の手前で止まる。
先生が最初に降りた。
シロコ、セリカ、ノノミ、ホシノが左右へ展開する。アヤネは車内の通信席に残った。
「工事を止めてください」
先生の声は穏やかだった。
「ここはアビドス自治区です。許可と安全計画を確認します」
作業員たちが一斉に手を止める。
箱に座っていた少女だけが、楽しそうに笑った。
「パヒャヒャッ。噂の先生だ」
「ノゾミ」と長い髪の少女。
「だってさ、列車を止めるどころか壊したこともあるんでしょ? 変な格好で駅を走ったって話まで――」
「今は関係ありません!」
アヤネの声が車載拡声器から飛んだ。
「残念。面白そうなのに」
ノノミが一歩前へ出る。
「ネフティスとハイランダーが協力関係にあることは承知しています。でも、私たちは今朝まで何も知らされていませんでした。工事を止めて、責任者の方とお話しさせてください」
「責任者なら、ここに二人いるよ」
少女は箱から下りる。
「ハイランダー鉄道学園、中央管制センター幹部、橘ノゾミ」
長い髪の少女も、運転席から軽く手を上げた。
「橘ヒカリ。姉」
「そこまで言ったら、ちゃんと説明しないと」とノゾミ。
「運転担当」
「うん、それはみんな見れば分かる」
セリカが眉をつり上げる。
「責任者なら、許可証を見せなさいよ!」
「ネフティスが権利を買った。ハイランダーは提携先。線路はあたしたちの自治区みたいなもの。以上!」
「ここは線路になる前からアビドスよ!」
「でも今、線路になった」
「そういう問題じゃない!」
先生が二人の間へ入る。
「権利関係は確認中です。少なくとも、爆破を伴う工事の安全通知がありません。作業を止め、資料を保全してください」
ノゾミは、ヒカリを見る。
ヒカリが、列車の時計を見る。
「予定、十一分遅れ」
「うわ、最悪。じゃあ話してる時間ないね」
「待ちなさい!」
セリカが叫ぶより先に、双子は動いた。
ヒカリが運転席へ滑り込む。
ノゾミが後部デッキへ飛び乗る。
二両編成の黒黄列車が、警笛を鳴らした。
「作業員を線路から退避!」
先生が指示する。
「アヤネ、前方確認!」
「三・四キロ先まで人影なし。ですが旧線区です、速度を出せる状態ではありません!」
車輪が空転し、砂を噴く。
列車が西へ走り出した。
「逃げた!」とセリカ。
「追う」とシロコ。
隣の線路には、工事用の小型牽引車が一台残っている。
シロコが運転台へ乗る。
「動かせる」
「どうして分かるのよ!」
「鍵が付いてる」
「そうじゃなくて!」
「先生」とホシノ。
「追跡します。ただし、脱線させません」
「はい。安全速度を守って、退路を残します」
先生、シロコ、セリカ、ノノミ、ホシノが牽引車へ乗り込む。
アヤネは先行車の通信席。
俺は後方の保線小屋。
「カナタ、十四号分岐の図面を見られる?」
「見てる。手動転轍機に電動補助を足した型だ。制御盤は生きてる」
「逃走列車の現在速度、七十四。上昇中です」
「この線路で?」
「ヒカリ幹部は運転だけなら本物です!」
ハイランダーの作業員が、頭を抱えながら答えた。
「褒めている場合ではありません!」
アヤネが叫ぶ。
*
二本の列車が、砂漠を走る。
前を行く黒黄列車は、敷設直後の継ぎ目さえ滑るように越えた。
ヒカリは速度を落とさない。
ノゾミは後部デッキから手を振っている。
「遅い遅い! その車両じゃ追いつかないよ!」
銃撃はしてこない。
代わりに、後部散布器から細かな砂利を落とした。
「前方、道床材!」とアヤネ。
「三秒右へ寄る。つかまって」
シロコが制御を切り替える。
牽引車が隣の作業軌道へ渡る。
砂利の帯を避け、元の線へ戻る。
「ん。手慣れてるねぇ」
「自転車と同じ」
「絶対違うわよ!」
セリカが手すりへしがみつく。
先生は路線図と双方の速度を見ている。
「正面から止めるのは危険です。速度を落とし、直線区間で駆動だけを止めます」
「十四号の先に、長い上りがある」と口にした。
通信に、紙をめくる音が混じる。
「本線のままだと旧橋梁へ出る。橋は荷重記録がない。右の保守支線なら勾配二・六パーセント、終端まで五・一キロ。路盤は今朝補修済み」
「転轍できますか?」と先生。
「できる。ただ、相手も車上から指令を上書きできる」
「一回で足りる」とシロコ。
「何をする気?」とセリカ。
「切り替わる瞬間に、制御受信機を止める」
シロコがライフルを構える。
走行中の車両から、前方車両の小さな受信箱を狙うつもりだった。
「射線が通るのは四秒です」とアヤネ。
「先生、指示を」
ホシノの声から、冗談は消えている。
「カナタは分岐を保守支線へ。アヤネは速度と転轍確認。シロコは受信機だけ。ホシノは前面防護。ノノミとセリカは左右の道床を監視してください」
「了解」
返事が重なる。
「カナタ」
ホシノだけが、名前を呼んだ。
「いる」
「三秒前に教えて」
「分かった」
十四号分岐が近づく。
俺は保線小屋の制御盤を開け、古い安全錠と新しい補助回路を確認した。
通電。
鎖錠。
表示灯。
緑から黄。
「転轍開始。三、二、一」
軌条が動く。
前方列車の表示灯が点滅した。
ヒカリが上書き操作を入れる。
「今」
先生の指示。
シロコが撃った。
一発。
受信箱が砕ける。
転轍機は、保守支線側で鎖錠された。
黒黄列車が右へ入る。
ヒカリは急制動をかけない。
勾配へ合わせ、車輪を滑らせず速度を落としていく。
「六十三、五十八、五十二」
アヤネが読み上げる。
「上手い」とシロコ。
「敵を褒めてる場合!?」
「上手い相手ほど、止め方を間違えると危険」
俺が答えた。
保守支線の先は、砂を除いたばかりの長い直線だ。
速度が三十八まで落ちる。
先生が次の指示を出す。
「後部駆動冷却器。左右同時」
ノノミとセリカが構える。
「撃ちます!」
「これで止まりなさい!」
二つの射撃が、後部機器の保護板を抜いた。
白い蒸気が噴き、列車の加速音が消える。
ヒカリは惰性走行へ切り替えた。
最後まで車輪を固着させず、列車を直線上へ止める。
停止位置は、支線終端の一・七キロ手前だった。
「停止確認」
「全員、接近。運転席と後部を同時に押さえます」
先生の指示で、対策委員会が降りる。
ホシノは前。
シロコは右。
ノノミとセリカが後部。
ヒカリとノゾミは、両手を上げて車外へ出た。
「列車に穴開けた」とヒカリ。
「そっちが逃げたからでしょうが!」
「パヒャヒャ。追いつかれるとは思わなかったなぁ」
「次はもっと速い編成にしよう」
「そういう相談は反省してからにして!」
セリカの怒鳴り声が、砂漠へ響く。
*
双子の武器と運転鍵を一時預かりし、負傷がないことを確認した時だった。
東から、単独の装甲車が近づいた。
ハイランダーの章。
ただし、中央管制センターの車両とは標示が違う。
降りてきた生徒は、双子より年上に見えた。
黒い制帽。
長い外套。
姿勢に隙がない。
「橘ヒカリ。橘ノゾミ」
低い声で、二人の名を呼ぶ。
「また規定外の運行をしたな」
「スオウ、遅い」とヒカリ。
「監理室はいつも後から来るよねぇ」とノゾミ。
「お前たちが予定を無視するからだ」
生徒は先生と対策委員会へ向き直り、礼をした。
「ハイランダー鉄道学園、監理室の朝霧スオウです。二名の行為について、監督する立場から謝罪します」
「友達を迎えに来たの?」とセリカ。
「友人ではない」
スオウは即答した。
「中央管制センターと監理室は独立した組織だ。互いの運行と権限を監視している。今回は、その監視が間に合わなかった」
「だったら、この工事も止められる?」とシロコ。
「今は止める。安全手続に不備がある」
スオウは、そこで言葉を区切った。
「ただし、敷設そのものが無権限とは限らない。ハイランダーはネフティスと業務提携している。ネフティスが取得した権利に、砂漠横断鉄道の再整備が含まれる可能性がある」
「可能性だけで爆破までしたの?」とノノミ。
「だから、この二人は止める」
「褒められた」とヒカリ。
「どこが!?」とノゾミ。
スオウの眉がわずかに動いた。
「二名の身柄を引き渡してほしい。工事は全停止し、車両と記録を保全する。権利関係については、ネフティス側の関係者を含め、アビドス校で正式に説明する」
先生は、ホシノたちを見る。
アヤネが遠隔で条件を読み上げた。
「武器は会談時に返却。逃走列車の修理費はハイランダー負担。工事記録、運行ログ、作業命令書を複製。次の運行はアビドスとシャーレの確認後」
「受け入れられるか?」と先生。
「監理室として受け入れる」
「中央管制センターは?」
「お菓子が出るなら」とノゾミ。
「運転席も」とヒカリ。
「お前たちに選択権はない」
スオウが二人を装甲車へ押し込む。
最後に、ホシノを見る。
「説明は急いだ方がいい。債券を買ったのは、ネフティスだけではない」
「どういうこと?」
「資金を出した者が複数いる。目的も一つではない」
スオウはそれ以上答えず、車へ戻った。
*
戦闘区域解除後、俺が保線小屋から出てきた。
ホシノは最初に全身を見る。
頭。
肩。
腕。
脚。
血はない。
「怪我は?」
「ない。制御盤の錆で指を汚しただけ」
右手を見せる。
ホシノは手袋越しに手首をつかみ、一拍だけ確かめた。
「通信、六秒途切れた」
「分岐を動かした時の電磁雑音。予備回線へ切り替わった」
「六秒、長いよ」
「ごめん」
「でも、迎えに来なかった」
「約束したから」
「うん。えらい」
ホシノは周囲を見る。
先生たちは逃走列車の記録を回収している。
アヤネは作業員から事情聴取。
誰も二人を見ていないわけではない。
それでも、短く俺の胸へ額をつけた。
「おじさん、恋人を後ろに置いて走る仕事、嫌いだなぁ」
「俺も待つのは得意じゃない」
「じゃあ、同じだね」
「でも、必要だった」
「うん」
ホシノは離れる。
俺は新しい線路へしゃがみ込み、レール側面の刻印と枕木間隔を見る。
「何かある?」
「普通の復旧線にしては、荷重を取りすぎてる」
「重い列車を走らせる?」
「かなり重い。レール断面も、道床の深さも、残ってる駅設備に合わない。補助電力の管路も大きすぎる」
「何を走らせるつもりかな」
「分からない。機関車か、工事列車か、それ以外か。図面がないと決められない」
俺は、分からないところで止めた。
ホシノは線路の先を見る。
砂へ埋もれた旧線。
新しく敷かれた重い軌条。
その先に何があるのか、まだ誰も知らない。
「帰ろっか」
ホシノが言う。
「会談の準備。あと、昼寝四十分」
「覚えてた?」
「こういう約束は忘れないよ~」
線路は止まった。
けれど、過去から来るものは、もう走り始めていた。