東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
彼はいつ爆発するのか!わたし、気になります!
ide other
「―――――――うん。まぁ、ここでいいか」
「うー………い、いきなりなんなんだぁ……?」
連れ込まれた場所で、凜はそう漏らした。
周囲は明るかった場所から一転、じめじめと薄暗い、鬱屈とした場所へと変化していた。
せめて何か文句の一つでも言ってやろうと、凜は自分を連れ出した相手に向けて口を開く。
「あのねぇ、確かにあの状況から逃がしてくれたのはいいんだけど、もう少しやり方ってもんがあるんじゃない?」
改めて闖入者の姿を見てみると、そこに居たのは女だった。
スタイルのいい。長身で、胸も大きい。
だがそんなことよりもまず目に入るのは、その額につけられた大きな1本角。つまり―――――鬼だった。
「おおっと、それは悪かったねぇ。どうも興奮しちまってね」
「…………あは。まぁこのイケメンフェイスを見て、欲情してしまうその気持ちは分かるけどぉ。時と場合を考えて、アプローチして欲しいなぁ」
「………………ぷっ!なんだお前、自意識過剰だなぁ。そこまでの顔じゃないと思うけどねぇ?」
「あは、ごもっともだぁねぇ」
凜は会話しながら、その鬼の正体を思い浮かべる。
確か――――――星熊勇儀、とかいう人じゃなかったかな?怪力乱神を持つ程度の能力とかいう謎のスキル持ちの。
「さぁ、助けてもらったのはいいんだけど。一応言っておこうか、俺は高橋 凜だ」
「ご丁寧にどーも。あたしは星熊勇儀ってもんだ」
「よろしくできるかは分かんないけどよろしく。んで、いきなり聞くけど――――なんで俺を助けてくれたのかな?」
「ん?あぁ、久しぶりに、強そうな人間が見えたらねぇ……戦ってみたくなってさぁ」
ゾワゾワと、凜の背筋に冷や汗がにじむ。
先ほどの鬼とは比べ物にならない、莫大な妖力――――――それに、見え透く『強者』のオーラ。
間違いなく最強の一角―――――最上位の存在だろう。
「あは、やっぱりそーゆーやつね…………大体分かってたよ」
「最近どうも、欲求不満でねぇ。どうだい、この可哀想なあたしに、付き合ってくれやしないかい?」
「あは、冗談はよしてくれよ。所詮は脆弱な人間に、鬼に勝てるわけないじゃない。それは一方的な暴力にしかなりえないと思うが?」
「あぁ、普通の人間なら……ね」
「いやだなぁ、まるで俺が普通の人間じゃないみたいな言い方じゃないか」
「違うのかい?」
「違うねぇ。365度どっからどう見ても、普通の人間だぜ?」
「角度は360度までだよ」
「あは、そうだったかな?うぷぷ」
「さっきの戦い。まぁなめてかかったのはあるだろうが……仮にも鬼が瞬殺。それだけでも、タダの人間とは思えない」
「偶然だよぐーぜん、普通に過ごしてたらお相手が勝手にこけたから、思い切り上に蹴っ飛ばしただけさ」
「あれほどの霊力を持つヤツが、よく言ったもんだ」
勇儀のその言葉を聞いて、凜は一瞬、意外そうな顔をする。
「……………あ、そこ気づいたんだ?うふふ、ギャラリーさんは気づいてなかったと思ってたんだけどなぁ」
ギャラリーどころか、誰にも気づかせていないつもりでいたので、凜は少し、損をしたような気分になる。
損をしたというか―――――自分の仕事を見抜かれたような、そんな気分だった。
「まぁ、普通の奴らなら気づかないだろうね――――ほんの一瞬だった。長いこと人間も見てきたが―――――霊力の使いこなしがあそこまで上手い奴は、そうそういないねぇ」
「……………はぁ、伊吹といい、あんたといい――――――なんで鬼はそんなに好戦的なのかなぁ」
「…………萃香のことも知ってるのかい?こりゃ、余計にやりたくなってきたよ」
「はぁー………めんどくさいなぁ。仕方ないからやってもいいけどその代わり、地霊殿とやらの場所を教えてもらうからね」
「あぁ、構わないよ。安心しな、どう転ぼうが、地霊殿の場所は教えてやるよ」
「あは、そいつは重畳。……………紫、いいよね?」
「言っても聞かないんでしょう?」
「あは、そんなこともないけど」
「んで?戦うって言っても、どう戦う気?流石に真正面から戦うってのは遠慮したいんだが」
「そうだねぇ…………じゃあ、こうしようか」
そう言うと勇儀は、手にした酒皿に腰に下げた瓢箪の酒を注ぐ。
「この皿に入った酒を、一滴でもこぼさせたら、凜の勝ち。できなかったらあたしの勝ち」
「ふぅん、そんなんでいいの?」
「あぁ。ま、あたしには弱いものいじめの趣味はないしね」
「あっそ。じゃあ、そういう事で――――」
始めの合図をするように、凜は大きく後ろに飛び退く。
まずは簡単に牽制を、と、凜は腰にさげた鉄扇を引き抜く。
「適応流攻の型一番、風刺」
仮にも東方キャラのうち、先刻の鬼とは比べ物にならないだろう。凜はそれを考えた結果、身体能力を底上げした。いつものアレである。
そうして放たれた剣閃は、中々素早い軌道で飛んでいく。
しかし勇儀はいとも簡単にそれをかわし、のっそりと遅い挙動でこちらに向かってくる。
「その程度かい?そんなわきゃあないわな?」
「まぁ、ね」
流石に攻の型くらいじゃあダメかなぁ。疾風もいいけど、それくらいでダメージを与えられる相手じゃない気もするぜ。
仕方ないか。
凜は思い直し、足に霊力を込める。
「適応流絶の型、落花」
渾身の力を込め踏み出し、低く、そして素早くジャンプし、勇儀の足元を蹴りつける。
強化された身体能力もあり、巨大なクレーターが出来上がる。勇儀は瞬く間に足場をなくされ、不安定な体勢にさせられる――――はずだった。
「おっと――――凄い力だねぇ。ただそれだけだ――――けどッ!」
勇儀は崩れかけた、不安定な足場を無理やり踏みつけ、強引にその場から離脱する。
「(な――――――力任せでかわされた!?)」
そうなった瞬間、不利なのは凜の方だ。蹴りに込められた力相応の反動が襲い、足に多大な負荷を与える。迅速な回避は見込めない。大幅に態勢が崩れてしまう。動くにはコンマ数秒のレストタイムを要するだろう。
その上から、勇儀のかかと落としが振り下ろされる。回避は不可能――――――――――
「らぁぁぁっ!」
―――――――しかし、凜も並の男ではない。
振り下ろされる足に合わせて、ありったけの力を込めて腕を振り上げ、かかと落としの方向をずらす。
不利な態勢ゆえ、威力は多少控えめだ。が、多少方向をずらす程度には足りた。
「――――――っ、いった……」
右拳がひしゃげ、骨がべきべきに折れる。
見るも無惨にひしゃげたそれは、破壊力がどれほど凄まじかったかを容易に想像させる。
鬼の四天王――――――昔妖怪の山に君臨していた、鬼の中でも『最強』とされる4人。
そのうちの1人――――――『力』の勇儀。
凜は知るよしもない事だが、彼女は力だけなら萃香をも凌ぐのだ。
「よく防いだもんだ。人間とは思えないねぇ、人間の皮をかぶった鬼なんじゃないかい?」
「あは、そうだったらわかりやすい話だねぇ。しかし残念、正真正銘、タダの人間だよ」
「まぁアレだ―――――力比べはお好き?」
―――――――適応流絶の型、力任。
霊力が拳に集められ、ゆらり、とオーラを纏う。元々とんでもないレベルの霊力を、凜は能力によって、それらを数倍に増幅させ、1点に集めているのだ。
粉々に砕けた筈の右手も、何事も無かったかのように元に戻る。
「―――!?」
「普段はここまでしないけど――――――まぁ、あの様子なら問題ないでしょ。せいぜい死なないでよ、後味悪いからねぇ」
最後に足にも多大な霊力を纏わせ、凜は勢いよく足を振り下ろし、接近する。
常人には見えすらしないだろう、文ほどは出ていないが、十分に疾い。
溜め込まれた霊力を解放しながら、凜は大ぶりに拳を放つ。直撃すれば命を落とすであろうその一撃を、勇儀は受け止めようとする。
「あぁぁあぁぁ―――!!」
二つの力が交わり、凄まじい轟音と衝撃波が辺り一帯を軋ませる。
耐えきれず、崩れてしまう岩壁も出た。
粉塵が舞い散り、視界を急激に悪くさせる。
しばらくして、粉塵が晴れる。
あとには、何も残っていなかった。
「お?原型をとどめないほど消し飛ばしちゃった?いや、流石にそれはないよねぇ」
そんな風にヘラヘラ笑うと、凜は後ろをバッと振り返る。
後ろからは勇儀が、左手を強く振りかぶっていた。
当たれば即死。凜は小さくしゃがみ、左側に大きく飛び込む。
凜がいた場所を、高速で振るわれた勇儀の左足が襲った。
「あは――――危ないなぁ。死んだらどうするつもりなんだか」
「あたしに力で勝っといて、どの口が死ぬなんて言い出すんだ?」
そう言った勇儀の右手は、血で赤く染まっていた。対し凜は、全くの無傷。
勇儀にしてみれば、かなりの驚きだ。
まさか自分に、力で勝る者がいるとは。しかも、人間に――――――!
「まぁ……どっちだっていいんだけどさ。何にしたって、勝負は俺の勝ちだよねぇ」
勇儀が左手で持っていた、酒皿の姿はその手にはない。あれほどのパワー、左手を気にしながら対応できるはずもない。勝負は間違いなく、凜の勝ちだった。
「あぁ―――そうみたいだね。いやはや――――くくく」
勇儀は負けたにも関わらず、笑いをこらえきれなかった。
遥か昔、勇儀は何度も人間と相対した。
知恵、技能、タイミング。それらを熟知し、行動できる人間には、数多く出会ったことがある。
かの者らは、確かに強い。非力な代わりに、知恵を絞り、勇気を持ってそれを行動に移せる。
とても不思議で、面白い種族。
しかし―――――――目の前の男は、違う。
明らかに人間だ。
しかし、明らかにバケモノでもある。
膂力、霊力、魔力。どれもこれも、バケモノ相当の力を秘めた、そんな存在。
しかし、人間なのだ。
「(これが笑わないでいられるか?いやいや、無理無理無理!はははははは!)」
「あは――――嬉しそうだなぁ。何かいいことでもあったのかな?」
「は―――――面白いヤツを見つけたと思ってねぇ」
「ふふ―――――あっそ。それはようござんしたねぇ」
凜は能力で、身体能力をすべて元に戻す。
あんまり長いこといると、動けなくなる事もある。最後に霊力をぼやかすと、凜は土埃を払う。
「ったく――――疲れた疲れた。取り敢えず、約束通り、地霊殿の場所を教えてくれるんだよね?」
「あぁ。鬼は嘘はつかない」
「まぁ、君らのそういう所は信じてるけど、さ」
凜は笑って、前戦った萃香の事を思い浮かべる。
“相反する物を、一緒に一まとめになんて出来るわけない、いや、しちゃいけないんじゃないの……?どっちかが偽りで、どっちかが正しい。そうじゃないの…………!?”
あいつもそうだったけど、本当に面倒な種族だよ、全く――――――はぁ。
「本当に面倒で―――――面白くない」
そんな風に洩らして――――――凜は、先を行く勇儀の後を追う。
いつもより―――――どこか、不機嫌そうに。
しばらく歩くと、どこか洋風な、赤色基調のお屋敷にたどり着いた。
「ここが地霊殿――――ってことでいいのかな?」
「あぁ。ここが地霊殿で間違いない」
「なるほどねぇ」
凜はじっと目を細めて、ふと思った。
「(――――確かに、強い負の気配は感じる―――――間違いなさそうだ)」
まぁ、彼女が鬼である以上、嘘をつくとは到底思えないのだけれどね。
そう自己完結すると、凜は勇儀の方に向き直り、快活そうに笑う。
「案内ありがと、星熊。助かった」
「勝負に負けた以上、当たり前のことをしただけだよ。………出来れば、次は対等なサシでやりたいもんだねぇ」ニヤリ
「安心しな、そんな日は来ない。毎回死にかけるこちらの身にもなってもらいたいよねぇ」
「おっと、つれないなぁ!ま、また顔見せに来なよ。真剣勝負がダメなら、飲み比べなんてどうだい?」ケラケラ
おかしそうに笑う勇儀につられ、凜も苦笑する。
「あは、それこそ勝てる気がしねぇよ。ま、興が乗ったら、ね」
後ろ手に手を振る勇儀を、苦笑とともに見送って、凜は再度屋敷に向き直る。
「随分と寄り道したけど、まぁ行きますかね」
屋敷の中は、色鮮やかな光で満ち溢れていた。
窓のいたるところに設置されたステンドグラスは、外の暖色光を受けて、キラキラと鮮やかな光を届けている。
屋敷ということで、凜は紅魔館の事を思い浮かべた。
血のような真紅色で満たされたあの内装を思い出して、凄い差だなぁ、と、凜は思う。
しかし、外の光を一切中に入れず、ステンドグラスの灯りだけで中を照らすその屋敷のあり様に、若干の拒絶感を感じた。
「これが中の人の気質って事かねぇ……」
「かもしれないわね。地霊殿の主―――もう何年も見てないけど、さとりはそういう子だったわ」
「おおっと。紫、随分久しぶりに喋ったね」
「空気を読んで静かにしてたのよ」
「うーん………さとりねぇ」
さとりという名を、凜は記憶の片隅にある予備知識――――いわゆる原作知識の中から探る。
ええと――――古明地さとり、だっけかな。
心を読む程度の能力―――そんな感じの異能。サトリ妖怪というのが、幻想郷縁起には掲載されているが――――まぁスキルから察するに、その古明地とやらはサトリ妖怪なのだろう。
「まぁ、その古明地さんとやらがどんな子であろうが、やる事はあまり変わりないけれどね」
強化系スペルカード3種(鬼化、天狗化、吸血鬼化)を使い切った以上、あまり戦闘することも好ましくはない。
最悪筋肉痛で1日動けない程度までは覚悟しなければいけない以上、あまり無茶をするのは凜にとっては好ましくないので、可能な限り戦闘は避けたい。
「にゃー」
「あ?」
相も変わらず湧いて出る妖精たちを追い返しながら道を歩むうちに、1匹の赤色の猫が現れた。猫はこちらをさっと一瞥すると、そのまま去っていった。
「ペットかなんかかなぁ」
それで納得して、先に進もうとするとふと、目の前に少女が現れた。
身長は、140未満というところだろうか。中学生、ともすれば小学生にすら見えそうなほど、起伏のない小柄な体だ。
「その通り、数いるペットのうちの1匹です」
少女はカツカツと音を鳴らしながら、凜の方に歩み寄る。
無表情。突然の来訪者に何も感じていないかのように、冷ややかな目で凜を見る。
「へぇ、なるほど?(ペットつーけど、若干妖力も見えたんだけどなぁ。まぁ単なる残り香かなとも思ったけれど)」
「あまり深く考えない方がいいと思いますよ」
「あは、まぁそうだよね」
「………………驚かないのですね」
「生憎、君よりもっとタチの悪いヤツを知ってるんだよねぇ。心が読めたところで、本質が読めるわけじゃないからマシさ」
そういった性質の
「………正直な人、ですね」
さとりは心底、意外そうにそう言う。
心の声――――サードアイを通した凜の声も、同じように話していたからだ。
「心が読めるなんてバカげたヤツに、嘘をつく必要性なんか全く感じないね。建設的じゃないと思わない?」
「………まぁ、それもそうですが。それで?この家に不法侵入した理由を聞いても?」
「不法侵入は心外だけれど…………まぁ一応、これでもお仕事でしてね。ご容赦下さいませ(まぁ、口に出すのもめんどくさいんで、心の声で会話しようぜ古明地)」
「………自分から心を覗かれようとする人は、さしもの私でも初めてですね」
「(ま、有効活用って大事だぜ?あはっ!)」
「………ふぅ。馬鹿な人……ね」
サードアイを見開きながら、さとりは苦笑する。
自分の心を覗かれたがる、そんな大馬鹿は初めてだった。
そうして、凜はさとりに心の声で説明をする。守護者のこと、紫の命令で来ていること、怨霊の管理についてのこと。諸々すべてを話すと、さとりはふぅ、とため息をもらす。
「そう、紫さんが………」
「(で、なんで怨霊の管理さぼってるの?)」
「………私は形式上地霊殿の主ではあります。ですが実質的な作業はペット達に代行してるので、よろしければそちらに」
「(……なるほど?じゃあ、その管理者のペットと、引き合わせてくれたりするのかな?)」
「………紫さんの指示なら、仕方ないです」
そう言うと、さとりはくるりと踵を返し、凜に背を向ける。そしてそのまま歩き出した。
凜もその背を追い、長い地霊殿の廊下を2人、歩き出す。
「えーっと……自己紹介がまだだったよね?俺は高橋 凜と言う。好きなように呼んでくれればいいよ」
「あら、これはご丁寧にどうも。私は古明地さとり……まぁ、あなたは私のことを知ってるみたいですけど」
「まぁ、一応ね。とりあえず、以後よしなに」
「えぇ、どうも」
「「…………」」
しばらく無言になる。
目の前を行くさとりが、こちらにサードアイを向けていないことを確認してから、凜は思う。
案外、受け答えは普通に見えたが。心が読めるってのは、そんなに気味の悪いもんかね?
まぁ。古明地の前では、原作がどうのこうの言ったらまずそうではあるよね。
テラちゃん程じゃないにしろ、厄介なスキルに変わりはない、と。
「………」
そんな凜の考えなどつゆ知らず、前を行くさとりは、先程からある感情を抱いていた。
「(気まずい)」
そう、気まずさである。
「(どうしましょう……。や、やっぱりさっきはなにか気の利いたことを話した方が良かったのかしらっ。せっかく話しかけてくれたのに……あぁ、わたし、ダメな子……)」
「ねぇ古明地、ひとつ聞きたいんだけどさ」
凜がそんな風に声をかけるが、さとりは自分の考えに没頭して全く気づかない。
「………(いや仕方ないじゃない、心を読まれてなんとも思わない人なんて初めてだもの緊張しちゃうじゃない当たり前でしょ―――)」
「あん?おーい、古明地ちゃーん?」
「ひぁい!?」
「いや、なんでキョドってんのさ……」
「な、なんですかっ?」
「いや、今からどこに向かってるのかなって」
「そ、そう……。ふぅ」
さとりは、見た目とは裏腹に騒がしい内心を落ち着けると、凜の問いに答える。
「……とりあえずは私の私室に。そこからペットを呼び出せるようになってるから、そこで管理をしているペットと面会してもらいます」
「へぇ、なるほど。古明地の部屋にね」
「えぇ(………そういえば他人を部屋に上げるなんて、今まで経験ないわね。………何話せばいいんだろう!?)」
「いやはや、部屋に入れてくれるだなんて寛大だなぁ。古明地は抵抗感あったりしないのかな?」
「抵抗感………特には、ないですが」
「こんな見ず知らずの男だよ?それはもう、あーんなことやこーんなことまでされるかもしれないぜ?」
「……そういう人じゃないのは、話していればわかります。それくらいは」
「…………古明地は可愛いねぇ」
ボソッと凜が呟くのを聞いて、さとりは狼狽する。
「へっ!?……じょ、冗談はよして下さい……!?」
「いやいや。本心で言ってることはわかるでしょうよ」
「そ、それは……」
さとりはサードアイを向けている。言葉に何一つ偽りなどなかった。
「ははは。可愛い可愛い。世界一は霊夢がいるから無理としても、世界二で可愛い」
「そ、そんなに連呼しないで下さい………心が疲れます」
「あはっ!褒められて疲れる必要はないでしょうよ」
まぁ実際、2次元の美少女って時点で3次元のどんな女より優れてるよね!っていうのが俺の持論なので。紛れもなく本心だ。
そこまで考えてから、凜はギクリとした。
「にじげん………ってなんです?」
「ふぇ!?……いやあの、その……な、何でもなないよ!」
「いえ、そうは見えないのですが……はっ」
なんとなしに追求しようと口にしてから、さとりは思いとどまる。
馬鹿なのか自分は。こんなことばかり繰り返していたから、ここにいると言うのに――――凜さんだって、読まれたくない事の一つや二つ、あるのが当たり前ではないか。
いけない――――柄にもなく舞い上がっているのか。つい、余計なことまで口にしてしまう。
「いえ……なんでもないわ」
とはいうものの、さとりの表情は険しい。
そんな表情を見て、怪訝に思いつつも、凜は口にはしなかった。
言わないというのは、触れて欲しくないということ。わざわざそこに触れる必要なんて欠片もない。そう思っているからだ。
そんな想念も、さとりにはすべて筒抜けるわけだが。しかし、別にそれも構わないと、凜は思った。
「なーんか、訳ありみたいだよね。訳ありっつーか、トラウマ?ってところかな?」
「……よく、わかりますね」
「俺、人の気持ち読み取るのは得意なんだよねぇ。誰がどうこう思ってるってのは、案外わかりやすいよ」
「なら……ほっといて、下さい」
「あぁ、もちろん。というか、君がどーいう過去を持って、どーいうトラウマを持とうが、俺という人間に全くの関係はないんだから。もともと触れる気なんてさらさらないよ」
その言葉を聞いて、さとりは大きく安堵する。
なんてことは無い――――人の古傷を抉り出すような、そんな愚鈍な行為をする者ではないと、再確認できたからだ。
そして再び、二人の間に静寂が訪れる。相も変わらずさとりの内心は騒がしく喚いていたが、凜は素知らぬ風だった。そもそも、凜は無言が苦になるタイプでもない。普段騒がしいのは、周囲が騒がしいだけなのだ。
と、一応は彼のために言っておく。
「着きました」
目の前に現れたのは、凜の想像していたよりもはるかにこじんまりとした部屋だった。
全体的に暗い配色で、ベージュ色のカーテンが、ステンドグラスの光を受けていた。
どうやら厚めの生地のようで、ステンドグラスの鮮やかな色光を一切通さず、中を柔らかく照らしている。
さとりが部屋の隅にペタンと座り込んでいた猫にボソボソと話しかけると、「にゃぁ」と意気込み、部屋から駆け出していった。
「これで、もう少しすればペットが来ると思います」
「へぇ。なら少し、待たせてもらうね?」
「はい、どうぞ」
「……………」
「……………」ソワソワ
凜が暇だなぁとぽけーっと惚けていると、さとりの様子が妙なことに気づいた。
なんか妙に忙しないというか――――そわそわしてるように思った。
「えーっと。なんか喋った方がいい?」
「…………い、いや!大丈夫……です」
「いやなんかミョーにそわそわしてるからさ………」
「そ、それは……ごめんなさい、少し……慣れてなくて。…………お茶でも、入れますね」
「いえお気になさらず――って行っちゃったし……」
クールそうに見えて案外、話したがりだったりするのかなぁ。別に俺、喋りたくないって相手と無理に喋ろうとは思わないんだけど。
意外と話しかけた方がいい?
うーん。まぁ、一応そうしよっかな……。
と、凜がひとりで思い悩んでいるうちに、さとりが戻ってくる。
「どうぞ。粗茶ですが」
「あぁいえ……どうも」
さとりが持ってきたティーカップの中身を凜は覗き込む。幻想郷では珍しい紅茶だ。
ずずーっとティーカップを傾け、中身を口に含む。
少し渋みが強かったが、香り高さとミルクも相まって、上手く緩和されている。
いい茶葉を使っているのだろう。
「美味しいね、これ」
「あ、ありがとうございます」
「珍しい茶葉だね。紅茶ってのは珍しい」
「……実は、中庭に茶園がありまして……1年に1度収穫しては飲んでるんです」
「へぇ、自家栽培か。そういうのが趣味?」
「……いえ、管理はペットに任せてますけれど。恥ずかしながら、飲む専門ですね」
「あは、淹れるのは上手ってかい?こんなの飲みながら、読書でも出来たら完璧だなぁ」
部屋の片隅に配置された、巨大な本棚を見ながら凜は言った。
かなりの読書家の様で、壁1面が本棚で埋め尽くされている。
凜の記憶で言うと、阿求の家で見るような本が多く取り揃えられているようだった。
「本、好きなんだ?」
「…………は、はい」
「いい趣味だねぇ。俺の部屋にも、結構本はあるよ。まぁ大体ラノベだけどね」
「らの……べ?ですか?」
「まぁ簡単に言えば、外の本だよ。ぱっと読めるタイプの軽い小説」
「少し……興味がありますね」
「うん?あは、マジか。うーん……古明地は、推理小説とか好きな感じ?」
本の背表紙を眺めて、それらしい本が多くあったので凜は言う。
「はい……好きです」
「なら、いくつか持ってこようかな?今日は無理だけれど、いつか時間のある時にでもね」
「……ほ、ホントですかっ?」
「あは、もちろん。断る理由がないさ」
「…………嬉しいです」
そう言ってさとりは、小さく拳を握って微笑む。凜は一瞬ドキリとして、さとりから目を逸らした。気持ちを整理するように、ティーカップを傾ける。
「(なんだこの生き物……可愛すぎか?)」
さとりのサードアイがこちらに向けられていることを知っててもそう思ってしまうほど、凜には破壊力が強すぎた。そんな心の声に気づかないほどに、さとりは上機嫌だ。
「楽しみに……待ってますね?」
「………あは、そうだねぇ。なるべく早く来るようにするよ」
凜のティーカップの中身が空になるのを見るに、さとりは立ち上がる。
「おかわり、いりませんか?」
「ん―――そだね、もらおっかな――――」
凜がさとりにティーカップを渡そうとしたその時、ドタバタと忙しない足跡とともに、さとりの部屋に闖入者が現れた。
さとりはそれに驚き、ティーカップを落としかける。凜がそれを霊力で圧力をかけて空中に留める。
「はぁ……っ、はぁ……っ!さ、さとり様…その人が……件の人ですね?」
「――――っ、びっくりするじゃないの。もう少し落ち着き持って入ってきなさ――――」
さとりの忠言も聞かずに、赤髪を三つ編みにしたその少女は、ズンズンという擬音が鳴り響きそうな程に凜に迫ると、その手を取った。
「へ?」
「お願いです――――あの子を――お空を、止めてやって下さい!」ウルウル
「………………はい?」