東方理想郷~east of utopia~   作:ホイル焼き@鮭

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凜の幻想郷巡りが始まります。暫く長いですが、お付き合い下さい。


巡り、迷い
45話『Is it certification?』


やぁどうも、高橋 凜だ。さぁ自分探しの旅だと流れのままに決めた訳だが、生憎とどこへ向かうかなどは決めていなかった。

あんまりにも長々と霊夢と話をしていると面倒そうだったので転移したが、転移場所も適当である。博麗神社の裏手だ。

しかしまぁ、このまま惚けているわけにも行かないので、行き先は決めることにした。

とにかく今は、色んなやつに会っていこうと思う。俺が幻想郷で成したことを、築いたものを、確認しようと思う。

 

そうだ、過去の俺が辿った通りに会うというのはどうだろう?

 

まずは、博麗神社だ。しかし、これは俺の中でも最も大切な場所で、多くの時間を過ごした場所だ。最も時間を共にした霊夢もいる。

となれば、1番最後にしたい。

その後は―――――――あそこか。ふむ、確かに―――――最初としてはちょうどいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

place1.Kourindou

 

何なら多くの人は紅魔館だと思ったかもしれない。残念、俺が博麗神社の次に訪れたのは魔法の森、つまりは香霖堂である。

相も変わらずに陰気臭い雰囲気で、好き好んで行きたい場所ではない。

香霖堂の戸を開ける。リン、と、開閉を告げるベルがなる。

店主の森近霖之助はそれを聞いて、手にしていた新聞から顔を上げ、ほう、と声を上げた。

 

「誰かと思えば。珍しいね、凜くんがここを訪れるなんて。秋の月旅行以来かい?」

 

実はかつての月旅行(レミリアとの方だ)の時、ここを訪れている。言うまでもなく、月面戦争の資料を探していた時のことである。

香霖堂は店主の霖之助が霧雨道具店から独立した際からある。だからこそ幻想郷の歴史についても、多少の文献が香霖堂には残されている。だから一応見に行ったというわけだ。

 

霧雨の名の通り、霧雨道具店は魔理沙の実家である。そこの親父さんは今時分珍しいほどの反妖怪のケが強く、同様にマジックアイテムの類も好まない。そう至るのには、何やら事情があったらしい。何度か足を運んだが、母親らしき人物が1度も見当たらなかったことが何か関係しているのかもしれない。

その気質故に、かねてより魔法やマジックアイテムへの興味が強く、何度咎められても研究を止めなかった魔理沙は勘当された。

だから彼女は今、魔法の森で身を立てているというわけである。

 

横道にそれたけれど、霖之助はかつて霧雨道具店で親父さんに師事していた、ということだ。

だから魔理沙とも古くからの知り合いだ。

 

「あは。その節はどうも、だね。久しぶり」

「久しぶり。で、なにか入り用かな」

「あは。なんだよ、用がなかったら来ちゃいけないのかい?」

「店だからね。冷やかしなら不要だよ」

「うっわ、冷たいなぁ。帰したいならぶぶ漬けでも馳走してくれよ」

「そこまでするなら、居させた方がマシさ。しかし、本当に用はないのかい?君が用もなくこんな所に来るとは思わないんだけどね」

「自分でこんな所とか言っちゃダメだと思うけどねぇ。まぁ実際その通りだけどさ」

「そうだろうね。で、用件は?」

「いやぁ、実は自分探しの旅をしているんだよ」

「…………は?」

 

霖之助の目が点になる。うむ、予想通り。

人のこういう顔を見るのを楽しみにしてるみたいなところあるよな。

それが事実なのだから仕方ないんだけれど。

 

「相変わらず冗談がすぎるね、凜くんは。いい歳した大人の男が、そんな家出みたいなことをする訳ないじゃないか」

 

さも当然のように告げられたその言葉は、非常に心に刺さったが、まぁそれもその通りなので仕方がない。

しかし生憎と冗談ではないのである。

 

「本気なのかい?そりゃまたどうして。霊夢と喧嘩でも?」

「喧嘩はしてない。喧嘩なんてここ最近してないぜ」

「ふむ、確かに君たちは仲がいい―――――それなら尚更だ。聞いたら、答えてくれるのかな」

 

その疑問はもっともだが、出来れば触れたくないのが実情である。そりゃあ自分探しの旅などと言えば理由くらい聞くよな。もっとさりげなく話題にすればよかった。

 

「ふむ。実はかくかくしかじかで」

「かくかくしかじか?なんだいそれは。なにかの暗号かい?」

 

通じなかった。

バカな……俺のかくかく言語が……。

 

「詳しくは明かせないんだが。少しばかり思うことがあってね」

「……なるほど、ワケありというやつだね?なら聞かなかったことにしていよう」

「随分と聞き分けがいいね」

「長く生きていれば、触れて良いものと悪いものの区別くらい容易につく。まぁどうせ客も来ないんだ、好きにしているといい」

 

寛容なことに、店内に居座るのは許してくれるらしい。普通にありがたい。

森近霖之助。理屈屋で、口を開くと蘊蓄ばかり零す。

幻想郷縁起には、そんなふうに森近霖之助という男は書かれていた。朧げながら覚えている外の世界での彼への印象もそうだったように思う。

つまり森近霖之助というキャラクターは、大凡ではあるが、東方Projectに則した存在であると言える。ゲームのキャラとしての存在だ。決まった性格のもとに、彼は存在している―――――――制作主の意図した通りに。

 

それを考えても、やはり俺と彼ら彼女らは明確に区別される―――――第三者に性格を決められた存在が、環境の影響こそあれ、自身のみで構成されている存在と同じとは、とても言えない。

 

なら――――――やはり、俺はここにいるべきではないのか―――――?

 

そんな暗い思案に耽っていると、霖之助がどこかに居なくなっていた。自分の店に1人だけ残すなど、微妙に不用心なような気もするが。

そんなことを思っていると、霖之助が奥の居住空間らしきところから現れた。

湯のみを2つ載せた盆を両手で持っている。

その内の1つを俺に手渡すと、霖之助は言う。

 

「まぁ、茶でも飲んでいるといい。何があったかは知らないけどね」

「………なんだよ、心配でもしてくれてんのかい?」

「まさか。それを飲んだら、さっさと帰れという意味さ。ぶぶ漬けは出せないが、茶くらいなら出せる」

「………あは。ツンデレかよ」

「つんでれというのが何かは知らないが、多分違う」

 

そうとだけ言って、自分の分を手に取って口に含む霖之助。多分、この茶は彼なりの気遣いなのだと思う。流石に言葉通り、ぶぶ漬け代わりという風には考えられない。

渡されたお茶の水面に映る自分の姿を見る。

いつもの微笑はどこへやら、我ながらとても血色のいい顔とは言えなかった。

こんなんじゃ、「わたし傷心中です」と言いながら歩いているようなものだ。

あまりの情けなさに苦笑が漏れる。

 

―――――少しだけ、分かったこともある。

 

ただキャラクターに忠実なだけでは、この世界の存在は決してない。

それは当然のこと――――――人の性格を、たかが1人間が画一的に決められるわけがないのだから。

どんな悪人であろうと、良い一面というのは必ず存在する。その意味では、完全に悪と言いきれる性格というのはない。

ならばこそ、性格なんてものは設定なんかじゃカバーしきれない多様性を持って当然。

つまるところ、彼らは―――――――――。

 

「(生きてる――――んだよな)」

 

当たり前のことだ。

それが―――――今まで分かってなかったのかもしれない。二次元と三次元(こうして目の前にすると、やはり外見も立体感も変わらない。すげぇ)との差は、あまりに大きいものだと勝手に思っていた。

しかし、生きている。自分で考えるし、自分で身を立てているし、自分で行動を起こす。

 

「同じだ……俺と」

「なにか言ったかい?」

「………っとと、なんか言ってた?……って熱ッ!」

 

どうやら無意識に口に出ていたらしい。

誤魔化すようにお茶を煽ると無茶苦茶に熱く、若干噴き出してしまった。

 

「何をやってるんだ、君は。商品を汚すのは勘弁してくれよ」

 

そうとだけ言うとまた、今日の夕刊らしき新聞を眺める作業に戻る霖之助。

って、それだけかよ……。本当に何も聞かねぇな………茶まで噴いたのにこの構われなさ。

別に、構ってちゃんって訳でもないけどさぁ。

 

「………ふふ、ふふふ」

「急にどうしたのさ。怖いぞ」

「………いや?なんでもないなんでもない。面白いなぁって、思っただけだよ」

「そうかい。特になにかしていたつもりは無いけれど、なにかお気に召したなら良かったよ」

「あは。うんうん、満足したした。じゃ、そろそろ出ようかな」

「ふむ。まぁこの際だから言っておこうかな」

「うん?なに?」

「霊夢と魔理沙に、なにかにつけてこの店を訪れるのはやめるよう言っておいてくれ。商売あがったりなんだ」

「……ぷっ!あは―――――――さて、どうしようかな?」

「おっと、意地の悪い人間になったもんだ。初めてあった時とは大違いだね」

「はっはー、冗談だぁよ。機会があれば、伝えておくね」

「よろしく頼むよ」

 

そうして香霖堂を出るまで、結局霖之助は新聞から目を離すことはなかった。因みに押し売りで有名な文々。新聞だった。

どうせまともに読んでもいないのに。

素っ気ないヤツだなぁと、胸中で苦笑する。

………まだ、答えを出すわけにはいかない。

まだまだ俺がここで過ごした日々は、続いている―――――――次は勿論のこと、あの家だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

place2.Koumakan

 

さぁ、お待ちかねの紅魔館である。

ここの住人とは古くからの知り合いだが、最近は顔を見せていない――――まぁ何度も来られても迷惑だろうし。

ここでやったことと言えば、無論紅霧異変の阻止が頭に浮かんでくるのだけど。

ただまぁ、それだけという訳でもない――――多くの交流を、ここの住民とはしてきた。

 

レミリア・スカーレット。フランドール・スカーレット。パチュリー・ノーレッジ。十六夜咲夜。小悪魔。紅美鈴。

そして忘れがち、タチ。

 

そう、思う以上に重要な立場なのはタチなのだ。

外の世界で、俺は東方Projectというゲームには詳しくはなかった。とは言うものの、キャラクターの名前と大凡の特徴、外見、能力程度なら把握していた。

しかしその中で、俺はタチというキャラクターを見たことはない。そりゃあ、幻想郷だって東方Projectのキャラクターだけで成り立つ訳でもないだろうが。

 

しかしタチは、曲がりなりにも『紅魔館』のキャラクターだ―――――――一大勢力。

紅魔館のメンバーは、先程あげたメンツの他、咲夜の部下の妖精メイドだけ。

つまり、彼は東方Projectのキャラではないのである―――――――確かに、タチが人里で起こした事件があぁなったのは俺がいたからだ。俺がいなければ、彼が紅魔館に就職するという結末はなかっただろう。

これは間違いなく、俺が幻想郷に及ぼした変化であり―――――多大な変化なように思う。

しつこいようだが、バタフライエフェクトという言葉もある―――――だからその『大きな変化』たるタチは、今の俺にとっては重要なファクターなのかもしれない。

 

さぁ、まぁ、紅魔館にも何度も来ているわけだ―――――――勝手知ったる他人の家、である。

一応美鈴には声をかけておくつもりだけど………あれ?

 

「いない……?」

 

何故かあの慣れ親しんだ門番の姿は門前にはなく、門扉は閉ざされていた。

何度も訪れているこの館が、空いていなかったのは実に初のことである―――――何かあったのか?

 

「事象を理想的にする程度の能力―――――俺の目に映る『光の情報』の理想を大図書館の第3本棚3段目の受ける光に」

 

試しに光の情報を弄って大図書館のド真ん中にある本棚への光に変える。

なんとびっくり覗きし放題。透視よりは不便だから許しておくんなまし。

しかしそこには誰もいなかった。

 

「あぁ?あのものぐさなパチュリーがいないってのはどういうことだ?」

 

果てさて、またなんぞや厄介事だろうか。

なんで俺が動くといつも何かしらの出来事が起こっているのだろう。まぁまだなにか起こっていると決まったわけではないが。

 

「じゃあ、まぁ………失礼しまーす」

 

足に霊力を集中させて、踏み込むと同時に解放する。霊力をゴムみたいにイメージするのがコツ。

門扉を飛び越え、紅魔館の庭先に侵入する。

特段、いつもと違う感じもしないけれど………まぁ入って見ればわかる話か。

ギィ、と重い音を立ててエントランスへと繋がる扉を開ける。扉を開けても、誰もいない。妖精メイドすら。

 

そのまま、誰もいない廊下の中を歩む。

ひとまず、パーティー等に使われる大広間へと向かってみることにした。

コツコツと、靴がリノリウムの床を踏み鳴らす音だけが響く。外光を一切入れないように作られているこの館は、昼だろうと夜だろうと同じ景色を示す。

人気のない紅魔館の廊下を歩いていると、紅霧異変の時を思い出す。あの時は霊夢がいたけれど。

 

いやぁあの時はカレー配布しまくったなぁ。

 

あっは、イミフだなこの感想。事実だけど。

そうこうしていると、目の前からも靴音が聞こえてきた。現れたのは銀髪の鮮やかなメイド姿の女性、つまりは咲夜だった。

 

「あら」

「やっはー、さっきゅん」

「……さっきゅんはやめて欲しいものだけど。久しぶりね、凜」

「久しぶりだぁねぇ。元気してた?」

「えぇ。あなたも元気そうね………って感じでもなさそう?」

「いやいや。元気だよぉ?」

「そう。隈が凄いけど?」

「…………んー、寝不足気味ではあるけども。まぁ心配はいらないさ」

「ならいいけれど。それで、今日はどうしたの?」

「んー、俺は遊びに来ただけなんだけども。つーか泊まりに来ただけなんだけど」

「あらあら、それはなかなか急ねぇ」

「逆に聞きたいんだけどさ。今日なんかやってんの?美鈴もパチュリーもこぁさんも、いつもの所にいないみたいだけど」

「そうね。じゃあ、あなたも来る?パーティ」

「パーティ?そりゃまたなんの」

「小耳に挟んだのだけど、外の世界は24日にパーティーをするそうじゃない?私達もやるわよ!って、お嬢様が」

 

あれ。今日は24日だったっけ。

なるほどクリスマスパーティーか。

なんともまぁ。ミーハーな………。悪魔と吸血鬼は違うとは言え、吸血鬼がキリストの生誕を祝うなよと。

しかし、納得はいった。パーティだから誰もいないんだな。じゃあまぁ、混ぜてもらおうかな。これも、自分探しの旅の一環だろう。

 

「なるほどねぇ。クリスマスパーティーか」

「そうそう。メリークリスマスって言って、ケーキと七面鳥を貪りながら騒ぎ立てるパーティーって聞いたわ」

「言い方悪いなおい。まぁ、混ぜてもらうよ」

「えぇ。きっと皆喜ぶわ。じゃ、行きましょ」

 

咲夜は踵を返して、大広間の方へと向かう。

その手には、何やら大量の料理が抱えられていた。さっきまではなかったはずだが。

多分、本来の目的がソレだったのだろう。

態々時間を止めてまで、俺に同行してくれたようだ。そこまでしなくてもいいのにな。

 

「所で、お泊まりだなんて今までなかったわよね。霊夢と喧嘩でもしたの?」

「ついさっき同じこと言われた。違ぇよ」

「へぇ。じゃあなにかあったの?」

「…。ま、ちょっと思うところがあってね。幻想郷を見て回ろうかなって」

「ふぅん。何があったか知らないけれど……私に出来ることがあるなら言って?あなたには恩があるのだから」

 

そうストレートに、咲夜は口にした。

恩、か……。そう言えるだけの何かを、俺は咲夜に出来たのだろうか?あるいは、紅魔館に。

俺は、恩だとか貸し借りだとか、そういうのは苦手だ。そんなものがあるから、人に負い目を背負うことになるのだ。

 

友達を作ると、人間強度が下がる。

 

別の世界での友人の言葉だが、けだし至言だと思う。

 

「………咲夜は」

「何かしら?」

「俺のこと、好き?」

「…………えっ?」

 

咲夜は顔を赤らめて、聞き直す。

あたかも恋する乙女のようだ。流石に言葉が足りなすぎたか、と思う。

ただ、1つ思っただけなのだ。

この世界で。

俺が、残したもの。

それは――――――友人だ。多くのつながりを、俺はこの世界で作った――――――それこそが。

俺が、この世界にいる――――――――理由なのかもしれない、と。

 

「どうなの?咲夜」

「ど、どうって……えっ?」

「好き?俺のこと」

「………どういう、意味で?」

 

頬を赤らめたまま、咲夜は俺に問う。

何やら勘違いをしているのが丸わかりな反応である。俺は鈍感なテンプレラブコメ主人公ではない。ので、それくらいは分かる。

少し、嗜虐心が湧いた。口の端を甘く歪めながら、咲夜を見つめる。

 

「…………あは。どっちで聞いてほしい?」

「………冗談が、すぎるわよ……?どうせ、いつものパターンでしょ?」

「君の知るいつものパターンが何かは知らないけれど。存外、そうでも無いかもしれないぜ?咲夜が望むなら―――――冗談じゃなくても、いいよ?」

「……………っ!///」

 

赤らめた頬が、さらに真っ赤に染まる。

流石は咲夜ということなのか、手にさながらレストランのウェイトレスが如く連ねられた大皿は取り落としてない。

可愛いなぁ。ま、そろそろ潮時かな?

 

「勿論、友人としてだよ」

「えっ?」

「ふふふ。まさか、本気にしたの?いやだなぁ、さっきゅんったらぁ!ごめんねぇ、俺はみんなの凜くんだからさぁ?君だけの凜くんにはなれないっていうかぁ?」

 

ちょっと調子に乗りすぎ?

1回くらい切り刻まれるかもしれない。

まぁ仕方ない、報酬には対価が付き物!

切り刻まれるくらいなら安いもんだ!さぁいつでも来やがれ――――――って、アレ?

いつまで経っても想定していた展開は訪れず、咲夜はペタンとその場に崩れ落ちてしまった。あわや皿を落とすかと思ったが、何故かその手に皿は既になく、床にちんまりと並べられていた。また時間を止めて、わざわざ皿を置き直してから崩れ落ちたのだろうか。

器用だなおい。

 

「お、おーい?さっきゅんやーい?」

「……ホントに、びっくりした………頭が、ぐるぐる回って……ぐす」

 

うるうると、咲夜の瞳が潤む。

うわわわわわわわわ!ど、どうしようっ?

予想外にも程がある反応に、流石の俺といえど慌てふためく。俺、最低すぎないか!?

 

「ご、ごめん咲夜、そんなつもりじゃ―――――へぶっ!!?」

 

先程期待していた(こういうと変態くさいななんか)展開通りに、後頭部に鈍痛が走る。

想像より激しい痛みだったので、思わず後ろを振り返る。そこにはパチュリーがいた。

 

「凜。あなた、何してるの?」

 

手には分厚いハードカバーチックな魔導書を持っていた。背表紙に血が滴っている。多分それでどつかれた。

流石に冷ややかな視線。

無論、俺だって逆の立場になればそんな視線を向けるだろうから、当然である。

 

「あの、言い訳をさせてくだ―――――へぶらいごっ!!?」

 

続く二撃目が、振り向いた俺の顔にまるっと直撃した。パチュリーは魔法使いな上本人が非力だから、腕力自体は並の人間と変わらない、むしろ弱い部類に入るのだがハードカバーの前では関係なかった。

おぉ……。本ってこんなに堅かったんだな……。くらりと視界が歪んだ。

 

「ふん。これくらいにしておいてあげるわ」

「ひゃの。ほれふらいって、けっこうひたあったんだえど……」

「あなたの事だから、どうせまたなにかいらないこと言ったんでしょ。事情は分からないけど、今回は明らかにやりすぎ。ほら、咲夜。大丈夫?」

 

そんな身にしみる事を言って、パチュリーは咲夜に声をかける。言ってることは尤もだと分かっているので、流石に少し落ち込む。

咲夜も目の前の荒だった様相に、多少は理性を取り戻したようで、慌ててパチュリーの問いに応える。

 

「い、いえ……大丈夫です。少し、取り乱してしまいました。すみません」

「そう。何もないならいいけれど。凜、なにか言うことは?」

 

片目を閉じて俺をちらりと見るパチュリー。

どうやら、謝る機会を設けてくれているらしい………うん、確かに謝らなくてはならないだろう。

 

「ごめんね、咲夜。少し、調子に乗りすぎたよ。気を悪くして、ごめん」

「………ううん、大丈夫よ。気にされる方が辛いわ」

「……ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」

 

どうやら、許してくれるみたいだ。

流石に少し、反省しなくてはならない―――――思うに、自分の中にもどうやら疲労が蓄積してきているのだろう。半ば八つ当たりのように、それを他者にぶつけているのだと思う―――――それは良くないことだ。

自分がどのような状態であろうと、それは本質的に他人には関係の無いこと。どんな事情があるにせよ、殺人は許容されるものでは無いのと同様だ――――――殺されるのは、どんなお涙頂戴な理由があっても嫌だろう。

 

「全く、世話の焼ける。それで、凜。今日はどうしたの?」

「ん?あぁ―――えっとね。ちょっと今、幻想郷一人旅実施中でさ。色んなところ、渡り歩こうと思ってんだよ」

「それはまた、奇っ怪なことね。霊夢と喧嘩でもした?」

「それ三回目。お前らは俺と霊夢をセットで考えすぎ」

「違うの?」

「違わないけども」

 

いつでも一緒にいる訳では無いが。1日の大半を霊夢と過ごすのは間違いない。

一緒に住んでるんだから当たり前だが。

 

「取り敢えず、行きましょうか。パチュリー様も戻られますか?」

「いえ、少し所用があってね。少しだけ席を外すわ」

「そうですか。じゃあ、行きましょうか凜」

「うん」

 

パチュリーと別れ、再び大広間への廊下を進む。道中、俺と咲夜がなにか話すことはなかった。流石に気まずかったのだ。自業自得なので、徐々になかったことにしていけたらいいのだが。

あは。なかったことにする、ね。

それはそれで、随分と身勝手な話だけれど。

大広間につく。これまた大仰な扉のノブに手を当てたところ、咲夜は急に立ち止まる。

 

「……好きよ」

「え?」

「好きに決まってるでしょう、そんなの。わざわざ聞かないでちょうだい」

 

どうやら先刻の問いへの答えをしてくれているらしいと気づく。

それは、予想していた答えではあった。自信過剰なようではあるが、客観的に見て俺を嫌っている者がそれほど多いとは思えない。

自分で言うのもなんだが、そこまで上等な性格をしているわけではないと思う。さっきのなんていい例であって、褒められるような人間ではない。

 

ただ――――――だからこそ。

人の好意には聡い。向けられる感情には、人一倍敏感なのである――この世界で、俺を好いてくれている人が多くいることを、俺はよく知っているのだ。

だけれど――――なぜだろう?

こんなにも胸が熱いのは。

火が点ったように、目頭が熱いのは。

 

「さぁ、行きましょ。ご馳走がいっぱいよ?」

 

咲夜が扉を大きな音を立てて開ける。

 

「あら、咲夜。おかえり――――ってあら?凜じゃないの」

「あーっ!お兄様だっ!」

「あー、凜じゃない。久しぶりー」

「お久しぶりですぅ。うふふ、ご休憩ですかぁ〜?」

「久方ぶりだな、リン。元気そうで何よりだ」

 

扉を開けた途端、口々に声をかけてくる紅魔館の面々。フランがこちらに近づいて抱きついてくる。どれだけ経っても容赦のない抱きつきに、少し懐かしさを覚える。

紅魔館の大広間は月旅行の時にもパーティーに使われていただけあり、十数人で使うには広すぎる。

だと言うのに、妖精メイドを除く紅魔館の面々は、ほぼ固まって楽しんでいるようである。

 

…………かつてはこれ程まで仲が良くはなかったと、咲夜は以前俺に言った。

 

レミリアは妹を慮ってはいたが、己が力を制御できずに狂っていた妹を同時に恐れていた。だから妹を地下に幽閉した。

フランは姉の配慮を考えられず、自分を地下に閉じ込める姉に嫌われていると考えていた。ただ、姉を心の奥底から憎むことも、嫌うこともなかった。

そう出来れば、もっと楽だったろうに。それをきっと、家族の絆と言うのだろう。

 

当主である姉妹がそうなのだから、自然と館内の雰囲気もピリピリとしていた。美鈴だって、門番として外にいた。これは今もだが。

 

パチュリーは多くの時間を大図書館で過ごしていたし、こぁさんもパチュリーの世話で大図書館にこもって暮らしていた。偶にレミリアがやってきてはお茶をする……その程度の交流だった。

 

咲夜は今よりもずっと大量の仕事を抱えていた。給仕、洗濯、掃除、人体の処理、妖精メイドの統率………枚挙に遑がない。一時も休まる時などなかったかもしれない。多分今でもそうだが、まぁタチもいる。それに、前よりも主人との時間を取るようになったそうだ。

 

過去の紅魔館は、そんな危ういバランスの元に成り立っていた。きっとそれは、何百年とそうだったのだろう。パチュリーが加わっても、咲夜が加わっても、こぁさんが加わっても、そんな風に続いてきたのだろう。

それが今や、こうである。

 

あなたのおかげよ、と、咲夜は言った。

咲夜だけじゃない。レミリアが、フランが、こぁさんが、美鈴が、パチュリーが。

そう言ってくれた。

 

「(本当にそうなのか?……いや、そうなのかもしれない。大したことをしたつもりもないけれど、俺が来てから紅魔館は、変わった。随分と、家族らしく見える)」

「ねぇねぇお兄様!今日はどうしたの?私に会いに来てくれたの?」

「なんでも、今日はお泊まりにきたとのことですよ、フランお嬢様」

「えーっ!?咲夜、それ本当!?」

「えぇ。そうよね、凜?」

「……え?あぁ……そうだね。急で悪いけど、いい?」

「いいに決まってるじゃない!お姉様ー!お兄様がお泊まりだってー!」

 

パタパタと走り去るフラン。しばらく見ていなかったけれど、フランはいつも通り、快活そうだった。かつての彼女を考えると、今の彼女は夢のような存在だろう。

地下にこもりきりで、まともな他者との交流もしてこなかったフランは、心が年齢にそぐわず、幼い―――彼女にはこれからがあるのだろう。成長するのだろう。

変わって、いけるのだろう。

だって、生きているのだから。

 

「……凜?」

「ん?なに、咲夜」

「いえ……なにか考え事?」

「……そんな感じ?ま、気にすんな。それより、ほら」

「お兄様、咲夜ー!」

 

少し離れた所で、フランが手招きをしてこちらを呼ぶ。いつまでも扉の前、という訳にもいくまい。

 

「……そうね。行きましょうか」

 

………これが、俺の残した結果。俺がこの世界にもたらしたもの。今の紅魔館の姿が、この世界への変革の証だと言うのなら――見定めようと思う。

紅魔館という、家族の形を。

 

「やっはろー、レミリア。それにこぁさん、美鈴も。元気にしてたかな?」

「まぁね。変わりないようで何よりだわ、凜」

「それにしても、タイミング良かったですねぇ。内々のパーティーだから、誰も呼んでないはずなんですけど〜」

「まぁ、それは俺も同感だぁね。思いつきも思いつき、いきあたりばったりの旅路の中で偶然にもこんなことがあるとは、思わなかったぜ」

「旅路?凜、なにか旅行でもしてるの?」

 

そう美鈴に問われて、一瞬どう返答したものかと考えた。勿論本当の事など言えるわけないし、言っても強制力が働くだけだ。

まぁ……誤魔化すしかないよな。

 

「まぁね。ちょっと幻想郷を巡ってみようと思って」

「それはまた急ね。霊夢と喧嘩でもしたの?」

「………なんか否定すんのも疲れてきたよソレ。違う」

「ふぅん。じゃあ、なんで?」

「あは。なんとなくだよ、なんとなく。偶にはいいかな、ってだけさ」

「…………そう?」

 

微妙に訝しげな視線を向けられる。流石に理由もなしじゃ仕方ないか。説明しなきゃダメかなぁ……。

そろそろ夜も近い、というかほぼ夜だし。

どっかには泊めてもらわないとねぇ……。

 

「どうでもいいじゃない、そんなの!ねぇねぇお兄様!何して遊ぶ!?」

 

と、フランの声。

そのフランの声に毒気を抜かれたのか、他の住人も怪訝そうな顔つきを和らげた。

助かった………のかな。まぁここの住人(タチ以外)はフランに甘いから、彼女がイエスと言えばイエスなのだろう。

 

「遊ぶったってねぇ。今はパーティー中なんだから、料理食べるとかしかないと思うけどなぁ」

「この後よ、この後!一緒にお風呂入りましょ?背中流してあげる!」

「ふ、フラン様、流石にそれはちょっと……」

 

常識人美鈴からの苦言。俺もどうかと思う。

別にロリコンではないけど、流石に女の子と風呂に入るのははばかられる。

ロリコンではないけど(強調)。

 

「えぇ〜?いいじゃないですかー。凛さーん、私とも入りましょー?」

 

とはエロの化身こぁさんの言。もっとダメだろ。いやもっと過激なこともこぁさんとはあったから今更だけど。

 

「あら、いいじゃないの。こういうのを外では、『裸の付き合い』って言うんでしょう?」

 

と、何故か乗り気なレミリア。え、何お前ら、バカなの?なんでホントに入るみたいな流れになってんの?

 

「じゃあ4人で入りましょうっ!決まりっ!」

「いやいやいや……。入るわけないでしょ、フラン」

「えー。いいーじゃなーい。はいりましょーよー」

 

組んだ腕を揺らして、可愛らしく風呂での同席をねだるフラン。可愛らしいのは見た目だけで、バキバキと骨の軋む声がするが。痛いんだけど。普通に痛いんだけど。

 

「あーもー、うっとうしいなぁ。君もいい歳なんだから、分別くらい付けようぜフラン」

「あら、ろーかふぜんが進まないなら歳なんて関係ないー、なんて言ってたのはお兄様じゃない。忘れたの?」

「む……」

 

確かになんか誰かに言った気がする。フランではなかったと思うけれど。

ふむ、他人に嘘をつくのはともかく。自分に嘘をつくのは良くない気がする。

しかし俺の良識が美少女との同風呂(なんだこの単語頭悪っ)を拒んでいる………。そして心做しか美鈴や咲夜の目線が冷ややかだ…。

………よし。間を取ろう。

 

「よし分かったフラン。男に二言はない。条件次第で風呂くらい入ってもいい」

「ホント!?やったぁ!」

「ちょ、ちょっと凜?」

「まぁ待ちな。俺だってタダで言うことを聞く人間ではない。欲求には対価が必要だからな」

「なにかして欲しいの?あ、えっちぃ事?お兄様ならいいよー?」

「バカか貴様は。俺はロリコンではない」

「じゃあなんなの?早く言ってよー。お兄様とお風呂に入るためなら、どんな障害だって乗り越えてみせるわ!」

 

ほほう。なかなか生意気な事を言う。

何が彼女をそこまで駆り立てるのか知らないが、まぁいい口実だ。精々利用させてもらうとしよう。風呂なんぞ、今の俺にとっちゃどっちだっていいものでもある。

 

「俺の提示する条件は――――――俺と本気で戦って、勝つこと」

「―――――え?」

 

あまりにも予想外な答えだったのだろう。

フランが素っ頓狂な声を上げる。他の面子も、唖然とした表情を浮かべている。

 

「………お兄様。冗談よね―――」

「冗談?あは――――冗談ではない、ね」

 

霊力を垂れ流しにする。普段体内に押さえ込んでいる霊力が、溢れるがままに漏れでる。

そして表情は勿論のこと、微笑である――――強者は、常に笑っているものだ。

さぁ、演出はバッチリ。

ま、乗ってくるかは知らないけど――――余興としては十分だろう。

 

「―――――ふふ。ふふふ」

 

周囲が多少の緊張に包まれる中、笑声をあげたのはレミリアだった。

 

「面白いじゃない――――パーティーの余興としてはピッタリだわ。歓談も会食もいいけれど、やっぱり幻想郷はこうでなくちゃね」

「あは。でしょう?」

「でも、一つだけ聞かせてちょうだい。あなたは―――何がしたいの?」

 

何がしたい、か。

それはもちろん、答えを探すためだ。

俺が幻想郷にいる理由――――あるいは、幻想郷から帰る理由を。

見極めるために。

俺はより一層、幻想郷に親しまなければならないのだ。

だから今一度、紅魔館の有り様を見定めたい。俺が齎したという物を、見たい。

それが戦いという形で見えるかは、分からないけれど―――――。

ただ、それはやはり、彼女たちには伝えられない―――伝えたくもない。

ただ……嘘も、言いたくはないな。

 

「………特段、何かをしたつもりもないけれど。俺が君たちに変革を齎したって言うなら、俺はそれを見たい。そう思ったんだよ」

 

俺の言を聞いて、レミリア達はなにかただならぬ事を感じ取ったように神妙な顔つきになる。

しばらく沈黙が続いた後、口を開いたのはフランだった。

 

「……お兄様。何かあったんだね」

「………」

「答えられない事なんだよね、それは」

「………そうだね」

「そう。じゃあいい。聞かない」

 

そうフランが答えたのは、俺にとっては意外なことだった。

俺の知る限り、フランという少女は実直で、深謀遠慮とは程遠い存在だったからだ。

まともな交際をしたことのなかったフランの精神は、幼い子供のように不安定だ。

実際、初めて出会ったばかりの頃は本当に子供のようだった。姉への怒りも、狂気に窶す弱さも、手に入れたモノへの執着も、楽しさが終わってしまう淋しさも、全てはまっすぐに表現されていた。現在も表面上は変わっていないように思う。

 

ただ、違うのか。

彼女は変わっている。あの頃の彼女とは、違う。

生きて、いるから。

 

「ふふん。私にとっちゃ、勝てばお兄様とお風呂ってだけで十分よ!その後はトランプしましょっ!」

「………あはっ!それが出来たらいいねぇ。他の人たちは?はっはー、フランは風呂場で同席らしいが、多少の希望くらいなら叶えてやるぜ?勝てれば、だけど?」

 

俺のその言葉を受けて、他の連中も思案顔になる。高橋 凜という存在の背後にあるらしい、何かしらの事情も慮っているのだと思う。

暫くの沈黙の後、次に発言したのはやはりというかなんというか、目立ちたがりで我儘な彼女だった。

 

「私はやるわよ。面白そうじゃない。ねぇ?パチェ、そう思わない?」

 

そうレミリアが笑いかけた目線の先には、いつの間にやら戻ってきていたパチュリーがいた。

どうやら話はほとんど聞いていたようで、彼女は実に愉快そうにその問いに答えた。

 

「それは面白い冗談ねレミィ。本気で凜に勝てると思ってるの?」

「えぇ、思ってるわよ?でも、私たち2人だけじゃ、ダメかもしれないわね?」

 

そう言って、ニヤリとパチュリーに微笑みかけるレミリア。その言葉に含まれている意味を、俺ですら分かるのに親友のパチュリーに分からぬわけがなかった。

 

「………ふふ。相変わらずね、レミィは。我儘なんだから」

「当然よ。傲慢は、強者の特権なのだから」

「付き合う方はたまったもんじゃないわねぇ?くすくす……!」

 

そのまま、2人で笑い合う。そしてゆっくりと、パチュリーはレミリアの元へと歩いていった。

俺はこの2人の関係性を、曖昧にしか知らない。親友であると、どこかの記事で見た程度に知っている。

ただ―――――間違いなく、彼女達の間には信頼関係がある。長い時を過ごした者達特有の、雰囲気というものがある。

それは紛れもない、本物だ。

創作で、そう作られた故の関係性などではない。

 

「さて、これで3人かしらね?フランと、私と、パチェと………あぁ、これで全員だったかな?ねぇ咲夜、どうだっけ?」

 

もの問いたげに、レミリアは咲夜の方にそう投げかける。

はははは。

なんて分かりやすい煽り方だろうか。

しかしまぁ、その問いはやはり、彼女には効果的なのだろう―――――咲夜は少し口元を綻ばせながら、その問いに答える。

 

「あらお嬢様、数え間違えてらっしゃいますよ?」

「そう?じゃあ、何人なのかしらねぇ?」

「今は、お嬢様。フランお嬢様。パチュリー様―――――そして、私。計4人ではありませんか。忘れるなんて、酷いですわ」

「あら、本当ね?流石ね、咲夜。うっかりしていたわ」

 

レミリアと、咲夜。この2人は主従関係にある。

しかし、俺が幻想郷に来て間もない頃。紅霧異変の辺りでは、彼女達は決して強い信頼で結ばれた主従関係ではなかったと断言出来る。

 

優秀なメイド、とはレミリアは口にしていたけれど―――――彼女は咲夜の事を何一つ知らなかった。レミリアと話せば話すほど、それは強く感じられた。

だって、彼女には咲夜と過ごしたはずの話が、一切なかったのだ―――――彼女が知っているのは、ただただ仕事をこなすだけの咲夜の姿だけだった。

 

多くは、咲夜も同じだった。確かに、忠誠心はあった。彼女は人間だ、それも俺とそう年の離れた人間でもない。吸血鬼の館で人間が暮らすには、相応の物語が必要だ。何かしらの困難もそこにはあったのだろう。

だから、受け入れてくれた当主への忠誠は確かに深そうだった。

 

しかし、レミリアに彼女と過ごした記憶が無いのと同様――――彼女も、自らの主人との思い出はほとんどなかった。

紅魔館として何かをする時も、レミリアは意見を従者に求めることはなかったという――――それはとても、悲しいことのように思えた。

 

ただ、今は違う。

ただ仕事をこなすだけ、ただ自分を養ってくれているだけの関係では、もはや無い。

そんな風に、今のやり取りからは思えない。

当たり前だ。

家族なんだから。

家族を無視するなんて、有り得ていいものか。

 

「さぁ、咲夜が数えてくれたお陰で、今んとこ4人って分かったね。どう?その4人で行くかい?確かに、戦力的にはほぼ最大なようにも思うけど?」

「ふむ……」

 

レミリアは暫く考える素振りをする。

正直、残りのメンツは戦闘向けのメンツではない。1番マシなのが美鈴だが、彼女は武道家故に、どうしても対人向けの能力に寄っている。俺のような、対人外への対処力には少し欠けてしまっているのだ。

こぁさんは言わずもがなである。あの人ただの小悪魔だからね。しかもサキュバス。明らかに戦闘向けじゃない。

タチはもっと酷い。俺によって能力を全て封じられている彼に残されているものといえば、常人よりは優れた体躯と腕力のみだ。

レミリアの懸念も、そこだろう―――――あと人数が増えれば増えるほど、統率が難しくなるのもあるか。

 

「うーん、私は遠慮しておきますかねぇ。お嬢様達の足でまといになっちゃいますしー」

 

思案顔のレミリアに、こぁさんはそう声をかける。レミリアもそれは分かっていたのだろう、それにコクリと頷いて答えた。

その次に声を挙げたのが、タチだった。

 

「私も、やめておいた方がいいだろうな。下手に混じって、迷惑をかけるのも忍びない。今回は、観客に徹するとするよ。なに、これは余興なのだろう?リン」

「勿論、そのつもりだぜ。ただ遊びってのは、全力じゃなきゃつまんないからね。本気でやるけど」

「うむ。ならいいだろうよ。そういう訳だ、レミリア。今回は遠慮しておくよ」

「えぇ、分かったわ」

 

さて、これで残りは美鈴だけだ。

彼女だけは、いかんとも言い難い。前二人とは違って、最低限の実力は備えている。

彼女は少しだけ考えたあと、スっと手を挙げた。

 

「少しいいでしょうか?」

「………ふむ。いいわよ、美鈴」

「少し、凜と話しても?」

「一々聞かなくても。いいわよ、それくらい」

「ありがとうございます」

 

そう言って美鈴は、レミリアに向けていた視線を俺へと向けている。

その表情は、微笑を携えた穏やかな表情だった―――――俺が普段見ている彼女だ。

しかし、目線の奥には確かな意志を感じる。

 

「凜。ひとつ聞いてもいい?」

「お好きにどうぞ?」

「うん。あのね、凜。多分あなたは、お嬢様方を全員一斉に相手取るつもりなんだと思うけど」

「うん。そうだね。1人ずつだと――――相手にならないし」

「うん。だと思う。ただ私って、あんまり一対多って、好きじゃないんだよね。1の方でも、多の方でも」

「んー、だろうねぇ。武道家って、一対一の試合って形式を好むもんだと思うし」

「そうそう。だからね、私は―――――そっちがいいかな、って」ニコリ

 

―――――――おいおい。俺はどうやら、思い違いをしていたようだ。

俺は美鈴の強さを、正直紅魔館のメンツでは下から数えた方が早いレベルだと思っていた。彼女は単なる1妖怪。武術の心得こそあれ、幻想郷の中でも弱い部類だと思っていた。

 

ただ、違った。

物腰や表情は穏やかだけれど―――――体表から漏れでる『気』の強さは、俺の知る中でもトップクラス。妖力でいうなら、紫や伊吹、幽香にも匹敵する。

脂汗の滴る俺に、レミリアはクスリと笑って言葉を投げかける。

 

「あなたは知らないだろうけどね、凜。昔紅魔館は、悪魔の住む館として有名だったの。でも私たちが襲われたことって、殆どないのよ――――――だって」

 

正面から現れる連中は、全員。

美鈴がやっつけてくれてたんだもの。

 

そんな風に、レミリアは続けた。

美鈴の放つ『気』が、その言を何よりも雄弁に語っていた。

 

「あは――――――なるほど、ね」

 

どうやら彼女との戦いは―――――伊吹や幽香に並ぶような、激戦になるらしい。

美鈴は緩ませた頬をきつく締め上げ、俺に宣言する。

 

「あなたが今、何を抱えているのか知らないわ。そしてあなたは、それを口にしない。だったら―――――私が勝って、話を聞くわ。あなたはそれをしたがらないだろうけど――――それが私に出来る、あなたへの恩返しだと思うから」

「………余計なお世話だよ、美鈴。君には何も分からない。俺のことも、俺の事情も」

「ふふ。かもしれないね」

 

でも。

それは、あなたの力になろうとしない理由にはならない。

 

そう言って美鈴は、拳を高く構える。腰を重く下ろしたその雰囲気は、さながら肉食獣のようだ。どこから向かおうとも、彼女はその全てに反応してみせるだろう。

 

「余計なお世話、大いに結構。私はあなたのために、あなたを倒す!」

「…………あは。そうかい―――――紅美鈴。貴方を軽視したこと、心より陳謝申し上げます――――その実力に敬意を表して。全力でお相手させていただきます!」

 

 

 

 

 


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