東方理想郷~east of utopia~ 作:ホイル焼き@鮭
その蔵は、裏庭の隅にひっそりと佇んでいた。
中はひんやりとしていて、元が少し肌寒い冥界においてはちょっと寒すぎるくらいだった。
「んー………なんかごちゃごちゃしてて分かんねぇなぁ」
思わずそんな独り言が漏れる程度には、蔵の中は整理されていなかった。
多数の本と使わなくなった家具類、廃材などがバラバラに積まれており、捜し物には苦労しそうな感じだ。
仕方ない。やるしかねぇかな……アレを。
1度白玉楼に戻り、キッチンから何個かのアイテムを持ってくる。
ゴム手袋を装着。バケツに水をセット。雑巾を投入。箒を片手に。
よし。
「掃除の時間だ」
約3時間後。
蔵の中は何とか、見られる程度には掃除されていた。
うむ。
人んちだからな。物を勝手に捨てる訳にもいかないから、中々苦労したぜ。
でもただ掃除するだけなんて書かれないんだろうな。俺の苦労も知らずに、ヤツは気楽でいいよなぁ。
まぁそんなんはどうでもいいのだが。
さ、せっかく整理したんだ。まずはどうしようかな……何個かアルバムっぽい物を見つけたけど。
……………。
あった。
パラパラと中身を見てみる。少し小さい魂魄と、相変わらずのゆゆちゃんが映っていた。
…………いや、魂魄の写真ばっかだなおい。
写真を撮る事が出来るってことは、この家には河童と何かの繋がりがあるってことかね。
……………あん?
この写真――――――『綺麗すぎ』ないか?
ハッキリ克明に印刷されたソレは、少なくとも俺の知る現在の幻想郷の技術で出来るレベルの画質ではないように見えた。
まるで、『外の世界のデジカメで』撮られたような。
アルバムをめくるうちに、少し長い白髪を、後ろで一つに纏めた老獪の姿が映る。この人物が魂魄妖忌なのだろう。
他の本も開いてみる。
多くの本は剣術に関する本だった。恐らく妖忌か、魂魄の本だろう。
しかしその中に1冊だけ、何やら様相の異なる本があった。
「無題……ね」
中をパラパラと捲る。
どうやら日記のようだ。日付けは60年前から始まっている。
世は既に変化し、もはやこれからの世は剣の時代ではない。寧ろ物書きの時代である。よって私も、これからの時代を見守るべく、筆をとることにした次第である。
そんな文言から、日記は始まっていた。
余り筆マメではなかったのか、ひと月に二三回、更新されているくらいだった。
孫が、剣を教えて欲しいと言ってきた。もはや剣の道を修める理由など薄れつつある世の中だが、瞳の奥に悲壮たる意志が見えたので、少しばかり手ほどきする事にした。
……やっぱこれ、妖忌の日記か。
剣の世ではない、ね。
幻想郷という限られた空間で、人を襲い、攫うといった妖怪の本分は行えなくなっていった。そんなことをすれば人の数が少なくなっていき、結局長くは生きられなくなっていくからだ。
だからこの時期は、人が妖怪を恐れなくなり、妖怪の力が失われていく時代である。
それを妖忌は分かっていた、という事だ。
近頃、奇妙な出来事が起こった。
ふと森へ出向いた時に、何やら様相の異なる空間に出ることがあった。妙に怖気の走る空間だった。殺気とは異なる、自らが異物であることを思い知らせるような、恐ろしい空気感だった。
時間が経つと決まって、幽々子の友人である金髪の妖怪がやって来ては、元の世界へと戻してくる。曰く、そこは外の世界らしい。外の世界ではもう私のような存在はいないから、人目に触れた瞬間に存在を否定されて絶えるそうだ。
………………あぁ?
このじーさん、外に出てたのか?
金髪の妖怪ってのは紫だよな……。もしかして、写真はその森で拾ってきたカメラやらで撮ったのか?
妖怪が外に出るのは危険な行為だ。
世の常識から外れた存在である妖怪は、『いるはずがない』という決め込みから否定される。異物としてラベリングされてしまえば最後、その世界からは放り出される。
どこに弾き出されるかは、俺も知らない。紫も分からないだろう。
しかし逆に言えば、他者に認識されなければ、妖怪でも生存は可能だ。見られるという事を通して初めて、その存在は世界から認識されるからだ。
……………次の日記で最後か。
何度か出入りするうちに、悍ましい空気は薄れていった。金髪の妖怪が言うには、既に他者へと認知され始めていて、森を彷徨う謎の老人として浸透し始めている。幸運なのがただの老人として認知されたということで、存在を否定されることはなかった。恐らく半霊を見られなかったことが原因でしょうと、金髪の妖怪は言った。
どうやらこの世界でも生きてはいられるらしい。だからなんなのかと思わないでもなかったが、少しばかり興味が出たのも事実だ。
未だ見ぬ大地が、名も知らぬ強者がそこにいると思うと、沸き立つ好奇心を抑えることは出来なかった。
今暫く、旅に出てみようと思う。妖夢や幽々子には気苦労をかけるかもしれないが、もう私の教えなど不要だろうので、老骨はひっそりと隠居しても構わないだろう。
せめてもの資料として、この日記を白玉楼には残しておくとする。
ただ知っても無意味な事な故、密かに蔵の隅にでも置いていくことにはするが。
願わくば、妖夢が自らの剣を極めることが出来るように。
こいつは驚いたな。
まさか外の世界に行ってるのか、この爺さんは。それはいいのか?
しかしまぁ、紫が関わってるならある程度知っているだろうし。
なるほどねぇ………外に行っちゃってるのか。
そりゃどうしようもねぇな。
それにしても中々興味深い話だ。何度も外に出ていくうちに、存在を認知しはじめた、ね。
結構曖昧なんだな、世界。それでいいのか世界。
………外ねぇ。
勿論、俺の居た世界と外の世界は違う世界なのだが、少し思うことがなくもなかった。
似てるからなぁ。
実は俺も外に出たこともないでは無いのだが、俺の場合博麗大結界も現実と幻想の境界も通らないので紫にはバレないのかな。
「目立った収穫はこの本だけ……ね」
うん。
取り敢えず、集められるだけの情報は集めた気がするな。
………後は何をするか、かな。
魂魄のことは何もしないとは決めた。
俺が何をしても無意味なのは分かりきっている。
それに、彼女になんの問題があるというのか。
彼女は今の段階でも十分強いし、強くなりたいというその願いは純粋なものだ。
たとえ無意味となるとしても、その成長に影が差していたとしても、その願いが間違いとはならない。
………………ただ。少しだけ、興味が沸くのを抑えられずにはいた。
魂魄妖忌。
恐らく最も彼女の事を理解していただろうかの御仁は、今の彼女をどう思うのだろうか?
姿は分かった。彼の元へ転移することも、俺のこのスキルならば可能だ。
「………あー……どうなんだろうな、ソレ…」
無論誰に迷惑を掛ける訳では無いので、会いに行っても支障は無いのだろうが。
ただ何となく危険を感じるというか、許されないような気がするというか……。
………でも、このまま何もしないってのも、同じくらいダメな気もするんだよなぁ。
「よし、行くか。迷った時はやる方を選べって、高橋の父さんも言ってたしな!転符『魂魄妖忌の近く』!」
もはややけっぱち気味に転符の宣言をすると、目の前の空間がガラリと変わった。
いや変わったっつーか…………。
「なんか……煙たいっつーか……蒸し暑いっつーか……アレ?なんかだいぶ前に、こんな事あったよーな……あれぇ?」
「む?お主、何者だ?突然現れおって……」
目の前に現れたのは、確かに爺さんだった。俺が見た写真よりも些か様子が違っていたが、魂魄妖忌ではあるようだった。
しかし唯一にして最大の違いがある。
ぱおーーーーーん。
目の前に威風堂々と現れたその御仁は、鍛え抜かれた玉体を完全に晒していた。
つまり――――――――The・裸だった。
「す、す、すみませんでしたーーーーッ!」
「ハッハッハ!なんだお主、孫の友人か!それで転移まで使って、儂に逢いに来たと!しかしそれで風呂場にまで乗り込んでくるとは巫山戯た餓鬼よのう?」
30分後。
一通りの事情を説明した後、魂魄妖忌は活発に笑い飛ばした。
思っていたよりは陽気で、話に聞いていた厳格というイメージとは程遠い。
それをそのまま伝えると、魂魄妖忌はハッハッハとこれまた軽快に笑う。
「そりゃあそうだろうさ。お主、彼女やら家族やらはいるか?」
「……あは。生憎、どちらも今は居ませんねぇ。いるのは精々、同居人と素敵な仲間くらいのものです」
「じゃあそいつらの目の前で、カッコつけたり、ひょうきんぶったりする事もあるだろう?つまりはそういう事よ」
「あっはっは!なるほど、ですねぇ。その理念は理解できますよ」
……自分でも言ってたが、この爺、ひょうきんなキャラしてんな。
こういうキャラは、総じて扱いにくい。明るいのは表面だけで、心の内を決して外には出さないからだ。
ただまぁ………別に敵ってわけじゃないしな。
初対面の相手を評価するのは、俺の悪い癖かもしんないね。
「まぁ、ゆっくりするがいいさ。何も無いが、茶くらいは出してやろう」
「お構いなく。あまり長居する気もありませんので」
「はは。こんな所まで来ておいて下らんことを抜かす餓鬼よ。儂に聞きたいことがあって異界くんだりまで来たのだろう?ならば長丁場も良いところだろうさ。しばし待て、茶を入れるのは得意だぞ」
そう言って、魂魄妖忌は部屋を出ていった。
………うーん、食えない人っぽいなぁ、やっぱり。
因みにここは居間らしい。あの後袴に着替えた妖忌は、話を聞くなりこの部屋へと俺を連れ込んだのである。
カチャカチャと、茶器の準備をしている音が隣の部屋から聞こえてくる。
丸太で仕切られているせいで、もろ聞こえだなこの家。
さて……何か考えるかなぁ。
正直こんな所まで来たのはいいが、何を聞くかはあまり深く考えてなかった。
まああんな転移の仕方をしたことからも推して測るべしだろうがね。
………来ちゃったもんはしゃーないからね。
どうせなら聞いてみよう――――自分の好奇心を満たすためだけにはなるけど。
ただ――――そうだね。用心だけはしておこう。
俺の思考速度を天狗並みに。
………よし。
これで万一のことがあっても、すぐに能力で対処が利く。
「待たせたな、若人よ。そら、お茶だ」
「ありがとうございますー………って、紅茶ですか」
「うむ。紅茶は嫌いか?」
「嫌いじゃあありませんが、似合わない物飲むなぁと思いまして」
「カッ!無礼な若人よの!しかし良い。なに、郷に入っては郷に従えと言うだろう?コレはコレで美味い」
「なるほどー…ずず……」
あっ………すげえ。
すっげぇ、百均パックの味がするぅ……。
もはや懐かしいわ、こういう味……。
「………一応、自己紹介をば。ただいま幻想郷で守護者やってます、高橋 凜と言います」
「うむ。儂は魂魄妖忌だ。今はここに家を建てとるが、まぁ仮の宿だな。旅をしながら、野草やら野兎やらを狩って過ごしとる」
「………なるほど。ではお聞きします。ここは何処なんですか?」
「なんだお主、此処が何処だと分からずにやって来たのか?そうさなぁ、なんと言えばいいのか……恐らくニホンという場所ではあるのだろうが、チハラと聞いたこともあるし……うむ、実は儂にも分からん」
「はぁ……日本なんですね、取り敢えず。チハラってのはつまり茅原市って事かな……」
………このじーさん、国とか市の区別がついてないのか?
どう軽く見積もっても50年は経ってる計算だ。そして幻想郷は日本のある山奥に座標を同じくする場所で、老人が人目を忍んで日本を出れるはずもない。
だから50年間、この人は日本で生活をしていたはず。
それでコレだけこの国に無知でいられるか?
どうにも違和感があるが。
「こちらからも質問してよいか?」
「えぇ、どうぞ。不公平ですのでね」
「その……なんだ?守護者と言ったか。それってどういう仕事なのだ?」
「うーん、よく聞かれます。幻想郷に万が一の事が起こった時のストッパーと言いますか、安全弁と言いますか。あはは、私にもよく分かりません」
「なるほどのう。さしずめ、八雲の娘の小間使いと言ったところか。儂の居らぬ内に、幻想郷も変わっておるのだなぁ……」
うん、言い得て妙だ。一言で言うならそんな感じだな。コレからはそう答えよう。
八雲の娘ねぇ。やはり直接的仲では無いのか、少し回りくどい言い方をする。
「いい家ですね。ご自分でお建てになったのですか?」
「うむ。その辺の木材を使ってな」
「………それって大丈夫なんですか?勝手に切って、怒られません?」
「む?お主幻想郷の民なのに分かるのか?そう、このニホンという場所ではどうやら、生えてる木を切ると罰せられるようでなぁ。何度か追いかけ回されたわ!これが傑作でなぁ、儂の懐の刀を見るとすぐに逃げ出す!揃って青い服を着ていたが、何やらそういう組織があるのかもしれんのう」
………分かってるのか一応。しかし法律や警察組織までは知らないと……。
「では次は儂の番だのう。先程妖夢の知り合いと吐かしておったが、どういった関係だ?」
もはやそういうルールでも出来たのか、妖忌はそんな風に質問を投げた。
ははぁん、流石に孫の知り合いと言って来た男は気になるか。
「あは。実は彼女とは懇意の仲――――でぇっ!?」
ハラリ。咄嗟にズラした上体から、残された前髪が数本、切り落とされた。
見ればカチャリという音とともに、妖忌が刀をしまっていた。
あっぶねぇ……!全く見えなかったぞ太刀筋……っ!天狗化してなかったら頭吹っ飛んでる!
「ほほう。今のを躱すか――相当な手練とみた。完全に殺すつもりだったのだがの。いやしかし、それならば妖夢をやるのも吝かではないか……いやしかし……」
「すみません、すみません、冗談なんで真剣に悩まないで下さい……。友達です、友達」
「むむ。なんだ、冗談か。悪質な冗談だ。しかし最近の風潮というのはそうらしい。となれば、それにとやかく言うのも古臭いのだろうなぁ」
物わかりのいいジジイだなおい。
…………いやしっかし、死ぬかと思った……足りねぇか?用心。
「ハッハハハ。許せ、儂も老耄なのでな。ボケが始まっとるのだ」
……目の前で朗らかに笑う妖忌を見ると、なんだか気ぃ抜けるんだが。
まぁ頭はねられても、数秒は生きてるらしいしな……その間になかったことにも出来るかもしれん。
「いえ……こちらに非があるので、全く持って大丈夫ですが……コホン。ではお聞きします。幻想郷を出てから、何をしていたんですか」
「…………ふむ。答える前に1つ答えてくれると助かるな。お主、何故儂を追ってきた?お主の霊力を見れば、何かしらの能力を持っているのは分かるがの。それでも結界を越えてまで儂を訪ねることは、並大抵なことではなかろうさ。何故だ?」
………おぉう、急にシリアスぅ。
実はたいしたことないんですぅって言っても良い(実際そう)んだけどさぁ………。
ただ確かに、何かしらの思惑は俺にもあるわけでなぁ……。よく分かってないけど。
仕方ない、なんかアドリブで適当なこと言うか……。
「いやぁ、まぁ大した事はありませんよ。ただ少しばかり白玉楼の蔵で貴方の自叙伝を読んで、興味を覚えただけなのです。いくらか、話を伺いたいなぁと」
「ふぅむ。淀みなくスラスラと答えおる。ほんにお主、そのような心持ちでこの儂に会いに来たと申すか」
「あはは。嘘をつく理由がありません。それに、結界を超えるくらい、簡単ですし」
「…………」
何故か黙り込む妖忌。
何かまずいこと言ったかな。
暫く、緊張の空間が続く。
ちっ………やっぱなんか上げるか……?
身体能力を上げれば、少なくとも死ぬことは無いだろうけど……。
鬼化にしろ天狗化にしろ、上げてるのは無茶苦茶一部だけだからな……。どっちかって言うと生きるためよりは戦うためのものだし。
じゃあ吸血鬼化でいくかと思うと、この家窓が開いてて日が差してるから燃え死ぬ。
しかしそんな俺の心配は杞憂だったらしい。
妖忌はクツクツと笑ったかと思うと、呵呵と本当に愉快そうに笑い始める。
「結界を越えることが容易、と申すか!ははは、コレは傑作だ!八雲の娘でさえ、こちらへの移動はそれなりの妖力を消費すると言うのに!」
「………あは、急にテンション高いなぁ。そうですね……来るのも簡単ですし、戻るのも簡単です。あらゆる壁も何のその、ワンスキルでひとっ飛びです」
「ほう?良くもまぁ、儂の興味を上手く引いてみせる小僧だ。さてはお主天才だな!」
「はっはっは。それはありがとうございます。満足して頂けた所で、質問に答えていただけます?」
「うん?おお、そうだったな!そうさなぁ、有り体に言えば、修行の旅をしていた、かのう」
「はぁ。修行ですか……。滝行とか、座禅とか、そういう話です?」
「ハッハッハ。そういうのは流石に卒業したさ。強者を追い求める旅よ」
「ははぁ。なるほど、ですね」
そう言えば日記の最後も、そんなニュアンスを感じさせる文だったな。
………少し嫌な予感するなぁ。
俺の勘って、当たるんだよなぁ……あは。
「では儂からも。お主、何人殺った」
ぶふっ!?
とんでもない発言をするなこのジジイ…!
誰も殺ってねぇよ……。
「あは……冗談はよして下さいよ。誰も殺しなんてしてませんよ?人を殺すなんて、どんな状況であろうとすべきではありません」
「嘘だのう。何人かは分からんが、ソレが嘘なのは分かるぞ?」
「……あは。やけに自信満々ですねぇ。なにか、根拠でもあるんですか?」
「そうだのぅ。儂はな、これでも千年は生きておるのだ。その間、儂は戦い続けてきた……その内に身についたのが、儂の能力『人の真意を見抜く程度の能力』。心は読めんが、相手の魂の「色」が、その気になれば見える。色は様々だ、喜の色、哀の色、揺の色――――その中に、偽の色がある。今のお主はそれよ」
「な―――」
そんなはず、と言いかけて。
ノイズがかかったような感覚が、流れ始める。
眼前の光景がぴしりと軋み、壊れたテレビのように、映像が時折切り替わる。
逃げ惑う人々。けたたましい笑い声をあげながら、少年がソレを見つめている。
巨大な瓦礫をニッコリと無邪気な笑顔で持ち上げる少年に、乾いた笑みを浮かべながら何かを懇願する男もいた。
あは、と少年は口にして――――――ぐちゅり、と。
瓦礫を―――その男の頭上に―――振りかざ、し、て―――――
「……………違う」
ボソリと、そんな呟きが聞こえた。
いや――漏らしたのは、俺だった。
そうだ――――違う、違うはずだ。
俺はあの時―――人は、壊してないはずだ。狂気に侵されながらも、それだけは。
そうだ、間違いない。
だって―――彼女が、そう言ったんだから。あの子が、俺に嘘をつくはずがないんだから。
だから、そんなことは『絶対に』ありえない。
「いいえ……違いますよ、妖忌さん。俺は今まで、誰も殺してはいません。お察しの通り、俺はそれなりの力を持っていますが……だからこそ、力は慎重に振るってきましたから」
「……………偽、揺、哀―――そして、楽か。なるほどのう。どうやらお主、ワケありのようだの」
「あはは、別に否定はしませんが。大丈夫です、今回の一件には全く関係のないことですよ」
「ふん。まぁ、今は流しておいてやろう」
「えぇ、そうしておいて下さいな。では、次の質問です―――――」
落ち着かない気分を抑えるべく、幾らかの質問を続ける。大抵は他愛のないことだ。何年滞在しているのか、今までどんな所を旅してきたのか、外に居て何か弊害があるのか等、単純な興味から質問をした。
妖忌の方からも都度質問が飛んだ。
魂魄やゆゆちゃんの様子、現在の幻想郷の勢力図、果てには恋人の有無まで聞いてきた。差し障りのない程度に教えつつ、妖忌の様子を伺う。
さて、大凡にだが聞きたいことは聞けた。
最後は、魂魄のことだけだ。
「では、最後の質問です――――――」
ここはしっかりと説明しなければいけないところだ。
俺はここに至るまでの経緯、それぞれの意見、憶測、考えうる限りの情報を妖忌へと話す。
「―――――と、言うわけです」
「…………ふむぅ。なるほどのぅ………大体分かったが、お主は儂に何を望んでおるのだ?話を聞く限り、お主や幽々子の結論は出ておるだろうに」
「ええ、まぁ……そうなんですけどね。ただ、貴方だから分かることもあるかと思いまして。弟子であり、孫でしょう?」
「それは確かに、そうさな。ふむ…………」
妖忌は腕を組んで、暫く何かを考えているようだった。時折その赤色の瞳で俺を見つめては、ふむ、と声を漏らす。
なにか見られているのだろうか。
いや、隠すことなんてないか。それに、テラちゃんの件で分かってる……こういった手合いには、何をしても対抗はできない。
よし、と考え込んだ後に意気込んで、妖忌は椅子から腰を上げ、起立を促す。
「立つがいい。そして行くぞ」
「は、はぁ…?何処へ?何しに?」
「なに、大したことではない。少しばかり、矛を交えようと言うだけの話だ」
「――――――――へ?」
「闘いの中でしか、伝えられぬ物もある。我が剣技の冴えを持って、お主への手土産としてやろう」ニヤリ
振り向きざまにそう笑った妖忌は、確かによく、魂魄と似ていた。
ちょっと短かったかもしれませんね。