東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
突然突きつけられた事実に、僕はただただ混乱するばかりだった―――例えそうでなくても、高橋に磔にされているあの状況では、何もできなかっただろう。
そんな無様な、情けない状態の僕の変わりに、状況の究明をしようとしたのは。
吸血鬼。
忍野忍だった。
「やめい―――うぬ。それ以上、我があるじ様を追い込むでない。何が目的だか知らんが、こんな所でやり合うのは、お主も望むところではなかろうよ」
「!旧キスショット?へぇ、和解したんだ。別にどこでやろうと、俺にとっちゃ変わんないんだけど」
「先ほどから、あるじ様の動揺が儂に伝わってきて煩いから問うが。お主の目的はなんじゃ。あるじ様の妹の正体を明かして、何がしたい?」
「…………あは、目的、ねぇ………。まぁ月火ちゃん、取り敢えずぶっ殺そうかなって」
「!?」
「おろろ、そんなに驚かないでよ」
「なんで――――月火ちゃんを狙うんだ」
問わざるを得なかった。いかに混乱していたとしても、その言葉だけは見過ごせなかった。
しかし、その問いをした瞬間、ずっと変わらなかった高橋の表情が、変わった――――少し不機嫌そうな顔に。
「月火ちゃんには………お前に狙われる理由なんて」
「あるよ。まぁ、あんまり混乱させるのも悪いから、説明しておくけど。えっと、そうだね………」
「阿良々木くん。人には相応しい場所があると思わない?」
「…………………」
「例えば、努力をしている人は、目指している場所に到達するべきだし………才能のある人は、その才能を活かせる立場に立つべきだ。でしょ?」
「………………それは……そうだ」
「それと同じ。バケモノには、バケモノが立つべき場所があるんだよ。君の知り合いもそうっしょ?」
そのまま高橋は、次々と言葉を紡いでいった。
「阿良々木くん。君は吸血鬼になった時の傷を隠すために、その髪を伸ばしてる。未だにその体に吸血鬼の残滓を残してる」
「君の彼女の戦場ヶ原ひたぎは、怪異のせいで家族関係や性格にダメージを負ったし、羽川翼に至っては、両親に大怪我を負わせたし、多くの人を失神させた」
「神原駿河は未だその身に怪異を宿していて、それを彼女は祖父母に隠しているし、千石撫子はもうおまじないは解かれて、もう害は全くないと言えど、身の回りの人間関係に負ったダメージや、怪異に関する知識がなくなったわけじゃない」
「分かるかい?阿良々木くん。皆何かしらの『負い目』を持ってんだよ」
「そしてそれは当たり前だ。怪異なんていうバケモノに関わってしまった罪。その事への代償」
そこで高橋は、一度言葉を切って、さらに表情を歪ませた。
「だけど…………阿良々木月火は違う。どうしようもなく怪異で、どうしようもなくバケモノの癖に―――――一人、のうのうと普通に混じりつつ生きてる」
「どんな怪異だか知らないけどさぁ…………そんな事はあってはならない」
だから、相応しい場所に送り返すんだよ―――――と。
それが彼女にとってもいい事なんだから―――――と。
高橋は、彼の理由をそう締めくくった。
「三人とも、何してんの?」
「火憐ちゃん…………」
いつまでたっても戻ってこない僕たちを心配したのだろう。
火憐が炊事場に現れた。
「うおっ、月火ちゃんどうしたんだ!?」
「月火ちゃんなら、さっきGが出て失神したよ」
「なにっ!?」
「しかも飛んできて頭に乗ったよ」
「ななななにっ!?そいつは可哀想に…………」
「まぁ、起きるまで寝かしておやりな。そうそう、急で悪いんだけど、用事が出来て、帰らなきゃならなくなった」
「へーそうなんだ。じゃ、ここでお別れ?」
火憐、お前は人の事を疑う事を覚えた方がいい。と、普段なら思っていただろうが、この時の僕はそんなことを考えられないほどに混乱していて、そんな事を考える余裕は無かった。火憐と話終わり、高橋がこっちに向かってくる。
「じゃー阿良々木くん。バイバイ」
「あ、ああ……………」
僕の横を通る時、高橋は僕に耳打ちをして、
「廃ビルで、また会おう」
「!?」
「どうせ君は妨害してくるんだろ?それならそれで構わない、徹底抗戦、してみればいい。俺の正体も、きちんと推理しておくんだぜ?」
そう言うと。
高橋は実に気軽に。
何事もなかったように、僕の家を出ていった。
忍の話によると、月火の正体は、しでの鳥――つまり、ホトトギスの怪異らしい。
その性質は―――ただ一つ、死なないこと。その不死性は吸血鬼すら凌駕する、と、忍は言った。
そして――――托卵する、とも。
ホトトギスの鳥としての特徴として、托卵がある。親鳥の離れている内に、自分の卵を植え付け、育てさせる。
怪異としてのしでの鳥もその性質を受け継いでいる。
しでの鳥は。
人間に托卵する。
つまり、しでの鳥が憑いたのは月火ではなく、僕の母親だったのである――――僕の母親は、十五年前、胎内に怪異を宿した。
そして一年後に生まれたのが。
阿良々木月火であり、しでの鳥。
「はぁ…………」
ベッドに寝かせている、月火ちゃんを見やる。静かに寝息をたてて、すやすやと眠りについていた。
忍曰く、しでの鳥には害はなく、放っておいても問題はないらしい。
ただ――――偽物であるだけ。
「不死鳥ねぇ…………ヴァンパイアじゃなくて、フェニックスか」
しかし―――――高橋はそれを知っても、変わらず月火ちゃんを殺すだろう。
高橋が語ったのは、怪異への嫌悪だろうか。
いや。
そうじゃない。
高橋がどこまで知っているか分からないけれど、少なくとも怪異についての知識がある事は確かだ。そして、忍野や、僕の身の回りの人の事についても知っている。
怪異を嫌い、悪として殺すのではなく。
怪異が何も知らずに、人間に混じっているから殺すのだ。
でも――――偽物だからって、何が違うって言うんだ?人工ダイヤと天然ダイヤ。原子構造まで同じなのに、価値が全く違う。
偽物だと言うだけで―――区別される。
僕が吸血鬼になった春休み、僕は切実に人間に戻りたいと願った。
その為に命を賭けたし―――その為に命を捧げた。
結局の所、僕は中途半端に優柔不断、吸血鬼もどきの人間までにしか戻れなかったけれど――――月火の場合は、戻りたいと願える人間の有り様すらないのだ。
そう、阿良々木月火は何も知らない。自分が怪異である事も知らずに、僕達をずっと騙していた―――――。
「えいっ」チュッ
眠る月火に向かって、キスをした。
「何すんじゃあ!」
一発で目を覚ました。
まるでおとぎ話の如くである―――直後に王子様(つまりは僕)を二段ベッドから突き落とした所を除けばだけれど。
月火はガバッと飛び上がり、泣きそうな顔で自分の唇を拭いまくる。
「し………信じらんない!こんなの嘘だぁっ!初ちゅーが!蝋燭沢くんに捧げるはずだった初ちゅーが!」
「おお………リアクションが火憐ちゃんと一緒だ」
「同じだって…………まさか!まさかまさかまさか!」
まさか火憐ちゃんにも同じことを!?
そうわななきながら、月火はベッドから乗り出して、僕を涙目で睨みつける。
「火憐ちゃんと瑞鳥くんの仲が最近微妙な感じだと思ってたけど、裏にはそんな理由が!」
「そんなことはどうでもいいだろう。今はお前らのリアクションが同じだった事実に、驚こうじゃないか」
「そんなこと!?妹の恋路を邪魔するのがそんなことだって!?リアクションが同じだなんて―――そんなの、姉妹なんだから当たり前じゃない!」
「……………そうだな」
当たり前、だな。
お前ら―――――姉妹だもんなぁ。
「はは―――あはは!」
耐えきれず。
僕は思わず、全力で笑ってしまい…………月火は目敏く、それに食いついた。
「何がおかしい!私達が失恋するのがそんなにおかしいのか!そんなに愉快なのか!」
「いやいや?お前とちゅーしても、べっつに何にも感じねーと思ってさ」
「はぁ?」
「ドキドキもしねーし、嬉しくもねぇ」
それだけわかれば満足だ。
突き飛ばされて尻餅をついた状態から、僕は立ち上がった。
「お前やっぱり、僕の妹だよ」
「…………は?」
思いっきり首をかしげて、怪訝そうな顔をする月火。高橋にされた事はちっとも覚えていないようだ。
それでいい。お前は何も知らなくていい。高橋の本性も、自分の正体も。
偽物だろうが、なんだろうが。お前は僕の妹だよ、月火ちゃん――――。
「知ってっか、月火ちゃん。僕はさ、お前のお兄ちゃんじゃなかった頃があるんだぜ」
「……………?どういうこと?」
「火憐ちゃんの兄ちゃんじゃなかった頃もある。生まれてから最初の3年間、僕は一人っ子だったし、次の一年間、僕は二人兄妹だった。四年待って、ようやく僕はお前のお兄ちゃんになったんだ」
「それは―――まぁ」
「だけどな、月火ちゃん。阿良々木月火は生まれた時から―――ずっと僕の妹だったんだ。僕の妹で、火憐ちゃんの妹だった。そうでない時はひと時もない」
「………………」
「僕とのちゅーなんて数えるな。兄妹なんて、そんなもんだろ。言い出したらお前や火憐ちゃんと、何回結婚の約束したのか、わかんねーぜ」
重婚だけどな、と僕が締めくくると、月火は頬を膨らませて、
「ばっかみたい、そんな昔のこと持ち出して、何かを誤魔化せると思ってるの―――――」
と言う。
「―――プラチナむかつく」
その言葉は―――確か、さほど怒っては居ないと言う意味だったか。
知らんけど。
「はははっ」
僕はそんな風に繰り返して笑ってから、月火の部屋を後にして――――高橋の待つ、廃ビルへと向かった。
「………………………よぉ」
廃ビルにたどり着き、忍野がいつも寝床にしていた部屋に入ると、そこには高橋が、机に寝そべりながら本を読んでいた。
「や、待ってたぜ、阿良々木くん――――。いや、遅かったね、待ちくたびれたよ、阿良々木くん、の方が正解かな?」
また、忍野の言葉だ。
「高橋は―――――忍野の事、知っているのか」
「ん?そうだねぇ、そう考えるだろうねぇ。まぁ、知っていると言えば知っている。妖怪変化のオーソリティー、怪異ならなんでもござれの超万能専門家、忍野メメ」
「そうか。やっぱりお前は、怪異を知っているんだな」
「まぁ、それは分からなかったら困るところだねぇ。怪異とは、世界そのもの。中二くさい言い方をすれば、裏の世界って奴かな?面白いよねぇ、阿良々木くん――――世界って、こんなに単純なものなんだから」
「……………どういうことだ?」
「そのままの意味さ。否定されて、それを知るものの間でのみ、怪異は存在する――――科学が発展していなかった頃、不思議な事は全て怪異のせいだった。実際、怪異はたくさん存在した―――――それを信じる人が、沢山溢れていたからだ」
「でも、科学が発展するにつれて、それを信じるものはいなくなっていった。なんてことはない、怪異を信じることをやめて、科学を信じることにしただけだ。本当に面白いよなぁ………。人が思うだけで、世界がこんなに変わるなんて―――案外、地球温暖化なんてないと全員が全員思ったら、そんなものは無くなるのかもしれないぜ?」
「…………そんな事はないだろう」
「まぁ、その可能性もあるよね――――人が考える事をやめないと、信じる事をやめないと。世界の本当の姿なんて見えない。それを怪異が証明しているんだから」
おっと、と、高橋は口を押さえた。
「いけないいけない。冗長に語りすぎたかな。まぁいいや。そいじゃ、阿良々木くん。今度は君の番だ。君は俺を――――なんだと思う?」
「………………ふっ。ようやく僕のターンかよ、待ちくたびれたぜ?」
「あは、悪ぃ悪ぃ」
「高橋。お前の正体は―――忍野と同じ、専門家だ」
これは、火憐の話を聞いてから、ずっと思っていた事だ。もしかしたら、位の浅い考えだったが、高橋が怪異を知っていることを知った時、確信した。
こいつは。
高橋 凜は、専門家なのだと。
「……………ふぅん?続けて?」
「怪異の専門家とはいっても、お前の専門は狭い。お前の専門は、無自覚な怪異だけだ」
だから。
月火ちゃんを狙った――――無自覚で、何もわかっていないバケモノだけを狙った。思えば、僕に接触してきたのも、月火を狙うためだったのかもしれない。
「どうだ?当たってるか?」
「………………あは♪そうだねぇ、70点、って所かな」
「俺は怪異の専門家じゃなく、『幻想』の専門家だ」
「幻想?」
「誰からも否定されて、存在を許されなかったもの、だよ。それにはもちろん、怪異も含まれるけれど、それだけじゃない」
「それと、俺の専門は無自覚な怪異だけじゃない。人様と同じように生き、人様と同じように考える。そんな醜いバケモノを退治する、それだけだ」
「まぁ―――――そんなに本気の戦闘準備を整えたって事は、やる気だって事だろう?君達から、バケモノの匂いがするよ?」
そう。
既に僕は、忍に血を吸ってもらっている。
阿良々木暦を中途半端なバケモノに。
忍野忍を中途半端なバケモノに。
チューニングしているのだ―――。
「あっはっは。やる気は十分と。しかしだねぇ、阿良々木くん。君の知っている専門家、忍野メメ。あの人は強かったよねぇ―――あの人の手に負えなかったのは、羽川翼の猫くらいのものだったよねぇ?つまりまぁ、何が言いたいかって言うと――――」
「その程度でどうにか出来ると思ってんの?」
彼がそう言った瞬間。瞬きすらしていない間に―――――。
彼は既に、僕の目の前に立っていた。
「忍野メメみたく、不思議な御札や、結界やら陣やらを使うと思った?それを避けられるよう、パターンでも考えた?スピードで勝てば、不意を突けると思った?残念だったねぇ。まぁひとまず――――――」
「お前様!」
「一遍、死んでから考え直してこいや!」
言葉を聞いてから、高橋に視線を戻す暇もなく―――――。
高橋は、僕の左胸を貫いていた―――文字通り。
振り上げた拳で、思い切り僕の心臓を殴りつけ、貫通させた。
「がっ――――っ!?」
油断をしていたつもりはなかった。高橋の一挙手一投足を見逃さないよう、警戒していたつもりだった。なのに接近を許したのは、高橋の能力の高さ故なのだろう―――一撃貰ってしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。
だが―――ここまで破壊的だとは思わなかった。
人が人を殴っただけで、こんな事にはならないだろう――ましてや僕の体は、限界ギリギリまで強化されているんだぞ?
骨だって、肉だって。言ってしまえば皮膚でさえ、分厚いゴムでコーティングされているようなものなのに。
「はいとりあえず、あげるよ元キスショット!」
彼はそのまま、僕の体を貫通したまま振り回して――――忍に向けてぶち当てようとする。忍は構えて、振り上げられた僕の体を受け止めようとした――――だが。
「く―――――うがっ!?」
忍は、僕を受け止めることが出来ず、壁に向かって吹き飛んだ。
有り得ない。
全盛期には全く届かないとは言え、今の忍はスキルとパワーをギリギリまで強めてある。その彼女が、受け止めようとして吹き飛ばされる?何だそのデタラメは。
おおよそ人間の出せる力ではないだろう、それは―――――。
「あっはははははは、吹き飛ばされて楽になろうとするんじゃないよ、二人とも」
吹き飛ばされる方向に既に高橋は移動していて。僕と忍の頭を無理やり引っ掴むと、その二つの頭を――――思い切り突き合わせた。
「あっはっは、必殺、ごっつんこアタック」
「ぐ――――っ!?」 「―――かはっ!?」
頭が割れる。中の頭蓋骨までへし折られ、中の脳漿がぶちまけられる。頭が全く回らなくなる。忍も、朦朧としている様だったが――――何かに気づくと、僕に向かって動き出した。
「お前様!」
「え!?」
忍が僕を抱えて逃げる。すると、先程まで僕が居た所が、高橋によって蹴り抜かれていた。
あとコンマ数秒遅れていたら、更なる痛手を負っていただろう。
「…………ありがとう、忍」
「礼には及ばん。お前様が怪我をしたら、儂までその痛みが伝わってくるしの…………。故に先程から、儂だけ2倍痛みを受けているようなものなんじゃがの」
「そい、つは…………ご愁傷、様だな………」
僕たちが距離を取っても、高橋は調子に乗って深追いすることは無かった。むしろ感嘆したような表情を浮かべている。
「あっはっはっは、判断能力を奪ってからしたのに。よくかわせたもんだ」
「ふぅっ………ふっ、ふっ……!」
しかし。
助かった――――高橋の破壊力が、ここまでのもので助かった。痛すぎて痛くない。神経が許容できる範囲を超えると、脳が受け取りを拒否すると言う―――しているうちに、僕の体は回復する。
破壊された心臓が。頭蓋骨が、脳漿が。全て元通りに復元される。勿論その速度は、そのもの吸血鬼であった頃のように、あっという間とはいかないけれど。
自分の体を、ここまで痛めつけられた精神的ダメージまでなくなったわけではないけれど。
「――――ふぅ―――はぁ、はぁ」
正直、ここまでとは思わなかった。限界ギリギリまで血を吸って、半分以上吸血鬼になっている僕と、スキルとパワーをギリギリまで取り戻した忍なら、こちらが有利か、少なくとも互角だと思っていた。
しかし―――甘かった。
高橋の言う通り―――――足りなかった。
「はっ、はっ、はっ――はぁっ……!」
「落ち着け、お前様」
「――――忍」
「動揺していてはあやつの思う壺。お前様は戦いに来たのじゃから――――救いに来たのじゃから。落ち着かなくては話にならんぞ、たわけが」
そう―――――忍が諌めてくれる。
そうだ。思い出せ。
これは―――――そう。
この部屋の元住民、軽薄なアロハ野郎―――忍野メメにだって、さっきみたいな滅茶苦茶は、やろうと思えばできた事だった。
しなかっただけで。
できたはずなんだ。
本当の意味で忍野の手に余った怪異なんて、それこそ高橋の言う通り、羽川の猫のときくらいだ。
忍野は。
「高橋、お前――――忍野とは、どんな関係なんだ」
時間を稼ぐつもりなんて無かった。
むしろ素人である僕が高橋を相手取るなら、短期決戦しかないと思ってた。
しかし。
これははっきりさせておかないといけない。
そうでなければ。
すっきりと戦えない。
「あん?ありゃ、今更な発言だねぇ。うーん」
「…………………」
「いやいやまぁまぁ、知り合いって事で良いんじゃないかな、うん」
そう言って。
高橋は言葉を濁した。
「言うつもりはない、って事か」
「いやまぁ俺だって、言えるもんなら言いたいけどさぁ…………。というか、君は俺に何を望んでるわけ?」
「実は知り合いで、君達の事も忍野さんから聞いたって言って欲しい?実はずっと裏側から君たちを見ていて、って言って欲しい?羽川さんヨロシク、俺はなんでも知っているからって言って欲しい?」
「そうじゃないよね、何を聞いたって納得いかないだろ――――吸血鬼?」
初めて。
彼は僕を、吸血鬼と呼んだ―――楽しそうで、愉しそうな顔で。
「となっちゃぁ、無意味なもんだ、その質問は。俺にはなんの興味も惹かれない。吸血鬼程度が、人間様に面白くないことやってんじゃねぇよ」
その傲岸不遜な言い方に反応したのは僕ではなく。
忍だった。
「おい。なんじゃその言い草は。あまり調子に乗るなよ―――人間風情が」
忍のその、ある種当たり前の発言を聞いた瞬間。高橋は惚けたように口を開いて――――笑った。
「…………………ぷっ!あはははははっ!あーっはっはっはっはっ!」
心底、おかしな発言を聞いたように、高らかに笑う高橋を見て、なお忍が不機嫌になりつつ問いた。
「何がおかしい」
「いっやー、盛大な勘違いをしているみたいだからさぁ。笑わずには居られないよね―――」
「さっき言ったのに。怪異ってのは人間の生み出した物だって。人類をも滅ぼせる吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード?そんなものは―――――人間より遥かに劣る」
今度は、忍が惚ける番だった。今の自分ならともかく、昔の自分を貶されるのは、我慢ならなかったのだろう。忍は激昂した。
「ほう――――それはそれは。大きく出たもんじゃのう――――人間風情が!」
忍が高橋に向かって飛びかかり、その爪を突き出す。その速度は目にも止まらぬもので、僕は忍が一瞬、どこへ言ったのか分からなかった――――けれど。
高橋はそれをものともせず。
忍が突き出した手を――――思い切り引き込み、投げた。
一本、だ。
「ぐぁ――――――がっ!」
「あっはははははは、そう怒るな、吸血鬼。そこまで酷いこと言ってないでしょ?」
「まぁいいや、話を続けるとね。人間なんて滅ぼしたら、君は消える。人が信じているからこそ、そう思っているからこそ。吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは強かったんだよ?それがなきゃ、存在すら確立できずに――――消える」
「人間に頼って寄りかかって懇願してこそ。吸血鬼は強くあれる。そんな立場の癖に――――人間を甘く見てるんじゃねぇぞ、吸血鬼『風情』が」
「所詮、怪異なんてその程度のもんだ。人間を見下せる立場じゃねぇのよ」
そう。
高橋は語った―――騙って、語った。何かを知るように、何も知らないように。
「だから俺は、阿良々木月火が気に食わない。怪異なんてもんの癖に、人間様に混じろうとしてんじゃない」
「だから殺す。殺す、もしくは送り返す。幻想に招いてもいい。そんなもんを守るために、君がそこまでする必要はない。それは君の背負うべき『負い目』じゃない」
我慢できなかった。
月火ちゃんは僕が背負うべきじゃない――――?
そんな訳があるか。
「ふざけんな」
「阿良々木くん?」
「妹を背負えない兄なんて―――そんな事はあってはならない」
「その妹は偽物だよ。言っちまえば妹ですらない」
「…………それがどうした」
「……………まぁ、俺は優しくないからね、怪異を知る君だけは、知っておいた方がいいと思って月火ちゃんの正体を暴露した訳だが―――どうなのかな?」
高橋は心底愉しそうに、意地の悪い笑みを浮かべながら問う。
「妹が、得体の知れないバケモノだって分かった今でも――――君は妹を愛せるのかな?」
その問いに、僕は迷わず即答する。同時に、戦闘の準備も。
「愛せるさ。むしろ、今まで以上に愛してやる」
忍に目線を送る。頷き、こちらを見返してくれた。
「義理の妹なんて――――萌えるだけだろうがぁ!」
そう叫ぶと、僕は全速力で両腕を振りおろした。同時に、忍も頭に向かって挟み込むように腕を動かす。
破壊。四つの腕が、高橋に向かって破壊を行う―――――破壊に対して、破壊を返した。なのに。
「……………なーるほどねぇ。まぁ、君ならそう言うと思ったけど」
高橋は僕の両腕を掴み、足を忍の両腕に向かって突き出し、空中に浮くような形を取って受け止めた。
強引に受け止められた。
強引に差止められた。
嘘だろ―――?
攻撃だけじゃなく――――防御まで、桁外れなのかよ。
半減していようとなんだろうと、最強の怪異、吸血鬼の腕力なんだぜ――――怪異殺しの眷属の腕力なんだぜ?
それを両腕両足で1つずつ受け止めた――――?力を入れる素振りもなく、おしゃべりに興じながら?
「まぁ理解した。君の正義も、君が背負うと決めた覚悟も。それはそれは美しいものだ」
僕と忍に繋がっていた四肢の力を抜き、上空に舞い上がる高橋。当然僕と忍は、込めていた力の勢いで突っ込み、ぶつかってしまう。
「それは君の主張だし、それはそれで尊重してもいいだろう。しかしだ、吸血鬼。君はそれでいいのかもしれないが――――君の家族はどうだ?」
ぶつかって、もつれ込んでしまった僕と忍を、高橋は着地してから思い切り蹴飛ばす。間一髪でかわせたが、蹴りの風圧で思い切り吹き飛ばされる。
忍は逆に、回し蹴りをしゃがんでよけようとしたが、高橋は途中から回し蹴りをかかと落としに変え、忍に向かって振りおろした。背骨が軋む音が鳴り響く。
「かはっ―――――!」
「なるほど君は寛容だ。偽物にしてバケモノ、そんな妹を許容できるのかも知れない。しかし君の家族はそうはいかない」
背骨が軋んで怯んだすきを、高橋は見逃さず、忍を足全体で押した。
まるでサッカーボールを蹴るかのように。
「―――――がっ!?」
背骨の痛みに怯んでいた忍が、それに反応できるわけもなく、忍はモロにそれを喰らい、吹き飛ばされる。
「君のお母さんは。自分がお腹を痛めて産んだ、可愛い女の子がバケモノだって知ったらどう思う?君のお父さんは。自分と妻の愛の結晶である所の子供が、得体の知れない怪物だって知ったらどう思うかな?」
もう忍に用はないといわんばかりに、こちらに向かって移動をしてくる高橋。その速度は非常に緩慢で、追撃というより、歩きに来てるという感じだ。している内に、忍の怪我も治っていく。
「きっと傷ついちゃうんじゃない?色々考えて、色々悶々として、悩んじゃうんじゃない?」
そんな緩慢な高橋の移動に、忍が高橋に向かって爪を突き出す。僕も負けじと体を動かし、高橋と向かい合うような形で固定する。忍の攻撃さえ当たれば………!
「……………」パチンッ
「な!?」
高橋が指を鳴らすと、僕と高橋の位置が入れ替わり、僕が拘束される形になった。
なんだ?何が起こった?
「…………むー………忍ちゃん、君…………邪魔だね」
「忍ちゃんの状態の理想を、光魔法『カッコイイポーズ』に」
僕に爪を向けていた忍が、空中に磔にされる。僕も喰らった技だ。しかし――――喰らった時、どんなトリックがあるのか、見当もつかなかった。
「高橋、お前―――忍に何をした」
「結局の所、忍ちゃんは部外者じゃない。だから少し『裏技』を使わせてもらったよ」
「裏技?」
「君は知らなくていい。これは文句なし俺の事だからね。今回の論点とは外れる」
「く………っ!この!」
「あ、抵抗しても無駄だよ。その魔法は、指先一本、髪一本ですら動けない魔法だからね」
空中に磔られている忍は、腕を開き、足を前に向かって飛ぶように置き、なのに顔は前を向いているという、謎のポーズをとっていた。
正直、それにセンスがあるかと問われれば、ナシだろう。
「あっははは、ダサいダサい。笑えるぜ。…………さて、話の続きをしようか―――――戦いの続きをしようか」
まずい。
さっきはギャグのような雰囲気が混ざっていたが、これは非常にまずい状況だ。
「さて――――行くぜ」
高橋が高速でこちらに向かい、その足を思い切り蹴りあげた。上半身を軽くスウェーさせてかわすが、そのまま高橋は、振り上げた足を落としてネリチャギを放った。前火憐にやられたのと全く同じ軌道の攻撃だが、火憐とはまるでスピードも威力も段違いだ。
更に体を逸らして、高橋のネリチャギをかわすが、残った左足での足払いを食らわされ、体が宙に浮いたかと思うと、体幹に無数のコンボが放たれる――――まるで太鼓にでもなった気分だった。
フルコンボだドン。
「更に例えばを言えば、火憐ちゃんも悲しむんじゃないかな?君と違って、怪異について何にも知らない月火ちゃんの姉は。妹がバケモノだと知って、君と同じ事が言える?言えないよねぇ?」
息も切らさず、いつもと変わらずの口調で、高橋は僕に対する攻撃を続けていた。
全身の肋骨という肋骨が、ミキサーにでもかけられたかのように砕けて、混ざっていくのを感じた。
未だ僕の体は宙に浮いていて、高橋のコンボは続いている。
ゲージ無制限で、ハメ技を無限にかけられているようだった。
終わらない。
「それで何より、月火ちゃん本人はどう思う。君が守りたいって言う、あの兄思いの妹はどう思う?自分が怪異と知っても、今まで通り、家族を好きって心から言えるか?」
妹。
阿良々木月火。
本物―――偽物。
「きっと言えねぇよなぁ………知ったら傷つく、自分の気持ちが嘘八百だって事を悲しむ。バケモノである事を自覚したら――――もう戻れない。知ってるだろ?阿良々木 暦はよ?」
「……………っ!」
「それとも、バケモノの分際で正義でも志す?やりがい見つけたら持ち直せるかもしれないもんねぇ……………。けど、完全な不死身のバケモノが、人間に対してどのような正義を振るうか――――それもお前は知ってんじゃねぇの?」
分かっている。
僕は――――キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードを知っている。
もし、不死身のバケモノが正義を志せば、どんなに残酷で、燃え上がるような正義が振るわれるか―――
知っている。
「知って、傷つく前に殺ってあげるのが優しさってもんだと思わない?今の君が言っていることは、植物状態でしか生きられない患者に、『生きろ』って強制している事と同じなんだぜ?絶対に何も謳歌出来ないのに、ただ自分が生きて欲しいから生きろって言ってる、そんな身勝手なことなんだぜ?やめてあげろよ。それを知るだけで、人生狂っちゃうんなら――――その前に、殺してあげた方がいいに決まっている」
淡々と、滔々と。初めて会った時から、まるで変わらない口調で語る。自分の考えを―――語る。
口調ほど、何も感じてないわけではないのだろう。表情は翳っている。
だから。
僕の言葉が、何か高橋を刺激してしまったのは確からしい――――僕の美しさが、何かいけなかったのだろうか。
想像するしかないけれど。
「昇天脚!」
昇龍拳じゃなくて?
高橋はコンボの最後に、体を一回転させて蹴り上げを放った。
当然、宙に浮いている僕の体は上に吹き飛び、天井に打ち付けられた。
突き抜けるかと思った。
「づっ………………うぅぅ」
当然、貼り付けられた僕の体は万有引力の法則に従って落下し、今度は仰向きの形で落下した。
両面トースターの気分だった。
「あは」
既に僕の体は、高橋の超常的な力をまともに何撃も食らって、原型を止めていなかった。肋骨は全て折れているし、筋肉は全て断裂している。服は既に無く、上半身は裸だった。最も、皮膚の原型も止めていないが。
「ふむ――――もうやめてあげるか。君の負けだね、阿良々木 暦くん――――」
高橋がこちらに背を向けて、廃ビルから去ろうとする。
「………………待て………」
「阿良々木くん?」
「まだ………僕は負けてない」
「………………何を言ってるのかな。そんなにボロボロで、負けてないって?君が回復するであろう1分以内で、俺は月火ちゃんを殺せるんだけどな?」
「まだ僕は………お前に屈してなんかいない。お前の言葉にも、お前の拳にも、僕は全く納得なんてしていない」
「…………はぁ。言ってるだろ―――」
高橋は、興が削がれたというように。再度、同じことを繰り返し言う。
「君が寛容なのは君の勝手だけど――――それを家族に押し付けてんじゃないよ」
「………………分かってんじゃねぇか」
「はぁ?」
体の外側こそ回復してはいるものの、体の中身はまだぐっちゃぐちゃの僕だったけれど―――満足に直立する事も出来ない僕だったけれど。
僕は高橋に反旗を翻す。
「僕が押し付けようとしてるのは、他人じゃない―――家族だ」
「………………」
「家族には、僕は理想を押し付けるよ」
戦場ヶ原ひたぎは、自分に起きた災難を、家族には伏せていた。
神原駿河は、未だ左手に怪異を宿していることを、家族には詳らかにしない。
本当は打ち明けたいだろうし、相談もしたいだろう。
だけど、神原は。
強固な意志を持って隠し通す。
自分の為ではなく、家族の為に。
そんな彼女達を。
僕は心からリスペクトする。
「高橋。妹の恥ずかしい秘密をばらすような兄はいるわけないだろ?僕はそんなこと、一々チクったりしないさ」
「……………」
「家族なんだから、嘘もつく。騙す。迷惑をかける。面倒を掛ける。恩を仇で返すこともあるだろう。けど、それでいい」
それが家族なんだから。
「高橋―――幻想の専門家」
「偽物である事を罪と言うなら、その罪は全て僕が背負うよ。偽っている事で傷つくなら、その偽りは僕が隠す」
阿良々木月火が偽物で。そのせいで誰かが傷つくなら。
僕は嘘つきの、偽善者になろう――――――。
忍野メメでも、貝木泥舟でも、高橋凜でも。
勿論、ファイアーシスターズでも、ヴァルハラコンビでもない。
阿良々木 暦は―――阿良々木 暦なのだから。
「他人が僕をどう思おうと、関係ねぇよ。僕はそれでいい」
そう――――それでいい。
「お兄ちゃん」
あいつが、そう呼んでくれるなら。
僕は、それでいい。
そしてようやく、受けたダメージに体が追いついてきた―――――あと十秒あれば全快する。
しかし、その十秒の間に、僕は何度殺されるか―――――
「………………はぁ」
はぁ、と。
高橋は、溜息をついた。
高橋の、戦闘中ですら浮かべていた薄い笑みが、消えているので――――僕はまた、何か刺激してしまったのかと訝しむ。
「専門家としては、人に流されるのも良くないと思うんだけど――――人を容易に信じるのも良くないと思うんだけど」
「高橋……………?」
「帰る。俺の――――僕の負けだ」
と、唐突に、そして一方的に。
高橋は、バトルパートの終了を宣言した。
えぇと…………?
「え…………その、高橋?」
「面白くない。そもそも、僕は悪役は嫌いなんだ――――。そんな主人公みたいな事を言われて、それでも殺せるほど、悪役として成熟してないんだよ、僕は―――――」パチン
高橋が指を鳴らすと、忍の拘束が解かれる。
それを確認すると、高橋は背を向け、教室の扉へと歩き始めた。
「ちょっ………ちょっと!」
思わず、引き止めてしまう。正直、既に体は治っているとはいえ、バトルを続けたかった訳ではないけど。
思わず、引き止めてしまう。
「何さ?僕お腹空いたんだけどなぁ」
高橋は、再度いつもの表情を浮かべながら振り向く。まるで友人とだべる時のように。
「い、いや………その、どこ行くんだ」
「さぁね。どことは言わないよ。でも、いつかどこかで会えるんじゃないかな?まぁその時が来るまで――――――」
「さようなら」
高橋はそう言うと、ポカーンとしている僕と忍を置いたまま。教室内を去った…………。
後日談というか、今回のオチ。
忍にかぶりついて血を戻し、僕のコンディションをなるべく人間に戻してから、自転車に乗って家に帰った。
幼女に戻る前に、忍の物質創造スキルで僕の服を仕立てて貰ったのは言うまでもない。忍のセンスは良いが、無駄にゴージャスなので、その辺の妥協点を探るのに相当な時間を要してしまった。その為、家に帰る頃には午後七時を迎えていた。
そして、家の中で、僕を迎え入れたのは、想像を絶する人物だった。
「お、おっかえりー、阿良々木くん。ご飯はまだ作ってるから、ちょっと待ってねー―――っておいこら月火!なんで阿良々木君のだけ大量にタバスコ入れてんだ!」
「ふーんだ、妹の初ちゅーを奪った鬼畜なお兄ちゃんには、これくらいの制裁が必要なんだよ」
高橋が月火と一緒に、料理をしているのが待ち受けていたのだ。
「ちょ、おま………なんで?」
「ん?今忙しいから黙って!あぁもう、火憐!お前はなんでなんでもかんでも肉を投入するんだ!生で肉が食えるかぁ!」
「え、肉って生で食えないの?」
「当たり前だろうが!」
再度ポカーンとしている僕を尻目に、三人はわーきゃーと騒ぎながら料理をしていた。
さっきまでの、つい十数行前まで濃密なバトルパートが嘘のように、平和な掛け合いだ。
「…………ぷっ、くくっ………あはははははっ………!」
堪えきれず、笑いがこみ上げてくる。そんな僕を見て、高橋は苦笑いしながら言う。
「だーもう、君の妹だろ?僕じゃなくて、君が面倒見やがれ!」
「あー、はいはい。分かったよ、高橋。そうだな、そいつらは―――――僕の妹だ」
ファイアーシスターズ。世界で一番大切な、僕の妹達。
今日も彼女達は、元気いっぱいだった。