東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
翌日。そう、翌日だ。なんの翌日だー、なんてのは野暮な質問だと分かってくれ。
俺はある、真っ黒な空間の中に紫と一緒に居た。まぁ真っ黒な空間などと曖昧な表現をすまい、つまりスキマの中だ。
紫曰く、かの神のいらっしゃる所へと移動中なんだそう。しかし、いつもと違い、無駄に時間がかかっている。何故だろう。
「妙に時間がかかってるけど。なんで?」
「えー?うーん、そりゃあ理由はあるけど。長いわよ?」
「あっそ。いいよ、どうせ暇だし」
「ふぅん?じゃあ本腰入れて説明してあげる。理解できないだろうけどね………」
さぁ長いお話が始まるようだ。
紫曰く。
スキマでの移動というのは座標空間と座標空間を接続し、人体を素粒子段階までデジタル化して、全て別の座標間に放り込む移動法なのだそう。元々彼女の境界を操る程度の能力は彼女の卓越した情報演算能力を世界に適用したもので、それが能力まで昇華したものであるそうな。つまり元々計算式を妖力によって現実化しただけであり、それが周囲の認識を得ることにより能力化したってこと。
うん、ようわからん。素粒子ってなんぞ?
まぁ大体そういうことなんだと理解すべきなんだってのが、この幻想郷で暮らす上での知恵だ。
「だーから言ってんじゃない、どうせ理解できないって。所詮人の身のあなたに、私の頭ん中なんて分かりゃしないわよ」
「そりゃまあそうだろうけどねぇ。分かることもあるかもしれないじゃん?」
「別に、大した手間でもないからいいけれど。じゃあ話の続きでもする?」
「んー、じゃあよろしく。とは言っても、大体理解出来た気はするけれど」
「あら、それはまた聡明なこと。じゃあ説明してくださる?」
「ありゃ、いいのかい?折角の君の出番だぜ?喋っておかないの?」
「言うわねぇ。これでも貴方のために、頑張ってあげてるのよ私?あなたなんかには、分からないだろうけど?」
「あは、いやいや、わかってるよぉ?お疲れ様だぁねぇ。じゃあ少しでも負担減らしてあげるために、解説してあげるねぇ?」
スキマ移動ってのは紫の能力、つまりは演算能力に依存した移動法なわけだ。
この事実が指すことはつまり、紫のスキマで移動できる範囲は、紫が計算できるレベルの範囲でしかないのだ。
そして彼女は俺と会った時に言った。
曰く、『世界の根幹を管理する神』と。
俺にはその言葉が指す意味はよく分からないが、つまりは通常の神を大きく超越した存在であるということだと理解しておこう。
そんな存在がいる世界だ、並大抵の場所にあるわけがない。奥底の奥底に存在してると考えて構わないだろう。
だから―――――――何度も何度も、細かい移動を繰り返すことになる。
つまり、大きすぎる移動は一気には出来ない。所詮数なんてのは無限ではない。数式上ではいくらでも存在するが、現実として質量化する数なんてのは限りがある。
「ま、それでも規格外の力なんだろうけど。限界はある、ってことでしょう?どんなもんよ、紫?」
「………はぁ。負けよ、負け負け。全く、あなたってホントやな人よねぇ。ここで出来るあたり、やんなっちゃうわー」
「あはー、当たりってことだろ?素直に賞賛すればどう?」
「はいはい、流石ね凜。さすりんさすりん」
「そんなどっかで聞いたようなフレーズで褒められてもなぁ」
まぁこれでも、頭の回転はいい方だ。憶測でものを語らせれば右に出るものはいない。
とか、自慢してみる。
しかし、それならば自分で送ろうとせず、俺に移動を任せりゃあ良かったのだが。
もちろん、それが不可能である可能性は孕んではいるけれど。しかし。
幸か不幸か――――――俺はこの能力で。
『出来なかったことはない』――――のである。多分今までの人生で俺は、自分を真に超える存在に会ったことはない。
だからこそ、これは。今回は。
今までの中でも、気を抜く暇などないのだろう。
こんな馬鹿げたスキルを与えた人物に、会おうというのだ。初めて、自分以上の存在に。
自分の身を晒そうというのだ。
怖くない、わけが無い。
自然と、足が震えてしまう。
「…………あんまり気にしない方がいいと思うけれどねぇ」
「紫………」
「なんというか。あなたにとってあの方が、とても大きな存在であることは理解している。緊張する気持ちも自然だと思うわ―――――――けれど。これはあなたの望んだステージよ?なら、高揚こそすれ、怯える必要なんてないんじゃないかしら?」
「…………あは。なんだその理論は。無茶苦茶だねぇ」
「あら、不服かしら?」
「………そうでもない、けどさ?」
まぁ、気負いすぎも良くねぇわな。
大丈夫。きっと上手くいく。
疑問はある。恨みもある。困惑もある。やるせなさだって存在している。
しかし、それはあくまでも過去でしかない。
だから、この接見はタダの清算でしかなく―――――俺がスッキリと幻想郷での未来を過ごすためのものなのだ。
だから、大丈夫。
俺はもう、あの時の俺じゃないのだ。
――――――――――あなたをわかってあげられるのは、わたしだけ。
「―――――ッ!」
脳裏を過ぎるのは、あの声。いつだって隣にいてくれた、あの声。俺を救ってくれた声で―――――俺を呪ってくれる、あの声。
違う―――――俺は、俺はッ!もうあの時の俺じゃない―――――そうだ、そうだよ。もう俺に―――――君は必要ないんだ……!
「は……っ!はぁ、はぁ……!っ、ふー……」
「凜?平気?」
「うん……大丈夫さ。心配、しないでくれ」
「…………そ」
と言いながら、紫は目を閉じ、スキマを開く手を止めてこちらに向き直る。
そして何も言わずに、ツカツカと(実際はスキマの中なので音なんか鳴らないのだが)こちらに歩み寄ってくる。
「………?…………ッ!?」
そして何を思ったのか、徐に紫は俺の背に手を回し、ギュッと俺に体を預けてきた。
鮮やかな長い金髪が、口元に当てられる。
甘く、どことなく艶やかな匂いが、鼻腔をくすぐる。女性特有の柔らかさが、全身に当てられる。暖かい。
何度か感じたことのある、紫の温もりだ。なぜだか妙に心地よい。ずっとこのまま、って思ってしまう程に………。
「心配ない、って。そんな訳ないでしょう?私でなくたって分かるわよ、そんな強がり」
「………それは……」
「………そうやってあなたは、また。嘘をつくのね」
「………っ」
「あなたは本当に、優しくて、臆病な子。人の好意を信頼したくて――――でもできなくて。誰も傷つけたくなくて――――人と関わるのに、臆病になっている」
「何を―――訳知り顔で言ってんだよ。君に、俺の!何が……分かるってんだよ?」
「分からないわ、そんなもの。私は多分、1番あなたの事を知っているだろうけれど――――それも、タダのデータでしかないから」
「そうだ―――たとえ君が、俺の過去を知っていても。それは俺の全てが分かる理由にはならない」
「そうね。本当は私はあなたの事なんて、何1つ理解していないのかもしれない。理解している気になっているだけ、かもしれない」
「………そうだよ。全部、君の勘違いだ」
「かもね。でも―――――あなたが、苦しんでいるってことくらい、分かるわ」
「それは…………」
「前に、あなたは言ったわよね。そっくりそのまま返すわ――――少しくらい、信頼してくれたっていいんじゃない?」
……………………………………………………ズルい。
なんでこの人は、こんな事を言うのだろう。
なんでこの人は、そんなににも優しいのだろう。
甘すぎる。人なんてのは、叩かなきゃ伸びないんだ。そんなんだから橙がいつまでたっても未熟なんだ。
そんなに甘いから――――――少しくらい甘えてもいいかなって、俺に思わせてしまうんだ。
「……………………少し、思い出してた」
「そうでしょうね」
「でも、平気だ。今の俺は1人じゃない――――――君達が、幻想郷の皆がいる」
「そうね」
「だから、心配しないで?俺は、もう、大丈夫さ」
「………本当かしら?あなたって人は、いつも無理ばかりするんだから」
「酷いなぁ。信じてくれないの?」
「……ま、良しとしてあげましょう。どうする?もう少し、このままでいる?」
それは魅惑的な誘いだった。それでも俺がいつもの俺であったら、即座に否定して先に進もうとしたかもしれない。
ただ……今の俺は、やはり少しおかしいようだ。甘えたい、気分なのかもしれない。
「………頼んでも、いいかな?」
「もちろん。子供は大人に甘えるのが仕事よ」
「子供扱いかぁ。そりゃあまた」
「不服?」
「いやいや。俺は事実は否定しない」
「ならいいじゃないの。私もあなたとこうしているの、好きだし」
「やってる事が恋人なんだけどなぁ」
「いいんじゃない?こんな友人の形が有っても」
「確かに、結局は本人達の意識なんだろうけどさぁ」
「そうそう。あなたは色々考えすぎなのよ」
「恋人なのか友人なのか庇護関係なのか、はっきりして欲しいもんだけどねぇ」
「どれがいいの?」
「恋人……って言ったらなってくれんのかよ」
「さぁ?言ってみたらどう?」
「冗談。今まで通り、友人でさえありゃあいいよ」
「あら、可愛くない子ねぇ」
「面白みも可愛げも、別に求めちゃいねぇくせに」
「………まぁね」
それきり、会話が止まる。なんだか眠たくなってきてしまった。宜しくないことである。
しかし、心地よいものは心地よい。
あー………今日はダメな日かもしれない。
おかしいなぁ。この世界での俺はもっとこう、普段ちゃらちゃらしてるけどやる時はやるみたいな、ちょっとオイシイ立ち位置を確立していたはずなのに。
いつの間に、こんなに弱い人間に成り果ててしまったというのか。
「やれやれだぜ、全く」
「何がやれやれかは分からないけど、そうね」
「人間、甘やかしちゃダメだよな」
「時と場合によるんじゃないかしら」
「君の場合は甘やかしすぎなんだよ」
「あら、そんな事はないわよ」
「いいや、間違いないね。甘々だよ甘々。ったくもー」
紫の背に回していた手を解き、後ろ手に頭をかく。そろそろ潮時だろう。非常に名残惜しいのだけれど、いつまでもこうしてはいられない。それにこうしていると、何やら変なことを口走りそうだ。
「あら、やめちゃうの?」
「…………………………………………………うん」
「すっごいやめたくなさそうね」
「…………いや、やめなきゃいかんし」
「私は構わないわよ」
「俺が構うんだよ」
「ボイコットしましょうよ」
「そいつは魅力的な誘いだな」
「でしょ」
「でもダメ」
「あなたって人間らしくないわよねぇ。サボっていいって言われたら普通サボるもんでしょうに」
「そんな自堕落さは卒業したんだよ」
「早いわねぇ。まぁ、いいでしょう」
暫く断ち切るのに時間がかかったがしかし、ようやっと紫は俺から離れてようとしてくれるようだった。これだけ聞くとなんかやばい男みたいだな俺。
しかし、何かを思いついたかのようにニヤァと口の端を歪めると―――――――離れる前に耳元で、紫は呟いた。
「私はあなたのこと――――――――好きよ」
「――――――?―――――ッ!?///」
―――――――いつもだったら。
大した意味ではないと思っただろう。俺も好きだよと、軽く返していただろう。
紫はそういう女だ。今だって、ニヤニヤと胡散臭い笑みを浮かべている。本当は大した意味はないのだと思う。今ならば、あぁいつもの事かと思える。
しかしただ一瞬―――――頬が赤らんでしまうのを、誰が責められよう?
「紫――――――お前ってヤツは、本当に。人を揶揄うのはそんなに楽しいか?」
「楽しいわよ。特にあなたは、ね」
「へいへい、そりゃあようござんしたね。俺はエンターテイナーじゃないっての」
「うふふ。別に、冗談だとも言ってないわよ」
「は?」
「嘘か誠か。本音か冗談か。恋愛か友愛か。分からないのなら―――――――好きな方にとればいい」
さてと。
私も休んでばっかいられないわねぇ。
とだけ残して、紫はまたスキマを開いてはくぐる作業に戻った。ちなみに先程から俺もスキマをくぐる作業をしている。だから気づけたのだが――――――――って。
そうではなく。
紫の言葉の真意を掴めず、俺は頭にハテナを浮かべる。
好きな方にとればいい?
なるほど分かりやすい理屈だ。どうせどちらと取ることが出来ないのであれば、自分の信じたい方を信じた方が得なのは当たり前だ。
しかし―――――――今回で言えば。
紫が俺のことを恋愛的に好きだと、取ってもいいという意味にもなり得るわけで。
それはつまり―――――――紫が本当に俺のことを好きだということの裏付けになるのでは?別にこのままでもいいけれど、あなたが望むなら別の関係になってもいいという意味なのでは――――――――――
「いや、ない。ないだろ。ない、よな?ない、はず………うん」
――――――――仮に。
そうであったとして―――――俺は、その想いを受けるのか?
受けない。まず、間違いなく。
俺は別に、鈍感なラブコメの主人公ではない。向けられる好意には聡いし、人の感情の機微を探るのは得意な方だ。
それでも―――――俺はその想いを受け入れた事などないのだ。
…………結局、紫の言う通りなのだろう。
もしかしたら、もっと酷いのかもしれない。
傷つけたくないのではなく―――――傷つきたくないだけなのだ。好意を信じられないからこそ、どうしてもそれが無くなることを考えてしまう。恐ろしくてたまらないのだ。
ただ――――――変わる必要など、どこにある?それも個性などと、美化するつもりはない。それを善と見なすこともしない。
だが――――――変わった末に、何を得られるというのだろう。何も得られはしない。
だから――――――変わらなくても、いいのだ。このまま、皆と一緒にいられるのであれば、それでいいではないかと思う。
「(だから俺にもう、君は要らないんだよ―――――未亜)」
☆ ☆ ☆
そんな事があってから、数時間が経過し。
俺と紫は、白で埋め尽くされた空間の中にいた。辺り一面、白一色――――――白くて、何も無い。いつしか俺と紫の姿も白く染まってしまうのではないかという程に、その空間は白だけしかなかった―――――立っているのが、不思議なくらいである。
「ここが―――――その神の居る場所なのかい?」
「まぁね」
「誰もいないようだけれど―――――歩けば、その神はいるわけ?」
「うーん、この空間は進むとか進まないとかそういう次元ではないから―――――この中で何をしたって、なんの変化も及ばさない、そんな場所だから。どうせいつもの御戯れでしょうね」
「なんじゃそりゃ。結局どういう事さ」
――――――――こういう事、だぜ少年。
「―――――ッ!?」
突如、目の前に現れたのは巨大な胡座。
そう、胡座だ――――――もちろん、胡座だけが存在しているとか、そんなシュールな光景ではないのだろうが。
俺には、辛うじてそれが人間の足めいたものが胡座をかいているように見えた。
つまり、それほどまでに巨大な体躯であるということに他ならない。
やっはー、久方ぶりだねぇ凜くん!紫ちゃんも、昨日ぶり!元気にしてたかな?
「久方ぶり―――――なんて。軽快な挨拶を交わすほど、俺とあなたの関係はいいもんじゃないだろ?」
わはは、つれないなぁオイ。折角のご対面だぜ―――――君が望んだ対面だぜ?もう少し愛想よくたって、いいんじゃないかぁ?
「まぁ、お気を悪くしないで下さい。凜も、あなた様本人を目の前にして、動転しているのですよ」
そう、紫は口にする。なんだか子供扱いというか、何かを理解している風な態度だ。
うわ、すっげー腹立つなアイツ。後で紫の家のアイス勝手に食べてやる……。
………しかし。紫の態度も軽すぎやしないだろうか。
『世界の根幹を管理する神』だぞ?
文句なしぶっちぎりの、トップの存在だろ?
もう少し重々しい態度でもいいのでは。
は、なるほどねぇ。なら仕方ないなぁ!大目に見てあげるとするか!
少年―――――――自己紹介だ。どの世界でも初めて会う時は、自己紹介をすると決まっているのさ。俺に名前なんてもんはないわけだが――――そして君の名前なんて既にご存知なわけだが!しかしこれはこれで様式美として、成すべき所なのだろうよ。
そう、捲し立てる神。なんつーか、この神―――――――俺に似てないか?ベラベラと、凡そ意味の無いことを述べている。
自覚はあったんだ、って言われそうだがありました。しかし受ける側に回ってみると、アレだな。
うざい。
どうも、俺は神だ。神なんてそこらに居るだろうが、俺様に比べれば神じゃないんじゃねぇかってくらいには偉い神だ。超高神とか、ダサい名前で言う奴も居るが―――まぁ好きに呼んでくれりゃあいいさ。
「…………あは。俺は高橋 凜だよ。まぁ、ご存知なんだろうけど、さ?好きに呼べばいいし、好きに呼ばせて貰うね―――――バカ神」
バカ神と来たか!中々の返しだぜ、流石俺の作品!性格は作ってないがな。
作品?
………どうやら、聞くことは山ほどありそうだ。元より、そのつもりではあったけれど。
意味の無い自己紹介もそこそこに、話を始めることにした。
紫はどこかに行く素振りも見せない。彼女もここにいるつもりなのだろう。
まぁ、構わないか。彼女は俺の過去の事を知っているのだし。どこまで知っているのかは分からないが。
とりあえず―――――久々だねぇ、凜くん。あれから何ヶ月だろうなぁ?元気にしてたかい?
「さっきから、久方ぶりとか、久々とか。俺にお前と会った記憶なんてないのだけれど」
うん?覚えてない―――――いや、流石にこの姿じゃわからんね。そら、これでどうだ?
バカ神はそう言うと急速にその巨躯を縮ませ、一般的な人間のサイズになった。
これはまた、予想していた通りの軽薄そうな青年のカッコだ。ちゃらちゃらした現代風のファッションに身を包んでいる。しかし、どこか見覚えがあるような気が少しする。
あれは―――――どこで見たのだろうか?
もしかしてまだ分からないのかぁ?じゃあ仕方ねぇなぁ、これでどうよ。『また会ったな、凜くん?』
急に声色を変え、語り出すバカ神。その声は、やっぱりどこか聞き覚えが有った。
そうだ――――――あの時の!月の都で会った――――――。
「時計屋の店員―――!?」
おうよ。やぁっと気づいたかい?
「気づくものかよ―――――あんな所で、何をしてたんだ?」
おいおい、折角ちょっと様子見てやろうとしたってのに。つれないねぇ。
「様子見―――――は。神にでもなったつもりかよ」
はっはー、退屈なんだよここ。時流というものがないから、仕事が膨大にあってもいずれ終わる。全立体交差世界を管理するとは言えども、所詮は有限なんだよ。
「訳の分からないことを」
いやぁ、訳の分からないのはお前だけだろ?俺は分かる。なら何も問題ないよなぁ?
「それは対話の放棄ってやつだろ?お互いに折り合いを付けていくのがコミュニケーションってやつのはずだぁよ」
おっと、これは失礼。人の世には疎いものでなぁ?
「あは。もういいかな?質問をしても」
好きにすりゃあいいんじゃないかい?
「話しづらいんだよ、お前。ちゃんと括弧つけて喋れよ」
あぁ、それはすまないなぁ。付ける格好が無いもんでねぇ……。「おら、これでどうだよ」
「ご満悦だよ」
☆ ☆ ☆
「まず第一に問うけれど――――俺が、理想を現実に変える能力と呼んでいたもの。それは、お前が俺に付与したもので間違いないな?」
「相違なし」
「………っ」
予想通り。というか、分かっていたことではあったけれど―――――――実感した。
目の前の男が―――――俺の生をめちゃくちゃにした男だということを。
様々な思い出がチラつく。この能力のせいで生まれた、灰色の記憶だ。
あぁ――――――やはりダメだ。
これ程までに殺意が抑えきれないのは、初めての事だった。真っ白な視界が、赤黒く染まっていくかのような感覚に陥る。
いや――――――落ち着け。怒りは視界を眩ませる――――――怒りの下で下した判断には誤りが生じるのだから。
濾過しろ。飲み込め。受け入れろ。
何かするとしても、それは今じゃない。
「はは、今更すぎるほどに今更だなぁオイ。ここまで来ておいて、真っ先にする質問がそれかよ」
「………悪ぃな。これでも、繊細な方でね―――段階踏んでいかないと、すぐ手が出ちまいそうになるんだよ」
「は!怖いねぇ。お前にやったのは他のに比べてもトップクラスのスキルだ。もしかしたら、俺にも及ぶほどに―――――な」
怖さなど微塵も感じていないであろう口調でその言葉の中に、少し気になるフレーズを見つけた。
他の?
それはつまり、この神は俺以外にも能力を与えていた、ということか……?
「………2つ目の質問だ。何故お前は、そんな能力を俺に与えた?」
「これまたありがちな事を聞くねぇ。はは―――――なんだと思う?」
「…………」
質問を質問で返すな、とは言いたいが……。答え合わせと思えば、それもまたいい。
この能力については、俺にとって永遠の命題である。
だからこそ、紫からこの能力が神から与えられたものだと知らされた時以降、その理由については幾度か考えてきた。その度に出した結論は1つ。
「営利目的じゃない―――――そんな社会的な理由が、お前にあるはずもない。とすると、後は1つだけ」
そう、もうそれしかない。それこそが、強者の特権であり、超越者の特権だ。
純粋にそれを求めることが出来るのが――――――強者であり、超越者。
「娯楽目的――――――要は、遊びだろ?」
そう、娯楽だ。何が楽しいのかは分からない。けれどこんな能力を与えるという行為に、仕事的な意味があるようには思えないのだ。俺がこの能力を持って何かの役割を果たしているとは思えないし。だとしたら考えられるのは娯楽目的だ、と分かる。
それでも俺が質問をしたのは、そうでないでほしいと思っているからだ。
だって、そうだろう?
遊びで自分の人生を乱された、なんて。
思いたくはないじゃないか。
しかし、そんな期待はつゆ知らず。
目の前の神はニヤリと笑って、次の言葉を紡いだ。
「『相違なし』」
「―――――――!」
「わはは、やるじゃねぇかよ凜くん!そうだ、その通りだ、タダの遊びだ!面白いぜぇ?どいつもこいつも力を持ったら悪用、悪用、悪用だ!知的生命体の本性はやっぱ悪だなぁ?」
「…………なんで。なんでそんな事をしたんだ?」
「あぁ?娯楽に理由なんざねぇだろ?」
「分かるよ、娯楽ってのは確かに大事だ。俺だって遊びは大好きさ、けど。けど、さ?それで人の人生を狂わせちゃ、ダメだろ……!?」
「…………あのさぁ」
ゆらり、と。
目の前の男から漏れる威圧感が増す。
「凜、その辺にしておきなさい」
紫はそう、重苦しい顔で俺を窘める。
その言葉に、俺は思わず頭に来てしまう。
なんで俺が、咎められているんだ?間違っているのは――――――目の前の神だろう?
「はぁ!?なんで俺が咎められなきゃいけないんだよッ!?」
「落ち着きなさい、凜。今は、それが最善」
「…………わはは。別にいいぜぇ、紫ちゃん。そんな事で怒るほど、俺は狭量じゃあない」
「そうですか。過ぎた真似でしたかね」
「おう、過ぎた真似だな。所詮君は無二の存在じゃあない、その程度の存在が―――――俺と凜くんの間に入らないでくれる?」
「…………失礼いたしました」
バカ神はつまらなさそうな目で紫を見つめた後、再度俺に向き直る。
何が何だか分からないけれど―――――結局、俺の気持ちは解決していない。
娯楽で。遊びで。
他人の人生を滅茶苦茶にした目の前の神を――――――許せない。なにも、私怨だけで言っている訳では無い。
自分が巻き込まれていなくても、そんな事を許すことはできなかっただろう。
「わはは、悪ぃなぁ話が途切れてさ。なんだっけ、遊びで人の人生がうんたらこうたらだっけ?」
「…………そうだ。他者に迷惑をかける娯楽なんて、あっちゃならない」
「んー、倫理的だぁねぇ。その答えを受けて答えるとすると、そうだねぇ。1つ君は、思い違いをしているってとこ?」
「思い違い?」
「君の言い分に異論はねぇよ?この上なく正しい。分かってはいても、それが出来る人間というのは得てして少ない。立派に育ってくれて何よりだよ」
「……ふん、そりゃどうも。なら」
「けど残念だなぁ、それはあくまで一知的生命体の一島国の中でのみ通る倫理だ。他者を殺すことが合法な世界や、盗みが合法な世界だってあるんだぜ?」
「………そんな世界が」
「それでもお前、自分の論を俺に押し付けられるか?俺は全ての世界の管理者――――全てにおいて平等だ。そんな倫理観、俺にとってはこれっぽっちも意味がねぇなぁ」
屁理屈だ。たとえ数多の世界があろうとも、その世界の存在に干渉するのならその世界のルールに従わなければいけない。
ただ――――――確かに。俺の言い分は所詮、狭苦しい観点から放たれた言い分でしかないというのも、また事実だと思う。
勿論、それで憤りが解消される訳はないが。
冷静に。あくまでもクールに、だ。
「………3つ目。他のに比べて、とお前は言ったが――――他にも、お前が能力を与えた存在はいるのか?」
「相違なし。能力の強さはピンキリだがな。君みたいなのからペットボトルのフタを開ける能力まであるぜ」
手使えよそれ。
「それでもマジシャンで金稼ぎやってるから、人ってなぁ面白いよなぁ?はっはっは」
「人間業ではないのかもしれないけど、それにしたって微妙だな……」
って、そんな事はどうでもいい……。
テンポが悪いんだよちくしょうが。
「4つ目!その目的は!」
「目的……ねぇ。観察、ってとこだな」
「観察?」
「多数派の持たない能力を持たされた時、その存在はどう生きるのか―――――まぁ見世物だわな。さっきも言った通り、大概は我欲の為に使うが―――――中にはそうでないものもいる。そう、まさしく君のように」
ズビシ!と俺を指さすバカ神。
観察―――――これはまた、ありがちだな。
娯楽風情に巻き込まれた側としては、どのような目的であろうが結局やるせなさは消えないのだが――――――それでも、知らぬよりマシだ。
そんな俺の心中はつゆ知らず(2度目だなこの表現わろす)、バカ神は何とも楽しそうに笑いながら言う。
「いやぁ。本当に君は面白いよなぁ。なぜそこまでふざけた力を持ちながらも、自欲のままにその力を振るわない?」
「は?」
「世界のルールを目に出来るスキルを持った男は、その力を金稼ぎと豪遊にしか使わなかったぜ?人心の全てを理解するスキルを持った女は、その力を男遊びと遊び半分の会社倒産に使ったりしたぜ?さっきのペットボトルの蓋を開けるスキルだって、使おうと思えばいくらでも悪事に使えるんだぜ?君ほどのスキルなら、もっと大きな悪事だって思うがまま、だろ?」
………それは、昔から思っている事だ。
いくらだって、この能力は悪用出来るだろう。出来なかったことなどほとんどないこの力で、全てを自分好みに書き換えることすら出来るのだろう。
実際、使ったことがないとは言えないだろう。怠惰ゆえに、自分の金を増やしてることだって本当ならば許されることではない。
しかし――――――取り返しのつかない悪用だけは。周囲に迷惑をかけるような使い方だけは、避けてきたつもりだ。目の前の神は、それを何故だと言う。
なぜ?
きっとそれは、倫理だ。
強すぎるから――――――使い方は誤ってはならない。
「でもそれは、誤りか?俺はそうは思わない!他者はその行いを悪と呼ぶかもしれねぇ。そりゃそうだ自身を害する行為など悪でしかねえだろうよ!中には倫理として悪と呼べる行為もあるかもなぁ?法律に反していたりするかもしれねぇ!」
「なら俺はそれに反しない。他者を害してまで成したい希望などないよ」
「分かってねぇなぁ、所詮それは人の欲望だ!法律も倫理も変わりやしねぇ!だってそうだろう?法律や倫理が絶対のものなら、どの世界のどの生態系だろうと似たモノになるだろうが!だから他者の欲望に自分を合わせる必要なんてないんだよ」
「それは……っ!」
「本当は気づいてるんだろう?俺は君を買っているんだ、それくらいは分かるさ。俺ほど善悪に寛容な存在もいねぇが、君も人にしては広い見識を持っているんだし?」
何もかもを見透かしたようなバカ神の発言に、思わず口ごもってしまう。
………そうだよ、何を躊躇っているんだ?
所詮人なんて、他人を蹴落として自分を利する事ばかり考えている。じゃあ自分が他人を蹴落として、何が悪いというのだ?何も悪くは無い。分かっている、分かっているけれど―――――――。
「俺は……それでも……」
「………………………はぁ、つまらん。せっかくスキルを返してやったのに、君はつまらない使い方ばかりするんだから」
スキルを返した?
それはもしかして、幻想郷に来た途端能力が使えるようになったことを言っているのか?
そんな心を見透かしたかのような神は、意外そうに言った。
「あぁ?聞かされてねぇのかよ。そこの紫ちゃんが急にここに来て、スキルを返してやれって言うから返してやったんだよ」
「………紫が……?」
後ろの紫を振り返る。
口をつぐんだまま何も言わない。
………確かに、疑問には思っていた。だって、幻想郷に来る以前、俺は確かにスキルを失っていたのだから。ならば紫が俺をスキル目当てで幻想郷に招いたというのは、間違いなくおかしい。無い袖は振れないのだから。
…………そうか、彼女が俺をまた『トクベツ』にしたのか。
なんだろう、とても複雑な気持ちだった。
俺はずっと、このスキルが嫌いだった。俺しか持たなくて、強大すぎるこのスキルが疎ましかった。俺を利する時もあれば、俺を害する時もあったこのスキル。1度失くした時の喜びは計り知れなかった。
退屈だったけれど―――――――能力のない日々は、確かに幸せだった。
だけれど、幻想郷に連れ出してくれた紫への感謝は消えない。幻想郷での思い出は、それくらい大切で、かけがえのないものだからだ。
だからこの気持ちが――――――一体、何と形容されるのか、分からない。
「……じゃあ第5の質問だ。そもそもなぜ、お前は俺のスキルを奪った?」
「あー?んー…………言っちゃっていいのかねぇ?あの娘がどう関わってくるか、それ次第では余計な一石になってしまいそうだが―――――――うぅん」
「何を……言っているんだ?」
「こっちの話さ。俺はあくまで読み手だからね―――――余計な事はしたかねーんだよ」
「読み手だって?」
「そ。君らの織り成す、笑いあり涙あり、ちょっぴり色気もありな物語―――――その読み手だよ。こうして会ってやってるのも、特例なんだぜ?」
「……は。読者気取りかよ――――――」
確かに、そうは言えるかもしれない。
特殊な能力を持った主人公が、個性豊かな仲間たちと紡ぎ出す物語―――――あぁ、ありがちで大変いい。幾度も目にしてきた、本の中のお話だ。それはそれは愉快だろう。
あぁ、本の中の主人公はこんな気持ちだったんだな。思ったよりも、怒りや陰鬱も湧かなかった。目の前の観測者に文句はなかった。
「それを踏まえて答えるとすれば―――――『これ以上能力を与えていても、面白くなさそうだったから』ってとこか?」
「あは、それで騙せるヤツぁいないだろ?明らかな嘘は滑稽だよ」
「あぁ大いに結構だ。ただ俺は何度問われようとも、同じ答えを返すぜ」
「…………あは。そうかよ」
答える気はないってことだ。もはやそれも、どうでもいいことかもしれない。
質問を投げているのはこっちだけれど―――――情報が多すぎて心の整理がつかないのだ。
―――――――――ただ何となく、心当たりはあった。
誰よりも強く、俺のことを案じてくれたあの子。全くいつも、俺の世話ばっかり焼きやがるんだあいつは。勝手じゃなきゃ、ありがたいんだけどな。
「じゃあ、敢えて俺はそれにこう返そうか――――――お前にそれを示唆したのは、『未亜』か?」