私、長尾景虎――のちの上杉謙信(好物:ぶどう)は、転生者である。
転生者であったがゆえに、私にはどうしても許せないものがあった。
後世に「終生のライバル」と美化されることになる、セルフプロデュースの鬼・武田晴信(信玄)。そして、その無能が支配する、ぶどうの名産地「甲斐国」の存在である。
前世から信玄のガチアンチだった私は、川中島の戦い直前、矢文で強烈な先制煽りをかますことにした。
「おばかなはるのぶちゃんがこまってるおなかぽっこりびょう、こんぜつほうをおしえてあげるね。
すいろのどろをさらって、そこをいしでかためて。つちのままだとむしがわくよ。うそだとおもうならためしてたまえ。
むらのびょうきがへったら、かわりにおいしいぶどうよこせ。――かげとらより」
完璧に煽った。毛筆に慣れてなくてひらがなだらけだが、それもまた読み手の知能指数の低さを演出できて良かろう。
それからしばらくして。
甲斐の国から「新しくお腹が膨れて死ぬ者が、一人も出なくなりました……!」という、恐怖と困惑に満ちた報告が届いた。なんでも甲府城で、信玄が「あいつは本物の神仏か、それとも頭のイカれた妖怪か」と頭を抱えているらしい。
勝った。ざまあみろ。
しかし、お礼として武田から送られてきたぶどうを一口かじった私は激怒した。
「すっっっぱ!!!!」
種は多いし酸味しかない。野生の山ぶどうである。
「違う! 私が食べたいのは現代の、あの甘くて種無しのデラウェアとか巨峰なんだよ!」
怒り狂った私は、この頃には周囲に「毘沙門天の化身」として勝手に神格化され始めていたので、その設定を全力で利用することにした。
「まずい。あまいのだけえだをきって、ふといみきにたしたまえ。うまいぶどうがやまほどできる。
あ、てめえのところすっぺえぶどうしかないから、われがちみどろのどりょくでそだてたあまいやつを、はらがたつけどおくってあげるね。
こまかいことはいろいろためせ。かみがほしょうする。――びしゃもんてんより」
ぶどうが食べたい一心で、現代の交配知識から「甘い実が成る新種」を種から奇跡的に引き当て、それを接ぎ木で増やした「奇跡の苗木」を、嫌みったらしく甲斐に送りつけてやった。
……送り届けてから、私は気づいた。
「待て。私、あいつにめちゃくちゃ最先端医療と最先端農業技術を無償提供してないか? ただの施しおじさんじゃん。どこかで絶対に取り戻す」
それからさらに数つの季節が過ぎ、チャンスは向こうから自爆する形でやってきた。
武田信玄が、身内に今川の縁者がいる(義元の娘が長男の嫁だった)にもかかわらず、駿河に侵攻。しかも、この侵攻に猛反対した実の息子(義信)を自害にまで追い込んで強行したのだ。
結果、激怒した今川と北条から「塩留め」をくらい、甲斐の塩が完全に断たれたのである。
これには私、爆笑した。
「ノッブが今川義元倒したからって、ワイもいけるやろって攻めたの? はるのぶちゃんあほなの? 経済封鎖されることすら予想してなかったの? よし、毟り取るぞ」
私は嬉々として、以下の矢文を送った。
「みうちのいまがわをせめてむすこをしなせてほうじょうにまでしおをたたれたあほのはるのぶちゃん。
たみがかわいそうなのであほのはるのぶちゃんにしおをくれてやる。ぜんぶそっちのくにのふだんかかくでうるね。
おだいはこうしゅうきんでけっこう。あ、ちょろまかしたらびしゃもんてんおこだよ。――びしゃもんてんより」
「敵に塩を送る」という、後世に美談として語り継がれる奇跡の経済活動。
その実態は、塩不足に喘ぐ甲斐国に対し、越後から適正価格(※ただし決済はすべて『甲州金』指定)で塩を売りつける、えげつない「独占塩ビジネス」であった。
月日は流れ。
越後の金蔵は、甲州金でウハウハのパンパンである。ぶどうの投資分は1万倍になって返ってきた。
一方、甲斐国では。
「我らの主君(信玄)は私欲で今川を攻めて塩を断たれ、我らを飢えさせた。だが、宿敵であるはずの越後の上杉様は、病を治し、甘いぶどうを授け、最後には塩まで適正価格で分けてくださった……。本当に我らを救ってくれる神は、越後にいるぞ」
そんな噂が広まり、甲斐の領民のほとんどが隠れケンシタン(謙信信者)になってしまった。
民の心が完全に離れたことを知った信玄は、ショックのあまりうんこを漏らしたらしい。
(あ、それは家康か。まあ似たようなもんだろ。ワロタ)
今、私の手元には、甲斐の信者たちから極秘裏に献上された、丸々と太った見事な巨峰(のようなもの)がある。現代の種無し化処理までは再現できなかったが、種をペッペと吐き出しながら食べるこの果実は、脳がとろけるほどに甘い。
「うん、私は毘沙門天の化身だからな。神格化するがよい。うはははは」
遠くで直江景綱が、冷ややかな視線を私に送っている。
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そんな私の後世の評価は「なんだコイツ」だそうな。