砂の海に、君が流れ着く   作:陽炎帽子

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弾丸より脆いもの

 血は、鯨の水筒へ落ちた。

 保健室の診断台へ腰を下ろし、俺が工具巻きを床へ置こうとした時だった。

 左袖の内側を伝っていた赤い滴が、手首から離れる。

 白い鯨の尾に当たり、細い筋になって流れた。

 俺は親指で拭おうとした。

「動かないで」

 保健室の入口から声がした。

 ホシノだった。

 

      *

 

 先生を委員会室へ案内したはずだった。

 けれど、そこにいたのは一分にも満たなかったらしい。

 ホシノの後ろから先生、アヤネ、ノノミが入ってくる。セリカとシロコは外周の安全確認に残っていた。

 ホシノは診断台まで歩く。

 足音はいつもどおり遅い。

 顔にも、眠そうな笑みが戻っている。

 

「カナタ君」

「これは」

「動かないでって言ったよね」

 声だけが、少しも笑っていなかった。

 俺の左手から水筒を取る。

 次に、袖口へ触れた。

「脱げる?」

「自分で」

「聞いてるのは、一人で脱げるかどうか」

「脱げる」

「じゃあ、ゆっくり。右から」

 濃紺の上着を脱ぐ。

 左腕を袖から抜く時、埋まった破片が動いた。

 痛みで、指先に力が入る。

 ホシノは見逃さなかった。

「ノノミちゃん。お願い」

「はい」

 ノノミが裂けたシャツの袖を、医療用の鋏で切り開く。

 左上腕には、細長い傷があった。表面はすでに血が固まりかけている。だが中央が少し盛り上がり、その周囲だけ赤く熱を持っていた。

 アヤネが息を呑む。

「破片が残っています」

「壁の粉だけって言ったよね」

 ホシノは傷を見たまま尋ねた。

「その時は、そう見えた」

「無傷とも言った」

「動いたから」

「動けば無傷なの?」

「浅い傷だ」

「診断するのは君じゃない」

 そこで初めて、ホシノは俺の顔を見た。

 左右で色の違う瞳が、まっすぐ向く。

 

「もう一度聞くね。他に痛いところは?」

「胸が少し。左腕。ほかはない」

「頭は?」

「打ってない」

「息苦しさ、吐き気、目眩」

「ない」

「本当に?」

「本当」

「今度は信じていい?」

 俺はすぐに答えられなかった。

 ホシノの顔から、わずかに残っていた笑みが消える。

「……信じていい」

「そっか」

 短い返事だった。

 ノノミが診断機の走査板を傷へ当てる。端末へ立体画像が表示された。

「長さ十一ミリほどの金属片です。皮下に斜めに入っています」

 アヤネが画像を拡大する。

「骨、太い血管、神経束には達していません。ですが異物なので、洗浄して摘出する必要があります。傷口も閉じた方がいいです」

「治るまでどれくらい」とホシノ。

「キヴォトスの生徒用の予測しか表示されません」

 診断機の画面には、推定回復時間、四時間から七時間と出ていた。

 全員が、その数字を見た。

 次に俺を見た。

「その予測は使えない」と先生。

「はい。ヘイロー保護なしの一般救急手順へ切り替えます」

 アヤネが設定を変える。

 表示が更新される。

 抜糸まで七日から十四日。感染兆候の観察。少なくとも二十四時間は安静。左腕を使う作業は禁止。

 セリカなら、同じ傷を受けても昼には走っているかもしれない。

 俺は二週間、工具を握れない。

「大げさだ」

 思わず口から出た。

 ホシノが振り返る。

「何が?」

「指は動く。骨にも当たってない。二週間も何もしない方が体が鈍る」

「先生」

 ホシノは俺へ答えず、大人を見た。

「こういう子、どうしたらいいと思う?」

「本人へ説明し、納得できなくても守るべき条件を決めます」

「だって」

「二人で決めるな」

「私一人でも決めるけど?」

 柔らかい声が戻った。

 

 戻ったからこそ、もう覆らないのだと分かる。

 

「汐見さん」

 アヤネが端末を持って、診断台の正面へ立つ。

「処置後二十四時間、左腕を肩より上へ動かさない。重量物を持たない。入浴禁止。発熱、出血、指の痺れ、傷の腫れがあればすぐ報告。工具の使用は、少なくとも三日間禁止します」

「診断機は七日から十四日って」

「三日後に再診し、問題がなければ軽作業を再検討します。これは譲歩です」

「自転車は」

「駄目です」

 廊下から、シロコの声がした。

「まだ何も言ってない」

「私の自転車を直すつもりだった」

 安全確認を終えたシロコとセリカが保健室へ入ってきた。

 シロコは傷を見る。

 顔は変わらない。

 ただ、壊れた自転車の前輪を壁へ立てかけた。

「直さなくていい」

「あとで見ると言った」

「あとでは、三日後でもいい」

「部品があるかだけでも」

「私が見る。分からなかったら、そのままにする」

「乗れないだろ」

「走る」

 自転車で移動することへ強くこだわるシロコが、迷いなく言った。

 

 俺は黙るしかなかった。

「ちょっと」

 セリカが診断台の横へ来る。

「あんた、何で怪我してないって嘘ついたのよ」

「あの時は戦闘が終わってなかった」

「だから何?」

「俺の傷より、そっちが先だった」

「勝手に順番を決めないで」

 セリカの声は怒っていた。

「アヤネが救護箱を持ってた。ホシノ先輩も確認した。そこで言えば済んだでしょ」

「浅いと思った」

「さっきから、そればっかり!」

 セリカは一歩踏み出し、ノノミに肩をつかまれた。

「セリカちゃん。処置が先です」

「分かってるわよ!」

 顔を逸らす。

「……ほんとに、分かってないんだから」

 最後の声は小さかった。

 俺は、セリカが誰へ言ったのか分からなかった。

 

      *

 

 処置は、保健室の簡易手術台で行うことになった。

 遠隔医療センターへ接続し、医師の指示を受ける。ノノミとアヤネが器具を準備する。

 先生は、事故報告と襲撃後の確認を引き受けた。

 シロコとセリカは校舎の破損箇所を回る。

「ホシノは、ここに残りますか」

 先生が尋ねた。

「委員長として見届けないとねぇ」

「外の確認は」

「シロコちゃんとセリカちゃんがいるよ」

「報告書は」

「先生が手伝ってくれるんでしょ?」

「カナタが眠るまで離れないつもりですか」

 ホシノの目がわずかに細くなる。

 先生は責める様子もなく待った。

 

「……処置が終わるまで」

「分かりました」

 先生はそれ以上言わない。

 俺は二人の会話を聞いていた。

「ホシノも仕事へ行っていい」

「そう?」

「怪我は隠さない。処置も受ける」

「君が信用を取り戻すには、一回じゃ足りないかなぁ」

 笑っている。

 けれど、椅子を診断台のすぐ横へ運んだ。

 局所麻酔の注射が入る。

 傷の周囲の感覚が鈍くなる。

 医療用の小さな鉗子が、金属片の端を探した。

「見ない方がいいよ」

 ホシノが言う。

「自分の腕だ」

「自分のだから、見ない方がいいの」

「ホシノは見てる」

「おじさんは慣れてるからねぇ」

「救護に?」

「いろいろ」

 それ以上は答えなかった。

 俺は天井を見る。

 古い照明の周りに、小さな虫の影がある。

 痛みはない。

 それでも金属が肉の中を動く感覚は伝わった。

 右手が診断台の縁をつかむ。

「カナタ君」

「何だ」

「右手、借りていい?」

「今?」

「今」

 ホシノが手のひらを上へ向ける。

 小さな手だった。

 盾を持ち、銃弾を受け止めていた手。

 俺は診断台の縁から指を離し、その上へ置いた。

 ホシノの指が閉じる。

「痛かったら握っていいよ」

「麻酔が効いてる」

「じゃあ、おじさんが握るね」

「逆じゃないか」

「うへへ。ばれた?」

 ホシノの手に力が入った。

 処置されている俺より、見ているホシノの方が冷たい。

「手、冷えてるぞ」

「朝、外にいたから」

「砂漠は暑い」

「冷え性なのかも」

 適当な理由だった。

 俺は、つながった手を少し握り返した。

 ホシノが黙る。

「これでいいか」

「……うん」

 返事から、軽口が消えた。

 金属片が抜ける。

 銀黒色の小さな欠片が、受け皿へ落ちた。

 音は、ねじが机へ落ちた時よりも小さかった。

 それでもホシノの指が強くなる。

「摘出できました」

 アヤネが息を吐く。

 洗浄。消毒。傷口を二針だけ閉じる。

 包帯が巻かれるまで、ホシノは手を離さなかった。

 

      *

 

 正午を過ぎて、ようやく先生を迎えるための会議が始まった。

 委員会室の長机には、七つの椅子が置かれた。

 対策委員会の五人。先生。俺。

 俺の左腕は首から吊られている。

「安静って言葉、知ってる?」

 セリカが睨む。

「座ってる」

「保健室で座ってなさいよ」

「私もそう言ったんですけど……」

 アヤネが困った顔をする。

「先生が何をしに来たのか、俺にも関係ある」

「どうして?」

「連邦生徒会が戻れば、俺の保護申請も動くかもしれない」

 その言葉に、ホシノの指が止まった。

 俺用の水を注いでいたところだった。

 一滴、机へこぼれる。

「そうだねぇ」

 すぐに布で拭く。

「大事な話だし、聞いといた方がいいかもね」

 声はいつもどおりだった。

 俺だけが、こぼれた一滴を見ていた。

 先生はアビドスへ来た経緯を、簡潔に説明した。

 連邦生徒会長の失踪。

 

 機能を失いかけている連邦生徒会。

 

 各地で増える混乱。

 そして、独立した捜査部シャーレの顧問として、生徒たちの問題へ対応する役目。

「連邦生徒会長がいないから、汐見さんの照会にも十分な回答が出せなかった可能性があります」

 アヤネが言う。

「それはあると思います。ただ、記録そのものが見つからない問題は別です」

 先生は期待だけを与えなかった。

 

「私からも照会を続けます。ですが、すぐ帰る方法が見つかるとは約束できません」

「それでいいです」

 俺は答えた。

「調べてもらえるなら」

「分かりました」

 先生が頷く。

 そのやり取りの間、ホシノは水筒の鯨を指でなぞっていた。

 会議は、アビドスの現状へ移る。

 生徒が五人しかいないこと。

 砂漠化が進んでいること。

 学校を維持するため、大きな借金を返していること。

 アヤネが資料を開こうとしたところで、セリカが立ち上がった。

「ちょっと待って」

 全員の視線が集まる。

「先生が何をしに来たかは分かった。でも、だからって何もかも話すの?」

「セリカちゃん?」

「今日、助けてもらったのは認める。指示がなかったら危なかったのも。でも、会ったばかりの大人でしょ」

 先生をまっすぐ見る。

「連邦生徒会から来たってだけで、信用できるの?」

 部屋が静かになる。

 先生は反論しなかった。

「できないと思います」

「……は?」

「会ったばかりですから。信用してほしいと言うだけでは、足りません」

 セリカが言葉に詰まる。

「それでも、困っていることを聞かせてもらえれば、手伝えることは考えます。話したくない部分は、今は話さなくて構いません」

「何よ、それ」

「私の立場です」

 先生の答えは静かだった。

 セリカは椅子へ座らない。

 俺は、その姿を見ていた。

 自分も同じだった。

 助けると言う人を、すぐには信じられない。

 何かを受け取れば、返さなければならないと考える。

 ただ、先生はそのことを否定せず、待つと言った。

 

「今日は、ここまでにしよっか」

 ホシノが間へ入る。

「校舎も壊れちゃったし、カナタ君も壊れちゃったし。難しい話は、みんなが元気な時にしよう」

「俺を設備みたいに言うな」

「設備なら、勝手に怪我を隠さないからねぇ」

「設備も故障を隠す」

「ほら。やっぱり似てる」

 ノノミが小さく笑う。

 シロコも口元をわずかに緩めた。

 セリカだけは、先生を見たままだった。

 その目から警戒は消えていない。

 先生も、消そうとはしなかった。

 

      *

 

 夜。

 俺は旧進路指導室ではなく、保健室の寝台にいた。

 体温は平熱。出血なし。指の痺れなし。胸部の再走査にも異常なし。

 それでも最初の夜は、保健室で経過を見ることになった。

 監視当番は、二時間交代。

 アヤネが組んだ予定では、最初がノノミ、次がセリカ、その後にシロコ、最後がホシノだった。

 午後十時、最初の当番が扉を開けた。

「あら~?」

 ノノミが、寝台の横にいるホシノを見る。

「ホシノ先輩。先輩の担当は朝四時からですよ」

「うん。知ってるよ~」

「では、どうして椅子に?」

「たまたま?」

「たまたま救護記録と毛布と枕を持って?」

「準備のいいおじさんなのです」

 ノノミは困ったように笑った。

「先輩が最初から残ると、交代表を作った意味がありません」

「おじさんは寝てるから。当番はノノミちゃん」

「どこで寝るんですか?」

「ここ」

 ホシノが指したのは、寝台の横の古い長椅子だった。

「自分の部屋へ戻った方がよく眠れますよ」

「今日はここがいいなぁ」

 柔らかな声。

 ノノミはホシノをしばらく見た。

 それから、俺へ視線を移した。

「カナタさんは、どう思います?」

「戻れと言っても戻らない」

「正解」

 ホシノが満足そうに頷く。

「では条件があります。先輩は本当に休むこと。検温と傷の確認は当番へ任せること。カナタさんを起こしてお話を続けないこと」

「は~い」

「それから、椅子ではなく長椅子で横になること」

「はぁい」

「返事が怪しいです」

「ノノミも相手が悪い」と口にした。

「カナタ君は誰の味方なの?」

「正しい方」

「うへぇ。冷たいなぁ」

 言いながら、ホシノは少し嬉しそうだった。

 ノノミが照明を落とす。

 保健室の夜間灯だけが、床を青く照らした。

「おやすみなさい、カナタさん。ホシノ先輩」

「おやすみ」

「おやすみ~」

 ノノミが記録端末へ向かう。

 ホシノは長椅子へ毛布を広げた。

 横になる。

 一分後、起き上がる。

「休むんじゃなかったのか」

「水筒、手の届くところに置いとこうと思って」

 鯨の水筒を寝台横の台へ移す。

 また横になる。

 二分後、起き上がる。

「今度は」

「包帯がきつくないかなぁって」

「きつくない」

「指、動かしてみて」

 俺は左手の指を曲げ伸ばしする。

「動く」

「痺れは?」

「ない」

「痛みは?」

「少し」

「どれくらい?」

「寝られるくらい」

「そっか」

 ホシノは横になる。

 三分後。

「ホシノ」

「何かなぁ」

「まだ起きてるだろ」

「寝てるよ」

「返事した」

「寝言」

「こっちへ来い」

 毛布が動かなくなる。

「……どこに?」

「椅子」

「ノノミちゃんとの約束が」

「長椅子で寝ろとは言われた。椅子へ座るなとは言われてない」

「悪い子だねぇ、カナタ君」

 ホシノは毛布を持ったまま、寝台横の椅子へ移った。

「右手」

 俺が差し出す。

 ホシノは見つめるだけで、触れない。

「処置の時みたいに、脈を見ればいい」

「見なくても大丈夫だよ」

「さっきから三分ごとに起きてる」

「おじさん、眠くないだけ」

「嘘だな」

「どうして?」

「目を擦ってる」

 ホシノは自分の手を止めた。

 やがて、差し出された右手首へ指を置く。

 二本の指。

「今日は速くないね」

「寝てるからな」

「起きてるじゃん」

「誰かが寝ないから」

「おじさんのせい?」

「そう」

「ごめんね」

 あまりに素直に謝られ、俺は返事に困った。

 ホシノが指を置いたまま、寝台の端へ額を預ける。

「今日、怖かった?」

 俺が尋ねた。

「ん~。ヘルメット団くらいなら、いつものことかなぁ」

「俺のこと」

 指先が止まる。

「……少し」

「少し?」

「いっぱい聞くねぇ」

「信じていいか聞かれたから。俺も聞く」

 ホシノは顔を上げない。

「怖かったよ」

 夜間灯の下で、声だけが届く。

「通信で壁が壊れる音がして、アヤネちゃんが君を呼んで。君が大丈夫って言ったから、もっと怖くなった」

「どうして」

「カナタ君の大丈夫、全然大丈夫じゃないんだもん」

「……悪かった」

「うん。悪い子だよ」

 額を寝台へ押しつける。

「でも、戻ってきた」

「ホシノが連れ戻した」

「これからも?」

「何が」

「危ないところへ行ったら、連れ戻していい?」

「自分で戻る」

「戻らなかったら」

「その時は」

 言葉を選ぶ。

「迎えに来てくれ」

 ホシノが顔を上げた。

 眠そうな瞳が、少しだけ濡れて見えた。

「約束?」

「約束」

「黙って怪我を隠さない?」

「それも約束する」

「いなくならない?」

「帰る時は言う」

「今日の夜は?」

「ここにいる」

「明日の朝は?」

「いる」

「そっか」

 ホシノの目が閉じる。

 手首へ置かれた指は、そのままだった。

「ホシノ。寝るなら長椅子へ」

「寝てないよぉ」

「寝言か」

「うん……」

 返事の後、呼吸がゆっくりになる。

 

 ノノミは記録端末の向こうから見ていたが、何も言わなかった。

 ただ、予備の毛布を一枚持ってくる。

 俺は右腕を動かせない。

 動かせば、ホシノの指が脈から離れる。

 

 ノノミがホシノの背へ毛布をかけた。

 小さな声で囁く。

「これなら、朝まで起きませんね」

「二時間で交代だろ」

「セリカちゃんとシロコちゃんには、静かに見守ってもらいます」

「ホシノを起こさないのか」

「起こしてほしいですか?」

 俺は寝台へ額を預けた横顔を見る。

 昼間、銃弾の前へ立っていた人。

 傷口を見ながら、冷たい手で自分の右手を握った人。

「このままでいい」

「はい」

 ノノミが照明をもう一段落とす。

 俺も目を閉じた。

 手首へ触れる二本の指は、眠っても離れない。

 規則正しい脈が、その指先へ、自分がまだここにいることを伝え続けていた。

 

      *

 

 ――Hoshino side

 

 夢の中で、手を握っていた。

 冷たい手ではなかった。

 波にさらわれる手でも、砂の下へ沈む手でもない。

 温かくて、指の下で脈が動いている。

 

 一、二、三。

 十まで数えたら、また一へ戻る。

 

 途中で眠っても、目を覚ませばまだ動いていた。

 カナタ君は銃弾より脆い。

 壁の欠片よりも、小さな金属片よりも脆い。

 それでも、守る箱へ入れておくことはできない。

 

 扉を閉めて、鍵を隠して、何もしなくていいと言い続ければ、きっとカナタ君はまた別の出口を探す。

 だから、戻ってきてほしいと頼む。

 

 怪我をしたら言ってほしいと頼む。

 私が迎えに行くことを、許してもらう。

 縛る代わりに、約束を一つずつ増やす。

 それなら、カナタ君の選択を奪わない。

 たぶん。

 少なくとも、今はそう信じたかった。

 指先の脈が、一度だけ速くなる。

 

 私は眠ったまま、手首を少し強くつかんだ。

「いるよ」

 誰かの声がした。

 夢の外から届いた声だった。

 それを聞いて、今度こそ深く眠った。

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