もう会えないと思っていた君の最後の贈り物

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誰も知らない君を、僕だけが覚えている

人は、死ぬとき何を思うのだろう。後悔だろうか。感謝だろうか。それとも、誰か一人のことだけを思い出すのだろうか。僕には分からない。

 

分かったのは、二十年かけて積み上げた人生は、あと一歩で終わってしまうほど軽い、ということだけだった。

 

「完璧な人」「こんな素晴らしい人がどうして」そう言われた君の事も葬式が終わって一週間もすれば、みんな忘れてしまって今話題の芸能人の話を五月蝿いくらいに話している。

 

君を思って窓を開けると、夜風が部屋へ流れ込み、白いカーテンを揺らす。こんな蒸し暑い夏の夜でも月は禍々しいくらいに綺麗に見える。街灯に照らされた道路は、やけに遠く見えて、ここが9階だというのを忘れるくらい地面は僕のそばにいた。

 

怖くはなかった。怖いという感情さえ、どこかへ置いてきてしまったらしい。周りの期待に応え、笑顔でいい子を演じ、傍目から見れば羨まれるような成果を出しても僕の心は空っぽだった。「頑張る」という言葉はいつも自分を縛り動かす鎖であり、それを解いてくれた君がいなくなった今、僕には何も残らなかった。

 

「ごめん」

 

誰に向けた言葉だったのか、自分でも分からない。窓枠へ足を掛けて、あと一歩、空の感触に触れたと思ったのに

 

「どうして...」

 

息を呑むような、小さな泣き声。体が止まった。

 

聞き間違えるはずがなかった。

 

何度も聞いた声だった。

 

思わず振り返ったが、当然、誰もいない。君はもう、この世界にはいない。

 

あんなにみんなに褒められて、みんなが泣いてくれた君、素晴らしい成果を出しつつけて、文武両道だった君。

そんな君が泣くときだけ、決まって、僕の手を痛いくらい握りしめることも、笑いながら「大丈夫」と言うたび、その目の奥に諦めがあった事も、もう僕しか覚えていない。

 

「……弱い私で、ごめんね」

 

また聞こえた。君は、よく謝る人だった。何か悪いことをしたわけじゃない。いつものように泣いてしまった日も。眠れない夜も。知らない人の所から帰ってきた日も。

 

決まって最後は、「ごめんね」と言って笑っていた。そのたびに僕は、「謝んなくたっていい」と言った。すると君は、困ったように笑って、「でも、私はこうするしかわからないから」と言って、また謝る。

 

そんなやり取りを、何度しただろう。

 

みんな知らない。

君が泣くときだけ、僕の手を痛いくらい握っていたことを。

笑いながら「大丈夫」と言うたび、その指先だけが少し震えていたことを。

 

僕の前でだけ、「疲れた」と小さく言えたことを。

 

その君を知っているのは、もう、僕だけだった。

 

静かな部屋に、自分の呼吸だけが響く。

 

「なあ、みんな、君のことを忘れていくよ」

 

返事はない。あるはずもない。それでも、話しかけたくなった。責めるつもりはなかった。それが普通だから。僕だって、知らない誰かを忘れながら生きてきた。

 

でも「僕までいなくなったら」「君のことを知ってる人が、本当に誰もいなくなるじゃないか」

僕が覚えている君は。誰かの期待に押し潰されそうになって。それでも笑って。最後まで「助けて」が言えなかった君だ。そんな君まで、誰も知らなかったことになってしまう。

 

窓を閉めると、もう君の声は聞こえない。幻だったのかもしれない。

 

それでもいいと思った。




何も知らない僕の初投稿を読んでいただきありがとうございます。
初めてだったので不得意なところもありましたが、どうにか生み出せました。

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