東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
幻想郷巡り編、紅魔館ルートは終了です。一応予定と致しましては、白玉楼ルート、永遠亭ルート、地底ルート、天界ルート、守屋ルート、(無茶苦茶短いけど)地獄ルート、博麗神社で幻想郷巡りは終わりになります。
地味に長いです。しかも主人公が偶に鬱になります。それが終わり次第、最終章を経てこの作品は終わりになる予定です。更新も暫くの間は遅いので、忘れた頃に読んで下されば丁度いいかな?と思います。
―――――――ある、春の日。
2、3歳くらいの少年が、大きな庭らしき場所にいた。
女の子と何かを話しながら、一緒に砂で泥団子を作っている。
食べる?と笑顔で問う女の子。
少年はしどろもどろになりながら返答に困る。
くすくすと笑いながら、冗談だよと女の子は言う。なんだと、少年は胸を撫で下ろす。
ひとしきり遊んだ後、二人は別れた。ばいばいとはにかむ少女の笑みが、少年は好きだった。
少女と別れ、少年は帰路に着く。
自然と、その足取りは重くなる。
引きずるように歩く少年は、やがて自らの家にたどり着いた。
ただいまと、いつものように、彼は言う。
響いた声に返す者は、いなかった。
少年は靴を脱ぎ、居間へと入る。
居間の大きなテーブルには、何皿かの料理と、書き置きが残されていた。
"温めて食べて。今日も仕事だから”
少しだけ痛む心を誤魔化すよう、少年はその皿を手に取る。大きなレンジに全ての皿を入れ込み、数分間だけ加熱した。
あとは待つだけ。
少年はレンジの前で座り込み、膝を抱える。
そんな中で思うことは、一つだけだった。
あぁ―――――なんて。
つまらない。
side Rin
「………」
ぼやけた頭が、徐々に覚醒する。むくりと体を起こすと、次第に頭が冴えてきた。
まだ、日が登ってそう時間はたっていないようだ。朝の5時、と言ったところだろうか。
まだ寝れるってのに。癖だろうか。
冬の朝の冷たい空気が、じんわり汗で湿った身体を無理やり覚醒させる。
うん。
いい朝だ。
あれだけ血を吸われたのだ、気分は最悪なことだろうと思っていたが。少しだけ頭が重いだけで、どうにか今日もやっていけそうだ。
「……んぅ……」
ふと、隣から声が響く。すやすやと吐息を立てて眠るフランが、そこにはいた。
否が応にも、昨日の夜の出来事が思い浮かぶ。
………相変わらず。女の子が泣いているのは、苦手だな。彼女に正直であれなかった自分に、軽い嫌悪感が湧く。後悔はしていないが、それでも少し気にしてしまうのは、俺の気性なのだろう。
何となくその場にも居ずらく、外に出ることとした。ジャージなので、このまま外に出られる筈である。
「……はぁ。そういや元の世界では、冬は朝走ってたっけ。……久々に、走ってみようかな」
そうと決めれば、善は急げである。
どうせいつもと違って、朝飯の準備が必要って訳じゃないし。軽く紅魔館の周囲を二、三週回ってみよっかな。
幸いジャージなので、走るのにも向いてる。
すげえなジャージ。なんでもアリじゃん。
寝てよし散歩よしランニングよしじゃん。
ジャージってすげー。
「ふぅ、ついジャージ讃歌してしまったぜ。ふざけてないで、少し落ち着くか」
紅魔館の庭先に出る。
うし、と気合を入れ、念入りに体を解す。
昨日散々動かした体は、1度寝たせいもあってか、やや節々が痛かった。
ま、走れば治るよな。
そんな謎理論とともに、紅魔館の門扉を出た俺は軽やかに走り出す。紅魔館は湖畔に建つ館なので、走る景色は湖の光景で満たされていた。ここは森の奥深く故か、湿度が高く、よく霧が出る。だからこの湖は、霧の湖と呼ばれている。
冬の湖の上を通り過ぎた風は湿気を含んでいて、よく肌に馴染んだ。湖で冷やされたのか、非常に冷たかったが。
「はっ、はっ、はっ……っ、はぁー……」
そんなにペースは早くないのに、妙に息が上がるのが早い。こんなもんだったかな?
しかし、なんだか懐かしい。頬を撫でる寒風も、風を切る感触も、どくどくと鼓動する心臓も、全てが懐かしいように思えた。
いつだって、走れば何も変わらない。
走れば、何も考えずに済む。何か考えてしまうならそれは、ただ単に余裕があるというだけである。
全てが同じ走る感触。
しかしその中で1つ、以前と違うものがあることに、今更ながら気づく。
………隣に、彼女がいない。
「……っ、くそ、がっ、よ……!なにっ、柄にもなく参ってるんだか……っ!」
あぁダメだ。どうやら昨日から、俺の人生は一変したようだった。
下らないこと。切り捨てたこと。
もう一度手に取るという選択肢が生まれてしまったが故に―――――一々、思い出す。
いや、きっともうそれは、下らなくも、思い出さなくていいことでもないのだろう。
俺は今再び、俺が今いるこの幻想郷を知ろうとしているけれど―――なら同じくらい、元の世界での事も思い出さなければならないのだから。
ただ、俺にそれは、出来ない。いや、したくない。
俺にとって元の世界での思い出など、全て彼女に纏わるものでしかないのだから。
橘未亜。今の俺の根源で、最も俺に近しい人間―――――それは、『今でも』そうだ。
あの時、俺を救ってくれた彼女を――――俺は、今でも。
「あら。凜?」
「はぁ、はぁっ、はぁ……あ?」
何処からか響いた声に、俺は辺りを見回す。
その声の正体は、今しがた館から出てきたらしい咲夜だった。
手には、洗濯物らしきものをふんだんに詰め込まれた籠がいくつかぶら下がっていた。
「はっ、はっ、は……。ふぅっ、げほっ、ごほっ、うぇぇ……」
声に応じてずっと駆動していた足を止めると、自分が相当アホな速度で走っていたことがわかった。切れに切れた息がつまって、端を切ったようにえずきだす。
うわうわうわ。気持ちわりぃ!
「ちょっと、大丈夫?何してたのよ、こんなになるまで」
「いや…っ、ちょっと、ランニングを……ね?しようとっ、げほげほっ!ううう」
「ランニング?……それでこんなに?とりあえず、中に入りましょう。温かいものでも用意するから、ね?」
「くぅ……ありがとう……お言葉に、甘えるよ」
くそぅ。くやじい……いやさみっともない……。
早速ポカやらかしてんじゃねぇかよ……。自分の件で他人に迷惑かけてどうすんだ。
咲夜に肩を借りながら、俺は普段使っている食堂に案内される。まぁこの家の構造は何度も来ているから分かるのだけど、広すぎてよく把握出来ていない所はあるから良かった。
「ひとまず、この食堂についてる使用人用のシャワーを使いなさい。身体冷やすといけないから」
「……あは、食堂にシャワーとかついてんのか……。じゃ、お言葉に甘えて……」
咲夜の指さした方角の部屋に向かうと、確かに脱衣場とシャワールームがあった。
………それにしても咲夜のやつ、いつにも増して世話焼きだな。確かに面倒見のいいやつではあるのだが、ここまで尽くすような奴でもなかった気がするが。
まぁ、いいや………。脱ご。
ジャージのチャックを開き、中のTシャツを脱ぎ捨てる。
ぱぱっと全裸になった(この描写いる?どこ需要だよ)俺は、洗濯カゴに着ていた服をぽんぽんと投げ入れ、風呂場に足を踏み入れる。
シャワーのコックを捻ってお湯を出した。
「あづっ!?」
あまりの熱さにそう翻筋斗打ったが、次第に肌に馴染んだ。
身体が冷えていたのが、今更ながらに実感する。そりゃあ冬の風で、冷えすぎるまでに冷えているだろう。
「………あー……足いてぇ……つか頭いてぇ」
ぶっ壊した身体が急激に不調を訴えていた。我ながら馬鹿な真似をした。
………全て、無かったことにしてみるか?
俺にはそれができる。……それでいいのか?
いいわけが無い、よな。
とまで考えてから、少しだけ自嘲する。
何を怖がってんだかな、俺は。
とうに俺は、普通の人間ではないのに。
だとするなら、どんなにバケモノを重ねようと、今更のはずなのに。
どちらにも振り切れない自分に――――どうしようもなく、嫌気がさす。
「凜。着替え、持ってきたわよ。……凜?」
はっと声に気づく。どうやら脱衣場から咲夜が声をかけてきたみたいだ。反応がないのを不審がっているようである。
……ダメだな俺。考えなきゃいけないのはいけないのだろうけれど、それで人に心配をかけるのはダメだ。
「あー。ごめん、咲夜。ありがとう、なんか、そこら辺、置いといて?」
………入ってきたりしねぇよな。
昨日が昨日だったから、ふとそんなことを思った。ないない。
「えぇ。………」
返事は返ってきたが、何故かスモークガラスから覗く彼女の影は消えなかった。
あれ?
まさか予感的中した?
………いや、ない。ないだろ。ホントに。
「……咲夜?……どうかした?」
「えっ?……何か、言ったかしら?」
「いや……ずっとそこにいるから。どうしたのかと思って」
「……そんなに、居たかしら。ごめんなさい、すぐに出るわ。上がったら、声掛けて?」
少し焦った口調でそう残し、咲夜は脱衣場から出ていった。
なんだったんだ、今のは?
まぁ、なんかあったのだろう。彼女にも色々あるだろうし。
それより、少しは落ち着いたみたいだ。
今一人でいるのは、危ないということもわかった。参っている時は、人恋しくなるもの。
まだ、時間はある。幾らでも。
ゆっくりゆっくり、考えるだけの時間が。
うん。
取り敢えず暖まったし、そろそろ上がろうか。
ぴちゃぴちゃと水を垂らしながら、タオルで体を拭う。
洗濯カゴの付近に、肌着と例の執事服が置いてある。
普段の俺ならば、ぱぱっと俺の着やすい服装に変えているだろう。昨日の俺も何も考えず、この執事服をジャージに変えた。
……ただ。今は何となく、そんな気にはなれなかった。
ピッチリとした執事服は、多少動きづらかったが。………今しばらく、能力を使う気分にはなれない。
ほんと、どっちつかずなヤツ。
はぁ、と息をつく。もう戻ろう。
そう言えば、一つだけ気になった。
脱いだ順に洗濯カゴに入れた気がするのだが。
……なんで上着が上に来てるんだろう?
「上がったよ、咲夜」
「あら、おかえりなさい。ご飯出来てるけど、食べる?」
「………え。作ってくれたの?」
「まぁね。どうする?」
「んー。食べる」
「えぇ。じゃあ、少し待ってて。今装うから」
そう言って咲夜は、キッチンに戻り、準備を進める。
なんだか申し訳ないなぁと思いながら、俺は素直に食卓につくことにした。
他には誰もいない。
今は朝の6時だ。昨日は少し遅かったので、起きていなくても仕方ないか。
かく言う俺も、少しだけ眠たい。寝たのも天辺を回った頃だったし、当たり前だ。
それでも起きてしまうのだから、慣れというのは恐ろしい。まぁ仕方ないことだ。
それに、それを言うなら咲夜もだ。
そんな事を考えている内に、咲夜がいくつかの皿を抱えて戻ってくる。
「お待たせ」
「ありがとう。えーっと、トーストと、スープと、サラダ……と。これは何?」
典型的な洋食のソレだったが、その中で1つ、小皿に入った白いペースト状の食べ物だけ分からなかった。
「リンゴ。喉に良いかと思って、すり潰しといたの」
「へぇー……。わざわざありがとう。頂くよ」
カリッ。
小気味いい音を立てながらパンに齧り付くと、ふわりと柔らかな食感が出迎えてくれた。
あまり行儀は良くないが、トマトベースらしいスープに少しだけ浸して食べてみる。
うん。
美味い。少し酸味の強いスープとパンの素朴な甘みが非常によく合う。
透明なドレッシングのかかったレタスにフォークを刺して、1口。
むむ。少ししょっぱい。これは塩ドレッシングだろうか。幻想郷は海のない影響で、塩が多少手に入りにくい。故に、ドレッシングに塩を使うのは中々珍しい。
基本俺は和食派だ。なんならここ数年、朝飯に洋食を持ち込んだ事は無い。
しかしまぁ。
悪くはないと思う。たまになら。なんか裏切ってしまったような気もするけど。
まぁ和食に操を立てているわけではない。
「美味しい。流石だね、咲夜」
「ありがと。足りなかったら言ってね」
「うん。……いつも、こんな感じ?」
「まぁ。お嬢様とフラン様は夜行性だからね。昨日はパーティーだったから、私達に合わせてくれたけど」
へぇ。徹夜明けみたいなものだろうか。
だったら今暫く寝ているのかな?
………うん。今更ながら、両者ともに顔を合わせづらいな。なんなら起きないうちに出ていくのもアリなのか。
いや、ねぇか……。今は良くても今後がダメになるからな。
「パチュリーは?」
「もう少し後ね。魔法の研究しだいではあっちに持っていくこともあるけど」
「へぇ。ま、あっちにも炊事場はあったもんね」
昔、パチュリーにお粥を作ったことを思い出した。確かあったはずである。
「じゃあこぁさんもそんな感じか。タチは?」
「そうねぇ。私と違って食べなくても生きていけるから……。あんまり食べようとしないわね」
ははぁ。そりゃまた。
食べるというのは確かに生存手段だが、食事というのはそれだけじゃないのだが。
栄養が欲しいなら点滴でも打てばいいのだ。
多分、そっちのが合理的だろ。必要なもんを必要な分だけ採れる。
それでも人が調理をし、それを口にするのは言うに及ばず、楽しいからだ。
食事というのを栄養摂取と捉えず、タダのエンターテイメントとして捉えれば、食事は妖怪にとっても大切なものだろう。
人とのコミュニケーションの場でもある。
会食なんてのがわかりやすい例だろ。食べなくても話は出来るが、食べるという行為とともにした方が円滑になる。美味いもん食って酒飲んで気分よくなって話が回る、と。
んなもんで、妖怪だろうがなんだろうが、食っておくべきだと思うのだが。
今度タチに言ってみるかな。
「ふーん。そうなのか……」
「……そう言えばあなた、これからどうするの?」
「……うーん。どうしようねぇ」
「曖昧なのね」
「まぁね。行き当たりばったりだし」
「………だったら。少し、私に付き合う気は無い?」
「ん。付き合う……ねぇ。何すんの?」
「仕事。1人より2人、2人より3人って言うじゃない?」
へぇ。
その言を全て肯定する気にはなれないが、確かに使えるものはなんでも使うべきである。
流石に今日限りで、紅魔館は出ていこうかと思ってはいるが――――それまで何をやるかは、特に決まっていないのだし。
咲夜とイチャつくのもアリか。
「んー。良いよー」
「ありがとう、そう言ってくれると思ったわ」
「わはは。俺は使われたがりだからねぇ。奴隷根性が染み付いてるんだよ」
「ふふ。じゃあ同類ね、私と」
咲夜はそう言うと、柔らかな笑みで俺を見る。
その無邪気な所作に、少しばかりドキリとする。
まぁ、いつもの事っちゃいつもの事だが。
少しは自分の可愛さに自覚を持っていいと思うのだけど。
昨日が昨日だけに、自意識過剰な考えが湧いてしまうから困りものだ。
ま、切り替えていこう。
そうこうしているうちに食事も済み、一段落つく。足の痛みはやや残っていたが、頭痛はなりを潜めたようである。
………さてさて。
「ごちそうさま。美味しかった」
「お粗末さま。それじゃ早速、行きましょう」
「どっか行くの?」
「えぇ。まずは、昨日のパーティで減った食料品を買いに行きましょう」
そんなこんなでやって来たのが幻想郷の中心地、人里。
つまるところは買い溜めなのだろう、咲夜は何件かの店を回って、その都度買い足していくようだ。
人里には、いわゆるスーパーやデパート、或いはコンビニエンスストアのような総合店は一切存在しない。
そもそも人里の基本は自給自足で、客商売自体少ない。だから市場経済の起こりうる市場がない。交渉次第で値は幾らでも動くし、安定してモノが買えるとも限らないのが人里の実態だ。
店の種類で言うなら、多くは茶屋。喫茶店に近い感覚である。レストランのように扱われるのは、正直安楽庵くらいと言っていい。
そして調度品などを扱う小物屋。アンティークめいたものが多い。
無論、幻想郷もそこまで文明が遅れている訳では無い。精肉店や八百屋、米屋のような場所はちゃんとある。但し、安定した価格で売るように取り決めがなされている。
だからこそ、個人売買に人が流れる事もある。安く売れば買ってくれるって訳だ。
人付き合いってもんもあるから、タダってのもある。それを阻害する権利は誰にもない。
八百屋や精肉店などの価格は、人里内の役員(なんと、幻想郷にも議会めいたものがある。なれるのはいわゆる名士ってやつだが)が決める。その役員会の多くは八雲紫の協力者であるので、彼女の意向で決まると言っていい。
ゆかりんは外ともパイプがあり、農作物を様々なものと取引する。肉や魚、貴重な塩や胡椒といった香辛料が多い。
そう言ったものが欲しければ、彼女の系列の店へ行くしかない。そのついでとばかりに、野菜や米も売れる傾向にある。
自給自足と言っても、完全な自給自足は不可能なので、やはりその辺は助け合いである。
以上。人里の食糧周り事情でした。
「詳しいのね」
聞かれてもないのにペラペラと喋った俺に対して、咲夜はそう口にした。うむ。守護者としては当然の知識である。
ただまぁ、ゆかりんはあまり俺の事を使ってくれないので、ほぼほぼ独自調査によるものであったりするが。
「わはは。自分の過ごす世界のことくらい、知ってなきゃねえ」
「………自分の過ごす世界、ね」
「…………あは。何か言った、咲夜?」
「いえ。何も?」
澄まし顔でそう切り捨てると、咲夜は訪れた八百屋で物色を始める。
まぁ、聞こえてはいるのだけど。
………なんだろうなぁ、咲夜もなんか邪推してんのかなぁ。まぁあんだけ意味深な事したら、そうだろうなぁとは思う。
仕方ない。今後は事情は上手いこと誤魔化そう。
そんな事を決意しながら数々の店を巡る。
どさどさと、大量の荷物が増えていく。
終いには持ちきれなくなった。霊力で大量の買い物袋を浮かす。
どんな見た目してんだろ。超変なやつでは。
「おーい、咲夜さんやーい」
「何かしら」
「いやあ、まだ回るのかなってさ……」
「ふむ。限界かしら?」
少し挑戦的な笑みで、咲夜は笑った。
いら。
なんだか腹立つなぁ。
まぁ、どうだろう。今はでかめの袋が4つ浮いてるのだが。
霊力は帰るまで持つのだろうか。
これ以上増やせるのだろうか。
まぁ最悪、素手で持つという手もあるが。
「言ったなぁ。分かったよ、持つ」
「さすが。それじゃあ食料品はここまでにして、調度品でも買いに行きましょう」
いや終わりなんかーい。
ベッタベタのノリツッコミであれだけど、終わりなんかーい。
調度品ねぇ。これまた、中々用いない言い方をするが。日用品ってことだよなぁ。別に今じゃなくて良くねぇ?
………いやこれ、能力使わないとか言ってる場合じゃなくないか?手ぇ足りないだろ、どう考えても。
そんな不安は的中し、流石の俺でも霊力の消費が激しすぎて足りなさそうになってきた。
「ねぇー。咲夜さーん」
「何かしら」
「そろそろしんどいんですがー」
「あら。限界?」
いや殆ど会話が同じやないかーい。
はぁ、と息をつく。仕方ない、使うか……。
「事象を理想的にする程度の能力――――購入した全ての品物の位置を紅魔館大広間に」
目の前の大量の買い物袋が音もなく消える。
俺の能力による移動は物体の座標の変化であり直接的な移動ではない。だから中身に傷がいくことはないだろう。
それを見た咲夜は、満足そうに俺を見た。
「………やっと使ったのね、能力」
「なんだよ、咲夜。いつもの事でしょ、そんなの」
「そうね。だからなんでかと思って」
「なんで?」
「なんだか、使いたがってないみたいだから。あなたの能力なら、全部なんとでもなるのに。それをしたがらない」
………そりゃあなんつーか。確かに、この能力を傍から見れば疑問に思うことだろう。
言うなれば、願望を全て叶える万能器を手にしているようなものなのだ。回数無制限。規模無制限。ありとあらゆる事象を可能にする、超越者の異能。あのバカ神は言っていた。トップクラスの能力と。
なるほどそりゃあトップだろう。これ以上の能力があるとは思えない。
きっと、この能力はヒトが持つべきレベルの力じゃない―――――ヒトを超え、あるべき様を越える。
でも、俺は人間だ。知性があり、善性がある。ヒトとしてあるべき状態を、侵さないと思う心持ちがある。
だってそうだろう?
俺が魔王のような、完全たる利己主義を振りかざせばどうなる?
魔王ならば。
いつか勇者が止めてくれるだろう。
いつか正しい道に帰ることが出来る。
けど俺は?
………誰にも、止められないじゃないか。
その先に待つのは――――全てを超越した、その先に待つのは。
……………タダの、孤独だ。
それは――――耐えられない。
「………あは。それを知ってどうするのさ?知らない方が身のためだと、思うけどね」
「……どうもしないわよ、別にね。なんでかなーと、思っただけ」
「行き過ぎた力は、身を滅ぼす。ただそれだけだよ」
「ふぅん。あるものは使えばいいと思うけどね」
「……単純なこと言うなぁ。間違いじゃないとも思うけどさ」
そう、間違いじゃない。
自分の力を自分の好きに使って悪いなんてことは無い。
しかしその結果不利益が待つならば、それは別の話だ――――――ただ。
今のケースで、俺が得をするわけではない。
柄にもなく、ここにいない誰かに阿るような真似をしているのだけれど。
それを考えてみれば、やはり合理的でない――――必要のない配慮で、要らぬ面倒を抱えている。
「(バカだな、我ながら…あは)」
心の底から、そう思う。
けど、仕方がないではないか。
生まれた時からこんな万能を抱えて。
どう生きればいいのかなんて、分かるはずがない。
今までは、そんな事を気にすることは無かった。
橘未亜と交わした、幼い頃からの約束なんて意識せずにいられた。
能力も使えなくなって。平凡な数年間を、漸く享受することが出来て。
幻想郷に来て。かつては恨めしかった能力でさえ、当たり前のように駆使することが出来た。そしてそれを、彼女達は恐れなくて。
あぁ、俺は違うんだって。
もう小さい頃のように、力の使い方を間違わないんだって。
受け入れられたんだと思うのは、仕方がなかったじゃないか。
「…………私は、あなたはそれでいいと思うわ」
少しだけ逡巡して、咲夜が口を開く。
それでいい、か。少しばかり、今の俺には同意しかねる言葉だった。
それでいいかは俺の決める事で、咲夜にどうこう言われる筋合いなんてない。
彼女がそう思っても、俺がそう思わなければ意味なんてない。
そこまで考えてから、少し苦笑する。
何を攻撃的になっているんだろう。
ただ咲夜は、俺を気遣って、そう言っただけじゃないか。
勝手に尖って、勝手に傷ついて、勝手な物言いをして。
そんな人間のどこに正しさがある?
ただでさえバケモノなのに――――そこで『人間らしさ』を欠いて、どうするんだ?
パンッ!
空いた手を使って、頬を叩く。
「………すまん、咲夜。なんか俺、本調子じゃないみたいだわ」
「みたいね。……連れ出してみれば、少しは気も休まると思ったけど。辛いなら、今日はもう帰る?」
「……いや。大丈夫じゃないけど、大丈夫。お願いだから、もう少し。俺に付き合ってくれ」
「………えぇ。あなたが望むなら、いいわ」
「………ありがとう。よーし、荷物もなくなった事だし!今度は何を買いに行く?」
少し震えた口調で、咲夜にそう投げかける。
もう一度、仮面を手に取ろう。薄っぺらい笑みを浮かべるんだ。完璧になれなくてもいいから――――せめて、俺の理想とする
それが俺の―――――バケモノたる僕の。
生きていく上での、唯一のルールなのだから。
「……そうねぇ。そろそろ冷蔵庫が傷んできてるのよね。3トンくらいの大きいヤツ」
「え、それもう調度品ってレベルじゃなくない?」
「……ふふ。行きましょう、凜。なんなら手でも繋ぐ?」
咲夜は相変わらずに柔らかな微笑で、そんな風におどけた提案をする。その言葉が少しだけ意外で、奥底の気遣いが見透かせて。
心底有難いと思って―――――その思いに応えるように、ニヤリと口を歪ませる。
「……あは。似合わないぜ、咲夜。そんな煽り文句は――――俺が言うべきだろ?」
「全くもってその通りね。似合わないことしたわ」
「あはっ。でもま、ありがとな。ホントに手、握るかい?エスコート、させていただきますよ?」
「調子に乗らないの」ブス
「いった!え、何を当たり前のように刃物ぶっ刺してるの?痛いんですけどっ!?」
これでいい。偽りだろうと、仮面だろうと。
これだって、俺なんだから。
だから、もうこれ以上、考えなくていい――――――そうだろ、未亜?
この問いかけに、胸の中の彼女が応えることは、なかった。
「ぜー、ぜー……。こ、こんなに疲れたのはいつぶりだろう……」
抱えた冷蔵庫を、紅魔館のエントランスに下ろしてから、俺はそう嘆く。
この女、マジで冷蔵庫運ばせやがったぞ……頭おかしい。いくら能力である程度筋力強めてるからって、数トンの電化製品運ばせるか普通?転送してやろうかと思ったら、「そこに誰かいたらどうするの?」とか言って止めるし!
しかし当の本人はどこ吹く風である。
「お疲れさま。思ったより時間経ったわね。パチュリー様用の朝ごはんを用意しましょう」
「あっそう……。それじゃ、お役御免か?」
「何言ってるの?あなたも手伝うのよ」
「………はい?」
「うっそだろ……おかしくない?」
「おかしくない。ほら、じゃがいも煮えてるわよ。マッシュ急いで」
「はい……あ、マヨ切れてる」
………長い重労働の末。
あんだけ大変な思いをして、なお俺は働いていた。料理の手伝いだ。
皮をむかずにそのまま茹でたじゃがいもの皮を素早くむき(あちぃ)、木ベラで丁寧にマッシュする。
そこに下処理を施したにんじん、玉ねぎ、きゅうりを投入。買ってきていたマヨネーズと黒胡椒で簡単に味付けして……うむ。美味い。黒胡椒の辛みがたまらんね。
って、なんで俺は真面目に料理の描写をしているんだ……?
まぁそんなこんなで(そんなこんなってなんだって?そんなこんなだよ!)何個かの料理を作った俺と咲夜は、それを大図書館まで持っていく。
「パチュリー様。失礼します」
ギィ、と古びたドアを開け、中に這入る。
そこにはパチュリーとこぁさん、タチがいた。
パチュリーはこちらを一瞥して、あら、と声を上げた。
「凄い格好ね、凜」
「ん?あー……コレか。どう、似合う?」
「そうね。馬子にも衣装って感じね」
「あは、元が微妙ってか?辛辣だなぁ、オイ」
「ふふ。パチュリー様ったらぁ、素直じゃないですねぇ。似合ってるならそういいましょうよー」
「何を馬鹿なことを言ってるの、こぁ?誰もがあなたみたいに、色ボケな訳じゃないのよ」
「えー、ひどいです〜。でもでもー、私はー、似合ってると思いますよー?凜さん」
「そいつぁどうもー」
会話が終わる頃には、クロスの引かれた丸机に皿を置き終わっていた。
三人は席につき、食事を始める。
「所で、リン。昨日のアレはなんだったんだ?」
と、タチは口にする。
うわ、こいつ皆が気を遣って聞いてないことを平然として聞きやがったぞ。
一瞬、空気がピシリと軋む。気にしないことに決めたとは言え、やはり返答には迷う。
「えー。何回も言わせないでほしいもんだなぁ。余興だって言ったろ?」
「む。まぁそうだが、それだけでもあるまい。意味もなく戦うわけもない」
「全く。君ってのは心がガキンチョだなぁ。口にしてないってことは、口にしたくないってことだぜ、タチ。そういう事は聞かないのがマナーさ」
「………ふむ。そういうものなのか、パチュリー、こぁ」
「まぁ。そんなものね」
「最低限ではありますけどー」
「(なんで私には聞いてくれなかったんだろう(´・ω・`)ショボン)」
「ふむ。それは至らなかった。すまないな、リン」
「いやいや。どんなミスも、2度しなけりゃミスじゃないからね」
これは俺の持論である。
大抵のミスは、1回目ならば許されてしかるべきだと思うのだ。知らなかった、気づかなかったで済まされないことも多々あろうが、やはり分かっていなかったというのは仕方ないことだろう。誰にだって初めてがあるのだから、ミスだってするさ。
ただし2回目はない。それは分かっていた上で、なおやっているのだ。
そりゃ、ただ反省が足りてないだけの馬鹿だ。
「まぁ、それはともかくさ。凜はいつまで居るの?」
そんな助け舟を、パチュリーが出してくれる。ありがたいことに。
うん、ちょっと変な雰囲気だったからな。
「今日でバイバイだ。ま、最後に少し咲夜の手伝いでもして帰るさ」
「ふぅん。それは殊勝な考えね」
「そういえば。パチュリーは何か望み、あるのか?後は多分君だけだけど」
「私?…………」
少しだけ考えるパチュリー。こぁさんはそれを見て、ニマニマと気味の悪い笑みを浮かべている。なんでかな。
しばらくすると、いえ、と首を振って、パチュリーは答えた。
「特にないわね。まぁ、これからも宜しくって事でいいんじゃない?」
む。何とも欲のないことだな。
まぁある意味、今の俺にとってはそこそこなし難いかもしれないけれど。
そう俺は納得したが、なぜかこぁさんが不満そうに声を上げた。
「えぇ〜?勿体ないですよー、パチュリー様ぁ!凜さんにして欲しいこと、本当はあるでしょう〜?うふふー」
「何言ってんのかしらね、この子は。ないって言ってんだからないのよ」
微妙にさっきの話とも繋がりそうな事を言いつつ嘆息するパチュリー。
まぁないってんだからないんだろうが。
ただまぁ、遠慮してるってんならそれは杞憂である。大抵の事は叶えてやれると思うし、頼まれて俺が気分を害するかって言ったら、そりゃあノーなわけで。
「無いってんなら無いでいいんだけどさ、パチュリー。遠慮してそう言ってんなら、言ってくれりゃいいんだぜ?」
「ほら、凜さんもこう言ってますし!言っちゃいましょう!言わぬは一生の恥だそうですよ、パチュリー様ぁ!」
「………いや、まぁ。そりゃ、無いことは、ない……けどさ」
あ、あるんだ結局。
なぜか頬が赤い。うむ、可愛いがしかし。
この状況でそんな顔をされると、何やら妖しい雰囲気になってしまうのだが。
………エロい事か?
エロい事なのか!?
………まぁ、冗談はさておき。
「じゃあ、どうぞ。大抵の事は叶えます」
まぁなんだ。パチュリーの事だし。
そんな非常識な事はしないだろう。本人も言っていたが、パチュリーはこぁさんと違って理性的なのだし。
ひとまず聞く姿勢を作ってから、パチュリーの言葉を待つ。なぜか周囲も完全に静まり、皆一様にパチュリーの言葉を待っていた。
謎の注目に、更に頬を朱色に染めたパチュリーだったが、照れ臭そうにそっぽを向きながら、口を開いた。
「………暇な時でいいからさ。その……もう少し、遊びに来てほしい…かなって」
「…………へ?」
「いや、その……うん。前はもっと来てたじゃない。魔法の勉強とかさ。でも、最近はあんまり、来てくれ……来なくなったじゃない?」
「いや、うん。そうだね?」
最近、というかここ数カ月はそんな感じだ。
理由としては、行き先が増えたってのが1つ。
ただ単に、来たばかりの時よりは多方面にパイプを作っちゃったから、紅魔館に遊びに行く確率は減ってしまったということだ。
もう1つの理由は、ゆったり過ごすのが癖になってしまったからである。
茶を飲んで煎餅食って偶には料理して買い物して人助けして、といった一連の流れが、根付いちゃったと言う感じだ。
だからまぁ、紅魔館に行くことはそんなにないと言える。ひと月に一回……くらい?
あ、あとは魔法は大体覚えたからというのもある。学問なので、学べばそれでそれなりに扱えるものなのだ、魔法。
独自の魔法には独自の魔法理論が必要になるので、きちんと学ぶには膨大な時間がかかる(現に、パチュリーはアレでも100を超えているが、それでもなお魔法の研究は続いている)のだが、まぁ基礎魔法なら誰でも身につけられる程度のものだ。
「だから……あの、なんて言うか……少しだけ……寂しい、って、いうか………」
………。
…………………。
……………………………………。
…………………………………………お、おぉ……。
あまりの可愛さに、少しばかりフリーズしてしまった。
そ、そっか………。寂しい、かー。
それはなんというか………うん。
「その……うん。そりゃあ……うん。悪かったね……次からは、もうちょっと来る、よ?」
「………えぇ。嬉しいわ。………うん」
「「…………………///」」
な、なんだこのピンク色の空気は!
可愛すぎかっ!どうすればいいんだ僕は!
ハッ、やばい!せっかくの設定付き一人称が乱れてしまっているッ!
このほわほわ空気に、完全に呑まれてしまっている俺達。
あのタチでさえ、「いや、これは中々……うむ」と笑う始末!
そんなアトモスフィアをぶち壊したのは、やはりこの方、小悪魔さんであったっ!
「あー、もうっ!パチュリー様、可愛すぎですーっ!!」
「ちょっ、こぁっ!どこ触って、ひゃんっ!」
こぁさんはパチュリーに突撃し、何やら宜しくないことをし始める。
おぅふ。コレは凄まじい。
紳士としては目を逸らすのがマナーだが、そうは言っても見てしまうな、コレは。
………うん。逆に冷静になった。
………ふー。よし俺、落ち着け。
クールになれ高橋凜一。彼女に他意はない。
確かに昨夜美少女二人からの告白を受けたとは言え、やはりアレはレアケース。
自意識過剰はそこまでだ、俺。自分が誰かに好かれていると思うなよ?
大体そういうのって、「あ、ごめん……そういうつもりじゃなかったんだけど……ごめん」ってなるのがテンプレだぞ!
「あーもうっ!いい加減に離れて!」
「ひでぶみッ!?」ドォン
決意を新たにしている間に、こぁさんは炎熱の魔法サマーレッドと共に、大図書館の隅っこへと吹っ飛ばされていく。
「いい……人生だった………がくっ」
「全く………兎に角、凜っ!」
「はっ、はいっ!」
「そういう事だから!いいわねっ!?」
「え?そういう事とは………」
「い、い、わ、ね!?」
「い、いえす!御心のままに!」
「よろしいっ!分かったらとっとと出てくッ!」
バタン!
爆音とともに閉められたドアで、俺は廊下にほっぽり出された。
同時にほっぽり出されていたこぁさん(何故だろう)に、少しだけ同情しないでもなかった。
いやまぁ。そうだね。
お呼びとあらば、これからも彼女の元へ通ってみるのもいいだろう。
なにせ当人のお墨付きだ、迷惑とも言うまい。
「平気?凜」
咲夜が大図書館から出てくる。
「うん。まぁ」
「………あなたって人は、なんというか。なんでそんなに人に好かれるのかしらね?」
「えー……さぁ?俺は俺の思うようにしてるだけだし………」
「まぁ、いいけどね。じゃ、次の仕事、いきましょうか」
「仰せのままに」
そんな風に、慌ただしく紅魔館での時間は過ぎていった。特筆するべき何かもなく、ただ只管に咲夜の仕事を手伝うだけだった。
しかし、1日そうしているだけでもどっと疲れるような仕事量ではあった。
小間使いとしてタチや、妖精メイドは居るけれど――――単純な作業にしか向かない彼らに指示をするだけでも、それは大きな負担だろう。
素直に、咲夜というメイドの優秀さに感じ入るばかりである。紅魔館は彼女で持っている、本当にその通りだと思った次第だ。
「ズズ………うん。美味しい」
スプーンに掬ったカレールーを啜って、うん、と頷く。まだ4時と言った所だが、まぁカレーは煮込んだ方が美味いのだ。
流石は紅魔館と言うべきか、スパイスの類も群を抜いて貯蓄があった。
ある程度料理を嗜んだものなら分かると思うが、新しい香辛料というのは中々創作意欲を掻き立てられるというものだ。
「出来たかしら?」
「咲夜。うん、出来たと思う。コリアンダー?っていうスパイスがいい匂いで。サッパリ辛い感じ?」
「ふぅん………ねぇ、味見、いいかしら」
「どうぞどうぞ」
スプーンでひと掬い。
せっかくなので、ちょっとカップルっぽく息を掛けて冷ましながら、咲夜にずいっと差し出す。
ちょっと恥ずかしそうだったが、咲夜はソレをパクッと口に入れる。
「……ん。美味しい」
「それは良かった。皆に振る舞うものなんだから、ある程度出来は良くないとね」
「えぇ。……それにしても、カレーだなんて。わざと?」
「さぁ、どうだろうね?別に、他意はないつもりだけど……」
「ふふ。懐かしいわね、あの異変は。あれからずいぶん経つわ」
紅霧異変。もう何年も前の事だ。
あの時とは趣が違うが、あの頃にも1度、カレーを振舞ったことがあった。
………今思うと、我ながら阿呆だな。
何がお裾分けだよと。
しかしまぁ、彼女にとっても俺にとっても、思い出深い異変ではある。
俺にとっては言うまでもなく、最初の異変であり、まだ不慣れで苦労もあった異変だし。
彼女にとっても、多くの事が変わった異変であったろう。
無論、得がたい友人を得た、大事な異変でもある。
「あの時から、あなたって人はおかしかったわね。あの当時、それなりの覚悟でお嬢様は異変を起こしたって言うのに。あなたってば馬鹿ばかりしていたもの」
「あー、ひどいなぁ。俺だってそれなりーに頑張ってたんだからね?」
「ふふ。それも知ってるけど。それだけ、あなたは衝撃的だったってこと」
「はぁん、なんだか何とも言い難い評価だぁねぇ。褒めてんのか貶してんのか」
「褒めてるわよ、もちろん。……もう行くの?」
そう。
咲夜の言う通り、俺は既に身支度を済ませ、荷物を紅魔館の玄関先まで運んでいる。
次の宿を探すには、丁度いい頃合だろうというわけだ。
因みに、合間を見つけて博麗神社の自室にお邪魔して、一通りの衣服は揃えてきておいてある。いやぁ、流石に着の身着のままで旅行なんて、するもんじゃないねぇ。
「まぁね。俺は早めの行動が好きなのさ」
「フラン様には会っていかないの?」
「あん?起きてるなら、少しは挨拶もしようかとは思うけれど―――なんでフランだけ聞くのさ?」
「………その。フラン様が、あなたが使ってたベッドで寝てたから。『そういうこと』……かなと。ほら、ああ見えてフラン様だって大人だし。そういう事も……あるのかなってね」
とっても気まずそうに、咲夜はもじもじとそう言う。
あー………そういう感じ?
そうね、色々あったもんなぁ昨夜は。
「そういうこと、ねぇ。うん、多分咲夜の想像してるような事はないと思うぜ」
「………そう。そう……なら、いいんだけど」
「はっはー。そこで安心しちゃうと、まるで俺に他意があるみたいだぜ、咲夜?」
「……………………」
何故か黙りこくる咲夜。
あ、またいらん事言った?
ホントに他意があっちゃったやつ?
偶にやるんだよな。冗談で口にしたことがホントで、そこから告白ー、みたいなやつ。
いやまぁ、ないよない。
考えてみろよ、昨日あんな最低な真似をした人だぜ。
フランは分かる。リアもまぁ、許容範囲だ。
ただなぁ。咲夜はないよなぁ。
……………といいつつ、何やら胸が騒ぎ出してはいるのだけれど。
「………咲夜さーん?」
「……さぁ。どうかしらね――――どっちだと思う?」
…………何やら怪しい雰囲気。
そう取れとも見えれば、そうでないと取れとも見える。
……なんで最近、こんなに恋愛の駆け引きみたいなのやってんだろう俺。
「逆に聞くけど。どういうつもり、かな?」
「どういうつもりも何も無いわよ。ただ、聞いてるだけ」
「あは。そう。じゃあ、ノーだと言っておこう」
「なんで?」
「あは。何故か?そりゃあ決まってるじゃない―――俺が、そうじゃないと思いたいからさ」
相も変わらずの薄ら笑いで、俺は咲夜に笑いかける。
遠回しで、それでいてハッキリとした、拒絶。
…………俺は、誰とも一緒になるつもりはない。
いいや―――――俺の心がそれを拒んでいる限り、俺は誰かと一緒にはなれない。
理解し合えない恋人関係には、なんの意味もない、のだから。
そう告げるのが、正しいことなのだろう、きっと。
俺には、それが出来ない。
昨夜、フランを傷つけるのを恐れて突き放せずにいたように。
否―――傷つけた結果、嫌われるのが恐ろしかっただけ、だ。
あは。
結局、紫の言う通りか。
敵わないな、彼女には――――――――。
「そう。案外臆病なのね、あなた」
「………自覚はあるよ、あるだけだけどね」
「いいんじゃない?それならそれで」
それきり、咲夜は何も喋らなくなる。
………なんだったんだろうなぁ。
というか、答えはどうしたって。
別に、どちらだろうが構わないけど―――――ふっかけるだけふっかけて、それはどうなんだ?
暫く頭をかきながら、そんな風に困惑する。
「行かないの?そろそろお嬢様、起きてくるけど。待つの?」
「えー……あー。まぁいい、か、な?」
何とも釈然としなかったが、もう気にしないことにした。
気にしたって始まらんわな。
……さてさて。お眠な吸血鬼二人とは気まずそうだし。
然るべき措置をとって、退散致しますか。
side.other
「『拝啓、リア。起こすのも忍びないので、ひっそりと退場させてもらうね。少し、色んな人と会って、話をしてみようと思うよ。いつ出るか分からん結論だけど、気長に待っていてくれればと思うね。そんじゃまた。草草不一』」
「『拝啓、フラン。起こすのも(ry。うん?手ぇ抜くなって?そりゃあ失敬。まぁ、なんつーか。君とはもう十分話したと思ってるから、特に何も言うことはないかな?……と思ったけど、それじゃ味気ないよね。じゃあ……うん。君は、大丈夫だと思うよ?どうなっても、何とかしてしまうくらいに。君はもう、強いんだからさ?だから―――大丈夫さ。草草不一』」
パタリ、と。
とある紅魔館の一室で、寝惚け眼の吸血鬼二人が手紙を閉じる。
咲夜によって、起床とともに手渡されたソレは、かの守護者からのものである。
示し合わせたように二人は、お互いの目を見合わせ、神妙な面持ちになって言葉を交わした。
「ふむ。やっぱりフラン、聞いてたのね。何となく分かってたけど」
「うん。……お兄様。大丈夫かな」
「さぁ。分からないけど――――ま、なんとかするんじゃない?信じましょうよ、私達の好きな人を」
「……そうだよ、ね。………あれ?今なんか、とんでもないこと言わなかったっ!?」
「くすくす。さ、ご飯よフラン。私は先に、行ってるわね?」
「ちょっと!?うぅー……絶対絶対、渡さないんだからねーーー!!!」
………姦しい姉妹の戯れを最後にして。
凜の巡礼の1つが終わりを告げる。
紅魔館。
多くの絆を紡いだ、かの守護者にとっての大切な場所。
そこから何を得て、何を決めるのか。
未だ見えぬ結論を求めて、凜の旅は、続く。