リアンがワートリ世界に行ったらってだけ 作:teoto1303
迅と太刀川が向かい合う
夜風が二人の隊服を揺らし、砕かれた道路の上をトリオンの粒子が漂っている
ブラックトリガーを全力で振るう迅と、正面から斬り結べる者は、精鋭揃いのこの部隊でも太刀川ただ一人だろう
太刀川は孤月を構えたまま、迅から視線を逸らさない
その一方で、通信を通して部隊全体へ指示を飛ばす
(俺と風間さんで迅の相手をする)
(三輪と米屋には玉狛を狙ってもらう。隙を見逃すなよ)
(三輪隊の残りと出水は迅を倒すことに集中しろ)
(狙撃手は当てようと思うな。奴の次の動きを制限する形で狙撃しろ。どうせ当たらん)
未来が見える迅へ、単純な不意打ちは通用しない
ならば狙撃そのものを当てる必要はない
回避先を限定し、そこへ別の攻撃を重ねればいい
(((了解)))
簡易な作戦を伝え終えると同時に、風間と歌川がカメレオンを起動する
二人の姿が夜の景色へ溶けるように消えた
その瞬間、太刀川は地面を強く蹴る
一息で迅との距離を詰め、孤月を振り下ろした
迅は風刃を持ち上げ、その一撃を真正面から受け止める
激しい金属音が響き、二人の足元へ亀裂が走った
風刃の根元には、依然として十二本の光の帯が靡いている
(風刃の帯の数が、そのまま残された手数――と考えるのは少し危ないか)
太刀川は鍔迫り合いの向こうから、迅の表情を観察する
迅は焦った様子もなく、こちらの次の動きを待っていた
おそらく、既に周囲の壁や地面へ風刃の斬撃が仕込まれている
目に見える十二本だけを警戒すれば、先ほどと同じ奇襲を受ける可能性がある
太刀川は迅の腹部へ蹴りを放つ
迅は腕で受けるが、その身体が後方へ押し出された
互いの間に距離が生まれる
『旋空孤月』
太刀川が孤月を振り抜く
サブトリガーによって拡張された斬撃が、周囲の民家や塀を切り裂きながら迅へ迫った
迅は地面を蹴り、斬撃の上を飛び越える
だが、その回避先には既に二つの銃口が向けられていた
乾いた発砲音が重なる
奈良坂と当真の狙撃
迅は空中で身を捻る
二発の弾丸は髪と服を僅かに掠め、そのまま背後の建物へ突き刺さった
直撃には至らない
しかし、回避のために空中で姿勢を崩される
そこへ出水が両手を向ける
「未来見えるってんなら、全部避けてみろよ迅さん」
出水が両手を広げる
「弾数だけなら自信あるぜ?」
周囲へ展開されるのは、ハウンドとアステロイド
脚を斬られていようと弾幕に衰えは見えない
無数の弾丸が、逃げ場を埋め尽くすように迅へ殺到した
迅は既に軌道を読んでいた
風刃を振るい、斬撃を自分の前へ発生させる
迫る弾丸が切り裂かれ、トリオンの光となって弾けた
風刃の斬撃を、攻撃ではなくシールドの代わりとして利用している
だが、直線的に飛ぶアステロイドと異なり、ハウンドは迅の動きを追い続ける
斬撃の隙間を抜けた数発が、迅の脚へ命中した
風刃が攻撃に超特化していることが裏目に出る
「お、入った」
出水が小さく口角を上げる
「未来が見えても、全部避けられるわけじゃないってことか」
(油断するな)
風間の声が通信越しに飛ぶ
「分かってますって」
トリオンが弾け、迅の体勢が僅かに揺れる
致命傷ではない
それでも、確実に動きは鈍る
さらに、防戦を強いられる迅の視界の端へ、戦場から離れていく二つの影が映った
三輪と米屋
二人は既に迅の横を抜け、玉狛支部へ向かって走っている
迅は即座に風刃を振るう
二人の進行方向にある塀へ斬撃を伝播させ、足止めしようとする
だが、その腕が振り切られるより早く、左右の死角から刃が迫った
姿を消していた風間と歌川だ
「行かせません」
歌川の声と同時に、死角からスコーピオンが伸びる
「三輪たちはもう行った。俺たちがお前の相手だ」
迅は風刃を引き戻し、二人の攻撃を受け流す
遠隔斬撃が放たれることはなかった
その間にも、三輪と米屋の姿は遠ざかっていく
「……やられたね」
迅は小さく息を吐く
太刀川が孤月を肩へ担ぎ、迅の正面へ立つ
その背後では風間と歌川が再び姿を消し、出水が次の弾丸を展開していた
奈良坂と当真も、別々の角度から迅を狙い続けている
「仕方ないか」
この人数を相手にしながら、遠ざかる二人まで仕留めるのは不可能だろう
少なくとも、今のままでは追いつけない
では、どうするか
迅は脚の損傷を確認しながら、風刃をゆっくりと構え直した
「速攻で全員負かせて、追わないとな」
その言葉を聞き、太刀川の口元が愉快そうに歪む
不利な状況に追い込まれてなお、迅は逃げることではなく、ここにいる全員を倒すことを選んだ
「ずいぶん大口叩くじゃないか……!」
太刀川が再び地面を蹴る
迅も風刃を振り上げる
二人の刃が衝突し、夜の街へ轟音が響いた
◇
迅との戦場を離れ、三輪と米屋は住宅街を駆けていた
後方からは、刃がぶつかり合う音と爆発音が断続的に聞こえてくる
だが、三輪は振り返らない
今の自分たちに与えられた任務は、迅を倒すことではない
玉狛支部へ向かい、仮面の男を排除することだ
「しかし、ブラックトリガー持ちの近界民って、どんな奴なんだろうな?」
米屋は走る速度を落とすことなく、どこか楽しげに尋ねる
未知の相手を警戒していないわけではない
だが、それ以上に興味が勝っているらしい
「知らん。近界民というのならば殺すだけだ」
三輪は前方を見据えたまま、冷たく言い切る
仮面の男がどの国から来たのか
どのような事情を抱えているのか
三輪にとっては関係のないことだった
人型の近界民
ブラックトリガーと思われる武器
それだけで、敵と判断するには十分だった
「うっわ、こっわ」
米屋が僅かに顔を引きつらせる
軽口ではあるが、三輪は反応しない
「任務に集中しろ、米屋」
「はいはい」
二人はさらに速度を上げる
住宅街を抜けると、木々の間から川が見え始めた
その中央に建つ、古びた建物
玉狛支部
あと少し進み、橋を渡れば到着する
しかし、橋の入口へ近づいたところで、三輪が僅かに速度を落とした
前方に人影がある
月明かりの下
橋の中央へ、一人の青年が立っていた
逃げる様子も、道を譲る様子もない
こちらが来ることを知り、待ち構えていたことは明らかだった
三輪と米屋は橋の手前で足を止める
川の流れる音を挟み、両者の視線が交差する
「お前も邪魔をするのか……京介」
三輪は青年を睨みつける
そこに立っていたのは烏丸京介
普段の落ち着いた表情は変わらない
だが、その右手には既に孤月が握られている
「はい。迅さんに言われていますから」
京介は淡々と答える
「そんな理由で…俺たちを邪魔するのか…!」
三輪もトリガーを構える
声に怒気が混じる
「嫌です」
京介は即答する
握られた孤月の切っ先が、僅かに持ち上がる
「ベタですけど、この先を通りたかったら俺を倒してください」
米屋は京介の孤月と、その背後にある玉狛支部を見比べた
そして槍型に変形させた孤月を肩へ担ぎ、楽しそうに笑う
「そんじゃまあ、倒して通らせてもらうか」
三輪が拳銃型トリガーを抜く
京介は一人、橋の中央で二人を迎え撃つように腰を落とした
◇
「お前の風刃は確かに驚異だ。だが近づいて仕舞えばただのブレード」
「なんならサブトリガーがない分こちらに有利に働くんじゃないか?」
「よく知ってるみたいで…太刀川さんっ!」
なんとか太刀川と距離を作り斬撃の隙を作り出す
しかしそこに突き刺さるのは狙撃と出水の弾幕
いくら予知で見えていようと攻撃を防ぐためワンテンポ遅れる
圧倒的な数的不利が迅を苦しめる
(このまま前方に見える車庫まで迅を追い込む。狙撃と出水は迅がルートから外れる時だけ撃て)
(了解。逃げ道だけね)
出水が展開していた弾を一度引っ込める
(こっちも了解)
当真の声が通信に混じる
「奈良坂、右頼むわ。俺左見る」
「分かった」
二人の狙撃手が、それぞれ異なる角度から迅の退路へ銃口を向け直す
太刀川が斬り、狙撃と出水が援護、隙が出来ようと風間と歌川がそれを許さない
万全の体制だった。ただ…
ただ…何かを見落としているような…何かが間違っていると本能が警鐘を鳴らす
そんな疑念を抱えつつ、想定通り迅を車庫に追い込むことに成功する
この狭さでは遠隔での援護は期待できないが、元より当たるものではないので大した影響はない
迅は余裕な笑みを、太刀川も不敵な笑みを崩さない
例えこれが迅の予知の通りで、掌で踊らされているとしてもそれをねじ伏せるだけだ
「もう逃げ場はないぞ。時間稼ぎは終わりでいいか?」
「いや、もう少し付き合ってもらわないと困るか…なっ!」
風刃の帯の半分が消失する
それと同時に車庫に入った太刀川を4方から刃が襲う
先ほどの奇襲でそのタネは割れている。だとしてもその攻撃を全て防ぎダメージを与えるなど不可能だろう
故に致命になるもののみを防ぎ、他は傷が深くとも許容する
元よりブラックトリガー相手に五体満足で勝つなど虫の良すぎる話だ
胸と頭に迫る刃をブレードとシールドで弾き、左手の切断と太もも部分の貫通を見届ける
そうして放った一撃を迅は意図も容易く防ぐ
だがその隙が命取りだ
「今だ。風間さん、歌川」
風間と歌川が同時にカメレオンを解除し、左右から急襲する
(右から行きます)
(分かった)
必要最低限の言葉だけを交わし、二人が同時に距離を詰める
先ほど風刃の消失した帯は5本、そして太刀川への迎撃で4本使用。残りの1本を迅は風間の迎撃に
先ほど出水の弾を防ぐのに使った1本と合わせてちょうど半分の使用となる
歌川の攻撃を防ぐ術はここでなくなった
スコーピオンが袈裟状に迅のトリオン体を抉る
少なくないトリオンが迅の体から溢れ出す
「チッ…!」
だがただでやられる迅ではない
即座にもう半分の5本を使用し、1本目の斬撃で歌川のスコーピオンに防がせ、2本目で崩し、3本目で首を刎ねる
歌川が緊急脱出する
迅は脚に穴を開け、体には歌川に斬られた袈裟状の傷の他にも無数の切り傷が見える
太刀川も左腕を失い、脚に深い傷を負っている
長期戦という選択肢はお互いになくなった
この閉所での戦闘が有利にはならないと察した太刀川が車庫から距離を取る
そこを追撃するため迅は即座に太刀川に飛び掛かる
「出た」
奈良坂が照準を合わせる
「見えてる」
当真も同時に銃口を動かす
だが迅の移動は速い
二人が狙撃可能な未来を選ぶより先に、迅は太刀川との距離を詰めていく
「相変わらず面倒くせえな、あのサイドエフェクト」
「不用意に撃つな。当たらない」
「分かってるよ」
当間は照準を標的の迅からずらす
「俺たちはあの人のお膳立てをすればいいってことだろ?」
当真は迅から照準を外し、その数歩先へ銃口を向ける
奈良坂も意図を理解したように、反対側の退路へ照準を移す
二人とも迅を撃とうとはしない
撃ったところで避けられる
ならば、避ける先を決めてやればいい
左には奈良坂
右には当真
後ろへ下がれば出水の弾幕
前には太刀川
未来が見えていようと、選べる未来そのものを減らしてしまえばいい
迅は僅かに眉を寄せる
「……なるほどね」
それでも止まらない
太刀川へ一直線に踏み込む
そこにカメレオンで潜んでいた風間が斬りかかる
それと同時に足が動かせなくなっていることに気づく
足元を見るとスコーピオンが迅の足の甲を貫いていた
(モールクロー…!読み逃したか…!)
ここで警戒すべきは狙撃と出水だ
足が縫い付けられてしまった以上取れる行動は大きく制限される
潜ませた2本の斬撃を守りに使うことも視野に入れつつ最善の未来を視る
そこに映ったのは狙撃によってトリオン体を散らす自身の姿だった
警戒を奈良坂、当間に絞る
だが狙撃に動きはない
未来を視るというのはあくまで可能性の話だ
それが起きる可能性が高いという話で必ず起こるわけではない
最も確率の高い未来を外したことを頭に入れつつも警戒は解かずに風間から落とそうと向き直る
舐めているわけではない。ただ純粋にボーダー規格のトリガーとブラックトリガーの出力の差を踏まえての判断だ
風間と鍔迫り合いの形になる
残りの2本を使い風間の背後から斬撃を繰り出そうとトリオンを巡らせようとした
その瞬間、光の軌跡が夜の住宅街を奔る
風間のトリオン体が破壊されるのと同時に迅の胸部が大きく抉れる
「!」
迅を風間もろとも仕留めにかかった一撃
大量のトリオンが背中側へ吹き出す
「まじか…」
「悪いな、迅」
そう言い残すと風間も緊急脱出した
奈良坂ではない
当真でもない
ましてや、二人がいる方向から放たれた弾丸ですらなかった
遥か遠方
戦場そのものを俯瞰できる建物の屋上
一人の男が、静かに狙撃銃のボルトを引く
フードを深く被ったその男は、命中を確認しても表情を変えないボーダー最初の狙撃手
東春秋がそこに佇んでいた
「東さん……か」
迅は胸元から噴き出すトリオンを見下ろし、苦笑する
「そりゃ読めないわけだ」
遠くにいる東の姿など、当然ここからは見えない
それでも、誰が撃ったのかはもう分かっていた
並の狙撃ならば予知がなくとも防いでいた
「……参ったな」
迅の身体が徐々に光の粒子へと変わっていく
「あとは頼んだよ、京介」
そう言い残し、迅のトリオン体は音を立てて崩壊した
評価ください(直球)