東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
「………」パチリ
頬に感じる冷たい空気とともに、ふと目が冷める。いつもとは違う天井。
ムクリと体を起こすと、ぼんやりとした頭が徐々に覚醒していく。
枕元に置いてある、月で買った腕時計を見る。
時刻は4時52分。少しだけいつもより早いが、凡そ普段通りの時間帯だ。
散歩でもするか。
寝巻きを脱ぎ捨て、いつも着ている高校の制服を身に纏う。
制服っていいよな。楽で。
うちの制服はブレザーで、紺色ベースの白ラインという、少しシャレオツな制服である。
なので普段使い抜群だ。うむ。
部屋を出て、白玉楼内を少し散歩する。
途中、何人かの使用人が声を掛けてくれた。
その多くは亡霊で、多少なりとも会話が成り立つ人ばかりだった。
おはようございます、と挨拶を返して、散歩を続けていると、ふいにヒュン、と風を切る音がする。
何だこの音と思った俺は、その音源を探ってみることにした。
その音は、どうやら白玉楼の裏手から聞こえているようだった。
見に行くとそこでは、袴らしき服に身を包んだ魂魄が、一心不乱に剣を振るっていた。
「魂魄」
「え……あ。凜さん……おはようございます」
「うん、おはよう」
「早いんですね、起きるの」
「まぁね。霊夢が起きるの早くてさ。癖で」
「そうなんですか」
「うん。朝から熱心だね、修行?」
「えぇ、まぁ……日課なので」
「ふぅん。いつもやってんだな。邪魔しない方がいい?」
「いぇ、別に……誰が居ても構いませんよ?やる事は変わりませんので」
「そっか。じゃあ、見ててもいい?」
「えぇ」
そう言うと魂魄は再度、刀を振るう作業に戻っていった。俺はそれを、裏庭の軒下で見ていることにした。することがないってのと、少しでも幻想郷の住人といたいというのが重なったからだ。
ヒュン。ブゥン。
どうやら、実戦をイメージした修行らしい。
上段に斬ったり、突いたり、足払いをしたり、当身をしたりと……かなりバリエーションにとんだ動作をしている。
剣士の弱点は、刀の届かない中から遠距離の攻撃だ。そして、刀を満足に振るえない超近距離の攻撃も苦手とする。
中から遠距離は、魂魄妖夢の得意とする縮地法で対応出来るだろう。因みに縮地を平たくいうと、高速移動の技だ。
超近距離への対策が、足払いや当身と言うことだろうか。
暫く見ていたが、何となく思ったことがあったので魂魄に言ってみることにした。
「ねぇ、魂魄」
「………ふぅ。なんですか?」
「君さぁ……あんまり刀、向いてないんじゃない?」
ピシリ。
俺がなんとなしにそう言うと、魂魄はしばらくの間フリーズした。
あれ?
もしかして俺、地雷踏んだ?
そんな予感を感じながらも、魂魄のフリーズが解けるのを待つ。
魂魄はプルプルと震えながら、徐々に言葉を捻り出してくれた。
「どうして……そう思います?」
「え、えっとー……。まぁ俺、刀には詳しくないけれどさ……。刀の強みって、近距離じゃない?」
「それは……そうですね」
「の割に、君はなんかこう……近距離を維持することに目を向けてなくない?苦手な超近距離に対応するばっかで……しかも大分慣れてるように見えるし。じゃあ刀じゃなくて、短刀でも持った方が強いよねって……思ったん、だけど……」
「………」ズーン
言葉を重ねるにつれてどんどんと表情の翳る魂魄に、流石の凜さんと言えども言葉尻が萎む。
いや、まぁ。こうまで沈むとは思ってなかったな。
多分、図星なのだろう。
いやだって。
強みを活かさないならカバーすべき弱点のない武器を用いた方がいいだろう。
そも、刀ってのはすこぶる殺傷効率の悪い武器なのである。
重いし。手数は少ないし。レンジは広いけれど、内に入られた時の対応力は乏しいし。
それを補ってあまりある近距離戦での強みがあるから刀使いは居るのだ。
その点短刀とかナイフとかって、使い易いぞー?超近距離から近距離での使い勝手もさることながら、投擲にも向いている。
縮地によって高速で距離を詰められる魂魄との相性は、どう考えてもいい―――――のだが。
こうにもダメージを受けられると、なんか悪い気もしてくるな………。
「あのー。魂魄ー?」
「………何度も言われてるんです、ソレ。分かるんです、そして」
「あぁ、そうなんだ……」
「でも、私は刀が……お師匠から教わったこの武器を使いたいのです。なので、得意を伸ばす剣技を身につけたいのですが……」
「ん。ちょっと待って。刀で近距離を維持し切ろうと思ったら、女の子の腕力じゃ厳しくない?」
近距離を維持するのに必要なものは凡そ考えられるのは2つ。
相手との間合いを調整するために必要な体捌きのスキル。
そして内に入り込もうとする相手の攻撃をいなし、連撃を捌ききれるだけの剣術のスキルだ。
前者はクリアできると思う。むしろ小柄な魂魄なら得意分野である。
しかし後者は絶望的だ。日本刀はべらぼうに重いので、相手の速度に対応するにはそれなりの筋力が必要となるだろう。
そも、熟練のナイフ使いと熟練の剣士なら、ナイフ使いの方が強いしな。もはやハンデのレベルである。
俺も偶に剣を使うが、アレは霊力で出来てるので殆ど重量はない。だので、俺でも至極簡単に扱える。
そんな俺の主張に、魂魄は重々しく頷く。
「はい。何度も鍛えてみたのですが、どうにも出来ないようで……もうお師匠も居ませんし。自分の至らなさが不甲斐なく、こんな事では、教えてくださったお師匠に顔向けできません……」ズーン
………本気で沈んじゃったなぁ……。
ふむ。重いせいなら、俺がスキルを掛ければ殺傷力を維持したまま軽くすることくらいなんてことはないのだが……。
そんなんで強くなっても、なぁ。
魂魄は納得しないだろう。
こういった手合いに必要なのは、努力次第で改善できる、適度な難易度のミッションなのだが………。
俺は剣術には明るくないし。
力はどうしようもねぇし。日本刀が重いのも仕方ないしな。使い勝手が悪いのも事実。
俺なんかは捨てて得意なエモノに切り替えるのが効率的だとどうしても思ってしまう。
練習でどうにかできるレベルに下げるのは難しいかもしれない。
「えーっとー。ちょっとその刀貸してくれるかな?」
「……はい」
魂魄の刀を借り、少し構えてみる。
うへぇ、おっも………。
ちょっとだけ振ってみるが、体が刀に引っ張られるような感覚を覚えた。こりゃあ素人に振り回すのはほぼ無理だな。
「事象を理想的にする程度の能力――――筋力をプロボクサー並みに」
筋力をちょろっとだけ増強してみる。俺はコレでも鍛えてる方なので、腕力だけならそこまで大差ではない。精々ヒトの出せるレベルの力だしな。
が、やはり、少しは振りやすくなった。
両手でしっかりと力んでしまえば、そこまで振るうのに苦労はない。もっと上げれば軽々振り回せるだろうし、対応力もより上がるだろう。
さてこれを筋力を上げずに解決すんのか。
うん。
無理だな。
俺じゃなきゃ分かるんだろうか。剣の達人にでも聞けば、何かしらの解決法は見つかるのだろうか。
「…………えっとー。だねぇ……」
「はい」
「………うんと。で、でもさぁ。試してみたとは言っても、実戦形式で何度も練習したことは無いんじゃない?」
「それは……そうですね」
「ほら、練習台がいないと勝手の利かないとこあると思うしさ?俺でいいなら戦う相手にくらいはなるよ」
「!!ぜひ!」ガバッ
キラキラとした目で俺の手を取る魂魄。情熱的だなおい。
まぁ、何処まで変わるのか分かんねぇけどな……。何せこちとらど素人である。
「よーむー。どこー?ごーはーんー」
ゆゆちゃんが魂魄を呼ぶ声が聞こえる。
ん、そこまで魂魄の特訓見てたかな……。
「とりあえず、魂魄。朝ごはんの準備しようか。その後にしよう」
「はい!いっぱい食べてたくさん練習しましょう!」
おう、テンション高いな。
ちょっと引いてしまったが、喜びのあまり手を取ったままの魂魄がひどく可愛かったので。
まぁいっか、と思う俺なのであった。
朝ごはんを終えたあと、白玉楼の中庭へと移動した俺と魂魄。
枯山水の見事な庭園なのだが、ここで運動しても良いものなのだろうか。
「えぇ、大丈夫です。後で直しますので」
「へぇ。そりゃあ凄いな……まぁあまりに酷いようならスキルで元に戻そっか」
「ねーえー、まーだー?」バタバタ
縁側から、ゆゆちゃんのヤジがとんでくる。
話を聞きつけたゆゆちゃんが見せてと言うので、稽古に謎の観客がついている。
「あんまりうるさいと、ほっぽりだすからねー」
「はーいー」
まぁ、ヤジも飛んできた事だし。
そろそろ始めるか………。練習台となるからには、それなりの能力値にしておかなきゃな。
どうがいいかねぇ………。そうだな。
一番良いのはこの辺か。
「事象を理想的に――――――俺の身体能力を、吸血鬼並に」
ぐわん。視界が若干眩む。
うん。なんだろうな、この感じは。鬼化も天狗化もしたことがあるけど、吸血鬼化はなかったからな。
微妙に強い感じするな。
同時に、二本の霊力で出来たナイフを作り出し持つ。
「じゃあ魂魄。今から何回か連撃してみるから、その剣を使って捌いてみて。可能なら切り返していいよ」
「はい!よろしくお願いします!」
しかし、俺もある程度は魂魄の動きを見れるようにしねぇとな。
事象を理想的に―――――俺の思考能力を天狗並みに。
うし――――――いくか。
魂魄との数メートルの距離をジグザグに走る。ここではそこまでのスピードは出さない。魂魄との距離が半分縮まった所で、手にした二本のナイフをいきなりぶん投げる。
二本の銀線が、それなりの速度で魂魄の両目へと向かう。
魂魄は剣を一閃させて、投げられたナイフをたたき落とす。それはまぁ予定通り。
「―――――!」
ほぼナイフに追従するように動き、横へ体重が乗っている魂魄の腹部へ新しく錬成したナイフで突きを放つ。
しかし魂魄は、左へ向けられていた剣先を素早く回転させ、ナイフの刃先に剣先を沿わせ、体を翻して後ろに突きのエネルギーをずらす。
ん、案外速いな……そりゃあ全速では無いけど、速度も威力もまぁまぁだと思うんだが。
じゃ、もう少しギア上げよっか。
「ほい、よっ、さ!」
流された突進のエネルギーを余さず活用し、上空に飛び上がる。
そのまま速度全開で魂魄の元へ切りかかる。
ふっと少し間合いをずらされ、その一撃は躱される。俺と魂魄の間に、若干の間が開く。
手のナイフと新しく錬成したナイフをぶん投げる。狙いは眉間、右腕、腹部、胸部の5つ。同タイミングで着弾するように速度は調整する。大きく躱すだけの時間はない。つかあんまり離れてないし。
魂魄は縦に刀を何度か振り、全てのナイフを打ち落とす。
そんなんは分かりきってること。
全てのナイフを打ち落とすまでの一、二秒の間に――俺は魂魄の足元へ潜り込んでいた。
「もらった――――っとぉ!?」
錬成したナイフを振りあげようとした瞬間。
魂魄の膝蹴りが眼前に迫っていた。
俺が上半身に射線を集中させたから、下半身に飛び込むだろうと先読みしたわけか――――――――だけど。
「のろいんだ―――よっ!」
振りあげようとした右手のナイフを離し、左に上半身をずらして膝蹴りを回避。
空いた右手で魂魄の襟を掴み、勢いのまま投げ飛ばす。
「ぐっ……!」
勢いがすぎて、地面に叩きつけるつもりが吹っ飛ばしてしまった。ので、吹き飛ぶ魂魄とほぼ同等の速度で追従し、軽く加減しながらもそこそこの速度で踵落としを落とす。
だが、それがどうやら良くなかったらしい。
ギンッ!
速度を落とすための一瞬の調整が体勢を整え直す時間を与え、魂魄は手の刀で俺の蹴りを止める。
うーん。これは………。
足りねぇな。
「整え直したその程度で――――妖怪の一撃を止めれると思ったら大間違いだよっと!」
全く問題は無い。止めた刀ごと、力づくで魂魄を地面へ吹き飛ばす。
そして追撃。2つナイフを錬成、魂魄に向けて投げる。
ん――――――でもこれは。
無理ぽよだな。
吹き飛ばされた魂魄に、あのナイフを弾くだけの余裕はないようだった。
「事象を理想的に――――あのナイフの霊力量を、ほぼゼロに」
ヒュン。
青く輝く投げたナイフが、一瞬で消え失せる。
ストンと俺も着地し、魂魄へと歩み寄る。
「大丈夫かー。怪我してないかー」
あ、流石にしてるっぽい。受身は取ったみたいだが、下が石だからいくらか打撲や擦過傷が見られた。
ちょちょいとその傷口に霊力を流し込み、自然治癒を促す。結構な量を送り込んだ成果か、すぅっと魂魄の傷や痣は消えていった。
「ありがとうございます」
「ふむ。悪い、ここまでする気はあまり無かったのだけれど。強かったから、加減が効かなかった」
「いえ……完敗です。流石ですね」
「んー……そうでもないと思うけどな。受けて返すっていう制約がなかったら、もう少しやりようもあったでしょ。普通は先手のが強いもの」
「それもそうですが……この試合はそういう趣旨ですし」
「二人とも〜。大丈夫ー?」
ゆゆちゃんから声が上がる。彼女の思っていた以上に激しい試合だったらしく、ゆるやかな表情の中に少しの不安が見えていた。
用意のいいことにタオルを持ってきてくれたので、有難く頂く。
「えっとね。とりあえず、俺が思ったことはね」
「はい」
「正直なところ、俺には十分すぎるくらいに強いように見えたね。もちろん、俺は適応流以外の技術は身につけてないから、俺のナイフ技術が足りないってのはあると思うけど。受け流しも出来てるし、先読みも十分だ。対応力は高いよ、刀の速度も十分速い」
「………はい」
「………ええっとー。何が足りないかって話だよね。うーん……っと」
これ、言っていいんだろうか。
真剣に強さを求めてる(たぶん)人間に対してこれを言って良いものなのか。
うーん。言わないといけない流れだよな。
あーあ、軽い気持ちで試合するなんて言わなきゃ良かったな………。
彼女がなぜ力を付けたいのか、それは分からないが。もし彼女が妖怪と切り結ぶとしたら――――――足りないのはただ一つ。
「ハッキリ言うよ。正直かなり嫌だけどね」
「はい」
「技術は十分。反射神経も十分すぎる。じゃあ何が足りないか」
「はい」
「君はね、軽すぎるんだよ。軽すぎるから、簡単に投げられるし押し切られる。かなり簡略化して言っちゃうと――――力が足んない」
「――――っ!」
魂魄が、拳を強く握りしめる。
そう。彼女に足りないのは、最初に思ってた剣を活かす立ち回り、つまりは技術ではなかった。
無論、刀より別のエモノを使った方が強いとは思う。しかし彼女は器用にも、刀を利用した十分な立ち回りをして見せた。そうであるならば、日本刀の重量を載せた一撃を鑑みればエモノとしての魅力はある。馴染んでいるならば今更変えるのも酷な話だし。
ただ力が足りない。早い話腕力がない。
しかしそれは、彼女のせいではない――――恐らく人間の女性としてはかなりのものではあるはずだ。大人の男くらいはあるかもしれない。
だから彼女が半人半霊である限り、彼女の実力は―――――――――打ち止めだ。
「「「…………」」」
重たい沈黙が齎される。
あー…………だーから嫌だったんだよなぁ。
向上心が強ければ強いほど、上のない辛さというものは耐え難いものになっていく。
俺はあくまでも素人だ。刀には詳しくないし、戦闘経験だって達人という程ではない。
だが――――――俺は守護者でもある。
魂魄からしてみたら、相当な実力者(に見える)だろう。そんな俺の下した結論だ。
そんなものは、タダの事実にしか見えない。
ガシガシと頭をかきながらも、俺はゆゆちゃんに目配せをする。
コレは一旦、1人にした方がいい。
「あは。ま、コレはあくまでも俺の意見だ――――君がどう思うかは君次第。一度ゆっくり考えてみるといいよ」
「…………はい……」
「うん。いいお返事だー。じゃ、俺とゆゆちゃんは行くから、ごゆっくりー」
組んでいた足を解いて立ち上がる。
ゆゆちゃんも意図を汲んでくれたらしく、相変わらずの所作で緩やかに立ち上がる。
「んーっと。あんまり気を詰めすぎないようにね、妖夢。体調崩しちゃイヤよ?」
「はい。ありがとうございます、幽々子様。……凜さんも」
「おー。何か用があったら、また呼んでくれ」
ガタン。襖を閉め、廊下を暫く行く。
縁側の部屋から大分と離れ、また中央の居間まで行ってから、ふー、と息をついた。
「あ゛ぁああー。つっかれたぁ……重たすぎだよ空気さ……」
「ホントねぇ。まぁ、ソレも当たり前だとは思うけど?もうちょっと言い方ってものがあるでしょうに」
「うー。ある程度は考えたけどさぁ。魂魄にとって一番ダメージが少なそうなのがアレだったんだよ……」
ああいった手合いは、下手にこちらが気を使うと察せられて、余計にストレスを与える羽目になる。だいたい。
だから一番マシなのがアレである。
まぁ、高々数回切り結んだ程度だ。それなりの審美眼があっても、正確性に掛けるのもまた事実。ソレも言っときゃ良かったかな……いやでもアレでだいたい分かったんだよなぁ……。
うーんと頭を悩ませてると、助け舟でも出すように、ゆゆちゃんはふぅ、と息をついてから口を開いた。
「……知ってるかしら?凜」
「?」
「私ね、コレでも剣術の段位、持ってるの」
「………………………え?」
なかなかトンデモな発言を零したゆゆちゃんが、すまし顔で続ける。
「元々妖忌の爺様は、私の剣術指南役なのよ。爺様が妖夢の面倒を見るようになるまで、ずーっと剣を習ってきたわけね」
「はぁ、なるほど……?」
「だから私、爺様の剣は良くわかる。そこから見て、なんだけどね。爺様の剣と妖夢の剣は型こそ同じだけど――――――本質は全く別」
「はぁ、本質。俺にゃあよく分からんが」
「爺様の剣は、あくまでも殺すためのもの。対して妖夢の剣は逆で、活かすもの。殺人剣、活人剣、って言うでしょ?」
「あー。あるね、そういうの」
志々雄〇実と緋村〇心みたいなやつね。
おぉ、久々に伏字使った。
「で。それが今何さ」
「だからね。要するに、腕力が足りないのも確かに事実なのだけれど――――多分妖夢は、人に本気で剣は振るえないの。構えた刀ごと吹き飛ばされたのも、咄嗟に構えた刃が峰じゃなかったから。日本刀の斬れ味は凄いからねぇ」
……………ふむ。
なるほど、なのか?
ゆゆちゃんの言いたいことは理解した。
このまま例え腕力をつけたとしても、魂魄が本気で刀を振るうことは出来ないだろうという事だ。
人を傷つけないということは、人を殺すということより圧倒的に難しい。
つまりそれは、実力の半分も出せないということに等しい。
紫や伊吹、幽香さんのように、能力や経験にかなりのアドバンテージを持っている存在ならば可能だろう。
が、魂魄には無理だ。
…………仮に、そうだと仮定して。
人を活かす剣。相手を殺すのではなく、無力化させることを目的とする剣。
魂魄のソレは、じいちゃんのモノとは違うらしい。
だとするならば――――――なぜ彼女は、力を求めるのだ?
祖父の剣に憧れ、自分もそのようにと思ったのだと。俺はそう思っていた。けど違うみたいだ。
活人剣を極めるべく、より大きな力を求めているのだろうか。
………もしくは、単に強者への憧憬か。
どちらにせよ………ろくなもんじゃねぇが。
「魂魄はなんで強くなりたいの?」
「………………ええと」
シンプルな俺の疑問に、ゆゆちゃんは少し困ったように微笑んだ。
あ、ワケありだこれ。
「はい、当てます」
「……どうぞ?」
「親関係」
「………………凜……あなたって、ホント……時々、意味わからないくらい鋭いわね……」
あ、当たった。すげえな俺。
いやまぁ。推測だけどね。
じいちゃんへの憧憬でもなく、強さへの渇望でもないとすれば、いないと言った親関係かなーというのも、無理な話ではない。
「でも魂魄、物心着いた時にはいなかったっていってたけどね」
「………まぁここまで言ったからには話すけど……ホントは内緒なんだからね?」
心底仕方なさそうに、ゆゆちゃんは語りだした。
曰く。魂魄の親父さんは、分からないとのこと。魂魄が生まれてから、姿を消したらしい。妖忌も、母方の父らしい。
………んー。言っちゃ悪いけど、望まれない子、ってやつだったんだろうね。
ま、それに口は出すまい………それもまたアリ、だ。
そして曰く。魂魄の母親(妖華さんと言うらしい。いい名前だね)は、病弱で貧乏な生まれで、魂魄を育てるには厳しい状況だった。
……まぁそんなこったろうな、というのが初めて聞いた時の感想。んで父親に魂魄を預けたってオチだろうと。
しかし意外なことにそうではなかったらしい。
最後に曰く。魂魄の母親(そろそろダルいから妖華さんでいいかな?いいよな?いいって言えよ!)は、それでも懸命に魂魄を育てた。
森から食材を集め、川から魚を集め、人里で手伝いをして給料としてモノを貰ってたりしたらしい。
………しかしそんな生活には限界が来た。
元々病弱な妖華さんは、日に日に衰弱して行った。そんな妖華さんの力となるべく、魂魄はある日、森の奥に食べ物を取りに行った。
………スペルカードルール導入前の森だ。
この頃は既に妖怪権威の衰退期だが、それでも小さい女の子一人なんて、格好の獲物でしか無かった。
いなくなった魂魄を不振がった妖華さんが森へ入ると――――そこには、妖怪に襲われ血を流した魂魄の姿があった。
妖華さんは庇いに入った。もはや体は限界、せめて娘だけでも。そんな心持ちで、妖華さんは隠居していた妖忌の居場所を伝えて、魂魄を逃がした。
あとは想像通り。身寄りのなくなった魂魄は妖忌の元へ向かい、妖忌もそれを受け入れた。
………………………はぁん。
「なんつーか。うん。強くなりたい理由は分かったよ」
「……冷めてるわね、あなたも」
「いやぁ、そうだね。同情もするし、痛ましい話だとは思うよ――だけど敢えて言葉にする必要はないよね」
実際、言われたくもないだろう。今が幸せなら良いのだよ。
………まぁ言った通り。強くなりたい理由は分かった。そう思うのに十分な理由とも思う。
「ありがと、ゆゆちゃん。大体分かったよ、彼女の事情は」
「そう。それで、どうするの?」
「………んー。多分俺が何やっても無駄だと思う。というか、誰が何やっても無駄だと思う」
「…………ふむ。結局そうなのね。皆結論は同じ、か」
………まぁそうだよねぇ。彼女の気持ちに応えられる者は彼女だけだ。どう動くか、どう考えるかは自分次第――――周りにはどうにも出来ない。
それが俺の結論だった。どうやら彼女もそうらしい。もしかしたら、妖忌も。
…………………守るために強くなる、か。
何を守るというのだろう。もはや幻想郷という場所は、平穏に近しい。相対すべき脅威など、もはやこの世界にはないのに。
スペルカードルール。
八雲紫が考案した、人と妖怪の間を繋ぐ唯一のルール。確かに、完全に普及しているとまでは言えない。
力を持て余している妖怪はいるし、俺や紫の目の届かない所で、幾人かの人間は脅かされている。力を失いかけている底辺の妖怪は、誰かを傷つけることで力を付けようと試みることがある。
しかしそれも大したものでは無い。
年間に数人死のうが、幻想郷の運営に何の影響も及ぼさない。
だから―――――その魂魄の考えは、あまりにも時節に合っていない。
力をつける必要があるとすれば、管理側だけ――――――俺や紫、ゆゆちゃんが居れば、この世界は成立する。
……………まぁ、そんなのは俺の意見か。
力があるに越したことはないよね。
「………やれやれだねぇ。なんとも言えねぇ結論になっちまった」
「ま、そうねぇ……」
「とりあえず……魂魄に関しては、触れない方が良さそうだから。もちろん、彼女の方から何か打診があればそれは考えるけど」
「そう。好きにしたらいいわ。ああ見えて、妖夢も強い子だから……きっと、自分なりに折り合いをつけると思うし」
そんなゆゆちゃんの言葉に軽く同意しつつ、俺はもうしばらく、白玉楼という場所について調べてみることとした。
………別に、他意はないのだけれど。
先程のゆゆちゃんの話も、俺は全くもって知らなかったし、やはり幻想郷縁起等の資料には限りがある。外から見た姿と中から見た姿では、様相は異なる。
より簡単に言うとするなら、そうだな。
視察ってやつだな。
「幽々子様ですか。それはもう、出来たお方でございますよ。私のような一家政婦の亡霊なんざの名前までお覚えになっていらっしゃって。いつも声を掛けてらっしゃいます」
「妖夢さん。あぁ、それはもう優秀な方ですよ。炊事やら洗濯やら、庭の剪定やら、なんでも出来る方です。加えてお強い。完璧な人も居るもんですよねぇ」
「妖忌様。あぁ、先代の。物静かな方でしたなぁ。少なくとも、私のような矮小な存在とは話すようなお方ではありませんでした。どこへ言ったのか、ですか?はて、どこに行ったんでしょうなぁ。幽々子様も妖夢も何も仰らないものですから、とんと分かりません」
「白玉楼がどんな場所か?うふふ……知りたい?知りたいなら……今からベッドで、教えて、あげましょうか……?」
うむ。
何やら怪しい人も居たが、凡そ白玉楼の従者たちに話を聞いた感触はそんな感じだった。
分かったこととして、俺の知る彼女たちの側面とそう違わないということだった。
俺の知っているよりは、幾分キッチリした印象もあったけど……そこはいいか。
新しい話は特になし。
どうしたものか。
ゆゆちゃんが昨日言ってた蔵とやらにでも行ってみるか……。